2 え、勘弁してください
私が前世のことを思い出したのは一週間前だった。
よく物語にあるような何かきっかけがあるとかではなくてウトウトしてたら本当に突然前の私が生きていた記憶が頭を駆け巡った。
家族のこと、先生や看護師さんたち、ぼっち、ソロプレイヤー、クリアしてない乙女ゲーム・・・
思い出したときは何故か無性に泣きたくなり大声を張り上げて泣いた。赤ちゃんが泣くのは普通のことだが未だかつて前世のことを思い出して泣いた赤ちゃんはいたのだろうか。
ひとしきり泣いたら随分スッキリしてなんだか開き直ることができた。
そんなこんなで赤ちゃん生活を送っているが一つ重大な問題が発生した。
今私は赤ちゃんである。トイレに行けません。ということはオムツです。このときばかりは私は記憶が蘇ったことを恨んだ。
だって自我がある状態でオムツの取り換えは本当に勘弁してほしいんだよ。
少しでも早く動けるようになるため、トイレに行けるようになるために手足をばたつかせ寝返りの練習をする。
早く歩けるようになってやる!あれ?これもある意味トイレトレーニングか?
「陽菜ちゃんどうしたなかな?」
畳んでいた洗濯物を一度机に置き、必死に筋トレをする私をベビーベッドから抱き上げた新しい母は幸せそうな顔で私に頬ずりをしてきた。
うわ、めっちゃいい匂い。これはやばい。いい匂いすぎてやばい。
「今日はね、パパの弟が来るのよ」
そういや最近父を見ていない気がする。単に私が寝ているだけか。
私は父の職業をよくわかっていない。どっかで見たような見てないような青い警察よりも少しゴテゴテした制服を着ていたのは覚えている。激しく謎だ。
どこかでドアが開く音が聞こえた。
「パパ帰って来たみたいね」
なんつータイムリーなタイミングで帰ってきたな。
「ただいまー!陽菜ちゃ~ん良い子にちてまちたか~~?」
おそらく赤ちゃんらしからぬ顔で考えているとドアが開き満面の笑みを浮かべながら少し薄汚れた父が入ってきた。
「だう」
「おかえりなさい」
一旦私をベビーベッドに戻すと母は父とおかえりなさいのハグをしている。おいおい顔つきや言葉からしてここは日本だろ。どんだけラブラブなんだい?
「陽菜ちゃん、パパちょっとおてて洗って来るから待っててねー」
おう、仕事で疲れた体を私のもちもちボディで癒してやるからさっさと汚い制服を着替えてこい。
「あっ、その前に。おい悠介いい加減入ってこいよ」
そう言って父が軽く片手を上げると、
「うわ!!!」
ドタン!
かなりの勢いで男の人が部屋に入ってきて、そのままソファーに突撃した。
え!?ソファーひっくり返しそうな勢いで飛んできたんだけど!?あの人どんだけこの部屋入りたかったの!?
「こんばんは悠介君」
母よ、こんなときでもニコニコご挨拶ですか。
ふとこのとき私の頭の中で何かが引っかかった。
ん?悠介?なんか凄く聞き覚えがあるような。
おそらく話しの流れ的に私の叔父であろう悠介と呼ばれた男はソファーから立ち上がり私を一瞬見ると少しうつむいた。
「・・・ちは」
母が私を抱きかかえて悠介さんの前に移動していく
あれ?なんかこいつ見たことあるぞ。
白衣を着ていて仏頂面、父と同じ茶色の少しクルッとした髪。この人の歳十七歳くらいなのに対して私が知っている姿はたしかプラス五歳くらいだが確かにこの人は私がお兄ちゃんに買って来てもらったゲーム【CRAZY LOVE~Forever~】の攻略キャラの一人である【大武 悠介】だ。
しかもただの攻略キャラではない、条件を満たしてときにのみ現れるいわゆる隠しキャラというやつだ。
前世ではとんだミラクルを起こして1周目で辿り着いた。パッケージには載ってないキャラルートに入って凄いびっくりしたよ。
体が急激に冷えていくような感じに襲われた。私はゲームの中で生きているの?なんで?
頭が混乱しきり無の表情になっているといつの間にか私は母の腕から悠介さんの腕に移動していた。
ははあああぁぁぁああああぁぁ!!!!!!!!!!!!人が考えごとしてるときに何してくれてんだよ!?ニコニコしながら写真撮んなー!!
滅多に泣かない私だが泣きそうになっていると悠介さんの腕が微かに震えているのが分かった。母をとらえていた目線を悠介さんに向けてみると驚いたことに悠介さんの瞳は不安で揺れていた。
「あう」
だからなんとなく手を伸ばした。そして悠介さんの顔に懸命に触れようとしてしまった。
そしたら仏頂面が少し緩み笑みを浮かべてくれた。その顔を見たらなんだか少しだけ安心できた。
しかしどうしても安心できないところがある。私がさっき冷や汗をかいた理由は何もゲームに転生したからというだけではない。【CRAZY LOVE~Forever~】とは乙女ゲームにしてはかなりパンチが効いた名前だと思うが、実はこれ・・・
ヤンデレ乙女ゲームなのだ。
そしてその攻略対象であるキャラが(しかも隠しキャラ)が親戚ならば関わらずにすむはずはない。
私が生まれ変わったと知って座右の銘にした。〚命は大事に〛が既に危機に瀕している気がするよ。
私を抱きかかえて笑う悠介さんを見て、赤ちゃんにして僅かに苦笑いを浮かべてしまう。
「・・・だう」
そんな私を見て横で父が悶え始めたよ。
「流石俺たちの陽菜ちゃん!なんでこんなに可愛いんだろ!?天使も負ける愛くるしさ!!」
うん、ちょっと黙ってようか。