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後編1

 王太子の誕生日パーティ1週間前。

 場所は王都から57キロ離れたビスコ峠。

 ここから街道を64キロ北上すればセレナとの国境地帯に、左に折れ間道を48キロ行けばアストリア領ロンバルディアに出る。


 ドンッ!


 野営地のテントの中で赤ら顔の頬髭が立派な将軍が拳でテーブルを叩く。


「シンデレラめ。ちょっと軍功を重ねたからといって調子に乗りおって!」


「あの姫君。有能なのはいいが、些か軍の慣行を軽んずるところがあっていけませんなあ」

 横で優雅にワインを啜っているモノクロをかけた白髪の老将軍が赤ら顔に冷たく追従する。


「まあまあ。抑えて抑えて。彼女の暴走は若さゆえですよ。あと何年かすれば彼女にもきっと分かることでしょう」

 目尻に傷のある厳つい将軍が似合わぬ声を出す。


「そうは言うが、その何年かを彼女に付き合わされるのではたまったものではないですぞ!君も今回、彼女に振り回されて大いに迷惑を被った口ではないのかね。バドリオ将軍」

「いろいろ問題はありますが、彼女は常勝の将軍。護国の英雄であり、臣民の間に人気が高い。おまけに王太子殿下とも親密な関係にあるわけです。

 というわけで、我々にとって彼女は利用価値がある。

 つまり、彼女のわがままを少し聞いてやるだけで我々軍部の発言権を高めるのに大いに役立つのです。ここは大人の度量を示すべきではありませんか。ベルナドッテ将軍」

「う、うーむ」


「しっ!そのわがまま娘がやって来たぞ」

 テントの隙間からシンデレラの姿を確認した赤ら顔の将軍が仲間に警告を発する。


 ひとつのテントに第1軍団以外の他の3個軍団の長が集っているのは、シンデレラの発案により王国の4個軍団総勢25万人が合同で北のセレナとの国境付近において一大軍事演習を行うことが決定されたからである。


 シンデレラが従卒のロミオ君一人を連れてテントに近づくと、警邏の将兵たちの顔に緊張が走る。


 なにしろ有能であっても人としてアレであると彼女は有名である。どんな些細なことで絡まれるかわかったものではない。


 ビビっているのはなにも周りの兵士たちだけではない。テントの中の将軍たちも同じである。先程までの態度とは打って変わってにこやかにペコペコとお辞儀をしだした。


「シンデレラ将軍。本日はお日柄もよく……」「かねがね前途有望な若将軍として噂を聞いておりましたぞ。いやはや。大したものですな。わしの若い頃を思い出す。貴君となら気が合いそうじゃ」「軽食を用意してお待ちしておりました。将軍。本日は大いに語り合おうではありませんか」


 将軍の一人がわざわざ自ら椅子を持ち出してシンデレラのために用意した。

 これに対して、シンデレラは礼をすることもなくさも当然のように腰掛けると、その長い足を組んだ。


「みなさーん。時間がありませんので端的に申し上げますわ。

 今から6時間前に国王陛下の名のもとアストリアに対して最後通牒を出しました。内容は、『アストリアは王国にサンディーニャ、トレント、ロンバルディアの3地域を割譲せよ。24時間以内に承諾の回答がなければ王国はアストリアを征服する』ですわ。

 みなさんにはこれからわたくしと一緒に東のロンバルディアに攻め込んでもらいます。行動開始は現時点から。各自、自分の軍団に帰り命令を下してくださいな」

「「「はああっ!?」」」

 将軍たちは呆気にとられて大口を開けた。


「なにか質問でもございますか?あれば出していただいても結構ですが、手短に要領を得たものでお願いしますわ」

 シンデレラが将軍たちを見回す。イライラしているのか、組んだ足が貧乏ゆすりをしている。


「演習を行うのではなかったのか?」

「策略ですわ」

「アストリアとは条約で休戦中のはずだろう?」

「そのための最後通牒ですわ。回答期限内に戦闘が始まったとしても気にすることはありませんことよ。アストリア自身、国際法を守ったことが一度もありませんし、勝てばどうにでも言い繕えますから」

「勝てるのか?」

「勝てますわよ。フーシェ警察大臣のスパイ網によりアストリアの情勢は正確に把握しておりますわ。現在、海軍を除けばアストリアの軍隊はほとんど機能しておりません。唯一機能している軍団も遠くアパラチア山脈の向こう側で反乱を起こした少数民族に苦戦中。

 アストリアの領内に入り込みさえすれば我々の勝利は確実ですわ」

「うむ?では我々はロンバルディアに侵攻するだけでいいのか?」

「さにあらず。

 ロンバルディアからアストリアの首都ヘルメスまで58キロ。軍団から騎兵の集団を抽出して遮二無二敵の首都を目指します。途中の街で敵の抵抗にあったとしても迂回してこれを避け、後続の部隊に始末させます。

 要するに、騎兵をヘルメスに乗り込ませればいいのですわ。そうすれば、アストリアの政権は必ず倒れ、王国と講和を結ばざるを得なくなる。これでアストリアからの脅威が未来永劫消え去る、ということですわ。

 もういいですわね。わたくしの時間はダイヤモンドよりも貴重なのです。ここでグダグダ費やされてはたまりませんわ。

 わたくしは効率的でないのが大嫌い!

