023:シュタルコニアローズ
――マスターの事は、正直見惚れるくらい綺麗だと思う。ちょけた態度の俺の事も優しく指導してくれたし、なによりあんな綺麗なのに、王都ギルドのマスターなんだ。手腕もすごいに決まってる。
――本人が言う年齢差は気にならない。なんせマスターが綺麗だから。それで全てが許されるんだよ。
――まあ外見ばっかりだ。男なんてそんなだろ?これから知ってけばいいんだよ。マスターやれるくらいだから、内面も多分申し分ない。とにかくかわいい。彼女のことを知りたいから、彼女に側にいて欲しいんだよ。
――メールもないし電話もない。こんな世界なんだから、相手を呼び寄せるしかないだろ。昨日の別れが今生の別れかもしれないんだから。
「だからと言って、無茶苦茶ですよ」
レオンは息の吐きすぎで逆に死ぬんじゃ、と言うほど何度目かのため息をついてきた。こちらに呆れた視線を向けてくるのも忘れない。
「ヨースケの思いつきは、今に始まったことじゃないがなあ」
ロイの呆れたような、はたまた微笑ましく思っているような声色は、かなり好意的だ。
「マスターを嫁にってとこが常識ねぇっつーか、なんつーかな」
マクシムは含み笑いしながら言う。思い出したら笑える、と昨日から何度も笑われているのだ。何がそんなに面白いのか。
「妾は絶対に認めませぇんっ! 主様のお嫁さんは妾達だけでいいんですゥ!」
「到底許容できませぬ。ましてやラルヴァの民など」
「そうだねぇ、ラルヴァの民は僕も苦手」
ヤマブキが小さな声で言った。なんで? と質問したくなるのは当然で、マスターが自分が迷宮に入れないと言っていた事と関係するんだろう。
「僕ら迷宮にとって千里眼なんて敵でしかないんですよ」
「小さな頃に乗り込まれても、妾達も赤ん坊同然ですものォ」
「世界を見渡せる千里眼は恐ろしいのです」
彼らの言い分によると世界を見られる、という事が脅威らしい。幼い迷宮の天敵は人。そして生まれたばかりの迷宮は討伐しやすく、それを見つける事ができるラルヴァの民はとにかく恐ろしい致死性の病のような存在で、こちらから手出しできないのに向こうには見られているという恐怖があるらしい。
認知されることを恐れないのは、生まれて百年近く経つ迷宮からで、階層の少ない彼らはどうしても本能で背中がぞわぞわと落ち着かないそうだ。
「でもマスターはかわいいし、きれいだ」
――誰にも理解されなくていい、マスターはとんでもない美しさなんだからな。
「んなこといって、マスターに断られるに決まってんだろ。というか……すでに断られてんだぞ」
マクシムが肩を竦めるが、洋介は得意げに口の端を吊り上げて、ふんっと息を吐いた。
「まあ見てくれよ、俺はこれでマスターとデートに行ってくる」
「デート?デートって、求婚のための花見のことですよね?今時そんなことする人いませんよ。それに、ヨースケはすでに求婚してしまっていますし」
「……ごめん求婚の花見って?俺の思ってるデートとちがうわ」
洋介はアイテムボックスを開きかけて手を止めた。この世界のデートは、いい感じの男女が2人で出かけるものではないらしい。
「普通……結婚を申し込むには、何度か女性のお宅に通い両親と話します。時には昼食をともにする事もありますね。父母がいいと言えば女性と午後のお茶1時間ほどを過ごします。それから何度か午後のお茶に行き、そのあと女性の両親から朝食に誘われたら求婚してもいいと言う合図です。そして朝食の後はそのままデートに出かけ、花見をしながら用意した求婚の品を渡し、女性に結婚を申し込むのです」
レオンの説明を聞く限り、自分がいかにこの世界で非常識なプロポーズをしてしまったかわかった。わかったが、すでに口から出た言葉は戻らない。では自分が予定していたデートで、求婚の品を渡せばよいではないか。
