後編2
「でかしたぞ!ロベルト」
「父上。それほどでも」
バカ殿様父子は喜色を露わにしているが、周りの雰囲気は冷ややかである。
「あの令嬢、だれか知ってる?」「いんや。知んねえ」「モブの一人が刺されたって尊い犠牲ということでいいんじゃね?」「効率性重視だもんな」「うんだ。うんだ」
王太子が辺りの様子を見て「みんなシンデレラに毒されすぎじゃね。僕、王国の将来が心配だよ」と呟いたのは言うまでもない(だが、彼も止めはしない……)。
兵士たちが今にも金髪の貴公子に雪崩かかろうとすると、貴公子の腕の中から悲鳴が上がった。黄色い悲鳴が。
「きゃあ〜。素敵ですう。ロベルト様の方がそばかすだらけの王太子殿下よりずうっとずっと美少年で品があって王子様みたいですう。
お母様。わたし決めましたっ!ターゲットを王太子殿下から公爵様へ変えちゃいますう。
だって、わたし、面食いですもの。お金より権力より顔面偏差値の高い方を選んじゃいますうっ!」
「これ。妹よ。たしかにそばかすだらけで間延びした馬面の王太子殿下よりもずっとずっと美少年で高貴な感じはしますけど、お金や権力とは比べられないものよ。しかも、相手は犯罪者。添い遂げられる道理はありません。考え直しなさいな」
「いやよ。お姉さま。
どんなにお金持ちや権力者であっても、旦那様になれば毎日顔を合わすのですよ。生涯ずうっとずうっとブッサイクを見続けるのとイケメンを見続けるのとどちらがいいか。お姉さまにもお分かりになるでしょ」
「それはそうなのですが、やはりロベルト様は重罪人。これから毎日顔を合わすという保証はどこにもありませんわ」
外野からは「女性ってああいうこと考えるの?引くわー。俺」(一般兵士談)とか「僕、王太子だよ。シンデレラ以外にこれほどディスられるなんてびっくりだよ。よし!あの姉妹は処刑だな」(王太子談)とかの野次があがるが、シンデレラの義姉たちの漫才はまだまだ続く。
「大丈夫ですよ。お姉さま。国内にいられなくても外国へ逃げてしまえば。
ロベルト様。ロベルト様。
わたしと一緒に愛の逃避行を致しましょ♡お金の心配はしなくてもいいですよ。わたし、持参金に100万リラほどありますから」
「いや。わたしには父上がおってだな……」
「ええっ!ロベルト様はわたしよりもあんなバカ殿様の方が大切なのですか?わたし、悲しい。泣いちゃいますうっ」
「おおい。胸が、胸が腕に当たっているっ!」
「当たっているのではなくて当てているのよ。鈍感さん。キャッ♡」
「あれはお母様の男を落とす奥義、テクニック47番。
あそこまで習熟していたとは。妹のくせに生意気ですわ。
こうなればわたしも姉としてのプライドを賭けなくては」
今度は姉が顔を真っ赤にしている貴公子の右手(短剣を握っている)をとって自分の胸へと当てる。
「ひぃやああ!今度は手が、手が胸を触ってしまった!」
「どうですか?ロベルト様っ♡。わたしの豊満な胸の感触はっ!ムフッ♡」
「も、もうあかん」
「「隙ありっ!!」」
ロベルトの力が緩んだ瞬間、妹は拘束していた左の腕をすり抜けて肘鉄を鳩尾に食らわす。姉は短剣を握っていた右腕をサブミッションの要領でねじり巻き落とす。
「「ボスコーノ家姉妹っ!
逆賊公爵ロベルト2世を討ち取ったりっ!!」」
姉妹が声を揃えて功名をアピールする。
「「「……」」」
「やったね。お姉さま。これで王太子殿下に高得点を稼げましたわよ!」
周囲の人間がガッツポーズをしているふたりがシンデレラの義理の姉たちであることにようやく気がついた瞬間であった……。
+
「兵士のみなさーん。
走りなさい。死ぬほど走りなさい。死んでも走りなさいな。お国のため、そしてわたくしの領地経営のために。
働かぬものは食うべからず。走らない兵士は生きるに能わず、ですわ。
わたくしは効率的でないものが大嫌い!寸暇も惜しみなさい。時間は有限なのです。特にわたくしの時間は貴重なのですわ。そこいらの有象無象の命よりも!
そこの少佐。落伍するようなもやしっ子の糞虫は生かしておく必要がありません。片っ端から処分しておしまいなさいな!」
作戦開始前から軍団の将兵全員が顔面蒼白にしていたのはこういうことになると予測がついていたからである。
電光石火でアストリアの首都ヘルメスを陥落させたシンデレラは他の3個軍団を残したまま突如反転を開始して、ロンバルディアを抜け、ビスコ峠を走破し、一路王都目指して爆走中である。
「将軍閣下っ!人質がもう持ちませんっ!」
部下の騎兵将校の指摘にシンデレラはアストリア国王のもとから拉致ってきた姫君の様子を鋭く見やる。
うるさいからうら若き姫には猿轡をかましたうえマントでぐるぐる巻きにして馬に縛り付けている。
「まだまだ大丈夫ですわよ。わたくしの完璧で効率的な計算を信じなさいな。
兵士たち同様、用便と水を飲ますための休憩以外必要はありませんことよ。絶対に」
「モガモガモガッ!」
「ほら、ご覧なさい。人質にはまだ抗議するほどの元気が残っておりますわよ。オホホホ」
気の毒な人質を冷たく笑うシンデレラを見て兵士全員が確信した。
「この女は悪魔なんて生易しいものではない。魔王だ。魔王がいる……」と。