会談
シューラハルトに手紙を託し、示した通りの日時に洋介たちはメルディブ聖国の中枢である大聖教会へと向かった。教会というより、お城と呼ぶのが相応しいその建物は首都の中心に鎮座している。
造形もそうだが、外壁の白さが美しい建物だ。世界が違えば観光名所間違いなしの立派なお城は、重力を無視して飛び出した塔が連なり、宙に浮いているように見える。真っ白い外壁からなる建築物はすべて、魔法で作られたものだとレオンが教えてくれた。このような巨大な建物を作れる国ならば、彼が侵入を勧めない事も頷ける。端的にいってすごい魔法技術だ。
大聖堂まではなだらかに坂道を登り、ぐるぐると周りを回るようにして道は続いていた。ファサードに辿り着くまでに見えているよりも距離があったが、登坂が緩やかなおかげでさほど疲れはしない。
大きなファサードは、思ったほど威圧感がなかった。洋介は跳ね橋のような城塞を想像していたが、広く開かれ多くの人の出入りがある。行き交う人々に緊張は見られない。洋介は解放的な入り口と人々をぼんやり見ていたが、門の影から出てきた人物に視線が移る。
「驚かれましたか?教会ですからね。大聖堂は日々祈りの場として解放されています。」
シューラハルトだ。今日の彼は青白い鎧を纏い、帯剣している。仕事中、ということだ。
彼は洋介を魔王とは呼ばずにお初にお目にかかります、と挨拶をしてくれた。ロイは改めてシューラハルトを洋介に紹介し、一向は大聖堂の端を歩いて柱の影から廊下へ向かった。
「一階の大聖堂は神に祈る場所として国民の誰もが出入りできます。日中ですとこのように、祈りを捧げに皆やってくるのですよ。」
大聖堂はキラキラと光が差し込んで美しく、人が多いのにとても静かだった。信仰心の深さが窺える。
「美しいですね。」
レオンがつぶやくと、シューラハルトは嬉しそうに頷いた。
「地階にも聖堂があり、そこでは結婚式や洗礼式など特別な行事が行われます。」
洋介はもう何番目の柱を曲ったのか思い出せないが、ぐるぐると階段を上り、いくつも扉をくぐり、どこかわからないし帰り方もわからないので、大した問題ではなかった。奥まできたところで、一際大きな白い扉が現れた。その前でシューラハルトが立ち止まる。
「ここから先は魔法が使えません。帯剣もご遠慮いただきたく、恐れ入りますが手に持ってお進みください。」
シューラハルトは一歩後ろに下がり頭を下げた。ロイが腰の剣を外したので、洋介もそれに倣った。レオンは少し心地悪そうにしている。その理由は中に入ったらすぐにわかった。
白い扉が開いて、一歩足を踏み入れるといつもと違う感じがしたのだ。どのように違うかわからないが、威圧されているような、息苦しさにも似た空気があった。
部屋の中は他と変わらず、白い壁に聖国のタペストリーがかかっており、花が生けてある以外は廊下と変わり映えしない。真ん中にテーブルと、高そうな椅子が何脚かあり応接間の形をとっていることはわかる。
「どうぞお掛けください。」
シューラハルトは洋介たちに席を勧めると、扉をしめてその前に立つ。言われた通り洋介は座って、隣に座るレオンをちらりと見れば、顔色が良いとは言えなかった。この威圧感のせいだろう。魔法が使えない、と言うシューラハルトの話と関係するはずだが、術式の類だろうか。
ロイは洋介たちの座っている後ろに立ち、平気そうにしている。
なぜ座らないのだろう、騎士だからか?洋介は疑問に思ったが、すぐに奥の扉が開く音がしてレオンが立ち上がったので、自分もそうした。
……今にも倒れそうなんだが。
具合の良くないレオンが気になるが、一旦奥からやってきた人物に注目することにした洋介は、目線をそちらに移した。
ゆったりと歩いてくるのは白いローブをまとったお婆ちゃんだった。いや、お婆様と言うべきか。凛とした表情に隙はなく、決して高くはない身長だが強い存在感がある。金の刺繍が入ったヴェールをつけており、猊下その人であるとわかる。
2人の従者か、文官であろうか?彼らが扉をしめると猊下は洋介の正面に立つ。洋介は、目があった瞬間びりっとお腹が締め上げられた気がした。
「ようこそ、お越しくださいました。魔王陛下。わたくしはメルディブ聖国の聖王、アンツェリア・ルルド・ヒュー・メルディブです。このようなよき日を迎えられたこと感謝いたします。」
優しい声だった。建前かもしれないが、洋介は心地よく感じた。
「初めまして、洋介です。急な申し出にもかかわらず、このような席を設けてくださりありがとうございます。」
お茶も何もない、本当に会談である。ついてきた2人は文官だったようで、彼らはこの会談の記録を書き込んでいるようだ。
「彼はレオン、そしてロイです。僕の補佐をしてもらっています。」
紹介の仕方が悪いと、レオンに叱られそうだが、洋介に外交のマナーなどわからないし、多少の失礼は猊下に目を瞑っていただくしかない。余程常識の違いがなければ大きく礼を欠くことはないだろう。
レオンとロイがそれぞれ自己紹介をすると、猊下はこちらに着席をすすめた。
レオンの顔色か幾分マシになった。洋介も少し慣れてきたのか、息苦しさが軽減している。
「前置きに季節のお話でも致しますが、魔王陛下はお忙しいでしょうし本題から始めましょうか。メルディブ聖国に何をお望みでしょうか?」
試すような目でアンツェリアに見つめられると、洋介はまたもやお腹がビリッとする。
「愚直に申し上げますが、勇者を退けるため貴国と協力したいと存じます。」