「求婚の品ってなんだ?」
そう尋ねると、レオンはあからさまに不機嫌な顔をした。
「……王国の様式に則るならば、魔石の花です。シュタルコニアローズと言われる薔薇の形をした魔石ですね」
「それは手に入れにくいのか?さっきからレオン変な顔してるけど」
「……普通は、注文して半年ほどかかるものですが、それは箔付けのための期間が大半ですから、オーダーメイドでなければすぐに用意できないこともないです」
うちの商会で、と小さくレオンは呟いた。
「コイツんとこ、元は寝具屋なんだけどな、建築家の姉貴が何年か前に宝石の店を建てたんだよ。今じゃ貴族もシュタルコニアローズを買いに来るくらい、王都じゃ有名店だ。既製品があるのはそこしかない」
「口利きするなら僕も行かないといけないので、それが嫌なだけです。別にヨースケが、うちで花を買うのが嫌なわけではないですよ」
はぁ、とため息をつくレオン、彼はなにか宝石店に懸念があるようだった。しかしその婚約指輪もとい婚約花がすぐに手に入るなら、彼には付き合ってもらわねばならない。
「ところで、さっき見せようとしてたモンはなんなんだ?」
マクシムに問われたがお楽しみにしておこうと、ヨースケは首を振った。うんと驚かせてやる。
レオンが宝石店に行くのが嫌だった理由は、店に入る前にもうわかってしまった。
「きゃー! レオン坊っちゃま〜! お久しぶりですっ」
「冒険者家業がお忙しいのですか?」
「全然こちらに来てくださらないんですものっ! 寂しかったですわ〜」
きゃっきゃっふっふの大歓声。店員の女の子たちは、レオンを見つけるなり扉を開け、うわっといっぺんに寄ってきた。接客中の他の女性もソワソワしながらこちらを見ている。
マクシム曰く、レオンの実家はすでに1番上の兄が継いだそうだ。しかし大きな商会なので、正式に父親が引退する頃には、レオンが冒険者をやっていたとしても実家を手伝い続ける事になるそうだ。レオンの嫁になる事は、責任者となる後継よりも気楽で尚且つ食いっぱぐれがないので、彼に寄ってくる店の従業員は多い。
おまけに彼の可愛らしく整った顔のおかげで、女性たちは放っておけないというもの。
「シュタルコニアローズが欲しい、急ぎだから売約済みでない既成花をだしてくれますか?」
レオンがそう言うと、一瞬従業員がざわついた。皆一様に「誰に贈るのか」と聞きたいのに聞けないのだとありありとわかる。
慌てて数名が奥へ行き、洋介らはボックスになった席に案内された。お茶を出す女性が、先ほど駆け寄ってきた時と違いとても深刻そうだ。
――わからないな。そんな顔するなら好きだって言えばいいのに。
もちろん彼が購入するわけではないが、聞かれてもない事を洋介がわざわざ言うのはおかしい。それに彼女が、レオンの地位……つまり、大店の次男のレオンが好きなのか、本当にレオンが好きなのかは初対面ではわかりようもなかった。
「今、完成しているものはこちらの3つです」
四角い箱を奥へ行った従業員が持ってきて、テーブルの上に置いた。内側が赤いベルベットの、いかにも宝飾を置く箱だった。
そこに3つあったシュタルコニアローズは、とても綺麗だった。
それぞれ少しずつ色が違うが、一輪の薔薇であるその魔石は3つとも輝きに魔力を秘めているのがすぐに分かった。茎から花弁へと混じり合いながら色が変わっていき、それは常に動いているようにも見える。
こちらに来ていくつか魔石と言われるものには触れたが、こんなに美しいものは初めてみた。
「どうぞ、お手に取ってご覧下さい」
従業員の女性に促され、洋介はちらりとレオンを見た。彼は頷いて視線をシュタルコニアローズに戻す。
――素手でいいのか?
