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雷嵐災狼ー邂逅ー

――プロローグ――



 昔々。

それは神代の時代まで遡る昔。

 白き御身と紅き眼を持つ(シクルアカル)(カムイ)は、従者である黒き御身と蒼き瞳を持つ(コクアオル)(ヌンケ)と共に人々に厄災を伝える役目を担っていた。

 しかしあるとき、厄神は厄災を伝えるのを止めた。

 理由は定かでは無い。

 しかしそれからというもの、厄神に変わる厄災が降り注ぐようになった。

 人々は恐れ、厄神が厄災を止めた日に、願うようになった。

 それ以来世界では、白い髪と肌を持ち、紅い瞳を持つ子供を厄神再来として忌み嫌うようになった。

 故にこの世界では白と赤の色は絶対にあわせてはいけない色となっている。

 唯一、それが合わさるのが血と雪が交わるときである。

 その光景から白と赤は死を連想させる色となっている。

 また、黒と蒼は、厄神を呼ぶ色として忌み嫌われている。



 あるとき、とある村で、捨て子がこの世界で一番の狩人と表されるラメトクという男の家の前に捨てられていた。

 その捨て子は、紅い瞳と白い肌、白い髪を持っていた。

 村人達は、厄神の再来だと恐れ、ラメトクにその子を殺すように訴え、またある者は、どこか遠い山に捨ててくるように懇願した。

 しかし当のラメトク本人は、

「子供になんの罪があるのか! この世に生まれ出でたものには何かしらの意味がある。それを他人の勝手な都合で殺すなどワシには出来ん! この子はワシが育てる。もし厄災がくるなら、その厄災全てワシが引き受ける。文句のあるやつはこのラメトクの前に出てこい! そしてワシを止めてみよ!」

 啖呵を切ってラメトクは、その子を見た。

 ラメトクが村全体に響くような怒声を張ったにも変わらずその子は眠っていた。

「これは、将来が楽しみだ。ワシを超える狩人になるやもしれん」

 大きく高笑いをしてラメトクは、その子供を引き取ることにした。

 ラメトクが三日三晩その子の名を考えそして名付けた名は、

幼名は怠け者女の(トゥヌアンメオソマ)

そして成人になってつけた名は、

 ――レン――

 という名であった。

 それから、14年後・・・・・・。



 第1話――狩人の許可証――



雪。

村を白い雪と朝の静寂が覆っていた。

その時、静寂を打ち消すような大きな太鼓を叩いた様な音が森から響く。

その音に鳥たちが驚いて一斉に飛び立つ。

「また、レンが狩りでもしているのか?」

そう言って村人が山の森を眺めながら言った。



 木々から日の光が差し込む。枝から雪が落ち、その落ちた雪の近くへ一角兎(ヒトツノウサギ)が近づく。

一角兎はこの地方では珍しくはない、額にある角は薬として重宝され、肉は人々の貴重な栄養源にもなるし、そして皮は衣服にできる捨てるところのない便利な生き物だ。

そしてなにより好奇心が旺盛なのが特徴でもある。

 落ちた雪に飽きたのか辺りを窺う一角兎。そのすぐ近くで、小さな穴の中から光る鈍色の筒、一角兎は、それが玩具か、それとも、食べ物なのかが気になっている様子だった。

しかし、玩具でも食べ物でもないと分かると、今度は穴の中に興味をしめす。

そこには微動だにせず、銃の照準器を、両目を見開いて覗く12才位の紅い眼で白い肌をした細身の顔に傷一つない少女がいた。

少女の髪と肌は周りにある新雪より白い。

服も、周囲に同化する様に白灰色の服だが、それよりも白い肌と腰まである髪で透き通る様な――と言う表現がぴったりである。

瞳は紅い宝石よりも紅く澄んでいて、形容しがたい色合いだ。

体の大きさは持っている銃より少し小さい。

彼女の銃が、だいたい1500mmなのでそれより小さいぐらいだ。

体はあまりメリハリの無い体つきで華奢だと言っていい。

しかしそのタカより鋭い眼光は大人以上である。

背負っている背嚢は白い光沢のある布で覆われているがそれでも彼女の体には、大きいと思うほどの代物だ。

すると一角兎は彼女の腰まである、雪よりも白い髪の匂いを嗅ぎ始める。

それに飽きると今度は、背中に乗り動き回り、最後には少女の胸を寝床にして就寝してしまった。

 鳥の高鳴きが森の中に木霊する。

その時、森の奥の木々が順番に倒れていく。何かの気配を感じ取ったのか一角兎は一目散に逃げ出す。そして、2km先の森がなぎ倒されていく木々の中から少女の10倍はあろうかという、全身を青白い毛に覆われ、二本の鋭く長い牙を持った獣が現れた。

少女すぐには、狙いをつけ撃つ。

レンの腕ならば止まっている的であれば10kmからでも必中できる。普通の狩人なら2kmが限界である。

それもレンの銃を使った場合の話で、普通の銃なら1kmが有効射程である。

だが、その巨体は俊敏にそれを避け少女のいる2km先にいる穴に、めがけて突進した。

 彼女は、穴から飛び出てその獣の腹下を、前転し銃の槓桿(ボルトハンドル)を引き戻す。

金属の空薬莢が雪に落ち、仰向けの状態で、右の指で引き金を引き獣の腹を撃つ。

撃たれた獣は怒号し、横に跳躍した。

白い雪に鮮血が飛び散り辺りを紅く染め上げた。

 ゆっくりと立ち上がり銃弾の排莢為の銃の槓桿を引く少女と、じりじりにじりと寄り唸る、



――――獣



 雪の上に空の薬莢が落ち・・・・・・

刹那、獣は地面をその大きな爪で地面を蹴り少女に襲いかかる。

少女は後ろに地面と平行に飛び獣の喉元に向け銃を撃つ。その銃口から放たれた金属は獣の喉から後頭部をえぐるように貫く。悲痛な獣の叫びが森の中にこだまし、鮮血が新雪の大地を赤く染める。

死の色である。

獣は二歩、三歩と歩いたあとその巨体を横たえ最後まで己の存在を誇示するかのように啼き絶命する。

「・・・・・・灰白銀狼(ハイシロガネオオカミ)、狩猟成功・・・・・・」

静かな声でそう言うと少女の口からは白いと息が規則的に零れだしていた。

狩りを終えた少女からは鷹の目の様に鋭い眼光が消えて少し垂れた年相応の目に戻っている。

少女は、立ち上がると、体から少女の衣服についた少女の髪の様な白い雪がぽろぽろと落ちた。

 銃の銃床を雪に突き刺す、まだ一筋の煙が銃身からたゆたっている。

 彼女より大きな銃は、金属と木で出来た年季の入った銃である。

 豪華な装飾の施されたねじで固定された照準器と、同じように彫り物で装飾された被筒(ハンドガード)。それに被筒の先には穂釘(スパイク)付きの二脚(バイポッド)が取り付けられている。

