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お金のない綾女は歩いてでも行ける隣町の繁華街へ向かった。オレ様たちの住む白鳥商店街が静まる頃、この街は盛んになっていく。綾女のような子供が来るような場所ではないのだ。
綾女は寒さをタダでしのげる場所を探した。
「見て見て、天ちゃん」
綾女は能天気な声で手をハタハタと振りながらオレ様を呼ぶ。道路を隔てた向こう側に画廊があったのだ。
「あそこなら寒さもしのげて一石二鳥だね」
さすがは綾女だ。目ざとい。綾女は左右を確認し、道路を横断する。
「宮郷和規展だって。最近売れてきた新鋭画家だぁ。こんな所でナマで見られるなんてラッキーだよね」
店の自動ドアに貼られているポスターを見て、綾女は感動していた。絵のこととなるとホントに目がないのだ。綾女はうれしそうに中に入っていった。オレ様も綾女について中に入る。
「ん?」
何なのだ、この感じは?
中に入った途端、オレ様はなつかしい妖気を感じた。
仲間の妖気?
だが、仲間はみんな消滅したはずだ。別の妖怪でもいるのか? ここ百年誰にも会ったことはないのだが。
「あったかーい。でも、誰もいないけど、勝手に入ってよかったのかな。ね、天ちゃん。天ちゃん?」
綾女に身体を揺すられて、オレ様は我に戻った。
「もう天ちゃんったら、綾女の話聞いてなかったの?」
「ごめんなのだ」
綾女はぷぅと頬をふくらませる。が、すぐに綾女は飾られている絵に瞳を輝かせて次々と食い入るように見ていく。
「あれ、この絵。うちにあるのと同じだぁ。ねえ、天ちゃん見て」
怒っていたことなどすっかり忘れて、綾女はオレ様の手を引っ張る。
紅葉した山の風景画。確かに似ているが、どこにでもありそう絵なのだ。
「きっと同じ場所で描いたのだ」
「でも、タッチや色使いまでいっしょだなんておかしいよ。これは絶対同じ人が描いたものよ」
綾女は絵はヘタだが、見る目はもっている。その綾女が言うのだから間違いないだろう。
「私の絵に何か変な点でもありましたか?」
背後からの野太い声に、オレ様と綾女は振り返った。
一言で片付けてしまうと、原始人だ。それが宮郷和規の第一印象だった。本当にこの男にこんな絵が描けるのかと、思わず疑ってしまうのだ。
綾女は何回も宮郷と絵を交互に見た。
そして。
「この絵を描いたのあなたじゃないでしょう?」
宮郷からはこの絵に感じた情が感じられなかったのだ。つまりゴーストが描いたと綾女は言っているのだ。実際こういう世界ではよくあることだと、昔繁政から聞いたことがある。
「お嬢さん、何を根拠にそんなことを言うのかな?」
宮郷は動揺も見せず、大きな口を開けて豪快に笑う。
どうやらオレ様は見えていないらしい。当然なのだ。こんな奴にオレ様の姿が見えるはずがない。
「うちにもこれと同じ絵があります。でも、作者の名前は窪田隆と言って宮郷さんじゃなかった」
「その窪田隆という画家がこれを真似て描いたのではないんですか?」
宮郷はあくまで冷静に対応してくる。
「そんなはずない。あの絵はおじいちゃんが七年も前に購入した絵なんだから。この絵は去年描いたものじゃないですか」
綾女はなかなか鋭いところをついてくる。
「心外ですなぁ。そんなこと言われてもその絵は紛れもなく私の作品なんですよ」
「そこまで言うんだったら、うちにある絵をここに持ってきてあげる。そして、たくさんの人に鑑定してもらえばいいわ。それなら文句ないでしょう」
綾女はかなりムキになっていた。宮郷も表情に苛立ちが現れ始めていた。
「あの男もバカではなかったということか。小賢しいマネをしおって」
宮郷は罵声を飛ばす。
「お嬢ちゃんも運がないな。そのまま黙って素直に帰れば長生きができたというのに」
宮郷は綾女の左腕をつかむと、くるっとひねて綾女に背中を向けさせる。そして、騒がれないように残った手で綾女の口を押さえた。
「綾女っ!」
オレ様は宮郷に飛び掛かった。が、オレ様の体は何か見えない力で宮郷から引き剥がされた。
何なのだ? 今のは。
綾女の持っていたスケッチブックが落ちて、オレ様の絵のぺージが開いた。
それを見た宮郷は、
「何てヘタな絵だ。幼稚園児以下だな」
と、足で踏みつける。必死で抵抗する綾女だが、まだ三十代そこらの男の力には適わなかった。
自分の絵をバカにされ、悔しがる綾女。
「車を裏口に回せ」
宮郷はそばにいたもうひとりの男に命令する。
「くそっ、綾女を放すのだっ!」
だが、オレ様が見えていない宮郷にはオレ様の声は届かない。こんな時に妖力さえあれば、こんな奴一発で叩きのめしてやるのに。
妖力。まさか? 不安な気持ちに煽られながらオレ様は綾女を追った。
宮郷は嫌がる綾女を裏口へ引っ張っていく。裏路地は人通りのまったくない物騒な道だ。
綾女をどこへ連れていこうとしているのだ?
宮郷は綾女を黒い車の中に強引に押し込むと、自分もその横に乗り込む。
綾女の呻き声が聞こえてくる。
「綾女っ!」
運転手によって閉められる後部ドア。オレ様は車に乗り込もうした。
が。
オレ様はドアに触れる前にまたしても見えない力で引き離されてしまう。




