009:3度目の迷宮
「ヨースケ、地図はみれますか?」
レオンが言う。
もちろん、と洋介は頷いた。
「目的は迷宮をたくさん潰して有名になることですし、くまなく探索はせずに最短で行きましょう。ヨースケの地図は我々にも見せられませんか?」
「え!」
考えたことはなかったが、どのようにすれば共有できるのだろうか。
「文字盤の力をオレらもつかえんのか?」
マクシムは満更でもない、と言う感じたっぷりにニヤついて、己の無精髭をなでる。
「やり方がわかりませんよ!」
洋介は慌てた。
共有する、とでもコマンドがあればいいが、今のところ見ていない。
「いっそ念じてみるとかどうですか」
レオンは真顔だが、そんな事で出来るなんて洋介には思えない。
しかし見れば、アカネとウグイスもうんうんうなずいていた。
「えぇ‥ぇ‥。じゃあやってみますけど…」
絶対無理だ。
このゲート能力には絶対的なシステム、かどうかわからないがそんなようなものがあると洋介は確信していた。
超常現象的なものではないと。
まあ、でも念じよう。
みんなと地図を共有。
「うぉ!なんか開いた!」
洋介はビクッと肩を震わせた。
文字盤の上にさらに小さな文字盤がポップアップ式に現れ、共有するメンバーを選択してくださいと表示された。
表示されているのは、ここにいる全員の名前と…
「共有できます、けど問題発生です。皆さんの名前と並んで果ての迷宮と表示されています…」
「果ての迷宮って、ここの事ですわァ」
アカネがうふっと体をくねらせ微笑んだ。
ええ〜と小さなため息が洋介とレオンにマクシムから漏れ出した。
迷宮をカウントするということは、そういう事なのではないだろうか。
「いやいや、まだ決まった訳でもねぇしよ。討伐するって事でいいだろ」
「まあ同行メンバーが増えるのはいいかもしれませんが、多すぎても迷宮攻略には向きませんし…ねえ?」
レオンが洋介に目線を流すと、彼はギョッとして両手をブンブンと振った。
「いやいや!!なんで俺に振るんですか!!」
「そりぁー、魔王様にお伺い立てねぇとよ」
マクシムはからかう様子もなく、大真面目に言うのだから困ったものだ。
せめて冗談めいていて欲しかった。
最もレオンは面白がっているようにしか見えなかったが。
「向こうには主様のもとにつきたい意志があるようです。これ以上は時間の無駄。呼び出します」
ウグイスはアカネと向かい合うと、両手を握り合った。
「え?!うそ!2人とも恋人呼べるの?!」
洋介の慌てふためく様も素知らぬ顔、2人を光が囲んだ。
「迷宮にはまだまだ謎が多いですね」
レオンの興味深そうな頷きを、マクシムはただ呆れ顔で見つめる。
ここに呼び出した瞬間、斬りかかってくるやもしれない状況で、相棒は悠長に構えすぎている。
アカネとウグイスはヨースケを守るだろうが、己たちを守ってはくれないだろうよ。
アカネとウグイスを囲むあやしい光が消える頃、人型のソレは現れた。
しかし姿を現すと同時に、飛び退いて岩の陰に身を隠しちらりと顔を覗かせる。
「何をしている!主様の御前だ!しゃんとせぬか!」
ウグイスは鞭打つように手から攻撃を飛ばし、果ての迷宮はヒィッと慄いた。
「あらァ、随分と恥ずかしがり屋さんなのねェ」
うふ、っとアカネが微笑んだが、その笑顔には修羅の面をチラつかせている。
端的にブチギレ寸前だ。
それもそのはず、迷宮姉妹の命よりも大切な主人に仕えたいくせに、呼んだら隠れるなど言語道断。
まだ主様へのご挨拶も済んでいないのに!と2人はイライラしていた。
無論そんなことを洋介が気にする事もなく、ただまたも迷宮の恋人が仲間にしてよ!と寄ってきた事実の方が洋介にとってはえらいこっちゃ、だ。
厳密には呼んだのだけれど。
毎日毎日迷宮を拾って帰れば、ロイの家から追い出されかねない。
追い出されなかったとしても申し訳なくて、その気持ちだけで不眠になりそうだ。
「オィ、ぶるぶる震えてんぞ、先輩風もほどほどにしとけや」
マクシムの言葉にレオンは、てめえが言うか、と小さく呟く。
それが聞こえないマクシムは、
