011:大事な助言
「えっとつまり、元魔王なんだって。俺と同じでゲートの向こうから20年前に来て、10年くらいトラン王国に封印されてたらしい」
禍々しい鷹が洋介の肩に乗っているのを見たウグイスが、すぐに切って捨てようとしたり、アカネがものすごく心配していて、洋介を見るや否や飛びついてきたりと一悶着あり、洋介が何かに拐われてから、皆も迷宮の地図が消えてしまい、そのまま大量の魔物に襲われ撤退もできず戦っていたがいつのまにか森の中だったこと。
簡単に説明してもらい、互いに無事であったことを確認した。
「ひれ伏せこの野郎ども」
洋介の肩乗り鷹となっているマホガニーに、アカネは不満そうだった。
「つまり力を失って、この森の地下深くに追いやられていたんですね?」
レオンはとても興味深そうにマホガニーを観察していた。
元は人で魔王で今は動物とはどういうことなのか、と。
「しかし名前を奪うってのはなんなんだ?それにトラン王国が魔王を討伐した話なんて初めて聞いたぜ?10年くらい前の事なら俺たちが知らないわけないだろ」
レオンとマクシムの話に、マホガニーはコクリと頷いた。
「まず、洋介はトラン王国には出入りしないほうがいい。この国は洋介のやり方での移動魔法を防ぐ術がある。あと名前だ。名前をとられると、こちらの事象を足し引きすることが難しくなる。俺のようにカラカラに締め上げられて埋められる」
「どういう事ですか?」
レオンは眉をしかめ言った。
「理屈は知らん。だが名前をとられるとこの世界に干渉しにくくなる。話したり、魔法を使ったり。体も満足に動かなくなるし、もちろん食べることも難しい」
「だからマホガニーはミイラみたいに干からびて、石にはりつけられてたんだな」
洋介はひとつ気付いたことがある。
ゲートをくぐって来た自分たちは同じように非常識な量のHPがある。
手足を引きちぎられてもそれに見合う痛みもなく、HPが減らない。マホガニーがあれほどの窮地に見えてもステータス上のHPはまだ半分以上残っていたところを見ると、おそらくこちらで地球人は相当な事がないと死なないのではないか。
「それを洋介が意図せず眷属にしたんだが、おそらく俺にマホガニーという名前が新しく付いたことで王国も元の俺の名前に意味がなくなったことを知ったはずだ」
「んーっと、つまり?」
にこっと洋介は微笑んだ。
鈍いなー大丈夫かよっとマホガニーは飛び上がり、くるくると彼らの頭上を旋回した。
「魔王を解放したのが誰なのか、ここへ確認しに来るにきまってんだろ」
「そっそれを早く言ってください!逃げますよ!洋介!移動魔法!」
マホガニーの一言で、レオンが大慌てで杖を出して周囲を見回し洋介を急かす。
「え!あ!え!つ、つかえない!」
洋介は大慌てで地図を開いたが、何故か場所をどこも選べなかった。
「ほらみろ言わんこっちゃない」
マホガニーは大きなため息と共に洋介の肩に戻った。
言ったそばからこれだ。洋介ではなく、自分を警戒しての事だろうが、強みも弱みも洋介とは同じ。
手の内は知られているのと同じ事。
「ああ!もう!短距離ですが僕の魔法で飛びます!皆さん早く寄って!」
「いたぞ!!あいつらだ!!」
よく通る兵士の声が聞こえた。
後ろで魔法使いが移動魔法を阻止しようと詠唱し始めている。
間に合うか?洋介は水魔法を全開で放ち、兵士達めがけて放つ。それはなんとか間に合ってくれて凄まじい激流が滝となり、壁を作り隔ててくれた。
「光よ!我らを導け!」
レオンが杖を掲げ、彼らは光と共に空へと消え去った。
「くそ!容姿くらいは捉えたか?」
後に残された兵士達は空の光を見送り、悔しそうに顔を歪めた。
「申し訳有りません。ほとんど映っていません」
映像は不鮮明で、一瞬姿をとらえたように見えたが、すぐに激流に押し流され、水しぶきに何も映してはいない。
