<貳´>
あれは何だったのだろう。私の目の前に現れた、私の姿をした何か。あれにはどういう意味があったのか――。
相談できる相手も、相談すべき相手も、私には一人しかいない。
「もしもし」
携帯電話に登録されている、たった一件の連絡先に、私は電話を掛けた。
『おう、何だよ。部活終わったのか?』
「ん。ああ、今ちょうど終わったところだ」
『十二時に、いつもの地区センターで良いんだよな?』
夏休みに入ってから、私たちは頻繁に会うようになった。私の予定が空いた日、つまり午前中に部活が終わる日ということになるわけだが、私と伊瀬は、お互いの家の丁度中間くらいにある地区センターに集まって、勉強を教え合ったり、バスケの技術を磨き合ったりしているのだ……。
まあ、正確に言えば、私が伊瀬に現代文を見てもらい、私が伊瀬にバスケのスキルを教わっているだけなのだが……。
「あ、えーっと。そのことなんだが……」
『おいおい、どうした? 今日は珍しく口籠って』
「そ、そのっ、今日はちょっと、その……、ちょっとした頭蓋骨の複雑骨折で!」
『今すぐ行く!』
――馬鹿か私は!
……いや、うん、馬鹿だ。私は。いくら何でも嘘を吐くのが下手過ぎる。
しかし伊瀬も伊瀬だ。私のことを心配してくれるのは嬉しいが、こんな見え透いた嘘に引っ掛かるなんて……。
「来なくていい! 大丈夫だから」
『何だ。僕に対するSОS信号かと思ったけど、まあ冷静に考えてみれば、ちょっとした頭蓋骨複雑骨折なんてものは、ないんだよな。ちょっとしてないから、複雑骨折なんだろうし。しかし、伏見。僕をあんまり焦らせるなよ。どういう種類の冗談なんだよ。何でお前、そんな慌てた風なんだよ』
「違うんだ! 私はただ、お前との式をどこで挙げるべきかと、考えていただけなんだ!」
『どうして僕とお前が、何らかの式を挙げることが前提になってんだ!?』
「ん? 何らか、とは何だ? 決まっているではないか。私が考えていたのは葬式のことだぞ?」
『葬式? ……あっ! さてはお前、僕と一生を添い遂げるつもりなんだなあ!!』
携帯をベッドに投げつける音が聞こえた。
いや、ベッドという確証はないのだが、精密機器であるところのスマートフォンを、ふざけてでも投げつける先と言えば、ベッドくらいしかないだろう。
電話越しなのに、全力のツッコミだ。この男には余念がない。
『流石に重いよ! 愛が!』
「想い合い、とは嬉しいことを言ってくれる。照れてしまうな」
『音声会話だから分かんないけど、今とんでもない誤変換がなされた気配がする! 照れてんじゃねえよ! 僕のツッコミを良いようにとるな。全く、お前と話していると、身が持たないよ』
「おいおい、大切にしてくれよ? もうお前だけの体じゃないんだから……」
『僕の体に一体何が!? いつだ!? いつ僕の純潔は奪われた!?』
「お前が寝ている隙に、注射はしておいた」
『い、意味が分からない! お前それ、多分サイコパスとかにしか伝わらない類のボケだからな』
「おっと! どうやら私が、精神に異常をきたしている者であるとばれてしまったようだな」
『……僕は今、精神に異常をきたしている人間と電話して、精神に異常をきたしている人間と待ち合わせをして、あまつさえその精神に異常をきたしている人間とバスケしたり勉強したりしようとしているのか……』
「但しその精神異常者は女子高生だ」
『いや、女子高生という単語だけで帳消しに出来る問題じゃないからな。お前僕がどれだけの女子高生好きだと思ってるんだよ。僕は別に女子高生だからと言って、それだけでストライクってわけじゃないんだぞ? 知ってるか、伏見。人間ってのは、中身こそが大事なんだ』
――相変わらず格好良いことを言う。
「では、下着を装着していない制服姿の女子高生だとしたらどうだ」
『よし! 考えよう!』
「……中身って、下着の中のことを言っていたんだな」
――何を考えるのだろう、このオープンなスケベ。
『で、制服の下にノーパンノーブラでお前が来ることは決定したわけだけど、結局のところ、これは何のための電話なんだ?』
――私のノーパンノーブラにこだわり過ぎだな、こいつは。男子高校生の性欲というのは、これくらいで正常なのだろうか?