ビビってんだろ?とあいも変わらず迷宮姉妹を諭していた。
「早うご挨拶せい!!」
またウグイスの鞭が飛ぶ。
「ヒィ!!ごめんなさい!!痛いのやめてぇ!!」
涙目の迷宮は、見た感じ迷宮姉妹とそう変わらない年ごろの少年だった。
実際にアカネやウグイスを見るに、人型の年齢は迷宮の年齢に準ずるのかもしれない。
怯えた瞳は金色で、髪の毛は山吹色だった。
表情はどこまでも陰気で、明るい彼のカラーとはかけ離れた印象を受ける。
背中を丸め肩を震わせながらも、彼は洋介に頭を下げた。
「仲間にしてください、魔王様」
げぇ!っとマクシムは大げさに慄いて、俺が呼んだせいか?違うよな?と不安そうに洋介を見る。
そんな目でみないでくれ、と洋介は手のひらで制した。
「目指すところの名前がそうなだけでまだなってないんだけど、よろしくね。君の名前はあるのかな?ないなら2人と同じように名前を贈りたいんだけど」
洋介が笑いかけると、彼は花が咲いたようにぱぁーっと明るい顔をした。
子供がおもちゃに喜ぶような無邪気さを持った笑顔だ。
「もちろんです魔王様!うれしいです!」
「君はヤマブキなんてどう?彼女はアカネ、そしてウグイス。君と同じ迷宮だよ。こっちはレオンさんとマクシムさん。先輩!」
「はい、知ってます!僕ずっとみてましたから!魔王様のこと!今まで隠れてたんですけど、おねえちゃんたちが仲間になったから、僕も迎えに来てくれるかなって!」
にこにこしながら言う彼の目には、喜び以外映ってはいなかった。
本当に心の底から洋介を慕っているようだ。
「なんで迷宮はヨースケを求めるんでしょうね?」
レオンが問う。
アカネとウグイスはにこーっと笑い。秘密、と指を唇に当てた。
「しかしこうなると、アレか。若い迷宮回るたんび、少年少女を従えてくわけか」
「いや、言い方なんか嫌だな‥でも本当にマクシムさんの言う通りですし、これからどうしましょうね
‥」
洋介はトントンと頬を突いた。
毎度毎度、迷宮を味方につけて歩いていたら、話題と戦力が得られて一石二鳥だろうが、それはそれでロイの家がパンクするし、夜も眠らない迷宮たちをゾロゾロ連れ歩くのはなんだか口に出すのも恐ろしい感じになってしまう。
「まあ言い訳しても始まりませんよ。なるようにしかならない事もありますから」
「あとよ、気になってることがある。こういうのは早いとこ言っといたほうがいいから今言うんだけどよ」
マクシムは無精髭を撫で、落ち着かない様子、そしてとても気まずそうな顔をする。
その場の全員が首を傾げなんだろう?と彼に注目すると、彼は咳払いをし、あーっと、と続けた。
「ヨースケのその言葉遣い、俺らにもアカネたちに話すみたいにしてくれねぇか?」
マクシムは言い切る前に明後日の方向を向き、不自然な動作で腰に手を当てた。
「ぶっぶっっふぉっ!!」
レオンは大きく吹き出して、堪えきれない笑いを漏れ出した後も、まだなんとか大笑いしそうになる自分を押さえつけて、さらにおかしな声を出していた。
「いやレオンよ、もはや笑ってんだろそれ」
「あらァ!マクシム恥ずかしいことじゃないわァ!主様の家臣になりたいのよねェ」
「アホか!ちげーよ!ダチだよ!ボケ!」
マクシムがそう言うとシーンと沈黙が訪れ、ニヤニヤと笑うアカネに、おこがましいやつめ、とウグイス。
ハラハラと状況を見守っていたヤマブキと、笑いが堪えられず蹲って震えているレオン。
照れ臭そうに頭をかく洋介。
迷宮の中とは思えぬ微笑ましさだ。
「あーだー!!もう!やめてくれー!!俺らに敬語はやめてくれって言ってんだよー!!!」
やけくそだ、とマクシムは洋介に迫る。
洋介はニコニコと笑い
「喜んでやめます!」
と返した。
「だからちげーだろうよー!!!」
「あ!あるあるだよね!ごめんごめん!」
洋介は慌てて取り繕った。
丁寧な言葉をやめても、まだ話し方はぎこちなくいつもより柔らかい言い回しになる。
それは時間が解決してくれることだろう。
そのあとヤマブキは迷宮を閉じ、せっかくなのでローレイ公国を観光する事にした。