 銃床には、この国の文様が美しく装飾されている。

 その勇壮たる銃をたたえるかの様に負い(スリングベルト)が風に揺らめいていた。銃を尻目に、背中に背負っていた背嚢(リュック)を、手慣れた様子で自分の前に下ろす少女。中から金属製の紅い長方形三本が平行に並んだ絵柄の四角い銀色の金属で作られた束の一つを取り外した。そして金属の板を巨躯に取り付け、次いで腰の筒を一つ取り出し、おもむろに膝をつくと地面にそれを刺す。筒についた紐を引くと、ボフッという音と共に空に青い煙が上がった。



「今回の、灰白銀狼の狩猟まことに大義であったレン」

 木製で、中央が高くなっている凸型の席の真ん中に座っている立派な白い髭を携えた老人が少女に向かって言う。

「しかし、どんなに腕が立とうとも、規則は、規則。正式狩猟書は発行できん」

老人の右に座る太った中年の男が、そういって手を組み口元を隠した。

「正式狩猟書の必須条件。狩猟者は二人一組を必とする」

レンはそれを静かに聞いていた。というより、いつもの事のようで、あまり気にしていないような感じである。

この後、一言二言苦言を聞いたレンは、その場を後にした。

しばらく火点し頃の街を歩いているレン。

「レン。また長老会連中の、お小言を聞かされたのかい?」

そう言って中年で筋肉質の男性が笑いながら野菜を整理していた。

「別に・・・・・・いつものこと・・・・・・だから」

「はは、ほれ、(ゆき)林檎(りんご)

野菜屋の主人は笑いながら、レンにリンゴのような形をした白い果物を手渡した。

「まあ、とりあえずおめぇは腕が立つんだから、早く付き人の一人ぐらい見つけろや」

ケラケラと笑い飛ばす野菜屋の親父。とはいえ、レンは子供の頃から人と話をするのが苦手な上に、口下手な性格が災いして、未だ「付き人」を見つけられずにいる。

レン自身も「付き人探し」の努力はしているのだが、この集落に流れるレンの他愛もない噂が、それを阻害しているのも又、確かなのだった・・・・・・。

レンは、「はぁ」。と白い溜息を吐き、手元にあるリンゴを見る。

途方に暮れながら自分の寝屋に、戻っていくと次々と家の窓から影すら無くなるほどくらい道を灯りが灯され影が見えた。



 自分の寝屋に入ったレンは肩に積もった雪を払うと、羽織っていた外套と帽子を玄関近くの木造の外套掛けに掛けた。そして、(とう)(ろう)(せき)――撫でると発光し、もう一度撫でると消灯する石。光量が強く産出量も多いので家の灯りに重宝されている。火の様に燃えて発光しているわけでは無い――の入った照明器具を少し浮かせ、中の石を撫でるとボウッと目が覚めるほどに一寸も見えないほどの闇を照らし、その灯りを元に次々と部屋の灯りをつけていく。

 灯りで月明かりしかなかった家は、まるで昼の様に明るくなり、左手に上に毛布が置いてある長椅子、その隣に暖炉と調理台その前に簡素な木で出来た2人ほど座れる机と椅子。そして右手には2階に通じる階段と、湯殿がある。

その後、簡素な机の上に銃を置き、手慣れた様子で暖炉の灰をかき出し、種火を点け小枝、薪の順でくべた。

銃が置いてある机と同じく簡素な作りの椅子に座る。薄紙を敷き手慣れた様子で、机の上にある銃を分解していく。

机の上には分解された銃と、綺麗に並べられた銃弾が置いてあり、その脇にあるメンテ用の工具を扱い、銃を分解した。

レンにとっては落ち着ける数少ない時間の様で丁寧に、銃の整備をする。

そして、分解した状態で薄紙の上に銃のパーツを綺麗に並べいく。

「さてと――」

 レンは立ち上がり、棚に並べられているガンオイルの入った小瓶を一つ取っては蓋を開け、匂いを嗅ぐ。

「――今日は、これにしようかな」

 そう言って取り出した小瓶を分解した銃の隣において、再び座り直す。次いで、布を巻いた棒をその小瓶の中身につけると、辺り一面に甘い薬のような匂いが広がる。その液体で銃身の筒を磨き始める。

 パチッ、パチッと暖炉から木が爆ぜる音が静かな部屋に響く。

 その音で音楽を楽しんでいるかのように、レンの手の中のパーツが次々と整備されていく。

「できた・・・・・・」

 そう嬉しそうに磨きあがったパーツを見たレンは、手慣れた様子で元の状態に組み上げる。

 するとレンのお腹が不満の声を上げた。誰に聞かれたわけでもないのにレンは、少し頬を紅潮させ野菜屋のおじさんに貰ったあの果物に被りつく・・・・・・。

「つぅー酸っぱいー」

 こめかみを抑えながらその果物を頬張るレン。

それもそのはず、元々、生食より調理した方がはるかに美味しい果物なのだが、レンはどうやら面倒臭かったらしい。

雪林檎といい極寒のなかで成長する果物で疲れや、眼に良いとされている。

レンは酸っぱいそれを涙目になりながら食べていた。それを食べ終わるとそれをゴミ箱に捨て、今度は眠くなってきたのか大きなあくびをする。

 だが、すぐに眠ることはせず、次々と服を脱ぎ風呂場へ直行した。

 もうそろそろ春になるとは言え、脱衣場はまだ春とはいえ底冷えするほどである。とはいえ、お風呂を沸かすのは面倒くさいレン。結論から言ってしまえば彼女は、寒さより楽さを取ったのである。

