005:走れ
洋介は依頼の電光掲示板の前で、何個も何個も依頼をみては眉間を寄せシワを作っていた。
入れ歯探しから龍の討伐まで、実に様々な依頼が届いている。
もちろん4級以下、1級以上、など、マスターの言った通り階級制限のある依頼も多々あった。
洋介にとって、最も興味深いのは迷宮だ。
南の湖にできた若い迷宮を攻略してくれ、という依頼が報酬的にもかなりおいしい。
――迷宮ってどんなだ? いわゆるダンジョン、ってやつなのかな……というか一人でも入れるもんなのかな……。
どうしたものかと思案していると、急に背後からトン、と肩に腕を乗せられた。
「よう! 新人チャン! お前何級だったんだ? 6級か?迷子のワンちゃん探しの依頼なら手伝うぜ〜」
馬鹿にしたように声をかけられたのは、新人の通過儀礼なのだろうか。
この世界ではヨースケは小柄なようで、ロイが特別でかいと思っていたがそうでもなかった。冒険者たちは男女問わず背が高い。
この空気の読めない赤髪男も当たり前のように、洋介よりも頭一つ抜き出ていた。
「ばか! ほんとに……っ」
一緒にいた魔法使い風の男は洋介の噂を知っていたのか、それを止めてくれようとしたが、赤髪男はいいからいいから、と彼を制した。
「先輩、後学のために教えてほしいのですが、迷宮とはどんなものなんでしょう?」
「おいおい新人チャン! 迷宮も知らないで冒険者になったのか?」
赤髪男はだらんと両手を脱力し、全身で嘘だろ〜アホなのか〜? とアピールしてくれた。
「お恥ずかしながら全く知らないんですよね。教えてください先輩」
洋介がニコっと笑うと赤髪男はニヤニヤと嬉しそうで、こんなにも簡単におだてられる人を洋介は見たことがない。
赤髪男がニヤつけば、魔法使いの彼は真っ青な顔をしていた。
「迷宮てのは冒険者が金を稼ぐ最高峰だ! もちろんリスクも高い。だが中で魔物を倒すと外で倒す5倍金を落とす! 報酬よりもこれがでかいんだ! 迷宮内でしか手に入らない貴重な素材なんてのもある! それも売ればいい値がつく。これギルドでも買取してるけど、街中の専門店の方が高値だぞ」
「なるほど、とにかく儲かると……」
「それだけじゃないぜ! 迷宮で魔物を倒す旨味は金だけじゃない、外で鍛えるより早く強くなる。なんでかわからんが、みんなそういうんだ」
――目に見える金と、見えないが経験値としても外の何倍かあるってことか。個体のレベルはないけど、HPや剣術のレベルも数字としてあるしな……。
「ちなみに迷宮を攻略って、どうしたら攻略になりますか?」「ったくほんとに知らないんだな。箱入りボンボンが夜逃げでもしてきたか?」
「そういうのじゃないんですけど、世界のことに疎くて……先輩を煩わせてすみません」
ひっと小さく魔法使い男が後ずさった。彼は間違いなく洋介のことを知っているようだ。
異世界人が来ることを広く知られているのは、ある意味やりやすい。異端だと追い立てられる事だけはないのだから。
「攻略ってのは、迷宮の恋人を倒してくる事だ! ちなみに俺はニ度も迷宮を攻略してる」
赤髪男からは、どやぁ〜と聞こえてきそうな程得意げだ。
「めちゃくちゃ若い迷宮のだろ……」
魔法使い男がボソボソと呟く。
「恋人……ですか。それはどんなやつなんでしょう。よかったら先輩、この依頼僕と一緒に受けてくれません?」
洋介は先ほど見ていた、南の湖の迷宮攻略を指差し赤髪男と、それから魔法使い男にも目配せし、人のいい笑顔で見つめてみせた。
魔法使い男がどんどん青ざめていくのは、見ていてかわいそうだったけれど、右も左も分からない。戦力はあるほうがいいだろう。
「いいぜ! これくらいの若い迷宮なら、今すぐ出てもいいくらいだ! レオン、お前も行くだろ?」
レオン、と呼ばれた魔法使い男。とんでもなく迷惑そうに赤髪男を睨んだ、のだが小さく頷いた。
「では、依頼を受けますね。僕は洋介。剣術と魔法が得意です、よろしくお願いします」
「俺はマクシムだ、剣術ならまかせろ」
「レオンです……見たらわかると思うんですけど、魔法使いです。治癒魔法が得意です」
レオンからはもはや怯えしか感じなかった。
マクシムを放っておけないのか、付き合いがいいのか、三人で迷宮に行けるのはありがたい。
「じゃあスカーフ出せ、ヨースケ。これを三人分受付に持っていけば、え……銀…?」
揃った三人のスカーフ。レオンとマクシムは緑だったが、その中で一際ヨースケのスカーフだけがきらめいていた。レオンがやれやれと頭を抱える側で、洋介は悪人顔でニヤニヤしながら
