雷嵐災狼ー旅立ちー
第5話――再戦――
レンがソリを操り、ルコラと一緒に食事をした洞窟を見つける。
血の匂いが、かすかにした。その匂いの先に行ってみると、馬が2頭繋がれていた縄だけが血まみれになり残っていた。おそらく獣に襲われたのであろう。もし雷嵐災狼なら、周囲に傷跡が残るがそんな跡はない。レンは、その縄を外し、
「神の国に還す(カムイホプニレ)」
そう言って地面にその縄を埋めた。
洞窟に戻り中で灯りをつけると、瓶が転がっていた。
「ルコラ・・・・・・」
絶対大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、レンは1人準備を始めた。今度こそ雷嵐災狼を狩るために準備を始める。ラウェから貰った固体火薬を改めて眺める。
普通、固体火薬は粘土状で、それを溶かして粉になるまで純度を高めることが可能な火薬なのだが、薬として使う場合、硬質化という作業が行われる。
するとラウェから貰ったような、軽石のような固体火薬が出来る。
もちろんこの状態でも固体火薬としての役割は果たしているのだが、硬質化すると粘土状の固体火薬よりも威力が落ちる。だが液体火薬よりもはるかに威力がある固体火薬である。
レンはその固体火薬を削って薬皿に集めた。そして、その削った固体火薬を薬莢に入れ弾頭は、重い金属に電気を受け流す被膜がつく薬剤につけ、それを弾頭にした。
全部で出来た弾丸は25㎜の弾が6発。それを弾倉に込め、赤く印をつける。さらにレンは25㎜用の銃身に変更し、対衝撃用の部品を取り付ける。普段レンの使っているレンの銃は銃下から入れるものだが弾丸が大きくなると銃横から入れるものに変わる。銃身はさほど変わらないが、その力強い銃を縦にしレンは額につけ祈りの言葉を口ずさむ。
「狩人の掟。たとへ、どんな獲物であろうと畏怖し、敬愛せよ。銃は盾。心は刃。全ての神は我が首の後ろに。狩人の守人シクシルリは常に正しい判定を下す。恐れるな。汝の手にはアカシュームがいる」
全ての作業が終わると外はもう暗くなっていた。レンは、汚れた手を雪で洗い、その日は眠ることにした。
翌日、レンは馬に乗り雷嵐災狼と最初に戦った場所にたどり着いていた。
まだ新しい折れた木々。黒く焼けた大地。
すると、崖の近くで光る何かを見つける。馬から下り、それを手に取るとそれは、ルコラが使っていた抜き身のナイフだった。
それを見てレンは、崖の下を覗く。崖の下は、木々が多い茂る樹海だった。再び抜き身のナイフを見るが、それには血などついておらず非常にきれいな状態だった。
――ルコラは生きている――
そう確信したレンは青い煙弾を崖の下に向かって打ち出す。
青い煙弾は安全や生存を表すものである。レンは自分が生きていることをルコラに伝えたかったのである。「ふう」と息を吐くとレンは、再び馬に乗り雷嵐災狼を探し始める。
最初の戦いを思い起こしながらレンは、雷嵐災狼がおそらく深手を負っているだろうと考えていた。もしそうでないなら、すでに自分自身が見つかっているはずなのである。
そして、雷嵐災狼は隠れて狩りをする必要がない。逃げる獲物でも簡単に狩ることが出来る災獣だからこそ、雷嵐災狼を探すレンは、終始、雷嵐災狼の足跡を追い続けた。
すると、非常に大きな洞窟を発見する。
レンは、馬を操りその洞窟の壁を観察する。壁の傷は真新しく、そして、非常に大きな爪痕が見て取れた。間違いない。雷嵐災狼はここにいる。
そう確信したレンは、いったんその場を後にし、多数の罠を近くの地面に設置する。そして、空に向かって橙の発煙弾を打ち出す。橙色の発煙弾の意味はこれから、狩りをする。いまから、危険な事をするというものだ。再び雷嵐災狼の寝床に足を運びレンは、臭煙手榴弾のピンを抜いて洞窟の中に放り投げて、すぐにその場から逃げ、物陰に隠れた。
もうもうと煙が立ち上り洞窟の中へと臭気をまき散らす。
しばらくすると、
轟!
という、うなり声が周囲にこだまし、怒り狂った雷嵐災狼が現れた。
片目に切り傷を負っている。間違いなくレンとルコラが戦った雷嵐災狼である。
「ふう」と息を整えてレンは馬を操って「はっ!」と馬を走り出させた。一足遅れて雷嵐災狼がそれに気づき地面えぐりながら走り出す。
手綱を何度も叩くレン。
速く!
速く!
速く!
それに呼応するかのように老馬は、その足が千切れんばかりに走る。
雷嵐災狼がそれを追いかけるが、巧みに老馬は岩や、木々を利用して雷嵐災狼の足を鈍らせる。
しかし、雷嵐災狼はじわり、じわりとその距離を詰めていく。やがて豪腕が届く距離になったとき右腕を払う雷嵐災狼。その初動を見逃さなかった老馬はあえて走る速さを緩めて雷嵐災狼の左の懐に入る。
「ブンッ」と陣風が巻き起こる。だがその後の攻撃が無い。振り返ると、雷嵐災狼が首を振り辺りをうかがっていた。
そこで、レンが気づく。
雷嵐災狼の左目が見えないことで、今いるところは死角になっていることに。
それでも危険な事に変わりは無い。いずれ雷嵐災狼は気づくだろう。老馬もそのことに気づいているようで「ブルル」と小さく鳴いてレンを促す。
ならば!
レンは閃光手榴弾を雷嵐災狼の右目に投げる。
不意の事だった。
雷嵐災狼は右目を閉じることが出来ず、その強烈な閃光を直視し、大きくのけぞる。
それと同時に、雷嵐災狼は雷撃と嵐をまき散らす。
老練な馬の勘なのであろう。そのすさまじい雷撃の雨の中たった一筋の道を見つけて迷い無く走り抜ける。
ある程度の距離を取ったところであろうか? 雷嵐災狼が再び、こちらの姿を目視し追いかけ始めた。その駿足は、徐々にレン達に追いつく。
それを横目に見る老馬は、その体に似つかわしくない動きを見せる。小さな岩を蹴り上げ天高く飛び上がると、段差になっている崩崖――崖の崩れたところ――を器用に降りる。雷嵐災狼は、その崩崖を器用に降りることは出来ず、自身の体の頑丈さを利用して滑り落ちる。大小様々な岩が降り注ぐが、それを巧みに利用して崖を駆け下りる老馬。
崖を下り終えてなお疲れを見せない老馬は、ただひたすら走り続ける。
そこから少し遅れて、雷嵐災狼が地面を陥没させており、首を振る。
轟!
高くうなり声を上げて、再びレン達を追いかけ始めた。
片目の碧眼になってなお災獣としての生き様を示す雷嵐災狼。
臆すること無く自信に与えられた天命を全うするかのごとく、自身の存在を誇示するかのごとく雷嵐災狼は地面を割る。だからこそ、レンは狩人としての生き様、意地を見せなければならないと考えた。
腰に取り付けていた赤い印のついた弾倉に手をやる。
――まだ、ここは我慢――
そう言い聞かせレンは手綱を握り直し叩く。老馬は、さらに加速する。
レンと老馬。
まるでそれが一個の生き物に見えるほど速く老馬は駆ける。レンの頬を伝う風が徐々に
冷たさから痛みに変わる。ぐっと顔当ての布を持ち上げた。後ろから聞こえてくる雷嵐災狼の土岩を割る音だけが森に響く。
そして、それと同時にレンの中から音がする。命の音。生きている証。呼吸をするときの空気の音まで研ぎ澄まされて聞こえるほどだ。それは老馬も同じで、ただただ己の役割を全うする一個の理のように老馬は走った。
その老馬はどんな若い駿馬より速い。
自らの本筋が分かっているからだ。それはどんな若い駿馬も持つことのないものである。老馬で、体力などとうに衰えている。だがこの老馬は走り続ける。
それは、意思であり、胆力であるからに他ならなかった。
雷嵐災狼もそれを感じていた。この生き物は生かしてはならない生き物だと。
そう感じさせる気迫がその老馬に宿っていた。
レンもその事を感じ取り老馬に触れる。すると老馬は、触れたレンの手に体を押しつけた。その瞬間レンは決断をした。
老馬の背の上で反転し雷嵐災狼を仰ぎ見るような形になった。あぶみに足をかけしっかりと股で老馬の胴体を挟む。意を決したレンは赤い印の入った弾倉を取り出し、最初につけていた弾倉を外す。槓桿を引くと銃身から弾が落ちる。弾倉を銃に差し込むと金属の子気味良い音が響く。そして槓桿を引くと銃身に銃弾が装填された。
全部で6発しかない弾丸。泣いても笑ってもこれが雷嵐災狼を倒すことが出来るかもしれない最後の好機である。
レンは慎重に雷嵐災狼を観察する。それが出来るのは老馬が全て移動を担っていたからである。
狙うのは、傷ついて死角になった左目か?
額中心か?
はたまた、胴体から心の臓を抜くか?
