003:いざギルド
ロイの家からはトラン王国が近いらしい。
山を越えなければならないが、ローレイ公国にも行けなくはないそうだ。
実際彼がこの山小屋だけでどうやって暮らしているのかが疑問だったが、なぜか魔物を倒すと塩やら砂糖やら調味料を落とすことがある。
もちろん世界通貨も。
ゲームの不思議便利システムである。
洋介は、この世界がなんなのか深く考えない事にした。深淵は覗かない主義なのである。
1ヶ月以上滞在しても、ロイ以外の異世界人を見かけることはなかった。それを彼に言うと、そういう所を選んだんだと嬉しそうに笑っていた。
どれだけ人間不信なんだ……健康的な引きこもりだ、彼は。
ある日の夜ご飯。今日はロイ自作の仕掛けで捕った、謎の異世界川魚の塩焼きと、白飯。そして彼の畑でとれた野菜たちをサッと炒めたものと、自家製漬物。あとは自家製の酒。
この自家製の酒が曲者だった。密造酒なんて概念のない場所だ。酒は作り放題。ロイお手製の『ワインのようなもの』はかなりの美酒であった。
「ちょっと上に上がったところに、果実酒の原料になる実が自生していてな。十年試行錯誤して、今年はやっと理想の味になった。果実は自然のものだから、世話する必要もない」
「飲んだことない味だけど、この独特の香り……それに見た目は濃い紫色だから、味も濃いかと思ったのに程よくあっさりしてて、最後にピリッと辛さがある。ほんとにうまいよ」
洋介が絶賛すると、ロイは満足そうに何度も頷いた。
「俺も近衛の頃は、王国のクソまずい蒸留酒には飽き飽きしてたんだ」
「おれもって……」
洋介はその蒸留酒は飲んでいない。ロイの山小屋生活はかなり完成していて、服はハイランドコーンの毛で作るらしいのだが、なんと機織り機まで自作していた。
綿花のようなものも畑で育てていて、それも服にしてしまうらしい。
もはや人里に降りる必要もなく、彼はここへ来てから一度もトラン王国の土は踏んでいないらしい。
「ロイって徹底してるよな。尊敬する」
「なんだ急に。頼むから感傷的なことは言わんでくれよ」
「そーゆーんじゃねえよ。普通はこんな山暮らししてても、月に一度くらいは買い出しへ街へ降りるもんだろ。でも全部自分でカタをつけて、ここじゃ手に入らないもんは徹底して大事に使ってる」
「単にもうあの国を見たくない。そして経済も回してやらん……死んでもここを動く気はない」
十年、それは憎しみを風化させるだけの時間があったはずだが、彼は昨日のことのように苦悶の表情で眉間にシワをよせ、口を結んだ。
――それだけ憎らしいのは、トラン王国が大切だった証拠……。
そんな言葉を洋介は飲み込み、ロイの最高傑作である果実酒を口に含んだ。
次の日の朝、洋介は満を持してギルドへと赴く事にした。軽い雨が降っていて、山小屋は雲に隠され視界が悪い。
王国内にある支部が1番近くのギルドらしい。移動魔法でワープする他に、移動魔法には様々な使い方があり、自らに移動魔法をかけ、馬のように速く駆ける事もできたが、洋介はギルド内に直接ワープする事にした。
「じゃ、夜ごはんには戻るぜ!」
嬉しそうに親指を立てる洋介に、ロイはいってらしゃいませ魔王様〜。と呆れ顔で手を振ってみせた。
遠足気分の洋介には散々釘を刺しておいたが、彼のはやる気持ちは打ち消しようがなかった。強大な力は身を滅ぼすぞ、と口酸っぱく言ってはみたものの、彼にはどこ吹く風の様子。
洋介の姿が消えるまで見送ると、ロイは冬に備え薪を作るべく斧を持った。雲が出る日は家から離れられない。畑にも行けないし、薪を作ったら道具の手入れだ。金属類は手に入らないので、ここでは鍬や剣が1番貴重だ。
洋介は無事にギルド、それも受付のど真ん前にワープした。目的どおりの場所だが、場所が悪かったのか周りはかなりざわついている。
「移動魔法で建物内に入る場合、指定の場所に出るよう願います。事故防止にご協力ください」
咎める口調で黒髪の受付嬢が言う。
どうやら受付横にある丸い床のスペースが、転移魔法の到着指定地点らしい。先程から数名がその指定場所に現れている。
「すみません、ギルドに来るのは初めてで、人に当たらなければどこでもいいもんかと」
洋介がそう言って頭を下げると、受付嬢は面食らった顔をした。「わかればいいのよ……」と。
――ロイがチンピラだのゴロツキだの言ってたし、ギルドに出入りする奴らはほんとにガラが悪いんだな。
先程から品定めするような視線をあちこちから感じる。ギルドの建物は円を多用しているようで、丸いホールの真ん中に受付があり、これまた円形にカウンターがある。
依頼がかかれた電光掲示板のようなものが壁半分ほどを覆っていて、依頼を眺めたり、文字にタッチしている人たちがいる。
あのまま、あそこで依頼を受けられるのだろうか?
