中編1
話は王太子の誕生日パーティの数週間前にまで遡る。
「なんで毎度毎度、ご自分の仕事を抱えてわたくしの執務室に入り浸るのですか?殿下!
わたくしも王国第1軍団長兼王都防衛隊長として忙しい身。
殿下のお相手をしていては仕事に差し支えます。はっきり言って邪魔です。どっかへ行ってください!シッシッ!」
効率厨であるシンデレラは自分の机を占拠されて切れかけていた。
2年間でシンデレラも赫々たる武勲を挙げ、王太子の剣術指南役から大出世して今や将軍である。
「あのさあ。僕、王太子だよ。美少年だよ。しかも剣術の愛弟子で愛しの教え子だよ。そんな虫を追っ払うような手つきをして。
同じ弟子のロミオ君と比べて扱い、ひどすぎなくね」
「今、殿下のお口から聞き捨てならないお言葉が漏れました。
殿下に質問致します。殿下におかれましては会えば皮肉と愚痴を延々垂れ流すそばかすだらけの自称美人上司と痒いところにまでよく手が回る有能な本物の美少女秘書のどちらと一緒にいて癒されますか?
我が従卒は本当に有能です。そして抱きしめたくなるほど可愛いです。ロミオ君と一緒にいるだけで仕事が捗ります。
それに引き換え、ご自分の口から『美少年』とか妄言を吐く殿下なんぞ。フッ」
「アアああ。今、僕、鼻で笑われちゃったよ。王太子なのに」
「文句を言うのなら美少年に生まれ変わってからにしてください」
「なんちゅう暴言。なんちゅうえこ贔屓。同じ弟子なのに。
あんまりな扱いの違いに僕、泣いちゃうよ。いたいけな王太子を泣かすのは悪逆非道の行いだよ。世間様が黙ってないよ」
「常時、弟子を精進に誘導するのが師たるものの務め。一方を褒め、一方を貶し、お互いの競争心を煽る。当たり前のことじゃないですか。
……それにしても今日は粘りますね。殿下?何かありましたか?」
シンデレラの言葉に先程まで泣き真似をしていた王太子がため息を漏らす。
「うん。どうにもこうにも。
小細工だけではどうにもならないほど事態が切迫しちゃってねえ」
「隣国アストリアの動向ですか?」
「奴ら、君に痛打されたせいで当分は侵攻を諦めたみたいだけど、それなら我が国で内乱を起こさせちゃえって公爵派を煽り始めてねえ。君も知っているようにあの公爵家というのは代々王家にとって代わろうと機会を伺っているだろう?今回、本気みたいなんだよ」
「敵国と通謀の上、内乱ですか。
先のボレンゴ戦役のとき、先代公爵を処刑ではなく追放にしたのはまずかったですわね。あいつはきっとアストリアに亡命していますわよ」
問題の公爵家というのは5代前の国王の時代、王弟が臣籍降下して興したものであり、王国最大の領地を有する大金持ちである。
先代公爵チェザーレ4世は高慢で頭に血が上りやすい男であり、ボレンゴ戦役のとき、当時騎兵旅団を率いるいち大佐に過ぎなかったシンデレラに妙に敵愾心を燃やして強引に先陣に割り込んだ。これに対してシンデレラはあっさりと先陣を譲り、公爵の私兵集団を囮として後方から敵軍に騎兵の強襲をかけこれを撃滅。これは外征で王国が30年ぶりに勝利した快挙であり、シンデレラは一躍英雄として将軍に昇進した。
一方、自分の私兵集団が敵の集中攻撃にさらされたことに怯えた先代公爵チェザーレ4世はすべてを放擲して逃亡を図り、シンデレラが見つけた時には草むらの陰でブルブルと震えていた。敵前逃亡は本来なら死刑であるが、公爵という身分柄、高度な政治的判断が働いてチェザーレ4世を世間的には『名誉の戦死』を遂げたこととし、身分の剥奪の上国外追放の処分となった。
「あれで懲りておとなしくしてくれれば万々歳だったのだけどね。シンデレラに敵愾心を一層燃やして諦めちゃくれない。困ったものだよ」
「わたくしにですか?なんでまた」
「男の嫉妬。方や英雄。自分は栄えある身分から転がり落ちて追放の身。彼からしたら自分の窮地はみんなシンデレラのせい。
無能な連中はねえ。できる男が絶対考えないような妄想を抱く生き物なのだよ。
僕も無能だけどね。フフフ」
「……」
雰囲気を一変させて王太子が寂しく笑う。
「本来の仕事ではありませんが、仕方ありませんわね。憲兵隊を動かしてみましょう」
鬼のような効率厨のシンデレラもかわいい弟を労わるような少しやさしい声を出した。
してやったり。僕っていたいけな王子様だもん。シンデレラなんて僕の寂しい笑顔にイチコロさ。
シンデレラの扱いに慣れている王太子が内心、ニヤリとしたのは言うまでもない。けれど、頼りになる姉に甘えた気分になったのも事実である。
国内で3つの派閥が幅をきかせている現状では王太子の持ち札は意外と少なかった……。
+
それから10日ほど過ぎた、ある日の昼下がり。
第1軍団長の執務室の前で甲高い怒鳴り声が聞こえた。
「シンデレラはいるかっ!」
怒鳴り声を挙げたのは17才になったばかりの金髪の貴公子である。
「将軍閣下ならいらっしゃいますよ」
扉の前の事務机に座る緑の目の美少年が書きものをしながら静かに答える。目も上げない。
貴公子は美少年を一瞥しフンッと鼻を鳴らして執務室へ押し入ろうとする。が、扉の衛兵に銃剣を突きつけられて押し戻される。
「ダメですよ。面会札をお持ちになられない方は将軍閣下にお会いできませんよ。アポイントメントをとって面会札の発行を受けてから出直してください」