いくつもの選択肢がある。だが、レンの中の狩人はその全てを否定した。
レン自身初めての感覚であった。なぜ? と疑問を持つ前にレンはほとんど反射的に閃光手榴弾ともう一つの手榴弾を放り投げていた。
今度は流石に目を閉じていた雷嵐災狼しかし、レンは閃光手榴弾他に投げた手榴弾だ。
超音響手榴弾と呼ばれるもので、人間の耳には聞こえない音を出す手榴弾だ。
人間には聞こえないと言っても、人間では無い生き物には聞こえる。そして、その音は動物に取って非常に不愉快な音なのだ。
老馬はレンが何をしようとしたのかを本能的に感じ耳を塞いでいたため大丈夫であったが、雷嵐災狼は直接その音を聞いてしまい、平衡感覚を狂わせてしまい、巨躯を地面に、叩きつけた。
レンはその隙を見逃さず銃を構える。ずしりと重たい銃を体全体で支えそして、引き金を引く。
今までに感じたことの無い衝撃と爆音が響き、銃弾が雷嵐災狼の額中心に向かう。
その弾道を察知した雷嵐災狼は本能的に雷撃を出してその弾丸を消し去ろうとしたが消えない。
雷嵐災狼はその事実に驚くわけでは無くただ受け入れ、左腕を顔の前に出し銃弾を受けた。
だが、その程度で動きを止めるような柔な銃弾では無く、雷嵐災狼の腕の皮膚、肉、骨を貫く。
その力を感じ取った雷嵐災狼は、腕を無理矢理外にずらし弾丸を肘から抜いた。
苦肉の策ではあったが、もしそうしなければ己の額を貫いていたのは想像に安くない。
走り続ける老馬の背の上で雷嵐災狼を眺める。
剛腕は弾け左半分をえぐり取っている。強靱な爪の数も半分になり、皮膚が弾けたその中は紅いしぶきを上げ、周囲を鮮血で染め、千切れた筋繊維の中には、幾重にも砕かれた玉白色の骨が血で淡紅色に染まっていた。雄叫びを上げ、裂傷から電気の火花がちる。それほどの痛手を受けてなお立ち上がり、再び走り出す雷嵐災狼。
その駆ける足は弱まるどころかいっそう強くなった様にすら感じられる。
残りはあと5発。
レンの鼓動はさらに強くなる。
だが、不思議と恐怖は無かった。あるのは不思議な一体感。まるで己自身が雷嵐災狼であるかのような奇妙な感覚。今まで感じたことの無い感覚ではあったがそれが不思議に心地よかった。
そうか、今自分は自分自身と戦っているんだ。
そんな感覚がレンを襲っていった。
レンは静かに排筴した。空の薬莢は円を描いて白い雪の上に落ち、その内部から白い筋を立てていた。
森を抜けるレンと老馬。
その先にはレンが幾重にも仕掛けた罠がある。しかし相手はあの雷嵐災狼。
正攻法で引っかかるわけは無いと踏んでいたレンは、再び銃の照準器をのぞき込む。その先には雷と暴風を帯びた雷嵐災狼が、左前足などお構いなく走っている姿をとらえることが出来た。
老馬は、レンの所作を見逃さず、駆けていた足を止めレンが一番狙撃しやすい様に体を作る。
雷嵐災狼は景色が揺れるほどの咆哮を放つ。
だが、レンはそれでも照準器から目を離さない。
雷嵐災狼とレンの距離が徐々に近づいてくる。レンの目端に罠の印が入る。
もう少し。
あともう少し。
自分に言い聞かせながら、照準器を覗くレン。
そして雷嵐災狼が、罠のある場所の一歩手前でレンは引き金を引いた。
雷嵐災狼はその威力を身にしみて知ったためすかさず回避の行動を取るため地面深くに前足を無理矢理突き刺し地面をえぐりながら、前進した。
だがそれこそがレンの思惑であった。確かに強力な弾丸は雷嵐災狼に避けられたが、その地面には強靱な金属の太い鋸のような糸が何カ所にも張り巡らされていた。
右腕はまだ金属の糸に耐えることが出来たが、負傷した左腕はその糸の餌食になり、いくつもの細かい裂傷を負わせ絡みつく。
しかし、痛みを感じているはずの雷嵐災狼は、左腕が無くなっても良いと言わんばかりに次々と、金属の糸を電熱と己の力に任せて引き千切る。
レンはすぐに次弾を装填し、雷嵐災狼を狙い撃つ。
頭ではなく、的の大きな胴体を狙うが、雷嵐災狼が糸を切り胴体の直撃は避けたが今度は右後ろ足に直撃し、体を大きく崩す。
残り3発。
レンが次弾を込めて老馬を走らせた。
そして、走っている馬上の上から照準器を覗くがレンは雷嵐災狼の姿に恐怖に似た感情を抱いた。
雷嵐災狼の右目の瞳孔が今までに無いほどに開き、地面、空気、空を震わす雄叫びを上げると、そこに一筋の轟然たる雷が落ち雷嵐災狼の体を包んだ。
雷を身に纏い全身が青白く発光する。周囲の木々の葉が風で飛び、その体に触れると葉は一瞬で滅却した。
「白雷の化身・・・・・・」
雷嵐災狼。
災獣の二つ名。
雷嵐災狼の姿で語られるもう一つの姿が白雷の化身。雷嵐災狼が雷を纏った姿である。
その雷の熱で周囲を焼き払い駆ける姿は災獣が災獣たる所以である。
レンはそのあまりの力に不思議と驚嘆していた。恐怖というものではなく、あくまで雷と嵐を操る獣の動物的、自然的な畏敬の念がレンの心に渦巻いていた。
「残弾はあと2発」
レンは次弾を装填しながらそうつぶやく。
残り2発。
レンの目がいっそう鋭くなる。
レンの紅い瞳、雷嵐災狼の碧の瞳がそれぞれを捕らえて離さない。
レンは大きく息を吸いそして、吐いた。雷嵐災狼はそのレンの姿を見据えている。
銃把を握ると、そこに全ての神の血がついている。ルコラとの約束。
雷嵐災狼が体全体から火花を散らして、雷が高鳴る。
その状況とは逆に穏やかないや、嵐の前の静けさなのだろう。そんな時間が流れた。
決着をつけるときは近づいている。
そうお互いが理解しているからこそ動かない。
雷嵐災狼には災獣としての、レンには狩人としての一分がある。
鍔迫り合いにも似た緊張感が、周囲を粛々と過ぎていく。
最初に動いたのは、雷嵐災狼であった。
緩慢な動きから、徐々に加速しレンとの距離を一気に詰めていく。
レンはその動きに対して銃を構えた。
レンは銃を引き絞る。
だが、レンの頭の中に一瞬の迷いが生じた。
それは、本能にも近いものだった。
決して理性では、説明できないもの。
――この銃弾は当たらない――
そうレンの経験が語りかけてきたのである。
はっとしたときレンの目の前に雷嵐災狼が目の前にいた。
――死――
その言葉だけが、頭をよぎる。
その時だ!
老馬が急に起き上がりレンをふるい落とし、後ろ足でレンを蹴り飛ばした。
レンはいったい何が起きたのか理解できず、受け身を取るだけで精一杯だった。
次の瞬間。
鈍く、水の中でなにかが破裂するような音の後に、樹が砕ける音が続く。
レンは、すぐさま起き上がり辺りの様子を伺った。
景色が目に入る前に生きた肉の焦げる匂いがレンの鼻から肺に抜けて思わず二の腕で鼻を塞いだ。その先にあったのは、折れた樹のさきにいる倒れた老馬の姿と、右腕を振り切っていた雷嵐災狼の姿だった。
瞬間、レンは理解するとともに自分の不甲斐なさを呪った。
雷嵐災狼がゆっくりと振り上げた右腕を下ろす。
――次はお前の番だ――
そうレンには聞こえたのである。
レンは銃を構えた。
だが、確実に当てるはっきりとした像が見えなかった。
どう転んでも死を覚悟するしか無い状況だったのだ。
しかし、レンの心は諦めることだけは拒否していた。
もし今諦めたら、自分を信じてくれたヤチやルコラ、そして自身を狩人に育ててくれたラメトクの意思その全てを無為にしてしまう。
それだけは絶対にやってはいけいない。
レンは最後まで諦めず座った状態で、銃を構え続けた。
勝算など無い。
奇跡など信じていない。
あるのは意地と狩人としての覚悟である。
それだけがレンを動かしていた。
雷嵐災狼は一息にレンの息の根を止める事だけに神経を集中し、飛び上がった。
レンはひたすら照準器を見据えて雷嵐災狼を狙い続けていた。
その時、一つの小さな影が、雷嵐災狼の頭上を取り、太陽の光に反射する二つの金属光とそれに繋がれた金属の糸が降り注ぎ、飛んだ雷嵐災狼の首を捕らえてそのまま地面に落とし、幾重にも響く金属音とともに降りてレンの前に着地する。
「レン。待たせたさ」
黒い髪をたなびかせ、両腕には刀剣を携え、黒い肌に蒼い瞳。そしてレンがよく知る声と口調。
「ルコ・・・・・・ラ・・・・・・」
「間に合って良かったさ。レン最後まであたしを信じてくれて嬉しいさ」
そう言って太陽のように笑うルコラ。
「遅いよ・・・・・・」
「悪いさ。でも今は、雑談はここまでさ、レン」
すぐに臨戦態勢になるルコラ。雷嵐災狼は、ルコラの投げた重量感のある、金属の杭と糸で雷嵐災狼の首を捕らえている。その金属に体を覆っていた雷が飲み込まれ、その重い杭と強靱な糸で身動きが取れず暴れていた。
「レン。その銃の残弾はあと何発さ?」
「あと2発」
ルコラは微笑した。
「あたしが奴の動きを止めるさ。レンは奴の角を狙うさ。出来るかい?」
静かに頷きレンも銃を構え直した。
「いくさ!」
ルコラが刀剣をたなびかせて走る。
雷嵐災狼は杭を引き抜いて体勢を立て直そうとしたが、
「させないさ!」
ルコラの斬撃が雷嵐災狼の傷ついた左足を何度も切り裂いた。
たまらず、雷嵐災狼が体勢を崩し足掻く。
「おとなしくするさ!」
ルコラは足だけで左に横転し雷嵐災狼の顔に刀剣を乱舞しながら徐々に雪に埋めて行く。
そして、大きく跳躍すると体重と重力を利用して雷嵐災狼の頭を剣戟で止めた。