 脱衣した服を山積みになった洗濯物が入っている籠の中に乗せるとお風呂場に入るレン。

この地方は元来、寒い時期が長い。

それゆえに様々な絡繰りが家の中にある。

例えば家全体でいえば暖炉の熱を利用して、暖めるパイプが走っている。その熱を利用してお湯を沸かすことも出来るほどだ。

お金に余裕があれば、発熱する石を使ってさらに効率よく家を暖かくすることも出来る。レンの家は安い発熱する石が設置してある。

流石に、一瞬で暖かくなるというわけにはいかないが、レンがシャワーを浴びる程度のお湯を沸かすぐらいは出来る。それぐらいにレンは疲れていた。

「温泉があればなー」

 そうぼやきながら金属で出来た棒を横に寝かせるとシャワーからお湯が出て、それを浴びるとレンの白い髪は白銀に光り、雪より白い肢体にはお湯が滴り落ちた。

狩りで、何日も躰を洗えなかったのでレンは夢心地の気分である。

そうして躰を洗い終えると、棒を元に戻し風呂場から出る。

脱衣所に詰まれた体拭きで躰の水滴を拭う。白く長い髪は拭くのに時間は掛かるが、レンは髪を切ることをしない。

そうして躰全体を拭き終わると、下着を着けて脱衣所を出る。下着姿で歯を磨き、そのまま自身の寝床のある二階にはいかず、下にある長椅子で毛布と一緒に丸まって眠った。



 一人の少女が泣いていた。

 何人もの子供に囲まれ、

「やーい。厄神の再来! 村から出て行け!」

「気持ち悪いのよ! その赤い瞳と白い髪が!」

 周りの大人達はその光景を見ても制止しなかった。その少女が忌み嫌われる存在だったからだ。しかし一人は違った。

「この馬鹿ガキ共!」

「やべー!」

 逃げる子供達しかし、その男の足は年を追っても衰えず四方に散らばる子供を一人残らず掴まえ一人一人を縄で縛り木の枝に括り付けた。

「おじいちゃん!」

 少女はその赤い瞳を泣き濡らしその男の胸元へ走った。大切な宝を抱くように男は赤い瞳の少女を抱く。そしてその子を持ち上げると声高らかに叫ぶ。

「大の大人がなんたる様か! この子に何の罪がある! 何を罰せられることがある! 答えよ!」

しかし誰もその男の前に出ようとはしなかった。なぜなら、

「ラメトクもうその辺にしておき」

 一人の老婆がラメトクを制止した。だが、

「これが怒らずにおれるか! ワシの可愛い宝をこの者達は傷つけたのだ。一人一人この銃の餌食にしても文句を言われる筋合いは無い!」

 そう言ってラメトクは少女を下ろし、銃を構える。

「止めろと言うに全くまあしかし、ワシも同意見じゃがな」

 その老婆がそう言うと村人達は更に萎縮した。

 鍛冶屋の婆様。

 皆からは婆様と呼ばれて愛されている。そして、もし婆様を怒らせればたちまち生活出来なくなるくらいにこの村での権力は強い。

 それは、婆様が凄腕の鍛冶屋だからである。

 包丁や銃、その他の生活用品の手入れから調達を引き受ける婆様。その婆様を怒らせるということは、文字通り死活問題に繋がるのだ。

 そして未だ激昂している男ラメトク。

 この男もやはり凄腕の狩人で、狩人は村に多大な富をもたらす。

 婆様とラメトクこの二人が本気を出せば村人達を干上がらせることなど造作も無いことだった。

「ただラメトクや、その子にもけじめはつけさせねば、なるまいて」

「うーむ。そうだな」

 そうするとラメトクは少女の目線まで下がり、

「良いか。お前は強くなくてはいけない。たかが風評で虐められて泣いているようでは、お前が目指すこのラメトクのような狩人には決してなれない。強くなれ」

 そう言って諭した。

 少女は頷く。

「うむ。それでこそこのラメトクを継ぐ者だ」

 ラメトクは声高らかに笑う。

 幾度となく少女を虐め、石を投げる者もいたが少女は強くあろうとラメトクに習い喧嘩では負けなしにそして大人はラメトクと婆様の力で一蹴された。

 そんな少女が成人しレンという名を得たときには、もうラメトクがいなくても大半の村人は偏見の目で見なくなっていた。



 早朝。木で出来たドアを叩く音が響く。

「レン! 起きろ!! 村長(むらおさ)が呼んでいるぞ!」

 そんな大きな声がレンの家の外からこだましているが、レンは一向に起きる気配すらない。

「起きろと言っているんだ!」

 そう言って大の男が勝手に入ってきて、長椅子で寝ているレンの毛布を取り上げるとそこにはレンの姿が見えず、代わりに持ち上げた毛布の方に気持ちよさそうに下着姿で眠っていた。

「なあ婆様。どうすりゃいいんだ?」

 情けない声で近所のお婆さんに助けを求める婆様のお付きの男。

「仕方ないねぇ。外の池にでも放り込んでやり!」

 お付きの男はギョッとした様子で婆様を見た。

 それもそのはず外の池は少し厚めの氷が張っておりどう考えても冷たい。

「おい、本当に大丈夫か? いくらレンが丈夫だからってそんなことしたら風邪でも引かねぇか?」

「大丈夫だよ! だいたい、そうしてでも起きやしない時すらあるんだから!」

 そういう婆様の言葉をきいて頷き、いくらレンでも死ぬんじゃ無かろうかと思いながら婆様の命令には逆らえず婆様の付き人の男は窓の外にある池に思いっきりレンを放り投げた。

 白いレンの髪が太陽の日差しを受けてきらきら輝きそして・・・・・・。

 池に放り込まれ少し厚めの氷が割れる音と水柱が立つ。

それでも毛布を放さないレンが寝息を立てて浮いてきた。

「なあ婆様・・・・・・」

「なんだい」

「どうやったらあいつは起きるんだ?」

「しらん・・・・・・」

 村人一同、レンはこのまま永遠に起きてこないのでは無いのかと思っていた。

 そんな近所の声を他所に寝息を立てるレンがボソリと、

「寒い・・・・・・」

 と言いながら毛布を引っ張りながら器用に浮かんでいる。



 あの手この手を使い何とか起きたレンが眠そうに歩いていた。

「眠い・・・・・・」

 とても不機嫌そうに・・・・・・。

「いや悪かったって。だけど長、直々依頼なんだ。無下にはできないだろう?」

 ここで言うところの長とは村長のことで、ラメトクとは古い付き合いがあり、長老達のようにレンに何かと良くしてくれるのだ。

「起こし方・・・・・・悪い」

 たいそう不機嫌そうなレン。

 確かに、寝ている時の起こし方としてはかなり最悪というか下手をしたら死んでいる。

 あれで怒るなという方が無理である。無論、自業自得と言ってしまえばそれまでだが。

「だから悪かったって、なあ」

 レンの倍近くある婆様のお付きの男が、まるでレンより小さいかのように感じられる。

実際、本気でレンが怒れば近所の数件は廃墟になっていたかも知れないのだから、無理もない。普段のレンも、もちろん寝起きが弱いのだが、これほどまでに不機嫌なのは、狩りの後だからだ。