兵士は苦虫を噛んだ。
「南に向かったようです、追いますか?」
兵士の問いに軍曹が答えようとしたとき、
「移動先の特定は出来たか?とっさにこちらの魔法で飛んだようだが」
黒い馬にまたがった男が、一線にいた兵士達の背後から声を掛けた。
馬は立派な装備で、もちろん彼自身も立派な軍服だ。
一目見て上等とわかるそれらの服は、白を基調とし赤いベルベット、金色の刺繍が施されとても戦うための服とは思えない。
「しょっ、う‥アンドレア‥少、将‥閣下‥」
兵士は一斉に敬礼をし、ビシッと背に棒でも通ったかのようにまっすぐに立った。
「お前たちの仕事は敬礼することなのか?」
アンドレア少将閣下、と呼ばれた男は突っ立ったままの兵士にひどく不愉快そうだった。
長い金色のまつげを伏せて、深く息を吐く。
まっすぐさらりと伸びた髪は、肩につくギリギリの長さで揃えられている。
軍曹はヒュっと息を口から吸い込み、声が震えぬように腹に力を込め、敬礼をといた。
「も、申し訳ありません。直前の水魔法でこちらも補足を外してしまいましたが、南へ向かったのは間違いありません。今から追いかけ‥」
「それでは後手だな。どうせ南は住処でもなんでもないだろう。こんな近場だ、おそらく王都のギルドで探した方がよさそうだ。今から小隊を連れてギルドに赴くぞ」
アンドレア少将は軍曹の言葉を遮ったが、その言葉に軍曹はさらに慌てた様子で顔を蒼くしていた。
「そっそんな大人数ではギルドとの条約違反と取られかねませんっ」
大汗をかきながらも、軍曹が必死に進言する。
「ふむ、それは困るな、内密に動かねばならんが逃すわけにもいかん。私一人で行くか」
「そ、それもとても目立ちますし、閣下が先触れもなしにいきなり訪問してもよからぬ波となりますっ!」
軍曹の汗はもはや滝だった。
かわいそうに、一言一句当たり前のことばかり言っているのだが、階級の差に脅えているのだ。
なにせアンドレア少将と話すのは初めてで、遠まきに見たことがある程度。
もっとも、ここにいる兵士全員がそうだろう。であればこの中では自分が一番階級が上であり、自分が少将と話すしかない。
そうでなくともこの美しい容姿に圧倒されてしまう。
「先触れなら貴様が今から馬をかければいいだろう」
「そっそんな無茶な‥先触れと到着がほとんど同時刻ではそれは相手にとっては突然の訪問と同じですっ‥ギルドに余計な大義名分を与える事になってしまいかねません‥」
「あれもダメでこれも、か。相手は国家転覆を目論む危険人物かもしれないのだぞ」
軍曹の果敢な進言に兵士たちは密かにエールを贈っていたが、そんなことを感じとる術もないほど汗だくでいっぱいいっぱいの軍曹は、もう首をはねられる覚悟で言った。
「はい、ですから、私と兵長で参りますので」
「そうかでは今すぐいけ、馬はどうした」
まだ変なことを言われると思っていたが、意外な事にアンドレア少将は食い下がり、こちらの提案を認めてくれたようだ。
軍曹は一瞬びくりと肩を震わせたが、落ち着いてあたりを見回した。みな一様にずぶ濡れで、馬も相当に動揺している。
「さっさきほどの激流で気が立っておりますので、走って向かいます」
「そうか、ここは指揮しておく。すぐにいけ」
「は、はい‥」
そして洋介たちは、大慌てのレオンの魔法で、王都とは反対側、アカネとウグイスが迷宮を作っていた泉方面まで飛んでいた。
「なんで追手が来る事早く言ってくれないんですか!ヨースケの移動魔法なら国外でも飛べるのに!」
「すまん」
ばっさりとそう謝罪したマホガニーに、レオンはますますため息を深めた。
「追跡されているかもしれません。あと2、3度このまま南へ場所を経由してからヨースケの移動魔法でロイの家までいきましょう」
「なんでわざわざ違う方に飛ぶんだよ?」