「今さ!」
レンは一息もせずに引き金を引く。
銃口から空気を震わせる音と爆発と共に、弾頭が飛び出し、螺旋を描きながら空気の抵抗もものともせず、ただまっすぐに雷嵐災狼の角にめがけて飛ぶ。
金属の砕けるような音が辺りに響き、ルコラは刀剣を利用して、バック転した。
悲痛な叫び声が森の中に響き渡る。
角を割った瞬間だ。突如として、雷嵐災狼に作り出されていた雷と風がぴたりと止まった。
そしてあれほどまでに厳しい災獣が弱々しくなり、ゆらゆらと立ち上がる。
それでもなお、うなりを上げる。
されど、レンには理解できた。
これは命の終わりを告げる刻が来たのだと。
先ほどまで自分がそうであったように、雷嵐災狼は災獣として、最後まで災獣としてこの場にいるのだと。
逃げる。
その選択肢がもはや無い。
あるのは、最後まで自身の意地を通すしか無い、そのときの行動を雷嵐災狼もわきまえていたのだ。
レンは静かに槓桿を引き戻す。
空になった薬莢が弾かれて地面に落ち、最後の銃弾が装填される。
レンは銃を構える。
その所作は一瞬だったが、本当に長い時間を雷嵐災狼と過ごしたかのような奇妙な感覚に襲われた。
動悸の一拍、一拍がまるで緩慢であるかのようで、しかし不思議と息苦しくない。
その引き延ばされた時間。
雷嵐災狼の最後の動きの一つ一つを胸に刻み込むかのようにレンは、照準器を覗く。
「神々の祝福を(カムイレンカイネ)」
そう漏らしたレンの指は静かに引き金を引いた。
最後の弾頭が雷嵐災狼の頭に向かって走る。
その時、
――其方等に感謝を――
そうはっきりとレンの耳には聞こえた。
弾頭が、雷嵐災狼の下あごから頭、首へと抜けて弾ける。
一歩。
二歩。
最後までレンに向かいそして右腕の剛腕が静かに振り上げられたとき、雷嵐災狼は絶命し、レンの目の前に剛腕が静かに振り落とされていた。
雪を染める鮮血。
レンは静かに座り、雷嵐災狼の剛腕に優しく触れて撫でる。
『獣と狩人は相容れない。だが、レン決して狩りをする獲物に対する敬意を忘れてはならない。それを忘れた狩人は獣以下だ・・・・・・』
ラメトクの言葉が思い出された。
「神々の祝福を・・・・・・神々の祝福を・・・・・・」
レンはそう言って最後に声を上げて泣いた。
悲しい。そういう感情ではない。畏敬の念、感謝、安堵、そのほかにも言葉では言い表せない感情があふれ出していた。
「レン・・・・・・」
ルコラが、レンの肩に触れる。
涙を拭うレン。
レンは自分が雷嵐災狼を狩った証である、金属の札を取り付けて静かに立ち上がる。そして、空に向かって信号弾を撃つ。その音がまるで雷嵐災狼の弔いのように響いた。
レンはしばらく雷嵐災狼を眺めていたが、踵を返すと今度は老馬の方へと向かっていた。
まだ、呼吸はしていたがその息はかすかなものでしかない。
しかし目は死んでおらず、レンを見た後でレンの来た方向に視線をずらす。
倒れている雷嵐災狼の姿を確認すると何かに満足したかのように目を閉じ、以後老馬の息は途絶えた。
「ごめんなさい・・・・・・」
レンはそうつぶやいた。そうするとルコラが横から近づいて老馬の前でしゃがんでナイフを取り出し老馬の毛の一部を切った。
「レン。受け取るさ」
静かにそれを受け取るレン。
「忘れるじゃないさ。それは、レンを支えた誇り高き命。こいつは、つとめを全うして再び神の国に帰るさ」
神の国。
天国とも言い換えることが出来る場所。全てのものがカムイであり、地上に降りるさいには何かの役目があり、それを終えると神の国へ帰り、また新たな使命を帯びて地上に降りてくるとされている。
「うん」
そう言ってレンは、その老馬の毛を紐で縛り、衣服の物入れに入れた。
「さて、じゃあやつの体も持ち帰らないとさ」
ルコラがそう言って見せた先には雷嵐災狼がいた。
「そうだね・・・・・・」
レンとルコラは散らばった雷嵐災狼の角の一部と雷嵐災狼の体の中にある宝玉を拾い背嚢の中に入れる。
「さて・・・・・・帰るとするさ・・・・・・ね?」
ルコラが振り返った先に、白金王獣が座ってレン達を眺めていた。レンも同じように振り返る。
白金王獣は静かに厳かにレンを眺めていた。
レンは無言で白金王獣を見つめる。
すると、ゆっくりと立ち上がり、老馬に近づき鼻を添わせて見せる。そのあと静かに歩き、雷嵐災狼にも同じように鼻を添わせた。
その動作が終わると何事もなかったかのように白金王獣は森へと消えていく。
死した命を弔うようなそんな行動を示した白金王獣。
レンとルコラはしばらく話すことが出来なかった。
第6話――帰郷――
レン達はラウェとヤチのいる村に泊まっていた。
村と言っても廃材で作った簡素な屋根に火を囲んでいる程度ではあったが。
なぜ、レンとルコラがこの村に立ち寄った理由。それはヤチにあるものを返すためだ。
「ヤチ。ありがとう・・・・・・」
そうして返したのはヤチのイヌイェカネだ。
ヤチはそれを受け取ると、静かに外套の中にいれた。
「あと・・・・・・これ」
レンがもう一つ出したのは雷嵐災狼の砕けたヤチの指ほどの角だ。
ヤチがそれを受け取ると、しばらく眺めている内に涙が零れていた。
「あり・・・・・・が・・・・・・と・・・・・・う」
その角を胸に抱くヤチ。
それをみてラウェが優しく微笑む。しばらくするとラウェがレンの方向に振り返り、
「狩人の覚悟、確かに受け取ったよ」
そういって深く礼をするラウェ。
「・・・・・・ありがとう」
するとその二人にルコラが割って入る。
「二人とも辛気くさいさ! ところでレン帰りはどうするさ?」
レンが黙っていると、ラウェが、
「どうしたんだい?」
「ああ、足が無いのさ。馬は全部やれたからね、歩くとたぶん一ヶ月くらいかかってしまうさ。幸いなのは、調理器具一式は無事だから最悪歩けば良いんだけどね」
「そういうことか・・・・・・私も何とかしたいがこの村の惨状を見て貰えば分かるようにこの村には馬がいない」
「ああ、やっぱり一ヶ月歩くしか無いのかさー」
ルコラが大の字になって倒れる。
「君たちはどこの村からやってきたんだい? 一ヶ月というとかなりの距離のようだけど」
レンがそれに答える。
「牙川から来た」
「牙川の住民なのか! ということあのラメトクの・・・・・・」
「ラメトクは私のおじいちゃん」
ラウェはそれを聞いて頭に手をやる。
「なんということだ。普通の狩人とは違うとは思っていたが、ラメトクの孫の狩人がこんな幼い女の子だとは・・・・・・」
そうすると、何か思案にふけるラウェ。
「ここから2日ほど歩いたところに小さな家が一軒建っている。そこなら馬がいると思うんだが・・・・・・」
言葉を濁すラウェにルコラが起き上がり聞く。
「どうしたんだい? 馬がいるならそこで借りるか買えば良いさ? 何か問題でもあるのかさ?」
「それが、その家の主人・・・・・・老婦なんだが、ひどく偏屈で狩人に貸す物は一つたりともないというような感じで、もし貸すなら持っているもの全てを置いていけと言うような老婦なんだよ。ただ、」
「ただ?」
レンが尋ねた。
「一回だけ狩人に貸したことがあるんだ。それが・・・・・・」
「私のおじいちゃん?」
「そういうことだ」
すると、ルコラはレンの背中を叩く。
「どうしたの、ルコラ?」
「良いことを聞いたさ。それならその老婦に馬を借りるだけさ」
「でも、今・・・・・・」
「大丈夫さ。なんとかなるさ」
そう言って上機嫌になるルコラ。
レンにはさっぱり理解できなかった。それはラウェも同じで、どうしてルコラがこんなにも自信に満ち満ちているのかその理由が皆目見当もつかなかったからである。
レンとラウェを尻目にルコラは楽しそうに、ラウェは用意した食事をほおばっていた。
レンとルコラは、ラウェ達に別れを言い、そしてラウェの言った老婦のところへと向かうことになった。
しばらく歩く二人。
レンとは対照的にルコラの足取りは軽かった。
正直、レンは未だになぜルコラがこんなにも自信たっぷりなのか分からない。
ただ、ルコラが自信を持っているときはきっと何かあるのだろうということは、今まで付きあってみて分かったのであえて言及はしなかった。
すると、ルコラが、
「ああ、そういえばレンにお願いがあるさ」
「?」
ルコラが自分に対するお願いとは何だろうかと考えるが、交渉関連では絶対無いということしか分からなかった。
「村に帰ったら、レンの怠け者鍋が食べたいさ」
ルコラの言葉に面を食らうレン。
「でも、帰ったらちゃんとした食事を作るよ?」
レンも別に料理が苦手と言うわけでは無い。むしろ得意な方だ。
いつもルコラに怠け者鍋を振る舞っていたのは面倒くさいのもあったが、それ以上に時間が無かったからである。レン自身、もし村に帰ったらルコラにちゃんとしたご馳走をしようと思っていたので、このルコラの申し出には少し困惑した。
だが、ルコラは譲らず、
「ダメさ。あたしは、レンの怠け者鍋が食べたいさ」
なぜそう言うのか、レンは理解できず唯々、混乱するばかりだった。
二日が経つ。
ラウェに教えて貰った一軒家が二人の視界に入る。
「で、どうするの、ルコラ?」
「ま、あたしに任せるさ」
そう言いながら一軒家の扉の前に立つ二人。