今回の狩りでも4日ほど寝ていないのだから仕方ないといえば仕方ない。

「ああ・・・・・・めると・・・・・・」

 意味不明な言葉の羅列を繰り返すレン。そんな状態で村を歩くものだから所かまわず店や屋台に突っ込む。婆様の付き人の男も注意してはいるのだが、レンの力の方がはるかに力が勝っているため、止める事が出来ず、結果市場は凄惨な光景になっている。

しかし村人はいつもの事だとおおらかなものである。そうこうしている内に、長の家にたどり着く二人。



「・・・・・・というわけじゃ。分かったか? レン」

 流石にもう目は覚めているらしく、首を二回縦に振るレン。

「では、これが証明書じゃ。なくすなよ・・・・・・」

 よろよろしながら、その証明書を取るレン。目が覚めていることと疲れていることは別物なのだ。長が心配するのも無理からぬ事なのだ。

 ただ依頼の内容はかなり単純で、山の洞窟の中に最近、死人の声がするという曰くつきの場所の原因調査である。

不可解なのは、その洞窟を調査した狩人のほとんどが何もなかったと一応に声を上げる割に、そこで何があったのかはだれ一人として語らなかった事にある。

そのためレンにも白羽の矢が立ったのである。

「依頼の期日は無いが、出来るだけはやく事に当たってほしい」

「・・・・・・分かった」

 そう言うとレンは証明書を袖に入れた。



 外で待っていた婆様の付き人の男が、レンとしばらく二人で静かに歩く。

最初に口を開いたのは男の方だった。

「で、どうするんだ?」

 男がレンに向かって話しかけると気だるそうに答える。

「・・・・・・寝たあと」

「寝た後、準備するか・・・・・・。まったくお前とは長いがその口下手を何とかしないとこの先、辛いぞ」

 レンは無言のまま昼下がりの空を眺める。

(狩人の掟)それがレンに重くのしかかった。

「世界・・・・・・思い・・・・・・縁・・・・・・」

〃世界は思いがけない縁で結ばれている〃

この村の古い狩人の言葉だ。



 レンが家に帰ると朝、暖炉で乾かしていた毛布――村の人間が乾かした――がすっかり乾いていた。それに、くるまって長椅子に倒れた。

「温かい」

 すぅっと匂いを嗅ぐ。

香草独特の匂いが感じられた。ふとレンに狩りを教えたラメトクの顔が浮かぶ。



「いいかレン。古い伝承にこんなものがある。白い髪に紅い目の厄神は、黒く蒼い瞳の厄獣をつれていたそうだ。それは、人々に厄災を伝えていたそうなのだが、ある時突然、厄神が厄災を伝えるのを止めた。なぜだかわかるか?」

 幼い傷だらけのレンがフルフルと首を振る。

「そう誰にも分からないんだ。だが、昔は何か悪い事が起こると厄神が厄災を運んだと言うようになった。しかし私はこう思う。厄神が厄災を伝えなくなったのは、そうする事で人々には厄災を畏れる心と立ち向かう勇気を与えたんだとね」

 そういって白髪の老人は小さなレンの頭を撫でる。

「レン。お前の髪は白く眼は紅いが、私は決して厄神の再来だとは思わない。むしろ、その白く長く美しい髪は、狩人の守り(シクシルリ)の贈り物だと思うし、どこまでも澄んだ紅い瞳は、紅い宝と火薬の守り(アカシューム)の贈り物だと思う。なあレン・・・・・・」



 目が覚めるレン。

 頭はまだはっきりしていないが、かなりの時間眠っていたのは何となく腹具合で分かった。

 疲労は、もうすっかり抜けていたが空腹だと体が訴えた。

「・・・・・・何かあったかな?」

 まだ覚醒しきってない頭で床下の冷暗所を開ける。中には、保存食の類が並べられていた。

「食べ物・・・・・・」

 まだ起きていなかったのがいけなかった。レンの体は冷暗所の中に吸い込まれるように落ちていく。

「痛い」

 ひどく短い感想を述べると強打したお尻をさするレン。

 だがまだ目覚めない。

寝ぼけた状態で四つん這いになりながら奥へ進む。奥には干した芋が吊るされていた。

焼いて食べれば、さぞ美味しいのだろうが、レンはそれをそのままかじった。保存前に火を通しているからそのままでも食べられなくはないのだが、美味しさは言わず物がなである。

今度は、その隣にある一角兎の干し肉に手を伸ばす。

「堅い・・・・・・」

 そう言い捨てながら器用に寝ぼけながらガジガジとそれを食べるレン。

目覚めていないため端的な感想である。

しばらくは、そんな状態で腹を満たすレンだったが少時が過ぎた頃だろうか、

「・・・・・・ここどこ?」

 ようやく目が覚めたらしい。

そして自分の身の回りにある食料を見てまたやってしまったなと、レンは頭をかく。

たびたび、レンは寝ぼけてこういうことをするのである。

 適度に空腹が癒えてはいたが、とりあえず朝食の準備を始める。



 ひどく簡単な朝食を取り終え、長の依頼である探索の準備をはじめる。

 長が言う洞窟には女性の足でも三日程度でたどり着く場所なのだが、今回は事情が違う。

長がレンに依頼してきたという事は、レン以外の人間も依頼されているという事で。

それだけならいいのだ。

では、なにがいけないのかといえば「狩人の掟」だ。

狩人達にも暗黙の決まり事がある。例えば死んだ獲物に身元確認証がついていた場合は、その獲物に手を出さない。他の狩人からの信号弾に答えられる場合は答えなければならない。

その他、幾つもの決まり事があるのだ。

今回、レンの頭を悩ませているのはその決まり事の中で「一つの目的に複数の狩人が参加する場合、基本的に早い者勝ち」なのだが、その「早い者勝ち」が厄介なのだ。

中には漁夫の利を狙う質の悪い輩も当然いるわけで、そこにはそういった輩の仕掛けた罠があったりする。そういった事情の為、三日の行程を一週間歩くことになった。

馴れているとはいえ正直、そんな事をするなら自らの狩りの腕を磨くことの方がレンには重要なので、罠の張り方一つで狩人の底が知れるとレンは思っていた。

大量の罠を無害化したのは、レンの狩りの方針でもある「無駄な狩りはしない」というものである。

レンは無駄な狩りをすることで、その後の災害がどうなるかをラメトクにしくしくと教えられていたからだ。また本能的にもレンは無駄だと感じる事を嫌う傾向にある。

 克己的ないえば聞こえは良いが要するにレンは面倒くさがりなのだ。

 ただし、これが無駄では無いと思えばレンだって大量の罠を張る。それは狩りの成功率が上がるからだ。

 しかし今回の場合は人間用の罠である。決して狩りのためでは無い。

 ゆえにレンは無駄だと感じたのだ。



 問題の洞窟が見える所まで到着したレン。

まず近くにある崖の上から辺りの様子をうかがう。

「4・・・・・・6・・・・・・」

 レン以外に6つの集団がその狩りに参加しているらしい。それを確認した後、その場に小型の天幕を張り始めるレン。

どうやらしばらく様子を見ることにしたらしい。

そして、三日ほど洞窟の様子と周りにいる狩人の6集団の行動を観察する。やはりと言うべきか噂が効いているらしく皆、その洞窟に入る時機を考えあぐねている様子だ。レン自身は洞窟の中に嫌な気配は感じないのだが、6集団の中で2集団ほど嫌な気配が感じられる。さらに言うと、その2集団が対角線にいたため、どうしたものかを考えていた。