洋介は恐る恐る手を伸ばす。後で知ったが、魔石は魔力でしか干渉できないので、手垢やほこりでは汚れないらしい。
――触るだけですごい量の魔力がこもってるのがわかるな。求婚の品というのは伊達ではないらしい。
「これにします」
洋介が手に取った青のシュタルコニアローズは、濃紺から淡いスカイブルー、そして白へと繊細に花弁の色が変化している美しいものだ。
マスターにとても似合いの青。光を取り込んでキラキラと煌めいている。
「シュタルコニアローズは、一つ一つ職人が魔石の魔力を動かして形を整えていますので、どのように似せても全く同じものはできません。お気に召すものがございまして、安心いたしましたわ」
彼女の安心とは、レオンが買うわけじゃないのね、という多くの従業員の安堵が含まれていた。お茶をくれた彼女は、次はお菓子を持ってきてくれて、青い顔は再びレオンに恋する赤い頬に戻っている。
洋介はそのあと、レオンに頬染めた女性が持ってきた支払い金額に目が飛び出そうになった。平然と支払わねば格好がつかない気がして、黙ってお金を払ったが、こちらに来て貯めたお金はほとんど持っていかれた。
「あーついに買っちまったな! これでデートも断れたら、俺もうヨースケの顔まともに見られねぇわ」
店を出たあと、マクシムはケラケラと笑っていた。振られても魔石として役に立ちますよ、とレオンはいつもより朗らかに笑っている。女の子たちから解放された爽快感からくるものだろうか。
「このままギルドに寄って、デートいつならいいか聞いてくる」
洋介がそう言えば、頑張れよ、と2人は送り出してくれた。誰も本気にしていないだろう。きっとマスターすら。
「君は正気か?」
マスターはフッと息を吐いて、洋介に視線を向けた。彼が急に来たものだから、面倒にならないよう奥へ招き入れたのだが、何かと思えばデートに誘われた。
「まだあの話生きてたんだぁ〜 とか、思ってますか? 現在進行中ですよ」
洋介が微笑みながら言うと、マスターは困ったように眉を下げた。本気にされていないのはわかっていたが、困った顔をされると心にキツくくるものがある。
「デートしてくれたら、しつこくしたりしないです。俺とデートしてくれませんか?」
自分でも思っても見ないほど、下手に出た声だった。よく言えば可愛らしく庇護欲を掻き立て、悪く言えばぶりっこ。
洋介はおそるおそるマスターの顔を見た。
そこには美しい顔があり、酷く無表情だった。マスターが何を考えているかはわからない。ただ、拒絶している風ではない。
「洋介」
マスターに名を呼ばれ、ドクリと胸が跳ねた。確かに洋介、と呼ばれた。ヨースケではなく。
「君は魔王だ。そして私はそれに相反する種族なのだよ」
悲しそうにアミタは目を伏せ、わずかに右肩が震えた。潜在的な対立が、魔王と勇者以外にもあると思わなかった。ロイたちは民衆が魔王と関わり合いになることはあまりないと言っていたからだ。
「相反するって、勇者みたいに命を狙うような関係ってこと?」
「そうだね。ラルヴァの民の能力は、魔王を追い詰めるためにある。千里眼はこの世界のどこでも見られる……もちろん隠蔽されれば見えないが、隠蔽していることは場所を見つけさえすれば、そこが隠されているのだとわかる」
「その魔王とか勇者とか、そのシステムはなんなんですか。ゲート通ったらみんなどちらかに割り振ら
れるんですよね?なんのために?」
マルタがグッと眉を寄せた。そんな顔も綺麗だと思ったけれど、頬を緩ませたら怒られそうで、嫌われたくないのでぎゅっと口を結んだ。
「何、と言われてもね。雨が降ることは説明できるが、この世界が存在することを説明できるのか?」
洋介は押し黙った。当然説明などできないし、なぜ?という漠然とした質問ではなおさら。意味などない、それが世界で、ゲートなのだから。
「じゃあ、マスターは友康の味方なの?」
「トモヤス……?ああ。あの勇者か、味方ではないが助力を乞われれば助けなければならない」
「じゃあなおさら、俺は引けないですよ友康からはすでに1発やられてます。あいつが王国でどんな立場か知りませんけど、あんな顔する今の友康がまともとは思えない。あなたに関わらせたくない! 俺が守ります」
マスターはにこやかに微笑み、その瞳の奥では失望したようにこちらを見返した。
「守ってもらわずとも、今の勇者には負けぬわ」
洋介は自分の言葉が、アミタのプライドを傷付けた事に初めてそこで気が付いた。実力者だとわかっていたのに。




