勇者の章 三部 セルフィの夢 1
(僕は騎士になりたい訳じゃない!)
(痛い…………痛いよ……お姉ちゃん……)
(なんで…………お前だけ………………)
(お前のせいで……お前のせいだ……お前が変わりに………………)
「ウワアアァァァ!……………ハッ…ハッ………ハァハァ………また………この夢か………………」
最近よく見る悪い夢にうなされてセルフィアはベッドから飛び起きた。
理由はわかっている。剣を教えているルクスを弟と重ねて見てしまうからだ……
何時もは気絶するほどの訓練で自分を追い込み悪夢を回避していた。だが今はそれもできない。
服の下は汗でグッショリと濡れている。
冷え込む朝方の空気に晒され冷たくなった服は身体に貼り付き不快感はさらに増していた。
このままでは風邪をひいてしまうと服を脱ぎ、濡れた身体を布巾で拭いていく…
粗方、拭き終わったところで彼女は手を止め自分の身体をじっと見つめては呪詛の言葉が口から漏れ出た。
「私は…どうして……こんな身体で…………」
自身の肩を抱きカタカタと震えている……
いつもの不快な朝であり、今日もまた一日が始まる……
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聖歴2017年 12月30日
ルクスが剣の訓練を始めて3か月、彼の身体は見違える…………程ではないがそれなりに筋肉も付いてきていた。
そして剣術の成果というと……
「どうしてお前は少しの痛みで容易く怯むんだ!」
「す…すいません……」
ルクスはある程度、打ち合いというレベルにまではなっているが戦闘を行う上で致命的な癖がある事がわかっている。
痛みにひどく敏感であるということ……
軽い打撲やかすり傷程度でも必要以上に身体を強張らせ反撃の意思を無くしてしまう。
それと打ち合いの際に眼を瞑ってしまうという二点である。
これは弱気な素人によく見られる現象である。
この致命的なまでの癖を治すため色々と試行錯誤を凝らしているが改善の兆しも見えないことにセルフィアは辟易していた。
「はぁ……全くやる気が感じられん!もう少し自分でなんとかしようと思わんのか?」
「…………すいません……」
「おまえはすぐにそうやって謝る!そんな暇があったら改善の兆しでもみせてくれ!」
それに対してなにも言えないルクスにシスがフォローを入れる。
「まぁまぁ……ルクス君も連日の訓練で疲れてるんだし、それぐらいにしておいたら?」
そんないつものパターンであるが今日はプリマが様子を見に来た。
「精が出ておるな。それで成果のほうはどうじゃ?」
「殿下おはようございます。……全く駄目ですね……今のままで外に出れば魔物にすぐ殺されてしまうでしょう…………」
プリマの問いにセルフィアは辛辣な返答をする。
「そうか……もっとしっかりせんか‼︎と言いたいところじゃが、こちらもなかなか難儀しておるからのぅ……偉そうなことは言えんのぅ……」
プリマ等、研究員は聖剣の性能を調べてはいるがハッキリいってお手上げ状態である。
現状わかっていることは刃こぼれをしないこと、切れ味が良いことのみと言っていい。
評価としてはかなり良い剣止まりであるし扱える者がルクスのみということで戦闘に出すことはとてもできない。
「妾のほうもだいぶ煮詰まってしまってな……ルクス、少し休憩じゃ。ティータイムに付き合ってくれ。セルフィとシスも息抜きをして参れ。」
とルクスを引き連れてさっさと研究所にむかってしまった、相変わらずの行動力である。
「セルフィ。それじゃ私達もお茶にしましょうか。」
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街は明日の年末祭に向けて人々が慌ただしく動いてる。
オースリン王国では一年を無事に過ごせた事と来年の無病息災を祈願して盛大に祝う習慣があり、その前日ともなれば、その準備に皆てんてこ舞いの忙しさである。
