雪見だいふく取り合うやつ
「お、雪見だいふくじゃない。一つちょーだい」
三時限目の古典の授業中、隣の席の女生徒である緋奈山 紅葉は俺に向かって小さな声で言う。
こいつ今なんと?二つしか入っていない雪見だいふくの片方一つを寄越せと?五十パーセントだぞ?なんてふざけたことを言ってやがる。
「わたしがふざけたことを言ったことより自分が授業中に雪見だいふくを食べていることにツッコミを入れるのが先じゃないかな、秋姫 悠くん?」
「地の文を読んだ挙句に正論を言うのはよしてくれよ、緋奈山 紅葉さん」
そもそも俺はこの子とほとんど関わりがなかったはずだ。それがどうしてこんなことになってしまったんだ。
「地の文だとか言ってることは全然わかんないけど、とりあえずくれない?」
絶対に嫌だ。俺はそんなふざけた要望に応えるぬるま湯のような男ではないのだ。
「嫌だね。残念だけどフォークは一つしかないんだ」
「フォークなんてどうでもいいよ。君が一つ食べたあとでいいから、ね?」
こいつ、是が非でも俺の大事な雪見だいふくを盗るつもりだ。もう意地でもやらない。絶対にやらない。
「無理だね、これは俺のだ。たとえどんな懇願をされようとも俺はこの雪見だいふくを手放さない」
「ケチなやつ……大阪人かよ……」
「それは大阪人に失礼だろ。謝りなさい」
「ここに大阪人はいないよ」
「大阪はそっちの方向だ。ほら、謝罪」
と、俺は西の方を指差した。
「ごめんなさい、大阪人さん!」
馬鹿真面目。いや、馬鹿だな。
「おいそこ二人、うるさい」
黒板の前に立つ教師が俺たちに向かって言う。流石に少し騒がしかったか……。
「で、くれるの?」
まぁ。
「ああ、手出せよ」
「え?」
彼女は驚きを隠せないような顔をしながらこちらを見続けている。
「手だよ、手。片手でいいんだ」
「やだよ!手、冷たいじゃん!」
当然の反応。当たり前だ。これで折れてくれるといいけど。
「フォークでいいんだよフォークで!わたし気にならないから!」
「俺が気にするからやだね」
「へぇ、気にしちゃうんだぁ……」
こいつ、ニヤニヤしだしやがった。もう食ってしまおう。俺は雪見だいふくの封を開け付属しているフォークで右側の一つを突き刺す。そしてそれを口に入れる。めっちゃうめえ。やっぱりアイスはこれだよな。
彼女の方をちらりと見ると「あぁ……」と声を漏らしながら羨ましそうな顔をしている。ざまぁみやがれ。だれが貴様に五十パーセントをやるものか。
一つ目を食べきり、二つ目にフォークを刺す。
「あぁ!ちょーだい!」
「やだよ、間接キスになるだろーが」
「……ってるんじゃない」
「ん?」
声が小さい。それも物凄く。
「間接キスしたいから言ってるんじゃない」
思わず緋奈山の方を見てしまう。そこにいた緋奈山は顔を真っ赤にして俯いていた。
卑怯じゃん……。
俺は彼女に雪見だいふくの入ったトレイを差し出した。