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勇者か魔王か選ぶ権利は君にある  作者: いんなみさんとこの奥さん
25/26

024:お手紙どうぞ


「ああ、やってしまった」


 洋介は何度目かわからないため息をもらし、ダイニングテーブルにへばりつくように伏した。


 アミタに対して失言をして、あの日は最悪なままに帰ることになった。彼女がギルドマスターになるまでに、どのような苦労があったのかは想像に難くない。自立した大人の女性であり、なおかつ自分の生き方に誇りを持っている、そんな彼女に対して勇者に負けるから逃げようと言ったも同然。


 ――嫌われたよなぁ……。


 伏したままの洋介はまた、ため息を吐く。口から出た言葉は戻らない。


「魔王様、元気出してください。女の子に振られたくらいで落ち込んでたらキリがないですよ」


 変わらず部屋の隅で座っているヤマブキは、ここのところ動いているところを見ない。


「ヤマブキ……おまえ24時間そこにいるのか?」

「あぁ、最近なんだか辺りがきな臭いので、動けないんですよね。動けば動くほど隠匿は弱くなるので」


 そういえば肩まわりの筋肉が少し萎んだ気がするる。


「きな臭いって友康か?」

「いえ……違うとも言い切れないんですけど、とりあえず彼の気配はありません」

「……けど勇者関係者ってことなんだな?」

「そうだと思います。確証はありませんが、近くをウロウロしてますね」

「出て行った迷宮の住民もいるから、おおよそ場所を絞られるのは仕方がないか」

「隠匿だけで人を避けたり誤魔化したりする事はできないので、僕は結界も張っているんですよね……安易に場所が特定できるはずないです」


 ヤマブキは、ムゥっと顔をしかめた。納得できない、と言うかのように。


「特定されかけてるのか?」

「結界にそって……間違いなく境界を探してるんです。隠匿の範囲はバレてもおかしくありません」

「中には入れないだろ?」

「もちろん入れませんよ。この辺りは全て僕の迷宮にしたもおんなじなんですから」

「じゃぁなんでそんな顔……」

「単に見つけられたことが悔しいんです。僕が許可しない限り入ってくるのは不可能ですけど」


 膝を抱えて唸るヤマブキを見て、洋介は一度、うんと伸びをした。ポキポキと背中の骨が心地よく鳴る。


「目的を見失ってるな、俺。まずは自分の足元固めないとな」

「国と言うには小さいですが、内情は整いつつありますよ。なにしろレオンさんを筆頭に、みんな頑張ってますから」

「それはやっぱあれか?ロードされる前の記憶的な、あれが……」


 言葉に詰まる洋介に、ヤマブキはクスッと小さく笑う。


「魔王様、失ってしまった記憶も含めて今です。心は、頭で覚えていない事も時に覚えていますから。例えまたリスタートしても、魔王様たちは同じように集うと思います」

「そう、そうだな……俺もこの胸の内にある気持ちが、記憶はなくても仲間を教えてくれる」


 トンと胸を叩いて、洋介はヤマブキの頭を撫でた。彼は嬉しそうに微笑んで頷く。


「僕はここで僕の仕事をします。勇者を遠ざけるのが、僕の役目ですから」

「ありがとう、いつも」

「お安い御用です、魔王様」


 ヤマブキは微笑んで、小さく何度も足をパタパタと動かしていた。





「まずはメルディブ聖国と手を組む」

 

 日が暮れるまで洋介は散々唸りながら悩み、リビングで転がって、皆が戻って来てから食卓を囲んだ。そんな中彼がそう言った途端、レオンはフォークを落とすし、マクシムはスープをこぼした。そしてロイの手からパンが転がり落ちた。

 そこまで驚くと思わなかった。


「一見とっつきにくそうに思えるのは、殆ど鎖国状態だからだ。けど頭はひとつでやりやすい。ローレイ公国は何をするにも議会の承認がいる。議会を制するほどの貴族を丸め込むのは、骨が折れる」


 洋介ががそう言うと、ロイが頷いた。


「確かにメルディブ聖国は閉鎖的なイメージだが、そっちが魔王についたとなれば、ローレイ公国は確実についてくるな」

「そうですね。公国は聖国とつながりを持とうと必死ですし、深く考えずにならうでしょう。案外悪くはないかも知れません」

「聖国を丸めこめたら、の話だろ。猊下が魔王に屈するかねぇ?」


 マクシムはスープを飲み干し、お皿を端に避けた。品のないやり方に、ウグイスがギリギリ歯を食いしばっているのには一切気付いていない。


「それに関しては作戦がある!ロイの新聞がカギだ!」

「は?新聞?」


 ロイが首を傾げたが、洋介は得意そうに笑い言った。


「猊下のお気に入りがいるんだろ?」


 ああ、と頷き、にやりとロイも笑みを返す。近衛だったころの同期が今はメルディブ聖国で猊下の護衛騎士をしている。上手くやれば猊下に会うことができるかも知れない。


「猊下がどこにいるかさえわかれば、俺なら会いに行ける」

「魔法を退ける術式があるので、勝手に行くのはお勧めしません」


 レオンは新しいフォークをアカネから受け取ると、礼を言った。そしていかに洋介の考え方が危険なのかを説きはじめる。


「王国のような、ずさんな管理は他国ではあり得ません。重要な場所全てに技師が配置され、術式が展開されている事でしょう」


 魔法を弾く程度ならば良いが、侵入を試みると同時に死ぬような術式もあるらしい。トラン王国のように、技師を減らすなど考えられない事で技師がいれば居るほど緻密で魔力に満ちた、質の良い術式となるそうだ。