そんな街中をセルフィとシスは少し早い昼食を取ろうと散策している。
二人は適当なオープンテラスのある店に入り軽食を注文して雑談に入る。
「セルフィ……最近イライラしてるけど、どうかした?」
「そんなつもりは無いが…………いや…確かに少々しているな……
ルクスには覇気が無さすぎる。こちらが色々と労しても反応が薄いし、言われた事はこなすが自分から動こうとしない。
もっと勇者として人類の為に立つんだ。という気概が欲しいものだ……」
その話を聞いてシスが神妙な顔でポツリと一言を放った。
「貴女…………今すごく残酷なことを言った自覚はある?……」
「私が?一体どういうことだ?」
シスの真剣な眼差しにセルフィは少し狼狽する。いつもケラケラとしている彼女にしては珍しい。
「彼の生い立ちから今までの経緯は知ってるわよね?」
「ああ。孤児院で育って12歳で商人の見習いに出た。17歳で冤罪をかけられスラム街で襲われた。確かに不遇だとは思うが…今時そんな人間は珍しいものじゃないはずだが……」
「本当にそう?生まれたときから孤児院にいたということは産みの親から要らない子の烙印を押されたということよ。それに孤児院でも随分とイジメに遭ってたそうよ……実際に私が治療したときは時間が経ち過ぎて治らない痣が多数あったわ」
「…………」
セルフィは言葉を発せない……よくある話とはいえ実際にその暮らしはどうかなど想像もしていなかったのだから……
「商人の見習い期間も壮絶ね……ほぼ奴隷と変わらない生活だったそう……それですらやってもいない罪を押し付けられて追い出されスラムの住人に殺されかける……
彼にとって他人というのは全て敵だったのよ……
今は亡くなった育ての親以外はね……きっと彼は人間が嫌いなのよ。そんな人生だもの仕方ないわよね?」
「育ての親……確かシスターテレシアという名だったか?」
「そう。彼が15歳のとき流行り病で亡くなっているわ……死に目にも会えていないそうよ。
素晴らしい人格者みたいね……彼が奇跡的にも人を憎むまでに至らなかったのは彼女の功績でしょうね……」
「そうか……一度お会いしてみたかったものだな……」
「まっ!それはいいとして……そんな彼に私達は何をさせようというのかしら?勇者になれ?命をかけて魔族と戦え?誰のために?人類の為だ!何万という人類の為に命を捨てて死にに行け!それが勇者の使命だ!それがお前の幸せだろう!ってね。その人類は彼の嫌いな敵なのよ?」
セルフィは絶句する。
どの面を下げて勇者だの聖剣に選ばれただのと言えたものか……
今まで臆面もなくそんな台詞を吐いてきた自分を絞め殺してやりたい。
「私は……なんてことを……」
「まっ!そんな私も同罪だけどね……
今の話は全部プリマ王女様がしてくれたことよ……言われるまで気付きもしなかったわ……」
二人はテーブルに出されたサンドウィッチに手を付けようともせずに重くるしい空気に黙りこくってしまった。
「プリマ王女様はこうも言ってたわ……それでも私達はやらなければならない。
彼をやる気にさせるにはそんな大局的な目的じゃなくて、もっと身近なものが必要だろうってね」
「身近なもの?例えば?」
「そうね……例えば家族だったり好きな人を守ろう!って目的なら、やる気になるんじゃない?だって何だかんだいっても彼は優しい人だから……
セルフィ……貴女がその胸でバイン!バイン!てやればすぐにやる気になるんじゃない?
………………………………言ったのはプリマ王女様よ。」
「…………私はそんな資格のある女ではない…………
そういうのはシスに任せるよ……」
シスはその言葉に自分の胸を見た。
そしてセルフィアの胸を見てポツリと一言……バイン
また自分の胸を見て一言…バイン?
そして静かに
「ワレェ…………喧嘩売っとんのか…………」
「………………済まない…………」
先程より更に重くるしい空気が辺りを包んだ。