 少しはご自分でお考えになってくださいな。でないと、それなりの処置をとらせてもらいますわよ。この鳥頭の糞虫ども!」


 この女ならやる!自分のやり方を貫くためには下克上になんの躊躇も覚えない!

 実際、彼女は過去において幾度も自軍の無能で行動の遅い高級軍人たちから指揮権を取り上げたうえ、言いがかりのような理由をつけて軍法会議に回し処分してしまっている。

 それにシンデレラの軍団の様子も何かおかしい。全員の顔色が恐怖に染め上げられているように青白い。


 不安に駆られた将軍たちはいそいそと自分の軍団に戻って指示を出し始めた……。


 +


 ここで話は王太子の誕生日パーティ当日へと戻る。


 国王アルフォンス14世が会場の一段高いところに着座し、今宵、王太子がどの令嬢と最初にダンスをするのかと真剣に眺めている。

 彼も人の親なのである。母親を早くに失った息子の行くすえを心配しているのである。


 会場中の令嬢もまた期待を込めて王太子を見つめている。

 あるものは絹のハンカチを握り締め、またあるものは長扇子を握りつぶさんばかりに力を込めて……。


 貴族派、官僚派の紳士たちも興味深げに観察している。もしも対抗する派閥出身の令嬢が選ばれでもしたら自派の大事に発展しかねないからである。


 しかしー。


 王太子は誰も選ばない。

 すでにダンスの曲が奏でられているというのに。

 それどころかあくびを噛み殺し、元いた場所から一歩も動こうとはしない。


 この有様を見て会場の多くのものが落胆した。


 この王太子。もしかして現国王よりも阿呆なのではないか?


 他方で落胆よりもイライラした気分で眺めているものたちもいた。

 彼らは王太子が最初の令嬢の手を取った瞬間を合図にそれぞれの目標を襲撃する手はずになっていたからである。

 言うまでもなく彼らは公爵派が会場に紛れ込ませた手練の刺客たちであった。


「こ、これ。何をしておる。王太子。

 気に入った令嬢はおらぬのか?よしんば見つからないとしてもだな。おまえには礼儀上、適当な令嬢の手をとる責務があるのだぞ」


 国王は小声で叱責を飛ばすが、王太子は涼しい顔。


「陛下。そんなことより今からとてもショッキングなことが起こりますのでお気を確かにお持ちくださいね」


 王太子が手に持つハンカチを軽く振ると、まずはシンデレラが厳選した護衛の騎士たちが現れて国王と王太子の周りを十重二十重に囲み出す。

 

 このものものしい雰囲気に音楽は止み、会場は静まり返る。

 

 会場にいる人間すべてが固唾を呑んで見守る中、護衛を引き連れ王太子は会場の中央右寄りに集う外国の宗教関係者のもとに近寄った。


「犯人は貴様だっ!」

 王太子はその中のフード被った怪しげな男に向かってビシリっと指をさした。


「これ、一度やってみたかったんだよね」と王太子はまんざらでもなさそうであるが、指された方は堪らない。


「まだ何もやってねえよ!あっ!」

「語るに落ちたな。もと公爵チェザーレ4世。自分から告白してんの。馬鹿じゃね」

「バ、バレたからといってなんだ!こうなっては仕方がない。

 どうせおまえたちは今宵、全員死ぬのだっ!もの共。やってしまえっ!」


「ふん。

 会場を取り巻いている兵士の数は1個師団1万とんで9872人。今更逃げても抵抗しても無駄だっ!おとなしく縛につけっ!チェザーレ4世と以下省略ども!」


 王太子が大音声を上げると、会場のあらゆる窓、扉から銃剣を抱えた無数の兵士がなだれ込んできた。


 会場内は銃声や物が壊れる音、それに令嬢たちの悲鳴が重なり、阿鼻叫喚の地獄のような有様となる。

 しかし、何事にも終わりが来る。

 公爵の手のものたちは兵士たちに喉元に銃剣を突きつけられたり、警察関係者であろう平服たちに大きな火打式拳銃を突きつけられておとなしくなった。もと公爵は暴れまわったのであろう、服をボロボロにされたうえ血だらけで縛られている。


「そこまでだ!もと公爵。

 追放処分を無視したことといい、敵国アストリアと通謀したことといい、今の国王弑逆の未遂といい、その度重なる悪行三昧。もはや許しがたし!裁判できっちりと仕置されるがいい。

 6年前、貴様が手を下した我が母アンネッタ王妃毒殺の件についてもキリキリ白状してもらうからな!覚悟しろよっ!」


 王太子の恨みのこもった声が響き渡る。


 だがー

 

「いいや。まだだ。王太子。

 父上を離せ!さもなくばこの女を刺し殺すっ!」


 金髪の貴公子がシンデレラの2番目の義姉を掻き抱いてその細首に短剣を擬していた……。

 




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