010:ペットボトル
ブチブチブチブチッ
多分きっともう自分は死んでしまったのだと思った。
体は軋んでいたし、なんだか手足から気持ちの悪い音がする。
視界は真っ暗。
聞こえてくるのは自分の体が千切れる音だけで。
みんなは無事だろうか?
死んだら向こうに戻れるだろうか?
ゲートの向こうに。
そう考えたら意図せずステータス画面が開いた。
なんということか、HPは全然減っていない。
手足の感覚はもうないのに?体をバラバラにされてもHPがある限り死なないのか。
なんというチート仕様。
自分でも薄気味悪いので、人には言えない。
洋介は回復魔法をかけた。
使うのは初めてだ。ロイに水と火をかけあわせ、それを応用したのが回復魔法と聞いた。
かけあわせができるとなると魔法の幅も増えた。
披露する機会はまだこの三日間ではなかったが、今このよくわからない状況を脱しなければならないし、仲間が窮地ならば助けなければならない。
自分の体に感覚が戻ったことを確認すると、洋介は次に雷の魔法をつかって光を生み出し、それをさらに電波として辺りに広げた。
受信機は己である。
そして、自分の近くをうろうろしている者がいる事に気付いた。
雷の出力を上げてみたら
「いたいー!」
と叫ぶ声が聞こえた。
洋介は自分が何かに入れられ囚われている事と、体を縛られているわけではない事を確認し、入れ物を破壊すべく火を放った。
もちろん自分もあぶられるが、同時に回復魔法をかけ続ける。
「ええー!!こまる!こまるよー!!」
頼りなさそうで、優柔不断そうな声がする。
声の主がこの状況の犯人なのだろうか。
「困るって何が?」
洋介が脱出して見えたのは古い手術室を思わせるような、なんとも元の世界と似た部屋であった。
植物のようなものに自分は喰われていたのだと、燃えかすと床を這う太めの緑色のツタを見て気付いた。
「困るんだよーいまから魔王様の所へお前を持っていかないといけないのに!出てこられたら運べないだろ!!」
地団駄踏んで抗議するのは、おそらくは男。
声質と、なんとなくの雰囲気。
どう見ても異質で青い顔色に、ボロボロの服から覗く手足も同じ血色の悪さ。不健康そうだ。
左目は飛び出していて見ているこっちの目が痛い。
おまけに眉間からぐるぐると円を描くように縫合されている。
口は右側が大きく裂けていて、歯はサメのようにギザギザだ。
体の割に、やけに頭や顔が大きく、三等身くらいしかないのではないだろうか。
「なんだって?魔王?俺以外にはいま魔王はいないんじゃないの?」
洋介が燃えかすをはらいそう言うと、靴も履いてないそいつはぐしゃぐしゃの髪をもっと振り回しながら怒っていた。
「ムギ〜ッ!!お前が魔王なわけなかろ!魔王様は世界にただひとり魔王様だけなんだよー!!」
「ふむ、俺のことだな」
「その傲慢さ!ゆるせないよ!絶対に!」
「ところで俺の仲間はどこへやった?」
「知らないよ!ニセの迷宮の中で擬似餌追いかけてアタフタしてるんじゃないの!人に化けてた迷宮は、アンタの匂いがしなくなってさぞ焦ってるだろうね!」
ざまあ、とニヤニヤ笑う。そういうのはさらに不健康そうだ。
「全員簡単にやられる事はないから生きてるんだな。いいぞ、魔王様会おうか。案内してくれ」
「ぬぁーに!魔王様はな!お前が簡単に会えるようなお方じゃないんだよ!ばかいってんじゃないの!」
あーあーあーと大きな頭を華奢な手で抱えて、そいつは回った。
大丈夫なのか、転ぶぞ。
「なんだよ、さっき魔王様のとこに俺を連れてくって言ってただろ」
落ち着けよ、と洋介は手をふりふり。
「連れてく!と運ぶ!はぜーんぜんちがうよね!俺っちは運ぶっていったの!こまるなー!もう!」
だが、ガバッと顔をあげると、また地団駄をふむ。
足が折れそうだ、大丈夫なんだろうか、と洋介は場違いな心配をしていた。
「じゃあどうすりゃいいんだ?またツタの中は勘弁な」
「どのみちあの子はすぐに育たないの!だから困ってんの!」
時間かけて大きくしたのにぃーっと顎に手をかけて、引っ張っていた。