移動魔法でさっと来たのに、せっかくというのもおかしな感じだが、レオンのこの提案には洋介は喜んで乗った。
なにせまだロイの家近辺以外は探索しておらず、昨日と今日もギルドとの往復だけだったからだ。
行きにちらりと見かけた通り、ローレイ公国のギルドは一流ホテルのような豪勢な作りだった。
「豪華ですね〜ギルドというよりホテルですよ」
「ローレイ公国は貴族が主となる国で、国王はおらず公爵が国を治めています。もともと自身の事業で潤っていた公爵家が国の予算に大きく自腹を割いて、国として新しい事業を始めたのがきっかけでここは税金がありません。それによりさらに富裕層が他国から移住し、またまた治安も良くなって、国の事業も順調、公爵家も安泰、というわけです。他国だと課せられる様々な税金がない事によりギルドとしてもかなりの恩恵を受けています」
「国家予算レベルで儲かる事業ってなんですか!」
「主立っているのはサイベルリアと言う鉱物です。ほら、うちのギルドの掲示板、あれの元になっている原料ですが、魔力と相性の良い石でして、昔からなくてはならないものの一つです」
「…石油みたいなもんかな…?それだけでローレイ公国の人は税金おさめなくてもいいってことはすごい儲かってますね」
「はい、ローレイ公国はとても裕福な国ですがヨースケ。まだ先輩後輩感が抜けてませんね」
レオンがにこりと微笑み、そうだった、と洋介も微笑んだ。
「話は長いわ、言葉遣いはなおさねえわ、お前らほんと腹立つ」
疎外感にマクシムがムスッとするのを、ヤマブキが元気出して〜となだめていた。
特殊な光景だ。
存外、マクシムには可愛いところがある、と密かに思っている事はバレてはいないな、と洋介は心の中に留めた。
「事業は他にもありますよ。闘技場や劇場、夜会クラブなんてのも人気ですね」
「夜会クラブ?!」
洋介が驚いていると、マクシムが肩を組んできた。
いくか?と笑うのだが、きっと自分が行きたいのであろう事は、サルでもわかるほどの屈託ない笑顔だった。
「サイベルリア響音機から爆音で音楽がなってて、お酒が飲めて、暗がりで踊るっていうちょっと理解に苦しむ場所ですけど、公国貴族には大層人気らしいです」
レオンはやれやれ、と首を振った。
「あと夜会クラブの営業は日が落ちてからなので、迷宮キッズは連れて行けませんね」
キッズと呼ばれ、アカネはあからさまにイラッとしていたのだった。
その夜ロイの家にヤマブキも連れて戻ると、さすがの彼もものすごく驚いていた。
「おいおい!さすがに初めてギルドの仕事に行った2日とも迷宮拾って帰ってくるとは思わねえよ!」
ロイはエプロン姿で魚を焼いていた。
魚足りねえよ‥子供に食べさせないわけにいかんしと小さく呟く。
「魔王様から、ヤマブキと名前をもらいましたっ!ロイ様もよろしくお願いします」
「‥‥‥魔王って呼ばせてるのか?」
「いや、いやいやいや!最初っからそう呼ばれてたんだよ!俺はなんも言ってないって!」
じろ〜っとこちらを睨むロイに、洋介は首を横に振り手も前に突き出し否定した。
「まあいいけどよ。しかし昨今の迷宮は外うろつくのが普通なんか?新聞とっても世間には疎くなるもんだな‥」
ロイははぁーっと肩を落とす。
もちろんこの事態が異様なものであることはわかっていたのだが。
洋介としても迷宮マスターになるつもりはなかったが、若い迷宮に入ればどんどん仲間が増えていく気がする。
「ちなみに聞くけど、ヤマブキはギルドの仕事について行かないで、ロイのお手伝いをするってのはどう?いや?」
夜、会議と称してリビングに迷宮3人、人間1人で集まった。
ロイは今日も酒が進んですでに床についている。
「え!もちろん、そういったお仕事でも構いません!僕あんまり戦うのは得意じゃなくて、スキルも隠蔽くらいしかないので!」
「スキル?」
コクコクうなずくヤマブキに、洋介は質問で返した。
「迷宮はそれぞれ得意なことがあります。それをスキルと呼ぶ者もいるだけで、特別なものではありませぬ」
澄んだウグイスの声。
彼女はまさにスキル、ウグイス嬢!!