大きな円形の部屋に、移動魔法指定場所も部屋がくっついていて、ソファーなどが置かれた場所も同じような丸い部屋がくっついている。高い天井も球状になっており、なんとガラス張りである。
薄暗くぼろい建物を想像していた洋介はそこに面食らっていた。
「あなた見かけない方ですね。ご依頼ですか?」
受付嬢はまさか登録じゃないでしょうね、と言わんばかりにこちらを見ている。
「ギルドに登録したいのですが……」
洋介がそう言うと、めちゃくちゃあからさまにため息をつかれた。それもそのはず、周りの冒険者は鎧やらなんやらでしっかりと装備を固めていて、剣1つぶら下げただけの洋介とはとんでもない違いだ。
ふさわしい服装というものを、洋介も忘れていたが、ロイもまた彼の強さにその必要性を失念していた。
「登録だってよ!」
とあざ笑う声が聞こえる。まあなんにせよ、洋介としては目立つのは悪くない。本来の目的はそこにあるのだから。
「まったく……いるのよね、あなたのような無謀な若者」
受付嬢は切れ長の目で洋介を睨むと、不満そうに一枚の紙を差し出した。生成りのその紙は魔力が付与されていますよ、という印の判子が右端に押されていた。
「けれどギルドは来るもの拒まず去る者追わずよ。歓迎するわ、これを読んで……同意したらサインして」
紙には誓約書とかかれている。
冒険者ギルドの一員として自覚を持って行動
自分が受けた依頼で死んでも文句を言わない
依頼のやり取りは全てギルドを通すこと
ルールはこれだけで、これといって厳しい縛りはないようだ。
「死んでからどうやって文句言うんだ?」
洋介は意図せず疑問を口に出していた。受付嬢は死んでも知らないわよってギルドの保険よ、とまた、はあ〜 と大きなため息をついた。
こんなに態度が悪い店員はそういない。
洋介は早々にこの美人だが性格がキツそうな受付嬢とのやり取りを終わらせる事にし、少し迷ったが漢字で名を書いた。
サイン、と言っていた通り文字はなんでも良かったらしく、書き終わると誓約書が光り霧散した。
「ヨースケね。これで契約完了。さて、ランクを決めなくちゃね。今日は……ユマニコフが担当……」
受付嬢はシフト表でも確認したのかにっこり笑い
「ヨースケあなた運が悪いわね。冒険者なんて嫌と思ったら取り消しはココで受け付けるわよ」
受付嬢はあっちの扉へ、と電光掲示板の横の扉を指差した。
「中にいる男にテストって言えばわかるわよ」
――中まで案内とかはないのか。
どこまでもめんどくさい気持ちを隠さない受付嬢に、洋介は少しイラついた。
しかしここからはお約束の俺最強パート。彼はありがとう、と受付嬢に挨拶すると、彼女の言うとおり扉へ向かった。
盗賊と見間違えそうな風体をした冒険者たちから、痛いほど視線は刺さり続けていたのだが、洋介にはそれすら心地いい。
――みせてやるぜ。チート能力を!