「よろしく。マクシム先輩!」
と誰でもわかるからかいの言葉を放った。
それから放心するマクシムをつれて、洋介は迷宮の入り口へと移動魔法を使った。
緑のスカーフは3、4級なんだそうで、1、2級は白、5、6級がオレンジだそうだ。
二人とも3級だそうだ。
「特級はもちろん、1級や2級なんて人はほとんどいないんですよ。まあ居るにはいるけども、長期の迷宮攻略やなんかで街にいなくて、ほとんどギルドでは見かけないです。だからマクシムみたいな勘違い3級野郎がのさばってしまうわけで……」
レオンはやれやれ、と手のひらをあげた。
それにガンと反論しかけたマクシムは、喉元まで出かかった言葉を飲み込み、すみませんでした……と俯いた。
「迷宮ってやっぱ長いこと潜ることもあるんですか?」
洋介もマクシムには触れてやらないように、レオンに向けて質問した。
「ここはできてまだ間もない迷宮なのでありえないですが、いつできたかわからないような古い迷宮もあって、そういうところは深くて中も入り組んでいるので恋人を倒すのに時間がかかりがちですね。中入ると外の様子わからないですから、時間感覚も狂うんですよね。迷宮潜って1ヶ月とかもありますよ。もちろんそのまま死んでたりもしますけど」
レオンはとても丁寧で、まともそうな人だった。話し方もそうだが、彼からは真っ当な人間性を感じる。
「2人はいつも迷宮依頼がメインなんですか? 迷宮の恋人を2回倒したって言ってましたけど……」
「いや、ぼくたちは討伐依頼が多いですよ。二人だと迷宮に入るには心もとないんです。マクシムが迷宮の恋人を倒したのは……まだあと二人いた時の話です。それで4級から3級に昇格したので、まあ討伐依頼だけでも食べて行けない事はないんです」
「迷宮は、依頼じゃなくても潜っていいんだぜ! 若い迷宮を放っておくとどんどん恋人が周囲の魔力を吸ってでかくなるんだ! 倒しにくくなるし、迷宮も深くなる。早めに倒しておくのが吉ってわけだ」
マクシムは短時間のうちにすっかり持ち直したようで、またいつのまにか先輩風が吹いてきた。洋介はペッペとそれを払う。
「なるほど、早い者勝ちなんですね。そして依頼も受けた側が不履行にしてしまうリスクもある、と?」「いやいやそれはないですよ。報酬はもらえませんが、他の人が先に迷宮の恋人を倒してもペナルティはないです。お金を出して依頼する人は、その近辺に住んでいたりと色々不都合がある人が出すわけで、依頼を受けてもらえなくてもここに迷宮があるってみんなに広めることが大事なんです」
ほっとくとあっという間に成長しますから、とレオンが苦笑いした。迷宮の成長スピードはかなり早そうだ。
「じゃあいっぱい迷宮依頼こなせば、ものすごく有名になれますかね?」
洋介がそう言うと、マクシムはペッと唾を吐いた。
「お前まだ迷宮を舐めてやがんな? いくらお前が伝説の勇者だからって迷宮はおいそれと恋人を出してくれたりしないんだよ」「そうですね。アホのマクシムですが、そこは僕も同意します。では今一度気を引き締めて行きましょうか」
「よろしくお願いします」
洋介は剣を構えて思い出した。
迷宮に入るのに防具も用意しておらず、またユマニコフに武器のしまい方、というものを聞くのを忘れていた事。
あとでいいか、と首を振り、森の中湖を背にして、ポカリと口を開ける迷宮の入り口へと進んだ。
迷宮、それはまさに迷宮だった。
中は洞窟で、信じられないくらい歩きにくいし、滑る。
若い迷宮はみんなこうで、時間とともに内部が部屋のようになってくるらしい。それこそ本当に宮のように。
時折エンカウントする魔物を斬り伏せながら、複雑に入り組んだ道には所々目印をつけ、地図を作りつつ進む。
これが迷宮攻略のセオリーだと、レオンは言った。
けれど洋介には、世界地図から開いた拡大地図で、未踏のはずの若い迷宮はすでにありとあらゆる道が表示されている。
「あ、その先いきどまりみたいなんで、左いきましょう」
「あ、そっち罠ですね、この蔦の先が正解です」
「あ、ここ通れるみたいですよ!」
洋介が先を行く2人に、そんな風に数回声をかけた頃。
「おいヨースケ」
マクシムはいきなりばっと洋介に振り返り、剣士のそれでスッと距離を詰めた。足音もない。
「てめぇさっきからなんで道知ってんだ、あぁ?」
彼の顔が遠慮なしにずいっと洋介に迫る。