同じ声のアカネは話し方が粘っこいのでウグイス嬢はできそうにない。
「主様ァ?何か不愉快なこと考えてますわねェ?」
見抜かれたようで、ジロリとアカネに睨まれた。
確かにヤマブキのステータスをみるに、戦えそうには思えない。
しばらくロイの手伝いをしてもらって、今後の街作りのために動いてもらうことにしよう。
そして次の日。
なぜかまた都合よく迷宮の討伐情報が出たので、またもそちらへ赴く事になった。
戦々恐々。けれど、今度こそ戦う事になるかもしれない、けれどまた仲間が増えるかもしれない、と洋介は少し慣れた気持ちだった。
迷宮はトラン王国のど真ん中。
一般の人も入るような森の中だった。
こんな事は聞いたことがないとレオンもマクシムもとても驚いていた。
今日も迷宮討伐で報酬を貰えば、3日間で3ヶ月分の稼ぎになるらしい。
「お待ちください主様。こやつ何かおかしいです」
ウグイスは迷宮に入り20分ほど歩いた頃、辺りを見回し立ち止まった。
「そうですわねェ、これはいけませんわァ。早いとこ何とかしないとトラン王国は迷宮に飲まれてしまいますわァ」
「え?どういうこと?」
「つまり敵ってことだな?」
マクシムは鞘をトントンと叩いた。
レオンも身構える。スッと目を瞑り気配を探る。
「来ますよ。嫌な感じですね!みんな構えて!」
レオンは杖を振った。
それは全員を守るように壁となり、前方から飛んできた何かを阻んだ。
カーンッと甲高い音が響く。
「これは‥!主様!迷宮の恋人です!」
「ええ?!なんで?!ボスの部屋じゃないのに!」
「今更ですが!迷宮はそのものが体ですので!!どこにでも!!」
ウグイスはもう一撃の黒い物体を素手で弾いた。
「現れるのです!」
その幼い体に似合わぬ豪腕で、拳には傷もない。
「とにかくぶったぎってちぎって捨てて、食っちまえばいいんだろうがよぉ!!!」
マクシムがそう威嚇し、大きく剣を一振りすると、迷宮姉妹の間を抜けて凄まじい風が吹き抜け、触れてもいない刀身が、迷宮の恋人を斬りつけた。
洋介はその剣圧の余韻で風に煽られ、バランスを崩した。尻餅を覚悟していたが、ふわりとアカネに支えられて
「主様ァ?後方で魔法支援していただけますかァ?」
と囁かれてしまった。
女の子に抱えてもらうとか恥ずかしい!情けない!と洋介は奥歯を噛んで耐えた。
「ふんっっ!!!エンド・ランス!!」
レオンがまた杖を振った。
今度は無数の槍が6度にわたって敵を貫く。
「いや、これもう最終魔法じゃないの?!」
洋介は魔法を選びかけた手を止めた。
「だめです!攻撃し続けないと!」
ウグイスは回転蹴りを狂いなく得体の知れない敵に当て、途切れる前にアカネがパンチで殴りあげた。
黒いモヤのかかる敵影に、物理攻撃が効いているのはなぜか。洋介は不思議に思いながらも、そこに実体があるのなら、と燃やしてみることにした。
「よくわかんないけど!もやす!」
炎は敵を包み込み、グルグルとまわって焼き尽くした‥かのようにみえた。
炎は黒いモヤを焼きつくし、中から露わになったのは二本の大きな赤い角をはやし、目をギラギラと血走らせ、目に入るもの全てを殺そうと意気込んでいるかのような生き物だった。
コロンとかわいいフォルムだが、トゲトゲしく禍々しい何かが赤黒く全身を覆っている。
「本体でたァ!一気に潰すわよォ!」
アカネはかかと落としをくらわせて、ウグイスがすかさず下からパンチをくらわせた。
その怯んだ隙にレオンがまたエンド・アローで連撃、洋介もそれにならい火を槍にして撃ち込んだ。
怯みながらもその生き物は、口から何かを吐き出す。それを避けたマクシムは、飛び退いて反動をつけ、今度は直接脳天に刀をたたき込んだ。ベチョと地面に敵の吐き出したものが落ちた。
全員が決着がついた、そう思った。
プツッと割れたその生き物の脳天から真っ黒なものが噴き出すと、明るかったはずの迷宮の中が真っ暗になり、だがなにより不自然だったのは、それぞれ全員の姿がはっきりとみえていたということ。
マクシムが、オイ、と口を動かしたのがみえた。
洋介は何か返事を返そうとしたが、足元からカバっと何かにひと飲みされ、体が千切れる音がした。