 どう通っても一つの集団に狙われるわけだが、そんな時レンに狩りを教えた人の言葉が思い出す。



(危険な道しか無くてもその中には活きている道もある。それが、一番危険な道の場合もある)



天幕を片づけ始め、そして、先が太くなっている筒が5つ収められた布を取り出した。

 レンが取り出した筒は狩人がつかう手榴弾だ。いくつか種類はあるが、今回レンが持ってきたのは、煙幕弾と閃光弾である。

 崖の上から機会を窺うレン。

 今回のレンが考えた方法は、タイミングがものをいう。もし間違えればレン自身、怪我をすることは重々承知していた。

狩人にとって怪我は重大な問題だ。

下手をすれば二度と狩りが出来ない。それがレンにとって最も畏れていることなのだ――ラメトク以上の狩人になる――それがレンの今の存在意義であり目標なのだ。

故にレンはあまり長居出来ないと判断する。普通の狩人なら臆しただろう。しかしレンは、勇猛で賢明であった。レンは空を見上げると大きな雲がちょうど太陽に差しかかろうとしていた。丁度、太陽が隠れる絶好の機会をレンは逃さなかったのである。

「今しか無い・・・・・・」

 そう呟くとレンは二本の閃光手榴弾の安全装置をゆっくりと外し、そして棒下にある最終安全装置を股で押さえる。



――雲が太陽の光を隠す――



 だがレンは投げない。



――慌ててはいけない――



そう言い聞かせるかのように目を閉じゆっくりと深呼吸をし、ぐっと体の中心に力をいれ最終案全装置をゆっくりと緩める。



 そして太陽の光が雲から差し込むか差し込まないかの時!



レンは両手の閃光弾を洞窟から少し離れた所に投げ、すぐに右腕で目を左腕と手で耳を隠し木の陰に伏せた。閃光と、ものすごく高い音が辺り一面に響く。

 その音に驚いた鳥が木々から一斉に飛び立った。

間をおかず煙幕弾の信管2本を抜き閃光弾と同じ場所に放り投げ、腰につけているフック付きの縄を枝に付け崖から飛び降りた。落ちている間、縄は腰の縄穴から抜け出していく同時にレンは左手で腰の縄出し調整ダイヤルを使い落ちる衝撃を弱め、縄の近くにある仕掛け糸を右手で引っ張る。

仕掛け糸を引っ張った瞬間フックが開き枝から離れ、すぐに縄の収納ボタンを押す。

ものすごい勢いで腰の縄穴に収納され、収納と同時に崖下にレンが受け身を取ってゴロゴロと転がり煙の中へと姿を消す。

態勢を整え、洞窟へ向かおうとするレンだが、予想通り銃声が何発も聴こえる。

 レンは身を低くしながら走った。何発かの銃弾がレンの持ち物や、レン自身を掠めている。そして滑り込むような形で洞窟内に入り、岩陰に走り銃を構えるレン。

 荒くなった息をゆっくりと整える。銃弾を掠めた場所が少し熱かったが、どれも大事になるような怪我ではない事に、レンは感謝しているようだった。どうやら追手は今のところ来ないようでフゥッと息を吐く。

 レンは背嚢の中から松明を取り出し、火打ち石で松明に火を灯し立ち上がり、洞窟の入り口を見ながら奥へと進んだ。



 しばらく洞窟の奥へ進むのだが、特にこれといったものは見つからなかった。

洞窟は一本道で、ゴツゴツとした岩と(ひかり)(こけ)が少量あるぐらいで迷う事は無い。大きさも大の大人が軽々と通れる程度には広い。だが、確かに何かがいるような気配はする。しかし、影すら見えない。何事もないまま、行き止まりにさしかかった。

レンは、周りを見渡す。

やはり特に気になるところは無い。

岩の壁を叩いてもただ虚しく音が響くだけだ。どうしたものかと考えていると、ふとある事が気になり始めた。それは洞窟内にある、何かがいる気配だ。

 レンは左手の手袋を取り、壁を隈なく手を当て始める。すると脈を打っている岩があった。

手袋をはめ治しその脈打つ岩を引っ張る。

それは簡単にそこから剥がれて、岩を背中に背負った二本のハサミと4本の足を持った生き物が現れた。

 (いわ)宿(やど)(かに)という生き物だ。

 おもに岩や光苔を食べて生きており、背中の岩は、擬態の為に自ら食し消化した岩を背中に覆う。叩いても大きな音にも動じない上に、叩いた時の反響音が、そこに空洞があっても周りの岩と全く同じ音になる為、見つけるときはレンのやったように素手でイワヤドカニの心音を探らなければいけない。性格は温厚で、周りとの共生を望む生き物だ。

 岩宿蟹を退かした所を見ると青緑色に光る光苔がびっしりとこびり付いた人が一人通れる位の空洞がある。

 レンは、持っていた岩宿蟹を下に置き、背嚢をその空洞の中に押入れ、自らもその空洞の中に入った。レンの姿が、空洞の中に消えると、岩宿蟹がその空洞に向かってカタカタと移動を始めそこを塞ぐ。



 レンがしばらく進む、徐々にその空洞の幅が広くなり始め、奥が見えるようになる。まだ、先は長そうだが、風が前から後ろに抜ける事から出口はあるようだ。レンは休むことなく風の流れる方向へと進む。しばらくすると、光苔が発する光とは別の光が前から差し込んできた。

 どうやら出口の様だ。荷物が先に出口から出、それに次いでレンがでる。

「あっ・・・・・・」

 口数の少ないレンがその光景に思わず言葉を発した。

広さは先ほどの洞窟よりも遙かに広く、中程度の集落なら住めるのでは無いかというくらいに広く。天上は、この地方どころか他の地域でも珍しい星天石(せいてんせき)――星空を思わせる蒼く金色の粒を含む透明度の高い石、純度が上がるごとに色が強くでる――の純度の高い原石。

