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中編2

 王太子はロミオ君のことが嫌いである。いろいろとコンプレックスを刺激してくる存在であるし、彼には自分と同じくシンデレラを独占しようとしている節がある。


 鏡を手に取り、げんなりする。そばかすだらけで、父王に似て間の抜けた顔。ロミオ君のように女官たちにチヤホヤされる容貌ではない。


「王太子でなかったのなら誰も敬意をはらったり注目したりしないんだろうな」


 どこにでもいるただの平凡な少年。王太子でなかったのなら……。

 シンデレラがやってくるまで毒殺の危険に怯えることもなかったであろう。10才のとき、王妃だった母を失うこともなかったであろう。王太子でなかったのなら……。


 あるとき、王太子はシンデレラに聞いてみた。

「なんで僕のところなんかに就職活動に来たの?(犯罪行為と言った方が事実なのだが)」

 すると、シンデレラは舞台に立つ女優のように腕を振り上げ演説をはじめた。

「わたくしは今から1年と37日4時間32分前、初夏の朝もやにくるまれながら領民たちが干し草刈に勤しむ様子を見て感じたのです。『わたくしの領地。ああ。なんて美しいのでしょう!どこにも無駄がなく機能的で、それでいて落ち着いた佇まい。これぞ領民のみなさんとわたくしが寝食を忘れただひたすら効率的に協力して作り上げた最高傑作!』

 ですが、この傑作が壊されようとしている。国内では3つの派閥が私利私欲のため相争い、隣国アストリアは虎視眈々と攻め込む機会を狙っている。要になるはずの国王は何もしない無能。

 わたくしはそれが我慢できなかったのです」

「おーい。そこまで陛下のことをあからさまに言っちゃえば不敬罪だから。事実でも言っちゃダメ!お口にチャック!心の中でどう思っていようと自由だけどね」

「そこで、国王ほど無能ではないと噂のある何も知らないガキンチョの王太子を好きに言いくるめて利用し、2年でわたくしの領地経営の障害をすべて取り除こうと計画を立てたのですが、なにか?」

「うおーい!正直すぎるだろ!正直は美徳と世間一般では言われているけど、それ建前だから!」


 とにかくシンデレラが来るまでは自分には賢妃の母を慕っていたわずかな、それもまったく頼りにならない近習たちしかいなかった。近衛騎士団とか王宮警護隊とかはやる気のない、腹の中で何を考えているのかさっぱりわからないどうしようもない連中の集まりだった。


 だが、今は違う。

 警戒せず気ままに振る舞える存在。無条件に甘えてもいい存在。

 そんな女性が身近にいる。


 人としてあれだと思わないこともないではないが……。


「まあ美人だし」


 王太子は好きになった自分が悪いとはどうしても思えなかった。



 ある日のこと。


「殿下。またお寂しい顔をして、なにすねていらっしゃるのですか?

 なんならわたくしが姉が弟にするようにハグしてヨシヨシしてあげましょうか」

「いらねえよ。

 そんなまな板のような胸に抱かれたら肋骨が顔に突き刺さりそうだし」


 ボガーン


 なにやら物騒な音がして、シンデレラが王太子の側使えを呼ぶ声がする。


「まあ大変。なぜだか殿下が急に意識を失われましたわ。仕事の邪魔になるので連れ帰ってくださいな」


 幸せになる道は遠い……。

 王太子はあれでかなりシャイな性格をしているのだった。


 +


 ロミオ君は王太子のことが嫌いである。自分にはないものをいろいろと持っているし、第一、師匠であるシンデレラを独占しているから。


 ロミオ君は商人の妾の子である。


「妾の子」

 嫌な響きである。


「妾の子」であるがゆえにロミオ君は本妻の子に馬鹿にされ、使用人たちからは冷遇され、街の悪ガキどもからは虐められた。


 ロミオ君がシンデレラと出会ったのは偶然である。

 通りの真ん中で悪ガキどもに殴り倒され馬乗りにのしかかられていて最初は気づかなかった。気づいたのは上の重みがすっと無くなった時。


「悪ガキども。往来の真ん中で悪さをしていると馬に蹴られますよ」


 シンデレラの馬はどれも気性が荒く、シンデレラ以外には懐かない。犬などが近寄ってこようものならガツッ。蹄にかけて蹴殺してしまう。そして主人の意向には敏感である。

 馬はロミオ君の上に乗っていた悪ガキを軽く蹴り飛ばした。むろん手加減をして。


 シンデレラは悪ガキが恐怖で泣いているだけでどこも怪我をしていないと見て取ると何事もなかったかのように馬を歩ませた。近くにいた大人たちが非難の目を向けるが、シンデレラに冷たい一瞥を向けられるとみな俯いてしまった。