「あー、そのことなんだが」
軽口や下らない冗談なら、いくらでも湧いて出るのに、やはり私は、積極的に、言葉にして嘘を吐くのが、生活に支障が出るくらい下手だ。自分を偽るのは得意だが、相手を騙すのは得意ではない。
それはきっと私の善性を示すものではなく、気遣いや思いやりの能力の低さを示す性質なのだ。
『あー、もしかして、約束したの忘れて他の予定入れちゃったとか? だったら初めからそう言えよ。お前は本当に言い訳が下手だなあ。良いよ。どうせこっちは暇なんだし、そっちの予定、優先しちゃって』
――私の嘘を代弁してくれた。何と便利な、もとい、気の利く男なのだろう。流石は伊瀬丙。思いやりの達人だ。
「そ、そうか。悪いな、ノーパンノーブラ姿の私を見せてやれなくて」
『お前が悪いと思うべきは、多分そこじゃない』
――そうだ。私が謝るべきは、文字通りの無二の友人に対して、嘘を吐いたことなのだ――。
しかし私は、これ以上、この男に迷惑をかけるわけにはいかないのである。伊瀬に心配をかけたくない。
――ただ単に嫌われたくないだけ、か。
私はあの男の前で、これ以上醜態を晒すわけにはいかないのだ。大切な友人を危険に晒すわけにはいかないのである。
自分のことなのだから、自分で取り組むべきだろう。自分で向き合うべきだろう。
あれが、七月の終わりに私自身が引き起こした騒動の名残なのだとすれば、私はもう伊瀬を頼るべきではない。
友達関係とは、依存関係ではないはずなのだから。私はあいつと対等になるためになら、あらゆる努力を惜しまない。
嘗て伊瀬が私に対してそうしてくれたように、今度こそ、決着を付けるのだ。自分の弱さを、脆さを、克服しよう――。
電話を切った私は、学校裏にある祠へ向かった。
つい一か月ほど前、私が願いをかけ、迷惑をかけた祠である。私はここの主から、存在を奪い、力を奪った。
伊瀬の話では、既に効力を失っているということだが、やはり足掛かりとして、まずはその場所に参るべきだ。
いや、自分でどうにかする、などとは言ってみたが、正直私にはそれくらいしか見当がつかなかったのだ。他に行く当てがない、というのが偽らざる現実なのである。
学校の正門から歩いて三分もしないところに祠はある。祠そのものを目的として訪ねるのはこれで二度目だが、祠に続く袋小路の入り口がある歩行者用通路を、私は常日頃から使用している。頻度で言えば、千人を超える生徒数を誇る我が校の中でもトップクラスであろう。
部活がある日はほぼ毎日のように、ランニングコースへ向かう途中に通るのだ。そして部活は、毎日ある。土日の練習ではランメニューは組まれないが、自主トレーニングとして、私は正規の練習の後によく、その往復凡そ五キロメートルのコースを走っている。慣れ親しんだ道とさえ言えるくらいだ。
通路の真ん中あたり、小路はいつものように黒い口を開けている。この季節になると、背の低い草木が益々生い茂って、路は更に薄暗くなるのだ。
私は奥へと進んだ。
歩を進める度に体に雨垂れが落ち、地面もかなりぬかるんでいる。
私たちが体育館で練習していた間に、かなり降ったようである。練習中は気が付かなかったが、チームメイトの中には稲光を見た者もいたと言う。
本当にゲリラのような雷雨である。この異常な蒸し暑さがなければ、雨が降っていたなどとは信じられないくらい、今現在、空には一点の曇りもない。
小路の中は蒸し風呂のように暑かった。
何もしていなくても、額から勝手に汗がにじり出るような、そんな嫌な暑さである。足元の悪さも相まって、いるだけで不快になる。