依然として目を上げもしない美少年が静かに注意する。
「貴様らっ!俺が誰かと知って口をきいているのか!」
「むろん存じ上げてますよ。ベリス家現当主公爵ロベルト2世閣下。ですね」
「そうと知ってなぜ阻むっ!無礼者め!」
「ここは王国軍第1軍団本部。一般とは異なり、軍規の律するところです。たとえ公爵様でも王族の方でも軍律に服していただかないと」
「ムッ!」
「常識的に考えてこのような場所には世間に漏れてはいけない軍事機密が転がっているかもしれないのですよ。それをズカズカと断りもなしに押し入ろうとするなんて考えなしに過ぎるのではないスカ?」
オツム大丈夫ですかと美少年があえて馴れ馴れしい口調で挑発する。
「き、貴様っ!名前は?」
「ロミオっす。でも、自分の名前を聞いてどうするんスカ?あっ?公爵様」
「たかが平民出身の従卒の癖に!重ね重ね舐めた口をききやがって!もう許さん!」
バシンっ
貴公子が美少年の顔を殴りつけた。
だが、殴りつけられた美少年は口の端から血を流しつつもニヘラと笑って目を細めた。
「公爵様。公務を執行中の軍人に暴行を加えるのは立派な犯罪ですよ。逮捕します」
示し合わせたように扉の内側から銃剣を持った複数の兵士が躍り出てきて貴公子を縛り上げた。
「シンデレラっ!貴様っ!またしても図りおったな!こんなことをしてただで済むと思うなよ!」
「こんな単純な挑発に引っかかるとはどれだけ馬鹿なんだ?思考行動が街のチンピラとほとんど変わらない。名ばかり立派というのも考えものだね。ヤレヤレ。
あんたみたいな大馬鹿野郎がうちの将軍閣下に喧嘩売ろうなんて100万年ほど早いよ。公爵様(笑い)」
+
扉の内側では王太子とシンデレラが耳を澄ませて騒ぎの一部始終を聞いていた。
「血筋なのかしら。あの家の人たちって単純で、こちらとしては扱いが楽で助かりますわ」
「結構結構。僕としては言うことはないね。黒幕でなくても担ぎ上げる神輿がなくなっちゃえばあの派閥もオシマイだからね。
でも、気になることがひとつある。あの公爵、『またしても』とか喚いていたけど、僕の知らないところでシンデレラはなんかした?」
シンデレラは軽く頷いて肯定する。
「わたくし。街のチンピラたちにお金を握らせまして公爵家の私兵の騎士にイチャモンをつけさせましたの。予想通り喧嘩になりまして、そこを憲兵隊に強襲させて一網打尽。チンピラたちは放免して騎士たちだけを拘束し続けましたの。
怒ったバカ殿様が抗議に現れるのを見越していましたから」
「意図的な誤認逮捕に挑発で人を罪に陥れるやり口。シンデレラって権力握らせるとえげつないよね。僕。なんか引くわー」
「あら。ひとにそれをやらせた元凶がおっしゃるのですか。弟子の窮状に同情して自分の仕事を後回しにしてまで救って差し上げたのに。
いけないお口はこれかしら?ねえ?これかしら?ねえ?」
「いひゃい。あにするんの!?口ひっひゃるな!」
シンデレラは王太子が半泣きになるまで口を引っ張り続けた。むろん彼女流の愛情表現である。
「ところでさあ。なんで僕、シンデレラの長靴を磨いてるの?」
「師とは常に弟子の精進を励ますもの、ですから。靴を丁寧に磨いて忍耐力を養ってください。軍隊では兵士が絶対服従の精神と強い忍耐力を養うため上官の靴を磨くのは慣例です」
「僕、王太子だよ。そもそも絶対服従の精神なんて不要だし、ひどくね」
「ひどい?ロミオ君は計画とはいえ、あのバカ殿様に殴られたのですよ。喜んで彼の仕事を代わってするのが人としての常識というもの。
王太子は一生懸命磨きなさい。そして、彼の勤務時間を短縮させなさい。
短縮できた時間でお姉さんは可哀想なロミオ君を労わるためお小遣いをあげて、そのうえデートに誘って美味しいものをいっぱいご馳走しちゃいますわ。ムフフ♡」
「ダメだ。この女。自分のこと、効率厨とか言いながら職場で逆ハーつくってやがる」
「はあ?できる女性が職場に癒しの空間をつくってさらに効率を上げるなんて社会の常識ですよ。殿下は常識知らずなのですか?」
「……」
王太子は彼女の量産する常識にめまいを覚えた。
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カリカリカリ カリカリカリ パラリ カリカリカリ カリカリカリ パラリ
シンデレラが尋常ならざるスピードで仕事をこなしている横。
無言で長靴を磨き続けていた王太子がポツリと言った。
「あのさあ。デート行くのは構わないけど、僕にもお土産買ってきてくれよ。美味しいスイーツとかさあ」
カリっ
ペンを止めて王太子の寂しそうな横顔を見たシンデレラ。
おおっ!
王太子はシンデレラが同情したのかと目に期待を込める。
「殿下。小腹でもすいたのですか?
ちょうど窓の外に小鳥たちの餌に撒いたパン屑がまだ落ちていますから勝手に拾って食べてくださいね。
わたくし。今、デートに行く時間を捻出するために構ってあげられる時間がございませんので」
カリカリカリッ カリカリカリッ
再びペンが尋常ならざるスピードで流れ出す。
シンデレラも気づいている。王太子が人一倍寂しがり屋なことを。だから彼のため時々こうした仕打ちをする。
「なんだよっ!」
王太子は靴墨のついた布切れを思いっきり床に叩きつけた。