しかも、かなり広いその場所の天上いっぱいをたった一石で補ってしまうほど大きな原石である。また、壁も石英の中に様々な金属や鉱物の結晶が相当な大きさで埋まっている。とにかく何もかもがレンを驚かすのに足り得る場所だった。

 その時なにか鼻歌を歌う声が近づいてくるのが聴こえる。

「ふんふん♪ あたしや世界一の幸せもの♪ 井の蛙でも良いじゃないさ♪ ふんふんふん♪」

 レンがその気の抜ける歌声のする穴に向けて、銃口を向ける。そしてその穴から、袋が出てきた後、出てきた影にレンは思わず自分の眼を疑った。

 それは全身を漆黒の毛で覆われ、三角形の耳が頭上にあり、二本の尻尾がある後ろ姿が二足歩行で出てきた。明らかに猫なのだが、レンの知っている猫とはかなりの差異がある。

 それは二足方向と人の言葉を使うことだ。

パンパンとお尻を払うその生き物は、ふとレンの方向を見る。

蒼い二つの瞳が、レンを捉えるが、何事も無かったように荷物を担ぎレンの横を歩き始めた。そして、壁に差しかかるとそこを足で蹴る。すると、猫の横下の地面が浮き上がり、持っていた荷物をそこに放り入れ手で、浮き上がった地面を閉め、

「いやー今日も大量さね。」

 まるでレンがいないかのように振る舞うが、その猫はすぐにレンの所に向かってきて、

「で、お前はどちら様さ?」

 髭をヒクヒクさせてレンを蒼い瞳が覗く。

「・・・・・・私は狩人見習いのレン。」

 そう言うレンに対し間延びした両性的な声で次の質問を始める猫。

「どうして、ここにいるさ?」

「長から依頼・・・・・・ここ調査しろって」

 腕を組みうんうんと、頷く猫。

「なるほどなるほど、依頼ね・・・・・・」

 しばらく何かを考え始める猫だったが、レンのもつ銃に興味を持ち始める。

「レン、少しその銃を私に貸してくれないかい?」

 レンは横を見た後、正面を向き頷いた。

「なるほどね・・・・・・」

 そう言いながら猫の数倍はある銃を下に置いて注意深くレンの銃を観察した後、満足し

て、「ハイ」と言って銃をレンに返す。

 銃を受け取ったレンは、色々とこの猫に聞きたい事があった。



なぜここにいるのか?

 名前は?

 どうして話す事が出来るのか?



疑問は、次から次へと頭の中を巡るのだが、どこから質問していいか判らなかったので、考えあぐねていると、

「あたしの名前はルコラさ、ここにいる理由は秘密。話せるのは、まあ気にしないでほしいさ」

 そうニコリと、話すルコラ。

レンは驚く。

一言も発していないのにルコラは、レンが疑問に思っていた事を言言い当てたのである。

「・・・・・・どうして?」

 不意を突かれたレンが構えることすら忘れたのに対し、ルコラは髭を触って得意げに語る。

「永く生きていれば読心術ぐらい身につくのさ」

 蒼い瞳がレンを見ると、息を軽く吐くルコラ。

「しかし、レンお前は本当に口下手さね〜。最初は不気味だから話さないのかと思ったけど、単に言語化が苦手なんだね〜」

 ルコラは、そう言って意地悪そうに笑いだす。レンはまるで自分の全てが見透かされている様で気味が悪かった。このルコラという猫は、いったい何者なのか? そんな疑問を思い浮かべているとルコラは、不敵に笑いそして・・・・・・

「もしかして、そんなんだから見習いのままのかね?」

「・・・・・・」

 あまりにもその通りだった為、普段から無口なレンが、さらに無言になった。

しばらくの間が空きルコラは察する。

「ありゃ? 図星かい?」

 ルコラは、上をみて少し考え始め、ポンっと自分の肉球を叩く。

「よし分かったさ。なら私が付き人になってやるさ!」

「・・・・・・!?」

 何かの冗談かとレンは思ったに違いない。しかし当のルコラは、大真面目らしく先ほどの、荷物を入れていた場所から色々取り出し始める。

猫の付き人なんて、レン自身も聞いたことが無かった。いやそれ以前に、長老会が許すとも思えなかったのだ。そのため、

「付き人・・・・・・きっと人じゃないと・・・・・・」

「人じゃないとダメだって? そんな事は百も承知さ」

 荷物を取り出しながらルコラの大きさには不釣り合いに大きい背嚢にまとめながら、レンに言う。

「どうやって?」

 レンは不思議でならないようである。ルコラは、ニコニコと荷造りしていていた。

「まあ任せるさ。永く生きていれば色々と、知っているもんさ」

 そう言ってルコラは背嚢を閉じたその時、地響きがその場を襲った。

「・・・・・・!」

 レンは、地響きの正体を何となくではあったが見当がついていた。この地響きはおそらく爆薬の地響きだと。おそらくレンを撃ってきた連中だろうとレンは予想していた。

すると、ルコラがニコニコしながら呟く。

「無駄さね、並みの狩人がここにたどり着けるわけがないさ・・・・・・それに、ルコラ様を、なめないでほしいさ」

 意味深なルコラの言葉にレンは少し気になっている様子だったが、とりあえず大丈夫だというルコラの言葉を信じるしかないのもまた、事実だった。

「・・・・・・」

「さて、レン。付いてくるさ」

 そう言ってルコラはレンを手招きする。



 ルコラに連れられ、たどり着いたのは、狩人ならば絶対に近づかない、滝のある湖だった。

 星を飲み込むほどの湖で、魚影を映す影すら美しい湖なのだが、毎年ここでは何人もの狩人が大怪我をしている。不思議と狩人以外の人間特に、女子供が近づいてきても特に何も無い場所だが、ある噂も流れているため、普通の狩人ならば近づかない。