ルコラが、扉を二回叩く。しばらくの静寂の後、老婦が訝しげな表情を浮かべる。
「なんだい?」
しゃがれた声で明らかに不機嫌そうな老婦。
「ある物を売ってほしいさ」
ルコラが笑顔でそう答えると、老婦はわざと聞こえるようなため息を吐き、
「帰んな!」
扉を閉じようとする、老婦を制止するルコラ。
「まあまあ、そう言うんじゃ無いさ」
老婦が、二人をなめ回すように見ると、ますます不機嫌そうな顔になる。
「あんたら、狩人だね。家には狩人に売るような馬は、たとえ駄馬でも無い。さっさと帰れ!」
老婦が、扉を閉じようとするがルコラの力に負けてしまい、いっこうに閉まる気配が無い。
別に老婦に力が無いわけでは無い。しゃがれた声とは反対に、しっかりとした足腰と、精強な肉体が遠目でも分かるほどである。
おそらく馬の世話以外にも薪割りや、農作業などの肉体労働を一人でしていたのは想像に難くなかった。
「手を離しな! さもないと・・・・・・」
「その腰に隠している短剣で腕を切り落とすのかい?」
「な!?」
ルコラが自分の言葉を先越しして言われたので言葉を失う老婦。
「図星さね。まあやれるもんならやってみるさ」
ルコラは顔こそ笑顔だったが目が笑っていなかった。
口惜しいと言う顔する老婦。しかし、長年の培った知恵なのか今度はこう切り替えした。
「なら、あんたらの持ち物全部と交換だ! さあどうする?」
「嘘はいけないさ。あたしらの持ち物を全部剥いだ後、追い出す算段なんだろうけど、あたしには通用しないさ」
「そんなことはしないよ」
「声は上手くだませたつもりだろうけど、視線には気をつけるさ。女は嘘をつくとき視線が動かないさ」
「なんのことだい? 私が嘘をつく人間に見えるのかい!?」
「しょうが無いさね、嘘をつく相手は選ぶさ。無駄な力が体に入ってるさ。それに今の言葉も嘘つきの常套句さ。最後に、今の言葉を言う前に下唇を一瞬噛んださ。全部嘘をつくときに出る仕草さ」
「そんなに私の事が信用できないなら帰るんだね!」
「今度は非協力的になって信じさせようとするのかい? 本当に分かりやすい嘘つきさね」
老婦の言葉に少しずつ間が出来る。
「何か打開策を考えてるさね。無駄さ」
そう言ってルコラは何かを老婦に耳打ちをした。
みるみるうちに老婦の顔が青ざめて、その場にへたり込んだ。
「じゃあ。馬を二頭、貰ってもいいかい?」
「・・・・・・ああ、好きにしろ」
もう老婦に抵抗する意思がないのかルコラの言った言葉をそのまま聞く。
振り返るルコラ、
「なんとかなったさ。レン」
破顔するルコラ。
そして、ルコラは馬を2頭引き連れてレンの元に来た。二人は、馬に乗りその場を後にする。
「ルコラ。どうやったの?」
「ん? なにがさ?」
「馬。嘘を見破ったくらいでは借りられ・・・・・・貰えない」
「ああ、そのことかい」
ルコラがしばらく空を仰ぎ見る。
「まあまず一つ、あの老婦は馬を貸したくない。嘘をついてもさ。じゃあなんで嘘をつくのか?」
「馬を貸したくないから?」
「半分正解さ。でも、狩人以外なら、まあ通常の3倍か、4倍程度ふっかけて貸したと思うさ」
「狩人以外なら? 私たちが狩人だから貸したくなかったの?」
「そうさね。じゃあレン。狩人はある条件を満たしていたら、人を罰することが出来るさね。それは、どういうときさ?」
「相手が、不義理を行っていた時、自然の理に反したとき、例えば、獲物を取り過ぎたり、盗品を売ったり・・・・・・あ」
「気づいたさね。そうあの老婦は盗品を売っているのさ」
「でも、どうして・・・・・・?」
「どうして分かったのか、かい? はじめに老婦はあたし達を見るなり帰れと言ったさ。それはなぜさ」
「私たちが狩人だから?」
「それも半分正解さ。でもなんで老婦は私たちが来たときに馬を貸してほしいと思ったさ?」
「え、それは・・・・・・」
考えて見れば不思議な話である。思い返せばルコラから馬を売ってほしいとは一言も言っていない。言ったのは老婦からである。
「じゃあここで疑問さ。どうしてあたしらが、馬が必要だと分かったさ?」
「それは・・・・・・」
レンには分からなかった。
「レン確か、雷嵐災狼と戦う前に馬が2頭いなくなったと言ってたさ」
「うん。でもそれは・・・・・・」
「繋いであった縄に血が染みこんでいて、獣に襲われた。そう考えたんだね?」
頷くレン。
「でも考えてほしいさ。雷嵐災狼が暴れ回っていた後に、それ以下の獣がその辺をうろうろするかい?」
「確かに、すこし妙だとは思ったけど、でもあのときは・・・・・・」
「まあ確かに、白金王獣がいたのは、確かさ。それで、他の獣がいるかもしれないさ。じゃあなんで、喰われた馬の喰い滓が残ってなかったのさ?」
それも確かに不思議な話である。残っていたのは血まみれの縄だけだ。よほど大きな獣なら馬を丸呑みに出来たかもしれない。だが逆に丸呑みしたなら血も残らないはずである。
仮に残ったとしても数滴、雪に残る程度だ。
「さて、そんなところに馬がいなくなった私たちは徒歩で来て、物を貸してほしいと言った。老婦は馬があたし達の物だと思ったに違いないさ。雷嵐災狼が暴れている時にいる狩人はあたし達ぐらいだったからね。しかもあたし達はこの辺の人間じゃ無いさ。当然何か足が必要になるさ」
レンは理解した。つまり真相はこうだ。
老婦は、火事場泥棒をしたのだということ、ただ雷嵐災狼に襲われた村の一つにはラウェとヤチがいる。それでも良かったのだ。村には馬屋がある。
十中八九、村の外の森には馬やそれ以外の家畜が数頭は逃げているはずである。それを捕まえれば儲けがでる。そして、馬が繋がれていた。
繋がれているということは、誰かが馬を使っている証拠になる。
では誰が、雷嵐災狼のいるところに馬を繋ぐのか?
間違いなく狩人である。
ただ、縄を切った程度では、すぐにばれる。
だから老婦は縄に血を染みこませて、さも獣に襲われたかのように装ったのだ。
「ルコラは最初から分かっていたの?」
「最初は分からなかったさ。ただ、馬は奪われたというのは何となく察しがついたさ。問題は、賊かもしれない。そうなると、奪い返すのは骨さ。だけど・・・・・・」
「近くに老婦が住んでいることが分かったから、それで?」
「そうさ。まあ外れても、狩人に物を貸したがらない人間なんて、どこかにやましいところがあるものさ。その時は、そのように立ち回るつもりだったさ」
なるほどと理解するレン。
それと同時に、自分のした手向けが無駄だったのでは無いかという考えがレンの顔を紅潮させた。
「別に恥ずかしがることは無いさ、レン。レンは、狩人として・・・・・・人として当然のことをしただけさ。今回はしょうが無いさ」
「ルコラ・・・・・・」
「ただ、レン。もう少し観察眼をつけるさ、今回は良いけど今後のレンのために。騙す人間はたくさんいるさ。でもそれを見破るレンにあたしはなってほしいさ」
レンは静かにうなずく。
正直自分が情けなかった。すると、
「大丈夫さ。今はあたしがレンの付き人さ。レンの足りない部分はあたしが補うさ」
「でもそれじゃあ私は・・・・・・」
「レンはレンで、あたしのためになっているさ。あたしの足りない部分をレンは補ってくれているさ」
「それは?」
レンにはルコラが完璧に見えて、正直足りない部分など無いと思っている。
「秘密さ・・・・・・」
すこし苦笑いをするルコラ。ほんのりと耳が桜色に染まっていたのは、おそらく恥ずかしかったのだろう。
その後、馬の闊歩だけが雪原に響いた。
10日が過ぎる。
レンとルコラは自分たちの村に帰ってきた。
まず行ったのは馬屋である。
馬から下りて、扉を開ける。相変わらず立て付けが悪いのか「ギィ」という音が響いた。
扉を開けるといつものように老人が座っていたかと思うと、後ろの壁にかけていた干し草用の叉具――ピッチフォークのこと――を手にレンに襲いかかった。
ガンッ。
鈍い音と共に老人が頭から落ち、砕けた木片と水、それから老人の脳天から血が噴き出していた。
「だめじゃない、おじいちゃん。いつも言っているでしょ? そんなことしていたらお客さんいなくなっちゃうよ!」
いつものようにおじいさんを止めるチュクがいた。
「あ! レンじゃ無い!」
「ただいま」
チュクがレンを抱きしめる。
「おかえり! 良かった、帰ってきた!」
嬉しそうにレンの頭を撫でるチュク。
「チュク苦しい・・・・・・」
「ああ、ごめん、ごめん!」
太陽のように明るいチュクが笑いながら両手を左右に振る。
「で、帰ってきたと言うことは・・・・・・」
「うん。雷嵐災狼狩れたよ・・・・・・」
はにかみながらレンは答えた。
「だよね! だよね! やった!」
誰よりも喜ぶチュク。その笑顔にレンもつられて笑顔になる。
再びレンを抱きしめるチュク。
「がんばったね! 偉かったね!」
まるで自分の事のように喜ぶチュク。すると、
「あー二人ともお取り込み中のところ悪いんだけどさ、これどうするさ?」
ルコラが、指さした方向にはチュクのおじいさんが頭部から血が吹き出て、白目と口から泡を吐いて倒れている。
「あー、大丈夫、大丈夫! どうせいつものことだから!」
高笑いをしながら、平然とするチュク。
いつものこと?