「協力ですか?協力と言うからには双方メリットのあるお話でなければなりませんが、魔王陛下はどのようにお考えで?」
「勇者の後援がトラン王国であることはご存じですか?」
アンツェリアは瞬きひとつ、息を吐く。
「存じません」
「現在トラン王国が後援している勇者は、なんと言いますか……」
洋介は言葉に詰まる。悪役を説明する品のいい言葉が見つからない。
「傾国の勇者であると?」
アンツェリアは残念そうに言った。友康は美女ではないが、ひとたび目見えれば国が傾くので間違ってはいないかもしれない。彼女が文官と思しき2人に手で合図をすると、彼らは会釈し奥の扉から出ていった。部屋に残されたのはシューラハルト1人だ。
「魔王陛下は世界の在り方についてご存じですか?」
洋介は首を傾げる。在り方とはなんだろうか。
「昔、我が国にも勇者がおりました。まだわたくしが聖王となる前の事です。」
ロイの話では猊下は50年近く聖王をやっている。それより前という事は、勇者の本の作者の時代だろうか。それより後だろうか。
「その者は3つの命を持っていたと言われています。」
その瞬間、レオンとロイが身構えた。セーブロードを知っている人間。それはつまり勇者か魔王の関係者だ。2人が反応したのでシューラハルトも瞬間剣に手をかけたが、アンツェリアが右手を振ったので彼はすぐさま手を下ろした。
「この世界は勇者と魔王によって翻弄され続けているのです。それがおわかりになりますか?」
アンツェリアの言葉に洋介も、自分もそこに巻き込まれているに過ぎないと言いたかった。少なくとも、友康に巻き込まれている。
「何度も世界はいったりきたり、勇者と魔王の都合でやり直しをさせられるのです。」
「猊下は記憶があるんですか?では僕が失った記憶分の世界もご存じですか?」
「存じません」
アンツェリアの青い瞳は憂いの色が強くなる。
「わたくしに残るのはただ巻き戻った、その事実のみ。いつも何かを取りこぼした気になります。ただ起きる出来事に2度目である、3度目であると感じます。」
それはどれほど虚しいものだろうか。何かわからないのに同じことをしていると認識できる。それだけで、取りこぼしたものがあるかもしれないと寂しさを残して時間は進み、戻る。
「魔王陛下、あなたは何をするのですか?あと何回巻き戻しますか?わたくしは老いました、もう繰り返したくはないのです。繰り返す長い時は人の身で耐え忍ぶには冷たすぎるのです。」
洋介はアンツェリアが何回戻されたのか、合計何年戻されたのか、考えたくなかった。そんな人が居るなんてことは思ってもみなかった。
「発言をお許しください。」
レオンが言った。アンツェリアは射抜くような視線を送り、こくりと頷いた。
「最近も一度巻き戻ったと考えているのですが、間違いはないですか?」
「ええ確かに。3年ほどでしょうか。」
「猊下ほどの方です、勇者に関する情報も集めているのでは?」
「ええ、国として。」
「我々にもお見せいただけませんか?我々は襲撃に怯えている側なのです」
「……わたくしからしたら大きく変わりません。勇者でも魔王でも時間が戻るのは変わらないのですから。シューラハルト」
アンツェリアはシューラハルトに声をかけると、勇者の資料を持ってくるよう命じた。彼は頷いて奥の扉に消える。
「猊下、我々を信用してくださるのは結構ですが、従者の1人も居ないのは困ります。我々のためにも」
レオンが言うと、アンツェリアは驚きに目を瞬いた。
「魔法を封じるこの部屋で倒れない魔法使いも久しぶりですが、保身を訴える者は初めてですね。あなたのような人材こそ聖国につかえてほしいものだわ」
そう言って、お茶の準備を、とベルを鳴らして従者を呼ぶと紅茶を準備してくれた。シューラハルトがたくさん紙を抱えてが戻ってくるとまた人払いがされる。
「どうぞ、ご覧になって。そしてもう時間が巻き戻る事のないようにしてください。協力、とおっしゃるならば。」
アンツェリアはまたじっと洋介を見る。セーブはあとひとつ、と友康は言った。それは二回友康を退けなければならないことを意味する。嘘はつけない。
「申し訳ございません。勇者の言葉を信じるならば、勇者を二回退ける必要があり、あと一回は必ず巻き戻ります。」
「で、あるならば。巻き戻らない方法で勇者をおさえてください。お約束いただけないのでしたら、協力、という形ではないかと」
洋介は何も言えなかった。約束などできるはずもない。自分がしくじればさらに巻き戻る回数は増えるのだから。
「なるほど、セーブを使わせない方法ですか。探してみます。我々としても戻りたくはないので」
レオンが言った。確信めいて頷いているが、可能なのだろうか。当てがあるようにはみえないが。
「資料見せていただいてよろしいですか?」
どうぞ、とアンツェリアは手で差ししめす。ありがとうございます、とレオンが手に取ると無言の時間が流れる。
まさか全部確認するまで猊下を待たせるのか?
洋介でもそんなことはできない。だが貴重な資料だし、借りるというわけにもいかないだろう。レオンもメモをとりながら見ている。
「あの、巻き戻さないお約束はしますが、巻き戻らない約束はできません。ヨースケが死んだら巻き戻ってしまうので」
レオンが顔を上げる、アンツェリアは何も言わなかった。ただじっとレオンの顔を見る。言葉遊びのようなものだが、確かに死んでしまうとロードを回避することはできない。レオンは困ったように笑って、また資料の写しを始めた。