そして最奥の祠も、今や見る影もない。ついこの間まで、生贄を供えられていた台座も朽ち、木組みの社のそこかしくには蜘蛛の巣が張っている。
たった一か月でこうも変わってしまうものなのだろうか。
私の願いを叶えてくれた、あの時のこの場所は、もっと厳粛さと清廉さに満ちていた。清らかで厳かな空気が、嘗てここには流れていたのである。
決して信心深いとは言えない私が、願いを叶えられてしまうほどに、ここは神聖な空間だった――。
それをぶち壊しにしたのは、私だ。
もうここには何もない。信仰の欠片も残されていない。神様としての私が消失したことで、我が校の流行は収束した。伊瀬が私を救ったあの日以来、祠の噂を話す者は誰もいなくなった。
「本当にそんなことを信じているのかい?」
「ひゃっ」
……これは失敗。吃驚して、ついうっかり女の子みたいな声が出てしまった。
「何だい、お姉さん。魔女でも見たような顔をして」
「いや」
私の背後に立っていた、そして今や私の正面に立っている女は、そうして出口を塞いでいる、同年代と思しき少女は、見るからに魔女なのである。
私の知っている、誰でも知っている、魔女の姿。杖を持ち、つばの広い三角の帽子を被る、この季節には暑苦しそうな格好をした女。
「この様子だと、マントはいらなかったかな。やれやれ、用心が過ぎたようだ。じゃあ、失礼。てっきり信仰が復活でもしたのかと思ったけど、今回は僕が出張るような事案じゃないみたいだ。君もこんなところで無駄なことをしていないで、精々早く家に帰った方が良いんじゃないのかな」
「無駄?」
振り向こうとする、自称魔女を引き留めて私は聞いた。
誰だか知らないが、誰でも良い。何だって良い。ここへ来ることが無駄だと言うのなら、私にはもう手掛かりがないのだ。
どんなに怪しかろうと、この女は、少なくとも私などよりは、何かを知っているかもしれないのだから、可能性は低くとも、引き留めるしかなかったのである。
「そう。全くの時間の無駄だよ、こんなことは」
「君は何を知っている」
「知っているさ。この前の事件、――ああこれは、勿論君が神様に昇格して、そうして願いを叶えた事件のことだけど」
――私が願いを叶えた……。
「そうだろう? だって君は、神様の力を利用して、あのお兄さんと友達になったんだから。君は神様になって、あの愚かなお兄さんの気を引こうとしていたんだろう?」
「ち、違う。私はただ、自暴自棄になって、逃げただけだ」
現実から逃避して、人間を捨てただけだ。
「へえ。まあ結果としては同じことだ。傍から見れば、例えばボクみたいな第三者の目から見れば、そう見えるって話さ。別に咎めているわけじゃないけれどね」
「何故君は、知っている」
まるで見ていたみたいに……。
「そりゃあ仕事だからだよ。知っていなければ仕事にならない。先月君のしでかしたことは、結構な大惨事だったんだぜ? 知らないでいられるわけがない。たまたまあのお兄さんが関わっているみたいだったから、静観していたけど、あれ以上被害が広がっていたら、ボクも出動せざるを得なかった」
魔女はまるで表情を変えずに、表情なんて概念が丸きり欠如しているみたいに、淡々と着々と、冷静に話す。
「あれ以上の、被害……。それは、伊瀬の」
私が殺しかけた、伊瀬だけが、あの事件の被害者であったはずだ。
「お兄さんの被った負傷は、ただの自業自得だよ」
「だったら他に被害者なんて、いなかったはずだろう」
思わず、語気が強まった。
「それはどうかな? いや、それはどうかと思うよ」
「何が言いたいんだ」
――要領を得ない少女だ。それとも私の読解能力が足りないだけなのか?