グッと意気込んで扉をノック。
返事を待たず彼はその扉を開け、中へと足を踏み入れた。
誰かいるもんだとばかり思っていたら、その先は廊下だった。
ここもたくさんの窓があり、明るい雰囲気だ。こんなにも心地よい作りをしていても、集まるのがガラの悪い集団では残念な事だ。
一本道の廊下をいけば、窓からは中庭が見える。そこに咲く花々は洋介にはまったく見覚えのないものばかりだったが、よく手入れされていることはわかった。
廊下を突き当たりまた扉があったので、彼はノックをし、今度は返事を待つ。
――ふぅ。初手のランクは高い方がいい。その方が話題性がある……。
返事を待っていると今度は向こうから扉が開いた。
「新人か?」
扉を開けてくれたのは大柄で、いかにも上級冒険者、という男だった。
ギルドの中だからか防具は身につけておらず、靴すらも履いていないというラフな格好をしている。腕や肩周りは洋介の三倍ほどはあるだろうか。
「こんにちは。テストしてもらいに来ました。ヨースケです」
洋介はぺこりと軽い会釈をし、よろしくおねがいします、と小さく言った。
――がたいはいいけど…ロイの方がムッキムキだな。
「お前ほんとに……いや、ここに来たなら誓約書書いてるんだもんな…。得意なのは魔法か?剣か?体術……って体じゃぁ、ないな…」
受付嬢の反応よりはマシだ。けれどもしテストが戦いという形なら、侮ってくれた方が俊敏さに欠ける洋介としては助かるというもの。
「魔法と剣が得意です。体術には覚えがないので、すみません」
「俺はユマニコフだ。今日のテストを担当する、よろしくな」
ユマニコフはそう言って手を出した。こちらにも握手の文化はあるようだ。
「はい、よろしくお願いします」
洋介は大きな彼の手を握り返した。握りつぶされそうだ。
ユマニコフの顔にはこめかみから首筋まで、大きな切り傷の痕があった。古い傷なのか既に白くなっているが、彼の顔は忘れそうにない。
「剣と魔法両方見てヨースケのランクを判断する。まずは剣からやろう、軽く打ち合う、いいか?」
ユマニコフは手に剣を持っていなかったが、彼が構えると左手にヨースケの持つロイのお下がりと似たような、刃渡り五十センチほどのやや太めの剣が現れた。
「お〜! それはどういう魔法ですか?」
おそらくユマニコフの普段使いはこの剣ではないだろう。洋介に合わせてくれたのだ。
「ん? お前武器のしまい方しらないのか? こんなの魔法でもなんでもないさ。防具してないからてっきりしまってるんだと思ってたよ」
「しまう、ですか……テスト後でいいのでよければ教えてください」
「いや、教えるって…。まあ、まあいい。そうだな、あとで教えてやるよ」
洋介には、ユマニコフが動揺しているように見えた。そんなにも当たり前のことなのに、ロイが使っていなかったのはなぜだ。
洋介も、腰に携えていた剣を抜き構えた。
テスト部屋はテニスコート1枚くらいの広さがある。
戦闘する場所だからなのか、ここにはガラス窓はなく、かわりに木の窓があり、それら全てが開かれていた。
ここのギルドを設計した者はよっぽど天窓が好きらしい。天井からも自然光が降り注いで部屋中を明るく照らしている。
「じゃ、おまえから俺に攻撃してくれ」
「え!? いいんですか?」
洋介はどきりと胸を押さえた。まさかそういう形をとるとは思っていなかった。
「テストなんだからいいに決まってるだろ」
ユマニコフはこいこい、と右手で手招きする。洋介はそれなら遠慮なく、と剣を構えてステータスをタッチした。