とルコラがたじろぐ。
「で、レン今日はどうしたの?」
「馬を返しに来たの・・・・・・それと・・・・・・」
レンはあるものを取り出した。それは、あの老馬の毛だった。
「ごめんなさい・・・・・・」
チュクはその毛を見て何かを理解したかのようで、
「レン。立ち話も何だから奥に入ろう」
促されてレンとルコラは、奥に入る。
奥に入ると、チュクが、お茶を用意して二人が座る食卓に運び座る。
「はい、レン。付き人さんも、はい」
「ルコラで良いさ」
「そう? じゃあはい、ルコラ」
ルコラがお茶を受け取る。熱い湯気がもうもうと出ているそれを食卓に置くルコラ。
そして、レンは今まであったことを、時間をかけて話した。
それは、とてもとても時間がかかったが、チュクは黙って聞いている。
レンが話し終えたのは、もう熱々と入れられたお茶が雪のように冷めてしまった後だった。
「そうか・・・・・・レン。これはおじいちゃんから聞いた話なんだけど・・・・・・」
「?」
「あの老馬はね元々、家の馬じゃないの」
「え?」
「おじいちゃんがね、拾ってきたというか、引き取ったというか・・・・・・」
「どういうこと?」
「そうだねー。あの馬は元々、別の狩人の馬だったんだって。だけど、その狩人はある狩りで死んじゃったんだって」
「ある狩り?」
「そう。雷嵐災狼の狩りを受けてそのまま死んじゃったの、付き人と一緒にね。で残ったのはあの馬と、狩人の・・・・・・」
「・・・・・・」
「それで、引き取ったのは良いんだけどこれがまた言うことを聞かなくてね、時々は言うことを聞くんだけど、それでも他の馬に比べたら扱いにくい部類だったの」
「あの、馬が雷嵐災狼と?」
「うん。だから、レンが雷嵐災狼狩りに行っているときにおじいちゃんが言ったの。あいつは仇討ちをしに行くんだって」
「仇討ち?」
「そう。おじいちゃんの話だと、それまであの馬は名馬として、いつもその死んだ狩人の傍らにいた馬だったんだって。だから、自分の主人を守れなかったことを悔やんでいるってね」
それを聞いて申し訳なさが心に広がるレン。
「でもね、おじいちゃん言ってたよ。レン・・・・・・ラメトクの育てた狩人が雷嵐災狼を狩りに行くんだから安心だって」
「え?」
「おじいちゃん。普段はああだけど、レンの狩りの腕前は認めているんだよ」
レンはその言葉を聞いて正直驚いた。自分は厄神の再来だと信じている人間はこの村でもかなり多い方である。みんな口にしないだけで自分の事を厄神の再来だと畏れているものもいる。
そういう人には出来るだけ怖がらせないように、近づかないようにしている。
チュクのおじいさんも自分の事を厄神の再来だと思っているんだと感じていたため小さいときからチュクの家に行くときは本当に用事があるときだけにしていたのだ。
「ま、いつもあんな感じだから、レンにはそう見えなかったかもしれないけどね」
呆れ気味に言うチュク。
「チュク・・・・・・ありがとう・・・・・・」
「よしなって! ああもう、恥ずかしいな」
赤面するチュク。その後、チュクと他愛の無い昔話に花を咲かせたレン。
「じゃあレン。これからどうするかは知らないけど応援しているからね!」
「・・・・・・ありがとう」
ルコラとレンが奥の部屋から出てくると目を合わせないようにチュクのおじいさんが座っていた。
「おい、お前ら! 馬ぐらいちゃんと返せ、全く!」
不機嫌そうなチュクのおじいさん。
「ごめんなさい」
レンがそう言って一礼をすると、
「・・・・・・すまんかったな。あの馬、幸せに逝けたか?」
頷くレン。
それを横目に見ると再び目を合わせなくなった。
レンが外を出て、足音も聞こえなくなったとき、
「ありがとうな、レン。ラメトク・・・・・・いかったな・・・・・・お前の育てた娘は一人前の狩人になっているぞ」
そう言って煙管に火を灯して一息吸って吐く。すると、チュクのおじいさんは、壁に掛けてあるぼろぼろの銃の筒を見ていた。
「まったく、馬鹿息子に馬鹿嫁が・・・・・・これでようやくチュクに顔向けできる」
そう言って口から煙りがたゆたう。
もう外は暗く、報告は明日にしなければならなくなってしまったレンとルコラは、自分たちの家に帰っていた。
灯りをつけてレンとルコラは、ようやく一息つく。
「帰ってきたさー」
「うん。おかえり」
「一ヶ月ぐらいだったけど本当に長い時間を過ごした気分さ」
「私も・・・・・・ところでルコラ・・・・・・」
「ああー。眠いさー。今日も色々あったから眠るさ。お休みレン」
そう言ってソファーで眠ってしまうルコラ。
「ルコラ?」
レンがそう言って起こそうとしても起きる気配が無い。しょうが無いのでレンはルコラにかけ厚めの毛布をし、暖炉に薪をくべた後に、二階に上がる。
そこには二部屋があった。
レンは、自分の部屋では無くもう一つの部屋に入る。
簡素な部屋がそこにはあった。
しかしどこか荘厳な雰囲気をだしているその部屋の中に入るレン。
そして、揺り椅子――ロッキングチェアのこと――に座ると、ギィと懐かしい音を立てる。
いつもラメトクにここで狩人の教えや、昔狩った獲物について、それ以外にもたくさんの話を聞いた場所でレンのお気に入りの場所だった。
昔からレンは、お伽噺や昔話、神話の類いが嫌いだった。
それは、いつも自分に直結していたからだ。
どういうことかと言えば、そういう話に出てくるのが厄神である。
そしてその話を聞きに行けば当然自分の事をさして「このような者のことだ」とか、「今もそこに厄神がいる」とか言われ続ければ嫌にもなる。
そのため、お話を聞かせてくれる相手と言えばもっぱらラメトクだったのである。
「おじいちゃん私、雷嵐災狼を狩れたよ」
ギィ
と懐かしい音が響く。
「ねえ、おじいちゃん。私おじいちゃんに近づけたかなあ?」
ギィ、ギィ
また椅子が鳴る。
まるでレンに話しかけるように。
レンの独り言はその後も続く。その度に椅子がギィとなりレンに答えた。
もし本当におじいちゃんがこの場にいたなら何を話、何を自分に伝えるだろうと考えながらレンは話した。
一通り話し終えるとレンは、椅子から立ち上がりその場を、後にしようとする。
扉から出ようとしたときであろうか何かに押されたような気がして、レンは後ろに振り返る。
後ろには誰もいない。だが、
「おじいちゃん。また家を留守にするけどいいよね?」
そう答えて自分の部屋に入るレン。
夜が更けていたがレンの心にはある光りが灯っている。
翌日。
レンとルコラは、長老会にいた。
「狩人、レンとお付き人のルコラ。汝らは、雷嵐災狼を狩ったというならば、証拠を見せよ!」
レンとルコラはお互いの顔を見合わせて、袋の中に入っている雷嵐災狼の角を取り出して見せた。
長老会は、
「万一にも偽物かもしれない。それをこちらに・・・・・・」
しばらく鑑定を続ける長老会すると、
「これは、雷嵐災狼の角では無い!」
そう断言した。
レンが抗議しようとするのを制止するルコラ。
「へえ、どこが違うのか聞かせて貰おうかね」
「見よ!」
長老が出したのは、小さな小瓶である。
「雷嵐災狼の角ならば、この液体をかけても何も反応しないはずである! だがこれは、」
長老が角に液体をかけようとした瞬間、
「待つさ! その液体。同じものはまだあるのかい?」
「無論だ」
「なら、あたしらにもその液体をよこすさ。それが公平というものさ」
「良かろう」
ルコラは薬品の入った小瓶を受け取るとしばらく黙った。
長老達は、レン達が角を持っていないのを確認すると、角に液体をかけると勢いよく発泡して溶けた。
「これが、証拠だ! 雷嵐災狼の角であるならこのような事は、おきはしない。よってレンの狩人許可証の話は・・・・・・」
「待つさ!」
「なんだ? これ以上の異議申し立てがあるのか?」
「過去にも雷嵐災狼を狩ったという狩人がいたがその過半数が偽物の角を用意する詐欺師だったよ」
ルコラは小瓶を取り出して言った。
「詐欺師は、お前らのほうさ!」
「何!」
「貴様はこの神聖で公平な選定を侮辱するのか!」
「神聖? 公平? 笑わしてくれるさ!」
「ならば、証拠を! お前達が雷嵐災狼を狩った証拠を見せてみよ」
ルコラがしばらく黙る。
「ないであろう!」
「レン・・・・・・いや厄神の再来よ! 本来ならこのような暴挙は死を持って償うのが慣わし、しかし今回はお前の腕に免じて、永遠にこの村に奉仕することでこの件は不問にしてやろう」
すると、ルコラが高笑いを始めた。
「なにが可笑しい」
「いやー茶番もここまでくると喜劇さね!」
「なに?」
ルコラは前の机を蹴り飛ばした。
「な! 貴様長老会を侮辱するだけでは飽き足らず、暴行を行うか! これで申し開きは出来ぬぞ!」
そうすると、ルコラは、机の下を見るように促す。