「そんなに身構えなくても、会談したいと手紙を出せばいーんだぜ。勇者にせよ、魔王にせよ、国は必ず応じるはずだ」


 横から口を挟んできたのはマホガニーだった。イカルゴのところに行くと言っていたが、戻ってきたようだ。


「謁見ではなく、会談ですか?」

「レオン、わかってないな。魔王が他国に遜ってどうすんだよ。あくまで対等だ」

「理解しました。場所は聖国でいいのですか?」

「こっちに軍勢率いて来られても困るし、向こうに断る理由を与えたくないからな」


 マホガニーとレオンが頷き合って、事の方向性は決まったようだ。


「じゃあ俺は同期のやつに手紙を渡せばいいのか?直接のが、確実だよな?」


 ロイは少し困ったように笑った。健康な引きこもり生活も長い。街に行くのは久しぶりどころの期間ではなくなっていて、抵抗を感じるのは仕方がないだろう。


「同期の方ならば、破棄せず届けてくれると思っていいですか?」

「それはもちろんだ。魔王からとなれば、それをもみ消すほど愚鈍なやつじゃない」

「皆で行きましょう。会談の日取りをなるべく近くに設定します」


 準備させる前に「返事は要らない、指定の日時に行く」と押し付けてしまおうと言うのだ。あんまり勝手に感じたが良からぬ動きがある前に、敵意はないと直接主張すべきなんだそうだ。

 それくらい、魔王と勇者は国にもたらす影響が大きいのだと理解できる。





 それから、口を開くなと言われてヤマブキに気配を消す術をかけてもらった洋介が、ロイとレオンと共に聖国に入ったのは3日後の事だった。

 待ち合わせの酒場に入って、店員が自然に「二名様ですね」と言うまでは効果に対して半信半疑だったがヤマブキはすごい。


 酒場と言っても上品なものだった。無骨な王国の酒場とは随分違う。壁の仕上げ方も、椅子から机までもとにかく丁寧に作られたものだ。きれいに塗装されて、全体のデザインはシンプルだが細部には凝った装飾が施され手間もかけられている。これは国全体の様々なものがそうらしい。本一冊にも、よく見るとわかる装飾がなされているんだとか。

 そもそもこの酒場が大衆酒場だと言うなら、一般家庭の生活水準も王国より上だろう。識字率の高さも頷ける。


 ――この大陸三カ国で最も底辺は王国な気がするな。



 「待たせたな、ロイ。久しぶり」


 奥の席で待っていた洋介らの元に来たロイの同期は、とても美しい男だった。


「変わらないな、シューラハルト」

「どこが! 君同様僕も歳をとったさ!」


 淡い緑の長い髪を三つ編みにし、さらりと左に流していた。右には翼を模した耳飾りが揺れており、彼の整った顔と合わさるとそこにいるだけで、凡庸ではない雰囲気が漂う。

 今日は休暇と言っていた通り、服装はおおよそ騎士らしくはないが、地紋のある上等そうな布でできた服を着ていた。


「初めまして、レオンです」


 爽やかすぎるほど、にこやかな笑顔は外向けだ。洋介は宝石屋で何度もその顔を見ている。レオンの笑顔には2種類あるのだ。


「シューラハルトだ、よろしく」


 シューラハルトにも、洋介は認知されていない様子で、目も合わないし、こちらを気にする様子もない。飲み物と軽いつまみを頼んで乾杯したが、洋介には水の一杯も出てこない。


「いきなりで悪いが、これを猊下にお渡ししてほしい」


 ロイが差し出した手紙は、マホガニーのスパイスが効いたレオンの手紙、魔王風だ。洋介は目を通しただけで、内容は考えていないし、字が書けないので魔王直筆ですらない。


「これは?」


 シューラハルトは手紙を手にとらず、訝しげにロイを見た。


「魔王様からの手紙だ」


 ロイの返事に、彼は何も言わず手紙とロイを見比べ、最後にちらりとレオンを見る。驚きに染まった瞳は動揺でわずかに揺れる。


「お前が……誰かの配下についたのか?……また」


 シューラハルトのその言葉には、実に多くの意味がある事だろう。同期だったと言うならば、ロイの忠誠心と裏切られようは知っているはずなのだから。


「俺はもう誰の下でも働かないさ。そんな気にはなれないし、お前のように……新たな主に忠誠を誓うなんて大それた事ももうできない」

「……だったら何故だ。何故お前が魔法使いを伴ってこれを持ってきた?まるで使者じゃあないか」


 驚きの後シューラハルトを襲ってきたのは焦りだった。


「使者だ。だから俺のコネを使って、確実に猊下に届くようお前に頼んでる。紛れもない猊下の側近である、お前に」


 シューラハルトは、じっと手紙を見つめた。言葉を探しているようにも見え、またこれを受け取るか否か迷ったようにも見えた。

 けれど彼はそれを手に取り「確かに受け取った」と頷く。


「魔王からの猊下への便りを、突き返す権力を私は持ち合わせていないんでな」


 緑の髪の男前は、諦めたように微笑んだ。

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