その目力だけで、洋介は胸を刺されたのかと思うほど、怯えに足がすくんだ。悪い事などしていないのに、自分が悪い事をしてまるでマクシムたちを騙そうとしていたかのように萎縮してしまう。
「俺たちをカモりやがったのか? あぁ?!」
彼はそのまま洋介の胸ぐらを掴みあげた。
その口元はワナワナと震え、薄紅の瞳は怒りに燃えている。本気で怒った人間の目だ。
そんな本気の怒りを向けられる事もなく生きてきた洋介には、マクシムがこれほどまでに怒る訳もわからず、ただ目を見開き肩を震わせていた。
ちがう、その言葉が出ない。
「マクシムやめてください」
レオンが制するが、マクシムはさらに洋介を捻じ上げた。
「いや、やめねー! こいつなんか企んでやがる! アイツらと同じだ! 迷宮なら何をやってもいいと思ってやがる! ナメた質問ばっかしやがって! あれも演技か!?」
今にも首を掻っ切られそうな殺気に、戦闘モードのステータス画面が出た。このままではまずいと洋介はぶんぶん首を振り、恐怖を押しやり声を上げる。
「違います! ゲートの能力で地図が見られるんです!言わなくてごめんなさい!」
洋介は自分の弁明を振り絞った。意図せず大声になる。マクシムの手を離そうと、無意識に足はバタバタともがいていたが、まるで子供と大人の力差。ピクリともマクシムの手は動かない。
「嘘ついてんじゃねえクソ野郎が! ゲートの力って言やぁなんでも誤魔化せると思うなよ!」
――クソ! じゃあなんて言えばいいんだよ…!
話が通じない、そんなジレンマ。自分の行動を思い返し後悔した。なぜきちんと二人に説明しなかったのか、こんなことで仲違いなどしたくない。
「マクシムやめてください」
レオンは怖いほどに冷たく言い放つ。
思わず注目した洋介の目には、彼のライラックの髪色が一瞬まっ黒に染まったように見えた。
「ほら、きましたよ。マクシムが怒るから、ヨースケが怯えてしまった」
レオンがそう言って辺りを見回し、そのすぐあとにヒヤリ、嫌な冷たさが辺りに降ってきた。
急に現れたその不快感は、瞬く間に3人の喉元まで包んでいく。
そのまま得体の知れない冷気に、絞め殺されそうだ。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァーーー』
急に
けたたましい声がする。
右、左、上も下も、すべて。
全ての方向から声がする。呻き叫び、懇願するような声は、言葉などないのに欲しい欲しいと叫んでいた。
たしかに洋介には聞こえた。欲しい、と。
マクシムは舌を打った。
洋介は乱暴に投げられ、べちゃりと地面に落ちる。
解放はされたが、気付けば3人は真っ黒な〝何か″に取り囲まれてしまっていた。異様に冷たい空気をまとい、その黒い集団は叫び続けていた。
『ホジィーーホジィーーーア゛ア゛ア゛ア゛ーー』
ぞわり、背筋を恐怖がひた走っていく。ベタベタと這うようにその黒い影たちはにじり寄り、何かをつかもうと手を伸ばし叫んでいた。
洋介は震えていた。この世界に来て初めて、本気で怖くて逃げたいと思っていたのだ。
恐怖にへたり込んだまま、立ち上がることも出来ず、帰りたい、そう叫び出しそうだった。
「こっこっこれはぁ……な、なにっな、なんっで、すかっ」
声はひっくり返り、飛び回り、洋介はうまく話せなかった。
それほどまでに恐怖に支配され、魔物のような形もなく、恐ろしいほどまでに何かを渇望しているその影に引き込まれそうなほど怯えていたのだ。
マクシムとレオンの存在を確認するかのように絞り出したら、再びマクシムの舌打ちが聞こえた。
「これらは亡者です。怒りや怯え、悲しみの感情に寄ってきます。マクシムがここまでバカだとは、思いませんでした」
「どういうこと……で……」
「若い迷宮ほど、亡者は些細なことで寄ってきます。それこそ、先ほどの小競り合い程度で」
レオンはローブを翻し、両手を高く掲げた。
「迷宮内でパーティの仲違いなど……」
両手の中には真っ白な光が溢れ、球状に集まっていく。
「言語道断だろうがクソヤロォォォオオ!」
レオンはそのまま光の球を亡者の群れに投げつける。
亡者の雄叫びは一層強く響いたが、光に触れた亡者は跡形もなくスッと消え去った。
「ほら走れクソ野郎どもがあああああぁ!」
どうやらレオンは、敵に回してはいけない類の人間のようだ。洋介はとにかくレオンについていくために走った。
数度亡者に腕を掴まれ悪寒が体を駆け巡ったが、それでも走って走って、そして走った。