ホラーすぎる、と洋介はひたすら引いていた。
異形だということより、知らない輩の奇怪な行動や仕草のが得体が知れなくて恐ろしいものだ。
「だから、俺が自力で歩いたらいいんだろ?拘束したいならしてもいいけど、意味ないと思うよ」
「あの子から自力で出てきたんだからそんなことわかってんのー!もお!ほんとに嫌なやつだ!」
彼の名はステータスを見るにイカルゴというらしい。さっさとこい!とイカルゴは言って、先ほどまでは見当たらなかった扉を開けた。
急に現れたのに、ずっとそこにあっても不自然ではないほど部屋とマッチした、そうまるで病室の引き戸だ。
今にも折れそうな足でペタペタ歩いていくイカルゴについて洋介も歩く。
もちろん油断はしない。
背中を汗が伝う。だが緊張で手足が冷え切っていた。ポーカーフェイスであれ、と洋介は願う。
「魔王様!生贄を連れてきました!さあ!どうぞ!」
イカルゴが声高々に叫ぶ。
真っ暗な空間に赤い目が二つ、灯りが灯るように光った。
パチパチ瞬きのたびに、光は点滅する。
「ググググアア」
呻き声とも取れない音を"魔王"とやらが上げたとき、バババババっと辺りに赤黒い光が灯った。
そこに見えたのはげっそりと腹のえぐれた、最早ミイラのようにシワシワになっている人だった。
性別もよくわからない。
ロマンスグレーの髪の毛は、栄養もないのか水分を失って触ってもいないのにパサパサだとわかる有様だ。
体は黒いツタにはりつけにされ、硬そうな石のベッドに寝かされている。
洋介はすぐステータスを確認した。
確かに称号には魔王とある、そしてゲートをくぐりし者と。
「おまえも地球から来たのか?!」
地球、という言葉に魔王様とやらはピクリと体を硬らせた。
「おお、おまえええー‥は‥」
どうやらうまく声が出ないらしい。
「ステータス見れるなら俺のも見ろよ。お前は名前が表示されてないな、どういうことだ?」
洋介は先ほどまで感じていた怖さが消え失せ、地球の人に会えたという事に喜びを覚え、同時に理解できないこの状況に一刻も早く理解しようという気持ちがはやる。
「名ぁは‥奪われた‥トラン‥お‥こく」
「え?!トラン王国?!まじか‥名前奪われるってどういう事だ?状況を説明してくれ。回復魔法でお前は回復するのか?」
「ああ‥だめ‥だぁ…イ、イカルゴ‥」
かすれそうな声で、魔王様はイカルゴを呼んだ。
「強大な魔力を感じると思ったよーまさかゲートの向こう側から来たとはー!なんかむかつくなー!お前程度が魔王様と同郷なのー?!」
また地団駄をふみ、髪をかき乱す。
こんなにずっとイライラした人は見たことがない。
「イカルゴオォ‥」
「申し訳ございません!魔王様!ウォッホン!いいかよく聞けお前、魔王様は今名前をトラン王国にとられ、回復魔法や食物で体を癒すことができなくなっている。ただひとつどうにかできる方法は他人の魔力だ。今は私めのわずかな魔力で繋いでいるのだが、現状維持はできてもそれでは回復までいたらないだからお前の魔力をよこせー!ってことなんだよ!」
イカルゴの説明はとってもわかりやすかった。
何かしらの方法によりトラン王国に名前をとられたので力も失ってしまいここに封印された。
なんとかするには魔力しかないので、迷宮を作り冒険者を誘き出し、そしたら魔力の多い洋介を偶然見つけ、さらった。
だがひとつ簡単な解決法がある気がする、洋介はそれを考えついて、すぐに提案することにした。
人差し指を立てて、口を開く。
「名前がないなら付ければいーんじゃね。なんか禍々しいから、マホガニーとかどう?暗くてくすんだ赤茶っぽい色だ」
「「はぁ?!」」
魔王様とイカルゴは声をそろえた。
そしてほぼ同時に体を拘束していたツタがポロポロと千切れて朽ちて、彼の凹んだ腹が多少膨らみ、ミイラと見まごうほどの萎んだ肌はそれなりの厚みを取り戻し、髪の水分もほどほどに戻った。
老けた印象はあるが、まだ40歳くらいではないだろうか。
ステータスを確認すると
マホガニー
39歳