全員の視点がそこに集まるとそこにはもう一つの角があった。
「お前らが渡した薬品。確かに雷嵐災狼の角なら何も起きないさ。でもお前らに渡した雷嵐災狼の角がそのまま本当に雷嵐災狼の角なのかは別問題さ」
「い、いったいどういうことだ!」
「すり替えたさ! あたしの目はごまかせないよ! 本物はお前らの下にあるさ! だからレンに破格といって恩賞与えたのさ! 下の角は何も反応を示さなかったから、レンが雷嵐災狼を狩れる狩人だと理解したさ」
「そんな証拠がどこに!」
その話を聞いた後ルコラは自分たちの前にある雷嵐災狼の角に薬品をかける。角は何の反応も示さない。つまり本物と言うことである。
「そ、それがどうしたというのだ! たまたまその角が雷嵐災狼の角であっても・・・・・・」
「これを、見るさ」
ルコラが取り出したのは碧玉の宝玉。
「そ、それは・・・・・・」
雷嵐災狼が死ぬときに体の中に作られる碧玉。
角は雷嵐災狼が生きていても落ちることがある。とはいえそれは生え替わりの時であるからそういうときに拾うことが出来れば当然雷嵐災狼の角を入手して声高に自分は雷嵐災狼を狩ったと言う狩人もいる。
それを防ぐのが、長老達の用意した薬品で、生え替わった雷嵐災狼の角は変質するため薬品をかけると溶けてしまうのだ。
ただ実際には薬品をかけるまでも無く見極める術はある中が空洞化どうかというものだ。
もちろんその空洞を埋める輩もいるため最終的に薬品をかけて調べるのだが。
しかし、今回の碧玉は雷嵐災狼が死ななければ出来ることの無い代物で、狩人が自らの誇りにする物なので、市場に出回ることは希である。出ても、村一つほどの価値があるため、だれも手が出ないのだ。
そしてレンがいくら優秀な狩人だと言っても村一つを買うほどの備蓄は無い。
つまりこの碧玉、角。この二つは物言わぬ証人となって眼前とそこにあるのだ。
「さて、あたしは、耳と覚えが悪くってね、レンの正式狩人許可証どうするのさ?」
「ぐ・・・・・・」
「イレンカシノエヤムカムイに誓ったさ? それともその誓い反故にするつもりなら・・・・・・」
「・・・・・・分かった」
「聞こえないさ! 大きな声でしっかりというさ!」
「我ら、イレンカシノエヤムカムイに誓い宣言する。ここに狩人レンと付き人ルコラに『正式狩人許可証』を発行することを」
「もう取り消しは不可能さ。発行は最短で行うさ。さもないと・・・・・・」
「・・・・・・分かっている・・・・・・」
苦虫を噛み潰したような顔で長老達がルコラとレンを見る。最後に捨て台詞を長老達が吐く。
「厄神の再来が・・・・・・」
その言葉を無視してレンとルコラは長老会を後にする。
長老会を出ると、レンに良くしてくれている村人が集まっていた。
「レン・・・・・・狩人許可証は・・・・・・」
「・・・・・・発行してもらえる」
その瞬間、弾けるような歓声が村全体に広がる。
正直、気恥ずかしいレンではあったが、同時に嬉しくもあった。
すると、いつもレンを起こしに来ている婆様がレンに近寄る。
「この馬鹿娘! 良く帰ってきたね・・・・・・よく我慢したね・・・・・・お前はワシの誇りだよ・・・・・・」
そう言ってレンを抱きしめる婆様。
「ありがとう、おばあちゃん。実は、お願いがあるんだけど・・・・・・」
「雷嵐災狼の碧玉の事だろう? まかせな、どの仕事より迅速丁寧に仕上げてやるよ!」
すると、婆様の近くにいた婆様の付き人の男が婆様の肩をつかんで、
「おいおい婆様! 仕事が立て込んでいてレンの碧玉を優先したら、それこそ・・・・・・グオ」
婆様が婆様の付き人の男の溝撃ちと股間の急所を同時に鈍打し、婆様の付き人の男は、そのまま倒れる。
「うるさい! だいたいお前は図体だけ大きくなっちまって、小さいんだよ! 今日はとてもめでたい日なんだ! それぐらい分かりな!」
もう聞こえてない婆様の付き人の男にたいして罵声を浴びせる婆様。
「話がそれたね。じゃあレン」
「うん」
レンは雷嵐災狼の碧玉を婆様に渡す。
「ラメトクから、何度か受けた事があるけど、いつ見てもきれいな碧玉だね。本当に災獣から取れるとは思えないよ」
「あ、お金」
「いらないよ! あたしゃー嬉しいんだ。レンがこんな立派な狩人になってね。そうだね、報酬はこれからのレンの活躍を聞かせてくれりゃあそれで良いよ」
「おばあちゃん・・・・・・ありがとう」
「おお、レンがこんなに話すなんて、今日は、嵐でも来るのかね?」
少し苦笑いをするレンは、婆様にもう一つお願いをした。
「新しい、身元確認証を作ってほしいの。図はこの紙に書いてある」
「分かったよ。全力で作らせて貰うよ!」
そう言いながらおばあちゃんは、その場を後にした。
「いい人さね」
「うん。おじいちゃんが言うには、村で一番頭が上がらなかった人だって」
「へえ、あのラメトクが」
すると、今度はチュクが抱きついてきた。
「レン! おめでとう!」
「チュク・・・・・・ありがとう」
「へへ、実はそんなに長居できないんだ。これからうちに帰ってレンに贈り物の調整する予定だから」
「贈り物?」
「まあ見てのお楽しみ! じゃあ!」
嵐のように去って行くチュク。
それから、村人からたくさんの「おめでとう」と言う言葉と共に、レンは自分が正式な狩人になったことを実感していった。
村人から解放されたのは日が傾いた後だった。
家に帰ってきたルコラとレン。
二人ともくたくただったが、ルコラが、
「レン。約束覚えているかい?」
「えーと、怠け者鍋を作ってほしいだったかな?」
「そうさ。あたしは、もうお腹が減ってたまらないさ」
「分かった。ちょっと待っててね」
レンはルコラと最初に出会った時のように冷暗所から材料を取り出した後、台所に立ち火をおこす。
そのあとは手早くいつもの要領で怠け者鍋を作っていくレン。
時間がゆっくり過ぎていく。
まるで、狩人許可証が発行されるのが嘘のようだ。
そうこうしているうちに鍋が煮えて、レンは鍋敷きの上に怠け者鍋の入った鉄鍋を置く。
レンがルコラのために怠け者鍋をよそい渡すと、ルコラは嬉しそうにそれを置き、レンから貰った箸を取り出す。
レンも自分の分をよそい二人で「いただきます」といって、怠け者鍋を食べる。
本当に怠け者鍋で良かったのかと疑問に思うレンだったが、ルコラは喜んで食べているので、これはそれで良いような気がした。
「レン。覚えているかい? あたし達の出会いの事を」
ルコラが怠け者鍋を食べながら話し始めた。
「覚えているよ。最初、ルコラは黒い猫だった。その猫に付き人になるって言われて正直驚いたけど」
「はは、まあそうさね」
「じゃあ、ルコラ覚えている? 最初私が出した食べ物の事を」
「忘れるわけ無いさ。怠け者鍋さ。あのときは正直レンを疑ったさ。付き人になるものに、怠け者鍋を振る舞う狩人ってのは、どんなやつなのかってね」
「あのときは、時間も余裕も無かったから・・・・・・」
「知っているさ。今なら分かるさ」
レンが怠け者鍋をすする。
「レン。雷嵐災狼との戦いはどうだったさ?」
「正直、最初は怖かったでも・・・・・・」
「でも?」
「途中から、これは私がやらなきゃいけない事なんだって思ったら、怖さより、義務感が先に立った」
「そうかい」
「ルコラ、前々から気になっていたんだけど、どうして私の付き人になろうと思ったの?」
ルコラはコトンと器を置く。
「そうさね・・・・・・一言で言うなら、似ていたからさ」
「似ていた? 誰に?」
「昔、あたしが付き人だった狩人にさ」
「その人は?」
「別れたさ。そしてあたしは旅をしながら、ここに来たのさ」
「そう・・・・・・」
「ところで、レン」
「?」
「これからどうするつもりだい・」
「私は、旅に出てみようと思う。それがおじいちゃんとの約束だったから」
「そうかい」
「うん。そう」
「さて、じゃあお腹もいっぱいになったし、あたしは眠るさ。どうせ明日から忙しくなるさ」
そう言ってルコラはまたソファーで眠る。
レンは食器と、鍋を片づけた後自分の部屋で眠った。
次の日。
レンとルコラは、起きてそうそう、冷暗所の中の食料や、火薬、金、銀などの旅に必要になりそうな物をまとめていた。
しかし問題が起きた。
「これ、どうやって持ち出すさ?」
「詰めれば・・・・・・」
「詰めてどうにかなる量じゃないさ! どう考えても二人の背嚢に収まる量じゃないさ!」
その収まりきらない量というのは、だいたいが保存食である。
火薬や金、銀はそうそうかさばるものではない。
しかし食料は別である。
保存のために干したり、加工したりしてあると言っても、二人で持って行ける量はせいぜい1週間分である。
しかし、目の前にある食料は二人で二ヶ月分。
持って行ける量の8倍あるのである。
確かに詰めてどうにかなる量では無い。