「・・・・・・」

 少し不安そうな顔を見せるレン。

すると、ルコラはその場で座り始めて、何事も無いかのように焚火の準備を始めだす。

あまりに自然にその動作をするものだから一瞬レンも意表を突かれるが、ここは狩人達が噂にするほどの危険な場所なのだ。そんなところで焚火など自殺行為にも等しい。

レンが止めようとすると、ルコラは香木を入れ始める。しかも獲物を集めるための香木である。まるで、レンの不安など無いかの様に振る舞うルコラ。

「なにしているさ? 早くレンも座るさ」

 言われるままに座るレン。

 少し落ち着きの無いレンに対し、ルコラは堂々としたものである。

 これでは、どちらが狩人なのか分からないとレンは感じた事だろう。

 そんなレンを余所に、

「もうしばらく待っているさ。面白いものが、みられるさ」

 ルコラはそう言って、背嚢の中から干した魚を出し棒に差し焼き始める。

 レンは、焚火の揺らいだ火を見ながら、まるで、昔話にでてくる、白い髪に紅い目の神厄神と、黒く蒼い瞳の厄獣の様だ。

 そう考えると滑稽な話だとレンは感じていた

「うん、良い焼き色になったさ〜」

 ルコラは、パチパチと油が爆ぜる焼魚をはふはふと食べ始める。

 猫の姿があまりにも平気な顔をして熱い魚を食べているのをみて、

「・・・・・・舌、大丈夫?」

 ぼそりと、レンがルコラに話しかけた。

「舌? ああ、猫がみんな猫舌なんてのは、人間の勝手な妄想さ。単に猫は熱い物を食べ

慣れていないから猫舌になるだけで、小さい時から食べ慣れていれば、普通に食べられるさ。それに、人間だって小さい時に熱い物を食べ慣れて、いなけりゃ猫舌になるさ」

 ケラケラ笑ってルコラは、また油滴る焼き魚を頬張る。

 焚火の木が爆ぜる音、滝の水と水がぶつかり合う音、遠くからは、木の枝から雪が落ちる音が聞こえてきた。それらの音が、大きく感じられるほど静かな時間が過ぎていく。月もだんだんと高くなり青白い光が滝を照らし出す。

その時、雪を踏みつける音が近づくのをレンは感じた。

「やっときたさ〜。全く、相変わらず不定期な奴さ」

 ぼやきながら立ち上がるルコラの耳が左右に動き始め、滝の付近を眺める。

ガラスとガラスが打ち合うような澄んだ音が辺りに響き、水面に白馬の体に頭に青白い螺旋状の角を持った生き物がまるで重さが無いかの様に水面を歩いていた。

 村では一角獣神(フムペテトカムイ)と呼ばれる神獣だ。

いる事すら疑問視されているが、気が合えば良い事を合わなければ死をという生き物だと伝わっている。(ピリ)(カムイ)(ウェン)(カムイ)か論議が分かれている神なのだ。

 例えば神謡(ユーカラ)では、処女にしか懐かずそのほかのものは殺す獰猛さを見せるかと思えば怪我をした狩人を助けたという話もあるような神獣なのである。そのため一角獣神を気まぐれな(サンペヘネカムイ)という場合もある。そんな一角獣神に、ルコラは無防備に近づく。

「ルコラか・・・・・・その隣の人間はなんだ?」

 機嫌が悪い様な物言いである。

 レンを睨む一角獣神にレンはすぐに膝を突いて手を広げて敵意が無いことを示す。

 どうやらレンがいる事が原因の様であるが、ルコラは睨むように話す。

「別にこの人間はここを荒らしたりしないさ。それより『借り』を貰い受けにきたさ」

「『借り』ねぇ。俺にとっちゃ騙された気分だが、な」

「おや、神獣が対価を払わないのかい?」

 楽しそうなルコラ。まるで神獣との会話を楽しんでいるようである。

 対する舌打ちをしてルコラを睨む。どうやらルコラに話術では勝てないと悟っているのだろうか、仕方ないといった口調で、

「だれもそんな事は云ってないだろ。払うよ『借り』とそれを伸ばした対価分きっちりと、な」

 そういうと一角獣神の角の先から茶色い革で作られた物入れの様な物が出てくる。

「流石は神獣さね。さてと・・・・・・」

 ルコラは座りながら中を物色し始める。

 遠目で見ていると白銀色で出来た物や黄金色で出来た物等が無造作に入れられていた。しかしそのどれもが人間の手で作られたものではないことが分かるそんな造りをしていた。

「これと、これとあと、これかね」

「まったくルコラめ。しっかり対価分取っていきやがる」

「当然さ。対価は過不足無く。こっちの世界じゃ常識さ」

 ケラケラとまるで馬鹿にしたように笑うルコラ。相手が神獣だと言うことを忘れそうになるレン。

「なんなら敢えて、お前の為に対価より少なく取って上げてもいいさ」

「それは、こっちに代償が来るからやめてくれ」

 悪戯っぽく笑うルコラに諦めたように話す一角獣神。すると、

「楽しそう・・・・・・」

 レンはそう一言こぼすと、ルコラは何か嬉しそうに笑った。

「楽しいさ! それはレンも同じじゃ無いかね?」

 言われてレンは自分の顔を触れてみると、自分でも気づかないうちに口角が上がっているのに気づく。それを両手で確かめると、

「なんで・・・・・・?」

「きっとレンも楽しいと感じているのさ」

 そう言ってルコラは目を細めてレンを流眄(りゅうべん)する。

「よし! これで良いさ!」

 ルコラが楽しげに革で出来た袋の紐を引っ張り、それを肩に乗せる。

「ふう。それじゃあ今日はこれで良いのかルコラ?」

 半ば呆れ気味にそう訊ねる一角獣神。

「問題ないさ。それじゃあまたどこかでさ!」

「ああ、またどこかでな」

 一角獣神はそう言い残すとまた、澄んだ音が辺りに響き渡りどこへともと無く消えていった。

「さて、行くさー」

「どこへ?」

「愚問だね。レンの村までさ」

「でも・・・・・・姿・・・・・・それに・・・・・・」

「姿かい? それは問題ないさ。それに洞窟の中にいる愚か者なら今頃四散しているさ」

「?」

「よく分からないって顔だね。まあ簡単に言うとあの洞窟で悪さする様な輩は、神様から罰が当たるのさ」

 なおさらよく分からないといった様子のレンに、ルコラは軽くため息を吐く。

「しょうが無い。じゃあ分かりやすくレンに見せてやるさ」

 レンはルコラが何を言っているのかよく分からない様子だった。

 だがルコラの自信たっぷりの様子が気になり大人しくルコラについていく。 

 しばらくすると、レン達は洞窟の入り口が見える崖にたどり着くとそこでは、レンの目を驚かせるものが映った。

 そこには洞窟の穴の一部が大きく欠けて代わりに光苔がある

そしてその岩を背負ったような巨大な岩宿蟹がまるで洞窟を護る様に仁王立ちして何人もの狩人と対峙している。

その大きさは遠目から見ても分かるほどで、人の40倍はありそうである。

「なに・・・・・・あれ?」

 レンが驚いていると、ルコラは得意げに話し始めた。

「アレは、あの洞窟で育った齢不知(とししらず)の岩宿蟹さ。普段は温厚な奴だけど、まああれだけ殺気を出したから怒ってるんだろうね」

 キャハッと笑うルコラ。

 何人もの狩人がその巨躯に銃を撃つが、岩宿蟹の堅い外殻に弾かれて全く効果が無い。

 一人の狩人は手榴弾を投げるが、その巨体に似合わぬ俊敏さで斜め前に移動し爆風を背中の岩で受け流し、たった一振りで12人いる狩人全員を数十メートル先まで吹き飛ばした。そして自らの両手を大きく広げ見せて威嚇している。