マクシムのバカバカしい問いには誰も答えなかったが、迷宮姉妹から哀れみの目だけは向けられた。
ロイの家に着いた時には、耐えきれなくなったレオンがバターンと倒れた。
振り切るように遠くへ遠くへと三度も大人数で移動したことによる魔力切れだ。
洋介は慌てたが、マクシムが心配ない、寝かせようと提案してくれたので、洋介の部屋に寝かせる事にした。
「杖を持たせておくといい。魔力の回復が早くなる」
マホガニーの提案で、意識のないレオンにどうにか杖を握らせ布団をかけた。
青白い顔をしているレオンの姿に、無理をさせてしまったと洋介は反省し、そっと扉を閉める。
魔力を回復させるのは睡眠と食事だ。
ロイはまだ帰って来ていなかったが、そろそろ夕飯の支度に戻ってくる事だろう。
ヤマブキの姿もないから、一緒に出ているはずだ。
「主様、我らは夕食の用意をします」
ウグイスとアカネはララ豆茶を入れてくれた。
もちろんマホガニーの分も。
「ロイが帰ってきたら、トラン王国のことも含めて今後のこと考えようと思う。ヨースケ大帝国なんて言ってる場合じゃないかもだし。近衛兵団の団長だったんだ、ロイ」
「なんだと?それはいつの話だ?なんでそんな奴がこんなとこで自給自足してやがる」
「10年前だ」
玄関にしている扉が開いて、ロイがそう言った。
「いったいどういう事態なんだ?毎日あれこれ拾って帰ってきやがる」
「あれー!魔王様その鳥はいったいなんですかー?」
後ろからひょこっと現れたヤマブキ。
神妙な顔も雰囲気も、マホガニー以外は全員が全てヤマブキに持っていかれた。
皆の注目の中、彼はきょとん?と首を傾げる。
今朝までのヤマブキならば可愛らしい仕草だったのだろうが、いつのまにか愛らしい顔のまま、ロイとそう変わらないくらいムキムキで、体も大きくなっているのだ。かわいいとは思わない。
「あ、これーなんかロイ様のお仕事手伝ってたら迷宮レベルいっぱい上がって!見た目も強そうになりました!今なら7階層くらいイけそうです!」
嬉しそうに照れ笑いをする彼に、洋介はかなりショックを受けていた。
まさかあんなに可愛い子供だったヤマブキが、自分より遥かにいい体格でウグイスとアカネをおねえちゃんと呼ぶのだろうか、と。
アンバランスすぎる。
「迷宮あるあるなんか?これも」
マクシムが迷宮姉妹に話を振ったが、彼女たちは静かに首を振った。
-----
ことの顛末を説明すると、ロイは難しい顔で俯いた。
少し時間をくれ、と外へ行ってしまいその日は結局話せなかった。
マクシムたちが泊まる許可はもらっていたので、ベッドはまだ起きないレオンに譲り、適当にソファーで寝ることにした。
マクシムには布類をたくさん敷いてシーツをかけ、即席布団を拵えた。これなら朝までぐっすりだわ、と喜んでくれた。狭いソファーよりは足が伸ばせるこちらの方が快適だろう。
このような事態に備え、今後は客様布団を作っておいた方が良さそうだ。
「寝る前に話したいことがある、洋介」
そう声をかけてきたのはマホガニーで、リビングに戻り話とやらを聞く事にした。
またララ豆茶をアカネたちにいれてもらい、ムキムキのヤマブキは隅っこに座って笑っている。正直怖い。
「聞かれたくない話だ、リビングだけに遮音壁を作った。喚き散らすとさすがに聞こえるからやめろよ?」
そんな魔法の使い方が‥と感心して洋介はふと思った。
「内緒話なのに、この子らはいいのか?」
指された迷宮たち3人はこちらに注目した。
「眷属にした迷宮というのはな、お前を裏切る事はしない。迷宮は俺らゲートの向こうのやつを無条件に好きになるんだ。眷属にしたならなおさら、お前には絶対服従なんだよ」
マホガニーはふぅっと息をついて、人間の外見に戻った。そしてこう続ける
「だけどこれ以上、迷宮を眷属にするのはお勧めしないな」