「レン、なんかこう無いのかさ? 便利な物が」
「ルコラの持っている袋は?」
「もうこれにも入りきらないさ」
ルコラが神獣から貰った袋は確かに見た目以上に大量の荷物が入った。しかし、それも限界で、正直どうしたものかと困っていたのである。
売るという選択肢もあったが、時期的にもう春も間近だというのが問題なのである。
これが秋口から大寒の時なら良い。なぜなら保存食が必要になる一番良い時期だから、保存食も良い値で売れる。しかし初春ともなると、もう生きた獲物が山からでてくるし、新芽も芽吹く、川には新魚がいる。
つまり食料に困らないと言うことである。
二束三文にもならないという結論が出てしまうのだが、捨てるわけにも行かず、かといって旅をするならそれなりの食料も必要になると言うことで二人は困り果てていたのだ。
そしてこれが最大の問題である。
レンは馬車を持っていない。
と言うことである。馬車があれば、商人で無ければ売るための物を乗せなくて良い。
自分たちが食べるための物を大量に乗せられるのである。
だが馬車というのは思いの外高いのである。レンも備蓄したお金があるので馬車だけを買うとなれば買うことが出来る。問題は維持費や今後の狩りのためのお金が無くなるということだ。つまりせっかく旅をするために馬車を買ったのに馬車の維持費や狩りのためのお金が捻出できなくなって、旅が出来ないという本末転倒な事が起きるのである。
さらに一週間、徒歩で行ける距離などたかがしれている。
そのため二人は食糧問題に頭を悩ませていた。
ちなみに馬車を買うとなるとかかるお金は、馬二頭と馬車を合わせて、だいたい銀札85から100枚程度である。金札換算で、金札4枚と銀札5枚から金札5枚となる。
通常労働者の日当が銀札8分から1枚なので、かなりの大金がかかるのである。
「むー。八方ふさがりさね」
すると、戸を叩く音が響く。
「レーン。お客さー」
ルコラがソファーでレンにそう促す。
レンが、扉を開けるとそこには、チュクの姿がいた。
「チュクどうしたの?」
「へへ、レンに贈り物を渡そうと思ってね」
「昨日言っていたやつ?」
「そ、婆様がおじいちゃんに必要になるだろうから作っておけって言われてね、結構時間はかかったけど、良い出来だよ!」
そう言ってチュクの指さす方向を見ると布で覆われた大きな箱のような物があった。
「じゃあいくよ!」
布が剥がされたその中身は、
「馬車・・・・・・」
「へへ」
レンは驚くと同時に馬車を観覧する。すると、チュクが自慢げに話し始めた。
「木材は丈夫で粘り強い樫をしっかり乾燥させて、水を弾く薬品と耐火性の薬品にしっかりつけたから、どんな天候にも対応できる。留め具や車輪などの部品は鉄鋼職人が厳選して作ってくれた。形は簡単な船やソリにも使えるように考慮して作ってある。中の広さは見ての通り、たくさん荷物を積んでも3人は眠れるぐらい広い。そして極めつけは、駆動装置に最新の物を使っているからいざって言うときに便利だよ。馬は二頭、これも家で用意した凡国馬――ぼんこくば。おおよそどんな場所でも生息、移動が可能で、体の中に貯蔵袋という物を持っており、一ヶ月以上飲み食いしなくても生きていられる。さらに驚異なのは海水でも唾液に含まれる成分で塩分と水を分離して飲むことが出来る――でこれが、」
そう言ってチュクが渡したのは、馬車の仕様書だ。
「でも、チュク私お金が・・・・・・」
「ん? だから贈り物だって言ったじゃ無い?」
「それだと、チュクのお金が・・・・・・」
「大丈夫、大丈夫! 婆様が号令を出して作らせた物だから誰も逆らえないよ!」
レンはチュクに抱きつく。
「・・・・・・ありがとう」
「昔からの夢だったもんね、レン。旅に出る事は」
「・・・・・・うん」
「それじゃあレン。またね!」
「うん。また・・・・・・」
チュクはレンの頭を撫でた後、手を振りいながらその場を離れた。いつの間にか後ろにいたルコラが、
「で、どうするのさ? レン」
「今は返せないけど、私が一人前の狩人になったら恩返ししたいと思う。チュクやおばあちゃん、そのほかの人たちみんなに・・・・・・」
ルコラは「そうさね」と言って、レンの背中を叩く。
「ま、あたしがいるさ。一緒ならきっと大丈夫さ!」
そう言って笑いながら、ルコラは家の中に入る。
レンは残った仕様書抱いて「ありがとう」と小さな声で呟く。
次の日。
荷造りを終えたレンは長老会に呼ばれていた。
「では、狩人レンと付き人ルコラに正式狩人許可証を譲渡する」
そういって二人に狩人許可証が譲渡される。二人は黙ってそれを受け取った。
外に出た後、婆様の工房に向かうレンとルコラ。
婆様は、金細工丁寧に削り終えると肩を何度か回す。
すると、レンに気づいた婆様が嬉しそうな顔を見せ、走って近づく。
「レン良く来たね! 狩人許可証はもらえたのかい?」
頷いて、それを見せるレン。
「確かに、狩人許可証だ・・・・・・レンこれを」
婆様が渡したのは、雷嵐災狼の宝玉を加工した腕輪と、身元確認証だ。
「ありがとう・・・・・・」
「お礼なんて良いよ。で、レンいつ村を出るつもりなんだい?」
「明日にでも出ようと思っている」
「そうかい。寂しくなるね」
「私も・・・・・・」
「そうかい。そうかい。ああそうだ、これは言っておかなくちゃね。レン狩人許可証は始まりに過ぎないよ。これからどんな困難がお前を待っているか分からないけどその時は・・・・・・」
「おじいちゃんの教えと村のみんなの教えそれに、付き人・・・・・・ルコラを信じる」
「そうだよ。それを忘れちゃいけないよ」
「うん」
婆様は何か安心したような顔をした。
そして、レンとルコラが出て行くと、それが見えなくなるまで見守っていた。
レン達が家に帰ると、レンは身元確認証をみて微笑んでいた。
「どうしたのさ?」
レンはルコラに身元確認証を見せるとルコラは何かを納得したかのように笑った。
「ああ、なるほど」
そこには、三本の青い長方形の線と赤い猫の肉球のような印が描かれていた。そうまるでレンとルコラの二人を表すように。
「いろんな人に助けられたね」
「それも、狩人としての資質さ」
レンはさびそうな顔をして、
「明日には・・・・・・」
と呟く。
ルコラは、それを見て、
「旅立ちは寂しいかもだけどそれは、乗り越えないといけないさ」
と諭すように優しく言う。レンは頷き。
「分かってる。ルコラ明日の祭りのために・・・・・・」
「箸さね」
ルコラがレンに箸を渡す。それを受け取りそれを胸に当て握りしめるレン。
「もう、昔から私が使っていたように感じるさ」
ルコラはそういって「キャハッ」と出会った時のように笑う。
「じゃあ明日は・・・・・・」
「分かっているさ」
レンがそれを聞いて自分の部屋に行こうとすると、
「レン!」
「なに?」
「明日、大事なことを教えるさ。村を出た後で」
「今じゃダメなの?」
「ダメさ」
それを聞くとレンは自分の部屋に向かった。
最終話――旅立ち――
村では盛大に祭りが行われていた。
古くから狩人が一人前になり村を出るときは、こうしたお祭りが開かれるのだ。
それは、お祭りで神に狩人が旅立つ事を告げる。そしてその賑やかさに惹かれた神をおもてなしし、村の繁栄と狩人の安寧を願うのだ。
レンも祭りの支度をしていた。普段のレンの格好では無くこの時は祭礼用の服を着るのだ。そして、レンが持つのは古びた大きな矢である。
祭礼用の矢だ。
祭礼用といっても、非常に引くのに力がいる上に、一人では引けない仕様になっている。
それこそが、狩人が付き人を必要とする本来の理由だ。
狩人の守神シクシルリ。その神にも付き人がいる。
神謡では、シクシルリの持つ弓矢は非常大きく頑丈で狙った獲物は逃さないというものだが、一人では引けないのである。そこで付き人の支える者に手伝って貰うのだ。
支える者アンパピト。
強大な弓を小さな体で支え、シクシルリの定めた方向を狂わせないように常に気を遣うのである。そして見事、獲物を射ったシクシルリはアンパピトに最高の箸を渡す。
アンパピトに最高のご馳走を最高の箸で味わって貰うためである。
故に付き人はその狩人に最高の箸を貰うのは最高の賛辞でもある。
また神の世界では最高の箸は人の作った箸であるため、シクシルリを呼ぶときには最高の箸を用意する。そして狩人が狩った獲物や、団子、御幣などをも同時に供えるのだ。
それにならい、狩人を送り出すときは、シクシルリの弓に模した祭礼用の弓を村の中心に祭壇と一緒に置き、弓を持つのを付き人が、矢を放つのを狩人が行う。
その行いは演劇風に行われる。
狩人の技量によってその矢の意味合いも変わり、もし一流の狩人であれば、そのものが放った矢がどこかの家に刺されば、そこにまた新しい狩人が生まれ、その子は一流の狩人になると信じられ、大切に育てられる。