「だってさ、人の願いを神様が叶えるってことは、ずるを許容するってことだろ? そんなのは、人の頑張りを踏みにじる行為だろ? ねえ、お姉さん。神が人の願いを叶えるってことはさ、とても不平等なことなんだよ。不公平なことなんだよ。誰か一人の願いを叶えるってことは、同時に、誰か一人の願いを叶えないことでもあるんだからさ」
「私が人の願いを叶えたことによって、損をした人間もいる、と」
「まあ、そんなところだ。しかしあのお兄さんも詰めが甘い――」
「ちょっと、待ってくれ。さっきから言っている、そのお兄さんというのは、伊瀬のことで良いのか?」
口振りからして間違いないだろうが、ならばこの女と伊瀬はどういう関係なのだろう。私の知らないあいつのことを、例えば、あいつの家族のことまでをも、この奇天烈な格好をした女は知っているのだろうか。
「そうだよ。それ以外に誰がいるんだい? 君にはあのお兄さん以外、誰もいないだろう? 友人も、家族だっていやしない」
「っ!」
――何なんだ、この女は。何を知っているというのだ。どこまで知っているというのだ。――何もかも、知っているのか?
だとしたら……。
「さっき、私の前に現れたあれは何だ?」
「さあ、あれとは何だい? そんな曖昧な説明じゃ分からない。そもそもボクには、君の質問に答える義務もないしね」
「私と同じ姿をしていたんだ、あいつは。あれを放っておけば、君の言う仕事とやらに、なってしまうんじゃないのか? あれは多分、私が神になったことと、関係しているのだから」
「ふうん。君と同じ姿をしていたんだ。だったら尚更、ボクの出る幕じゃない。いや、そういうことなら、君以外の誰もが出る幕じゃない。ボクには、それを終わらせることは出来るかもしれないけど、それを解決することは出来ない」
自分で引き起こしたことは、自分で後始末をしろ、ということだろうか?
しかしそんなことは、重々承知している。責任を取るのは、私の義務だ。
そのためには、どうしても情報がいる。何も知らない私は、何も知らないからこそ、例えばこの怪しげな少女からだって、出来る限りのことを引き出さなければならない。
「……知っているなら、教えてくれないか? どうすれば、あれを解決できる。私はどうすれば良いんだ?」
「君がどうすれば良いかなんて知らないよ。知らないし、知っていたとしても、このことに関しては考えることさえ君の仕事だ。勿論それは業務的な意味じゃなく、だから義務でもないけれど、苦手だからと言って、ボクみたいな会って間もない不審者を頼りにするなんて、ホント、どうかと思うよ」
私は考えることが苦手だ。
だから、逃げてきた。自分の武器を磨く振りをして、現実から目を背けていたのである。その結果が、あの体たらくだ。最後には、逃げきれなくなって、多分伊瀬が来てくれなければ、私という存在は消滅していた。
もしかしたら別の問題かもしれないが、きっと同じ問題なのだ。私はまた、逃げようとしている。考えることを、他人に依存しようとしている。
思考放棄は人間最大の罪だ。その大罪を私は犯した。あの懐の異常に深い男によって、罰こそ免れたが、否、罰を与えられる権利を剥奪されてしまったが、それで罪が立ち消えになるということにはならない。それで反省しなくとも良いということには絶対にならないはずだ。だから私は、あの男の前で、変わると宣言したのだ。
――走る方向を間違えていたら、どんなに懸命に走っていても、望むゴールには辿り着けない。
どちらが前か分からないなら、手探りでも闇雲でも、惨めでも、足掻いて見つけ出すしかないのだと、私はあいつに教えられたはずだろう。ただひた向きに走るだけでは駄目なのだと――。
「まっ、あのお兄さんには、日頃食料を恵んでもらっているから、その友人であるところの君に、気持ちばかりの助言くらいなら、してあげても良いのかもしれない」
あの底なしの善人は、どんな社会奉仕活動をしているのだろう。
――意外な経路で、あいつの良い人っぷりを知ってしまった……。
「祠の件の尻拭いをさせられたことを差っ引いても、ボクの財政が助けられていることは無視できない」
尻拭い、だと? そう言えば、さっきも、詰めが甘いとか言っていたが……。
「そうだよ」
心が読まれている! よもや読心術の使い手か!?