「あ、あの。ありがとうございます」


 跳ね起きたロミオ君は必死に走ってシンデレラに追いつき、礼を言った。


「何が(ありがとうなの)?わたくしは効率的でないものが嫌いなだけなの。道の真ん中で通行の障害になっているものを馬が退かしただけ。礼など言われる筋合いはないわ」


 シンデレラの冷たい言葉にもロミオ君はたじろがない。自分をこの惨めな境遇から救ってくれる英雄がいると直感したから。


「貴女は(僕の)英雄です!なんでもします。ぼ、僕を弟子にしてください!」


 シンデレラは輪乗りをしてロミオ君の周りをぐるりと回る。


「大げさね。でも」

 何かを思いついたらしくシンデレラが言葉を続ける。

「弟子ですか?うーん。

 わたくしは効率的でないものが嫌いなの。役に立たない人間は見ているだけで憎悪を覚えるわ。

 君は強いの?有能なの?」

「今は強くありません。でも、強くなってみせます。絶対役に立つようになります!」


 ロミオ君は拳を握り締めた。


「人間の脳は4才まで全方向に発達し、7、8才頃までには一定の方向性を持ち、14才になるまでに才能を開花させるというわ。

 で、君は何才かしら?」

「……12才です」

「ギリギリか。まあ、いいでしょ。役立たずなら切り捨てるまでのこと。もうひとりの弟子の競争相手にもなるしね」


 この瞬間からロミオ君はもうひとりの弟子を猛烈に意識し始めた。


 この時、王都の出てきたばかりのシンデレラは18才。ロミオ君12才。王太子14才。


 +


 人としてはどうあれ、ロミオ君の師匠は本物の英雄だった。


 シンデレラが王太子の剣術指南役を離れて最初に戦場に立ったのはシドン軍港防衛戦。ロミオ君も少年ラッパ卒としてシンデレラの身近にいた。

 シドン軍港は隣国アストリアにとって侵攻の最大の障害。ここを王国に確保されたまま兵を送り込まれると兵站を容易に絶たれて侵攻軍が瓦解してしまう。アストリアにとって絶対に攻め落とさなければならない戦略拠点であった。


 アストリアは精鋭艦隊を集結させシドン軍港へ奇襲を行った。奇襲の最初の1時間で艦砲射撃により軍港の要塞2つと防衛司令部が吹っ飛ばされた。


 防衛の指揮を執るのは駆けつけてきたシンデレラ大尉。大尉以上の上級将校は皆戦死か重傷で動けない。

 お倉入りしていた古い要塞砲を引っ張り出したシンデレラが残存する水兵6000と海兵隊1個大隊を前にして叫ぶ。


「みなさーん。

 あの丘と小山を占拠して砲台を築いてちょうだいな。あそこからなら敵の艦隊は鴨打ちよ。東側の水路は浅くて狭いから敵の船がウジャウジャと集結してもこちらに有効な反撃はできないわ。必ず外港へ逃げ出す。そして外港からは観測点もなしに艦砲射撃はできない。

 丘と小山さえとればわたくしたちの勝ちよ」


 理論的な説明をされても敵の最初の奇襲にすっかり怯えてしまった兵士たちは戸惑いの色を隠せない。


「あのね。みなさん。

 戦場で倒れようがベットの中で老衰死しようが、死は死なの。それ以上でもそれ以下でもないのよ。死には色はついていないの。『安楽な』死とか『絶望的な』死とかはないの。生まれてきた以上誰も避けられない当たり前のものなのよ。

 必要もないのに縮めることはないけれども、あなた方はお国のために死ぬことで給料もらっている兵士でしょ。無駄に怯えて多少の誤差の範囲で生きながらえて何の意味があるの?

 死になさいな。どんどん死になさいな。お国のために、そしてわたくしの領地の安全のために。

 この世に戦えない兵士ほど存在価値のないものはないわ。

 わたくしは効率的でないものが大嫌い!戦えないというのならわたくしが片っ端から殺して差し上げてもよくってよ。

 さあ、選びなさい。

 戦って死ぬか、それとも怯えながらわたくしに殺されるかを!

 玉無しの糞虫ども!」

「「「!!!」」」


 美少女のあんまりな罵倒に少年ラッパ卒のロミオ君などは感動のあまり股が縮み上がった。あまりにも身も蓋もない話に兵士たちは怯えることがばからしくなった。



 敵も丘と小山の重要性に気づいており、海兵隊でもって押さえようとしていたが、シンデレラを先頭にした鬼神の如き攻撃により撤退を余儀なくされた。

 そして、砲台が築かれ砲撃が開始されると、敵艦隊はシンデレラの予言通り外港へと退き、しばらく遊弋していたものの結局、姿を消した。


 防衛に成功したシンデレラは一躍大佐に昇進する(兵科は彼女の希望により騎兵)。

 そして、この勝利により国の内外に広く名を知らしめることとなる。『王国にはシンデレラという鬼女がいる』と。


 この時得た「人としてはあれだが、戦争に関して極めて有能であり効率的に戦える軍人」とのシンデレラの評価は、その後彼女が参戦する都度、真実であることが証明され続けることになる……。




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