地面に刺さった場合は、そこに新婚の家を建て、新たな狩人が生まれるのを願うのだ。
レンが支度終え、扉の近くに近づくと、
「レーン。いやー祭りはいいさ、楽しいさ! これを見るさ、普段は食べられないようなご馳走さ! ってあれ? レンは、どこさ?」
ルコラが開けた扉に見事に挟まれたレンは鈍痛のため声が出なかった。
ルコラが辺りを伺うとレンが鼻を押さえて四つん這いになっていたが、ルコラは、
「レン何遊んでるさ! 祭りは待っちゃくれないさ!」
「ルーコーラー! 」
レンは激怒しルコラに制裁棒を取り出しルコラの頭を思いっきり殴打した。
両手がふさがって何より退路が無かったルコラは打たれるままに制裁棒を打たれ悶絶した。
「何するさ! 危うく屋台で買ってきた珍しい食べ物を落とすところだったさ」
「今のは、ルコラが悪い!」
「どこがさ! 私は何も悪い子としていないさ! ただ扉を開けただけさ! そこに障害物があることが問題さ!」
「謝る気は無いんだね、ルコラ・・・・・・」
「むしろこっちが謝って欲しい位さ!」
二人が殺気をむき出しにして戦闘態勢に入りそうになるとまた扉が開き今度は二人に制裁棒が飛んできて二人の額にめがけて直撃した。
「なにやってんだい馬鹿者ども! 祭りの準備をさっさと支度しな!」
そう言った婆様は制裁棒を回収しその場を立ち去った。
「レン・・・・・・」
「何ルコラ・・・・・・」
「提案があるさ」
「奇遇。私も」
「一時休戦しよう」「一時休戦するさ」
二人が同時にそう言うと額に出来た紅い跡を見て笑った。
レンとルコラが着替えを終え、家の扉を開けると村人からは歓声が沸く。
その中を二人は歩く。
二人の両手には、祭礼用の矢が握られている。
その矢を握りしめてレンは感慨深そうに見つめていた。それに気づくルコラは、小声で、
「どうしたさ? レン」
「嬉しい? うんうん。きっと・・・・・・」
「きっと?」
「今までの事を思い出していたの。この矢がその重さだと思うと・・・・・・」
「軽いのかい?」
「うんうん。重い、とても」
「それは良かったさ」
「?」
「レンにとって狩人になると言うことが軽くなくて付き人の私には光栄の至りさ」
それを聞いてレンはただ「うん」と答えた。
しばらく二人には会話が無かった・・・・・・いや必要なかった。それは二人が本当の狩人と付き人になった瞬間だったからだ。
そして祭壇に到着する二人。
祭壇の中央には大きな弓が置かれておりルコラが、
「弓を持ちましょう! シクシルリ!」
とアンパピトに扮したルコラが叫ぶ。
「ならば吉兆の方向に弓を傾けよ、アンパピト!」
シクシルリに扮したレンもありったけの声で叫ぶ。
ルコラが先に祭壇に入ると供えられた賽子を天高く放り投げる。落下しその目を見ると、
「南西でございます。シクシルリ!」
そうレンに伝える。
「では、アンパピト弓を持て!」
ルコラは南西に矢が放たれるように弓を持つ。
レンは大きな弓を持って矢を持って祭壇に入り、弓弦を手で確認し一度軽く弾くとびぃんっと非常に重厚で高い音が鳴る。
「アンパピト!」
レンがそう叫ぶとルコラは、体全体で大きな弓を踏ん張って支えた。
「さあ、シクシルリ! 矢を!」
「おう!」
レンはその大きな矢を弓弦にあてがいそして一息吐く。
もう一息吸うと同時にルコラもそれに合わせて息を吸う。そしてルコラが弓幹をレンは矢をあてがった弓弦を引く。
大きくしなる弓。
そしてルコラとレンの目が合う。互いに頷くとレンが矢を放った。
衝撃で二人とも倒れ、弓弦は、非常に強い音を辺り一帯に響かせる。
その音に負けず矢も風切り音を辺りに響かせ、そして南西に飛ぶ。
やがて、その矢が失速し一つの民家に刺さった。
一瞬の静寂。
「「「おおおーーーーーー!」」」
村人全員が叫ぶ。
レンとルコラは立ち上がり。
「良くやった。アンパピト!」
レンが叫ぶとルコラは、
「いえ滅相もございません。シクシルリ!」
そう答える。
「ういやつよ。アンパピト前へ出よ!」
「はい。シクシルリ」
そしてレンは、前日ルコラから預かっていた箸を取り出し、
「褒美だ! 付き人として今後も励め!」
それを受け取るルコラ。そして天に見えるようにそれをかざす。
静寂が流れた。
村人が示し合わせたように、
「「「続きはどうなるのですか?」」」
と叫ぶ。
そうすると二人は、
「「続きは次の狩人が生まれたときのお楽しみです」」
と答える。
そして二人は、祭壇を降りる。
これが狩人を送り出す前にやる劇である。
最後までやらないのは、この劇を楽しみにしていた神様にまた来て貰うためである。
レンとルコラは村人の歓声を聞きながら家に帰る。
家に帰るとレンとルコラはその場で座り込む。
「疲れたさ!」
「即興で劇をするのは、初めてだから緊張した」
「それにしては、堂々としたものだったさ」
「さてこれで、本当の意味での狩人と付き人になったわけだがさ」
「?」
「お腹が空いたさ!」
それを聞いてレンが笑い、
「怠け者鍋でも良いなら用意するけど」
「それで良い・・・・・・いやそれが良いさ!」
「待ってて用意する」
レンが祭礼用の服を脱ぎ、いつもの服に着替えるとルコラも同じように着替えた。
そしてレンが怠け者鍋を作るとそれをよそい椅子に座っていたルコラの机の上に置く。
その怠け者鍋を先ほど貰った箸を使って食べるルコラ。
「ん? この味・・・・・・」
「岩宿蟹の身を入れてみたけど美味しくなかった?」
「いや、懐かしいと思ったさ。レンと出会ったのも岩宿蟹の巣だったさ」
「あの時はびっくりした」
「話す猫だったからだったからさ?」
「それもあるけど、まさかそれが付き人になるなんて思わなかったから」
「ふふん♪ でも良い選択だったさ?」
笑うレン。
「何さ! 何が可笑しいさ!」
「その通りだなって思っただけだよ」
「心がこもってないさー!」
「あれ、そう?」
「そうさ」
しばらく沈黙した後二人は大きく笑った。
そうしている内にレンとルコラのこの村にいられる時間が過ぎていった。
レン達は積み荷を乗せ終え、馬車を走らせた
レン達が村の入り口に近づいた頃、チュクや婆様達が村の入り口まで見送りに来ていた。
馬車を止めるレン。
「それじゃあ。行くね・・・・・・」
婆様達にそう言うと、
「レン! 頑張りな!」
「体に気をつけるんだよ」
「レン! また帰って来いよ!」
そう言って村人達に見送られてレン達は村を出た。
しばらく馬を走らせていると、
「レン。昨日の事覚えているかい?」
「大事な話だったよね? いったい何?」
「レンの名前についてさ」
「私の?」
レンは不思議に思った。
前にも言った通り、レンという名前は「三人の、他の」という意味である。
それについてそれ以上の言及など無いと思っていたので、ルコラのこの発言が少し不思議だったのである。
「レン。お前の名前は確かに、あの村では『三人の、他の』という意味になるさ」
「あの村では?」
「そうさ。でもその名前は、ある国ではこういう意味になるさ」
「?」
「『純粋な者』という意味になるさ。ラメトクはレンにそういう思いを込めたのさ」
その時レンはラメトクの言葉を思い出す。
それは、ラメトクが言った言葉。
「古い伝承にこんなものがある。白い髪に紅い目の厄神は、黒く蒼い瞳の厄獣をつれていたそうだ。それは、人々に厄災を伝えていたそうなのだが、ある時突然、厄神が厄災を伝えるのを止めた。なぜだかわかるか?」
「そう誰にも分からないんだ。だが、昔は何か悪い事が起こると厄神が厄災を運んだと言うようになった。しかし私はこう思う。厄神は厄災を伝えなくなったのは、そうする事で人々には厄災を畏れる心と立ち向かう勇気を与えたんだとね。レン。お前の髪は白く眼は紅いが、私は決して厄神の再来だとは思わない。むしろ、その白く長く美しい髪は、狩人の守り神の贈り物だと思うし、どこまでも澄んだ紅い瞳は、紅い宝と火薬の守り神の贈り物だと思う。なあレン・・・・・・」
「おじいちゃん・・・・・・」
「おそらくだけどラメトクは、レンのことを・・・・・・」
レンはそこでルコラを制止する。
「大丈夫。それを聞いたら、おじいちゃんの思いをまた思い出せた」
「それは、良かったさ」
「ところでルコラ?」
「なんだい?」
「ルコラの名前の意味ってなんて言うの?」
「私もその国で『道を下る者』という意味があるさ」
「道を下る・・・・・・なんか達観した人みたい」
「そうさ。私は達観しているのさ、にゃは」
ルコラはそう言って悪戯っぽく笑う。
馬車はどこまでも、どこまでも進む。
この二人は決して、厄神と厄獣ではない。
レンとルコラという二人の、ありふれた狩人と付き人の話。
つまり、レン(純粋なもの)とルコラ(道を下る者)である。
・・・・・・了