「まさか本当に、信仰の権化、つまりは神としての君が消えただけのことで、噂までもが同時に消えてなくなってしまったとでも思っていたのかい?」
「いや、正直な話、私はそう解釈していたのだが……」
「そんな非科学的なことがあるわけないじゃないか。そりゃあ偽相関って奴だよ。両者の間に直接的な因果関係は存在しない」
「では、君が、噂を終わらせたとでも言うのか」
「無論だよ。あの噂を収束させたのはボクであり、君が存在を奪った神様だ」
「なっ!」
魔女は当然という風に、信じられないことを言った。
――私が存在を奪った神様、とは、私が願いをかけた、今目の前にある祠の主ということか?
「そんなに驚くようなことかな」
「だってあの神様は、私が人間に戻ったと同時に消えたはずじゃ!?」
「どうしてそういう風に考えたのかボクにはまるで分からない。何で君が人間に戻っただけで、神様まで、道連れみたいに消えてしまうと思うんだい? 不合理だよ。君が元の体に戻ったんだから、君の体の中に閉じ込められていた神様も、元のご神体に戻ると考えるのが、普通だろうに」
……私が戻ったように、神もまたこの祠へ舞い戻った……。
そう考えるのが、普通……。
確かに普通に考えればそうなるが、あの事件の翌日、普通ではないことが起こったから、だから私は祠の主は消滅したのだと、考えた。
ほとんど何の疑問もなく、勝手にそう決めつけていた。
「でも、現にこうして、ここの主はもういないではないか」
「だから、願ったんだよ。このボクが」
「願った?」
「ああ、そうさ。消えてくれ、ってね」
冷淡とすら言えるような、尚も平坦な口調で魔女は語った。
「それで神ともあろうものが、そんな簡単にいなくなるものなのか……?」
「消えるさ。ここの神様は、何でも願いを叶えてくれる神様だったんだからね。当然、噂を終わらせて下さい、なんて願いも、いとも容易く叶えてくれた。まあ、あの神様は元々強い力を持った神様じゃなかったから、噂に関する記憶を薄れさせる、という形で願いは叶えられたみたいだけど」
――だから、人に言われれば思い出せてしまうし、辻褄を合わせて考えていけば、簡単に記憶を補えてしまう、のだそうだ。
「……」
何も言えなかった。
本当に、この少女は何者なのだろうと感心するばかりで、自分の思慮の浅さに愕然とするばかりで、絶句することしか出来なかった。
世の中には、伊瀬ばかりではない、こんな人間もいるのだ。私が引き起こしたような、不思議を生業とする者たちがいる。世間の闇を渡り歩く人々がいる。
――全く、世界というのは想像を絶して広い。私は如何にも世間知らずだ。
「じゃあそんな世間知らずのお姉さんに、アドバイス、というわけじゃないけど、一言」
「あ、ああ。頼む」
「今はひとまず、家に帰った方が良い。さっきも言った通りだけど」
「家?」
「そこから先は君次第だ。ボクはこれ以上何も言うつもりはない」
「そうか。しかし、分かった。ありがとう」
魔女は振り返って、リズム良く、タッタッタッと三歩ほど駈けたかと思うと、右手に掴んでいた杖に飛び乗り、ついには矢のように飛んだ行った。
「グーテンモルゲーン」
――いや、それは確か、ドイツ語で『おはよう』を意味する言葉であった気がするのだが……。