洋介の眷属
と書いてあった。
どうやら名をつけたせいでこちらにも繋がりができたらしい。
洋介としては付けたつもりはなく、提案しただけだったのだが。
「おまえなぁ‥助けてくれたのはありがたいけど、おまえの眷属じゃ王国に復讐にも行けないだろ‥」
マホガニーは体を起こし、はぁーとため息ひとつ、両手を見つめた。
「なんかごめん。そんなつもりなくて、提案したかっただけなんだけど」
やっちゃったなーと洋介は目を右手で覆い、項垂れた。
「お前のスキルに名付け親ってのがついてる。それが名前つけると何でもかんでもお前の眷属にしちまう。あークソ、地球人が来てやっと解放されると思ったのによ」
「眷属って解除できないのか?」
「むりむり、どっちかが死ぬまで一緒。迷宮眷属にすんのも大概にしねーと放り出したくなってもできねーんだから」
「じゃ、マホガニーも一緒に来いよ。俺、トラン王国とローレイ公国の間に国を作ろうと思ってるんだよな」
「はあ?お前も魔王ってステータスにあるけど、まじでやろうとしてんのか‥って俺の魔王称号消えてる‥って当然か、お前の眷属なんだし‥まじかぁ」
ステータスを触りながら呟くマホガニーは、とても残念そうだった。
彼には彼の冒険があったんだろう。
「ちなみにマホガニーが名前をとられたのいつの話?」
「さぁ、10年くらい経つかな」
「‥ふーん」
洋介は、ロイがゴタゴタしてた時とかぶってるなーとぼんやり考えを巡らせた。
「とりあえず迷宮にもどるよ。マホガニーはどうする?一緒に来るのか、まだここで英気を養うのか」
「あ?馬鹿野郎だなお前。一緒に行くに決まってんだろ。眷属舐めんなこら」
「なめてないけどさ」
「イカルゴ、お前ココと洋介の部屋を繋げておけ引き続き研究はたのむぜ」
マホガニーがヒラヒラ手を振ると、イカルゴは飛び跳ねて喜びを表現した。
「かしこまりま!した!魔王様のお役に立てますよう!!はりきっていきます!!」
「俺はもう魔王じゃねー、マホガニー様と呼べ」
「はい!マホガニー様っ!ではお気をつけて!」
イカルゴは頬を伝う涙を拭い、扉を開けた。
きっと2人の間にこの10年色んなことがあったことだろう。想像もできない、と陳腐な言葉だが、洋介にとってはそうとしか言い表せなかった。
「いってらっしゃいませ」
「おう、いつもありがとうな、いってくる」
マホガニーはイカルゴに労いの言葉をかけると、扉をくぐった。
洋介も後に続く。
10年はりつけにされ朽ちていく魔王。
それを支え続け、奔走してきたイカルゴ。
地下深くこんな場所で、細々と繋いできた。偶然の繋がりで洋介を引き込むことにならなければ、まだマホガニーは、あの石台の上で喘いでいたかもしれない。
「喉が渇いた。もう水が飲めるのか、いつぶりか」
マホガニーが笑った。
「飲みかけなんだけどさ」
洋介がスポーツドリンクを差し出す。
なんでのみかけなんだよ、と文句をつけながらもマホガニーはフタをあけ、ゴクリゴクリと飲み干した。
「久々だなこの味も。20年ぶりだわ、ありがとよ」
洋介はからのペットボトルにもう一度ふたをして、アイテムに入れた。
なんでかわからなかったが、無性に何かが嬉しかった。
気付けば地上に出ていて、森の中に皆が倒れていた。
慌てて駆け寄ろうとしたところで、洋介の目の前をバザバサと赤と黒に光る鷹のようなものが横切り、それはそのまま肩に乗った。
「すぐに目が覚める、待ってろ」
声もステータスもマホガニーだ。
「その姿は‥?」
「俺はもう体が人間としては終わってる。多少腹が膨れたところで、洋介が死ぬまで魔力を注いでも戻らん。これは核だけ残した、俺が1番望む姿だ」
「めっちゃ禍々しいけど」
「ばっ‥!あったりまえだろ!こういうのがかっこいいんだよ」
「39歳の厨二病はしょーじき痛い」
洋介ははぁっとため息をついた。
バザバサ肩で羽を動かして抗議しているマホガニーには、取り合わない事にした。
だって厨二病って言葉を知ってるなら、少なくとも同じ時代の人間だ。
嬉しかった。




