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1-1

 尊酉繁政(たかとりしげまさ)が死んでからもう三年になる。まだ昨日のことのように思える。というよりは、

繁政が死んだという実感がないのだ。主人(あるじ)との別れは今回が初めてというわけではな

いのだが。

(てん)ちゃん、動いちゃダメだってば」

 想いにふけってナーバスになっているオレ様を叱っているのは、尊酉綾女(たかとりあやめ)。繁政の孫娘

だ。そして、オレ様の新しい主人なのだ。オレ様は綾女のおかげで今もこうして生きてい

られるのだ。綾女は繁政のような画家を目指している。オレ様は今二階の綾女の部屋で

絵のモデルになっているのだ。机とベッドとローチェストがあるだけの、女の子にしては

質素な室内なのだ。唯一の飾りと言えば、壁に貼ってある家族の絵ぐらいだ。もちろん、

オレ様も入っている。似ているとは言い難いが。

 綾女は大きな瞳でオレ様をじっと見つめ、それをスケッチブックに描いている。白いト

レーナーとジーンズのオーバーオールが綾女のお決まりのスタイル。

「まだなのか、綾女?」

 何度かモデルになったことはあるのだが、じっとしているは辛いのだ。

「できたぁ」

「ホントか? どれどれ」

 オレ様はスケッチブックをのぞき見た。

「………」

 ちょっとでも期待したオレ様が間違っていたかもしれないのだ。

 綾女は絵がヘタなのだ。自慢できるぐらいに。

「なかなかの自信作だわ」

 しかし、満足している綾女に、オレ様は何も言えないのだ。

「お母さんにも見せてこよーっと」

「そ、それはやめておいた方がいいのだ」

「どうして?」

 綾女が傷付くからだ。と、言いたいがやはり言えないのだ。

「変な天ちゃんね」

 綾女は足取り軽く一階へ降りていく。心配なのでオレ様も金魚の糞の如くついていく。

 綾女は勝手口を開けて、店の方に入っていく。

 店というのは、繁政が残した画廊。なのだが、今は半分が酒屋という妙な組合せの店に

なっている。娘の祐子(ゆうこ)が酒屋の三男坊と結婚した時に強引に改造してしまったのだ。

「お母さん、見て見て。綾女の久々の自信作を!」

 商品の補充をしていた祐子はやれやれといった感じで綾女の持ってきた絵を見る。

「あら、ホント。今回はうまく描けてるじゃないの。かわいい子ブタちゃん」

 そ、それは思っていても口にしてはいかんのだ。

「ちがーうっ! これは天ちゃんだよ」

 綾女はぷぅとほっぺをふくらませる。

 仕方ないのだ。誰がどう見たってそれはオレ様ではなく、ブタに見えるのだ。

「お母さんだって中学の頃までは天ちゃんが見えてたんでしょう。覚えてないの?」

「お母さんの記憶に間違いがなければ、天丸の髪はふさふさと長かったし、顔だってそん

なブタの鼻じゃなかったわよ」

 祐子の記憶は正しい。

 風になびくさらさらロングヘアー。

 りりしい眉毛。

 切れ長の瞳。

 ひきしまった口元。

 非の打ち所のない容姿をしているのだ。

「あ、でもこのちょっと垂れ下った目なんかは似てるかもしれないわね」

 誰の目が垂れているのだっ。

 やっぱり祐子はオレ様のことを覚えてないようだ。絶対オレ様の目は垂れてないのだ。

中学の頃までは祐子もオレ様のことが見えていたのだ。が、現実に目を向けるようになっ

た祐子はいつしかオレ様のことが見えなくなっていた。

「せっかくの自信作だったのにぃ」

 綾女はガックリと肩を落とす。だからやめておいた方がいいと言ったのだ。

「あ、もうすぐ四時だ。急がなきゃ」

 店の時計を見た綾女が、バタバタと慌てて家へ戻ろうとする。

 毎週土曜日のこの時間。綾女は決まって近くの白鳥公園にスケッチに行くのだ。しかも

ひとりで。なぜかオレ様を連れて行こうとはしない。普段は嫌がるオレ様を無理矢理連れ

て行こうとするくせに。

「綾女、待ちなさい。隠しておいてもすぐわかるから言っておくけど」

「何、お母さん。綾女、忙しいからまたにして」

「来月お店を改装することに決まったから」

 綾女の動きが止まった。

 店の改装。それは繁政の画廊をなくすという意味だった。

「どうして?」

「おじいちゃんがいない今、お客もこない画廊なんかあったって仕方ないでしょう。だか

ら、お父さんと相談してディスカウントショップにすることにしたのよ」

 そういえば、この間『白鳥(しらとり)商店街を盛り上げる会』とかいう奴らがきて、そんな話を祐

子たちにもちかけていたのだ。

 ディスカウントショップなんかに変えたところで盛り上がるとも思えないのだが。

「なんでそういうこと勝手に決めちゃうのよ。綾女は絶対に反対だからねっ!」

 当然の如く、綾女は反対する。

「この画廊のためにおばあちゃんはずっと苦労してきたのよ。おばあちゃんが早くに亡く

なったのだっておじいちゃんの夢のせいよ。だから、画廊を壊すのよ」

「おじいちゃんは悪くないもんっ!」

 おじいちゃんっ子だった綾女は、繁政を悪く言われたことで大粒の涙をボタボタ落とす。

「お母さんのバカぁ!」

「綾女!」

 綾女は泣きながら店を飛び出した。

「いつまでたっても子供なんだから。天丸、いるんでしょう? 綾女のこと頼むわね」

 見えなくなっても、祐子はオレ様を感じることができる。

 オレ様は言われるまでもなく綾女を追った。




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