「なんで」
訝しむ洋介に、マホガニーはララ豆茶を飲んで間を置いてから答えた。
もどかしい。
「昼も言ったが、眷属にしたらそれを解約はできない。お前が煩わしくなったとしても、絶対にだ。あいつ‥イカルゴと言うんだが、あいつは俺の元に残る最後の眷属だ。他は王国に殺られた」
彼はそう言いながらムッと眉をしかめる。
きっととても辛く苦しい出来事が起きたんだろうと考えるのは、昼間の彼の姿を見るだけでわかる。
あの姿で飢えて乾きながら動くこともできず10年。
外の様子はある程度わかっているようだったが、それでも辛すぎる。
「イカルゴも相当痛めつけられた。あんななりになっても、俺がどう考えてもダメな状況になっても、まだ俺に心酔してやがるし、裏切るつもりも見限るつもりもない。次のアクションを待ってやがる」
「あの状態で、期待しながら待つ人がそばにいるのも辛いな」
「まったくその通りだぜ!さすがは日本人!話がわかるな」
まだ痩せこけたマホガニーの顔も、食事をとって少し顔色が良くなった。
「王国に攻められた時、俺は迷宮たちに逃げるように言った。けれど奴らはこっちを護りたいがために側にいる。そんな命令は聞かないんだよ」
「絶対服従じゃねーじゃん」
洋介の言葉に、そうだな、と頷いた。
「だから困るんだよ。よかれと思って余計な事したり、逃げろって言ってんのに立ち向かっていったりな!とにかくまあ、眷属は増やすな」
洋介は頭を抱えた、眷属を増やさないためには迷宮に行けない。マホガニーが言うように、迷宮がかならず地球人に惹かれるなら、そもそも迷宮には近付けないではないか。
有名になるという点はまだまだ達成されていない。
何か別の方法が必要だ。
「本題はここからだが、お前セーブはしてるか?」
「え!して‥る‥」
自信なさげに尻すぼみする洋介に、マホガニーは嘘つくなと槍を投げた。
「一度だけ、ここに初めてきた時に」
「セーブは3つまでできる、お前とシステムに差がなければ同じはずだ」
洋介が頷くとマホガニーは話を続けた。
「自分が死んだ時に、3回だけ戻れる」
「え!!!セーブしたところに?!」
「そうだ。セーブした場所、時間、そのままその時に戻れる。ゲームみたいにな」
「知ってるって事は‥」
洋介はゴクッと喉が鳴った。
「ああ、俺はもう3回死んだ。セーブの項目はもう消えて、おそらく次はない」
全部、王国に?と問うと、マホガニーは眉間にシワを寄せたまま、首を縦に振りそうだと肯定した。
「死んでからロードする時、どのセーブにするかは選べる。セーブは上書きすると元には戻せないから、最初のセーブは残しておけ、今もう王国に目をつけられる状態より前のセーブがないならな」
「わ、わかった。残りは今からセーブする」
マホガニーが3回死んだと言ったとき、洋介はとても怖くなった。
今までこのチートでなんとかなると思っていたし、相当な火力で攻撃をしなければ、自分が死なないのではと仮説も立てた。
多少無理をしても国を成り立たせるまで周りを黙らせてしまえる。
ぶっちゃけたところ、安直にそう考えていたのだ。
けれど魔王と呼ばれ王国に追われるマホガニーですら3回も死んで、3回のやり直しを経ても最後は全て奪われ、はりつけにされていた。
死ななかっただけ御の字とは言えない状況だ。
こんな恐ろしいことがあるのだろうか。
「でもってこれは言うな。誰にも」
俯いた洋介はうんわかった、とマホガニーに返答し、息をすることに集中し不安と恐ろしさ、ごちゃごちゃした気持ちをごまかしていた。
マホガニーはバサッと羽を鳴らして鷹に戻ると、
「ま、俺がついてる」
「我らも、主様をお支えいたしまする」
4人がそう笑うので、洋介の胸の内はまた燃え上がることができた。
大丈夫、まだまだこれからだ、と。