 さすがに敵わないと察知したのか雲散霧消し何も無かったかの様に人一人いなくなっていた。

 警戒している様子の巨大な岩宿蟹。

しばらくして、落ち着いたのか、元居た洞窟の壁に戻る。

「どうやら終わったみたいだね。あれだけ怖い思いをすればしばらくは近づかないだろうね」

 落ち着いた様子のルコラに対して、レンは未だに驚いていた。

 それもそのはずである。あそこまで大きく成長した岩宿蟹というものをレンは見たことが無い。せいぜい見たとして、テーブル一面の大きな岩宿蟹ぐらいで、あそこまで成長した岩宿蟹は見たことが無い。夢では無いかと思うほどである。

 それにもし仮に今の岩宿蟹の存在を村の人間に言っても頭がおかしくなったと言われて笑われるだけである。するとルコラが不意に、

「でもあいつ。あれだけの巨体だけど味は良いさ」

 といったのでさらに驚いた。

「食べたの?」

「食べたさ。といってもあいつに承諾を得て爪の先をだけどね。知ってるかい、岩宿蟹が、警戒しているときは中で硬質液を出して身を守る、その硬質液は味があんまり良くないさ。だから無警戒の岩宿蟹の肉は、それは、それは美味いさ。そうさね、肉の詰まりかたは、これでもかというほど詰まっていてほとばしるほどさ。その肉は口の中で肉の繊維の糸がほろほろ解れて、その肉が口内の粘膜を刺激して快感を生み出し、中から止めどなく溢れる肉汁は、まるでよく熟れた果物の様に甘く弾け、溢れ出すのを止めないさ。そして香ばしい香りが五感全てを刺激するぐらい美味いさ」

 ルコラがあの岩宿蟹の説明を終えるとレンを凝視して訊ねた。

「レンも食べてみるかい?」

 その問いにレンはフルフルと、首を振った。

「おや? レンは美味しいものは嫌いかい?」

 また首を振る。

「どういうことさ?」

「わたしは・・・・・・不必要な狩り・・・・・・しない」

「ふーん。それは良い心がけさね」

 そう言うとルコラは、木の枝にツタを結んで崖の下まで伸ばした。

「降りるさ」

 それを聞いて肯くレン。レンは不思議な存在だとルコラのことを感じていた。

 そして二人が崖を降り終えると、レンがルコラに訊く。

「ルコラ・・・・・・教えて・・・・・・どうするの?」

「ああ、この姿のことさね。これを使うさ」

 ルコラは袋の中から、銀色の細い腕輪の様なものが3つ不思議な繋がり方をしている。

 袋を下ろし、その腕輪を、器用に右手にはめると、

「アンペウンピパオシンナ」

 と唱える。

するとルコラの体が白く発光し始めて徐々に人の形になり光が消えたときそこには、レンより少し小さい、黒く膝まで届く長く艶やかな髪に蒼い瞳、そしてこの地方には無い褐色の肌の無駄な筋肉の無い端正な体つきの少女が裸体で立っていた。

「うう―寒いさ!」

 そう言うとルコラはすぐに地面に置いた袋の中からいくつか服を取りだし手際よく着る。

 白い下着。

次に丈夫そうなチョッキと、左足が破れてはいるものの頑丈そうなズボン。

さらに暖かそうな黒い毛皮を着た後、手袋と靴を履き、最後に全身を覆う白い外套である。外套の頭の部分外すとルコラは、その長い髪を耳の少し上辺りで左右の髪を結ぶ。

「ふう。こんなもんかね?」

 そう言ってレンの方をのぞき込むルコラ。

「どうさ? これなら文句ないさ!」

 レンは呆気に取られながら反射的に肯いてしまった。ルコラの端正で猫の様な目がニコッと破顔しそして再び背嚢をあさり始める。

「あったさ」

 ルコラが取り出したのはルコラの半分強ありそうな長さで、幅の広いそり込みのある剣が2本だった、いったいどこにそんな物が入るのかレンは不思議でならない様子であった。

それを鞘に収めて外套の中、背中の腰辺りに交差する様に掛ける。

 その他にもいくつかのナイフを服の各場所に取り付ける。

 それが終わると、二度ほど軽く飛び、何かを確認し終えたのか、またレンに近づく。

「どうさ? これで頭の固い奴らも文句ないさ?」

 ルコラが太陽より明るい笑顔をレンに向けるとレンもつられて優しい顔になっていた。



 早朝に村に帰ると早速、村長に報告をしに行くレン達。

「ふーむ、そうか。そんな危険な穴があるのか・・・・・・」

 事実を隠して。

 レンが言ったのは、岩宿蟹で塞がれた見えない穴が多数あり、そこに落ちて怪我をしたのだろうということだった。

「調査、ご苦労。今後、その洞窟には近づかない様に村のものに報告する」

 それを聞いて一礼するレン。

 レンが長の家を出ると外でルコラが待っていた。

「遅いさ! 待ちくたびれたさ!」

「でも・・・・・・報告は大事」

「うー、しょうが無いさ。さあ早く狩人の許可証を貰いに行くさ」

 肯くレン。

 その足で、長老会の元に赴いた。



――しかし――



「ダメだな」

 そう一蹴する長老達。

「・・・・・・どうして?」

 レンが驚くのも無理は無い。ルコラは人の姿である。普通、付き人というのは、そのものが認めたものなら誰でもなれるのである。無論、例外もあるが今回の拒否には納得いかないレン。すると、

「レン。お前が連れてきたそのもの、どう見てもお前より年下だ。そして、お前より実力があるとはとうてい思えない。それに・・・・・・」

「・・・・・・それに?」

 両手を前に肘を突き淡々と語る中央の長老。

「お前の隣にいる名をルコラといったか? その者はこの村の人間では無いな。それも問題だ」

 これにも異論があるレン。付き人の条件に他の村の者がなってはいけないという決まりは無い。

「別に・・・・・・・この国の者で無くても許可証は発行できる・・・・・・そう本にも書いてある」

 長老達は深くため息を吐くと、二人を眼下に見下ろして、中央の長老が罵声を飛ばした。まさに化けの皮が剥がれた瞬間だった。

「ならば正直に言おう。この『厄神の再来』め! ただでさえ、お前に許可証を出すのは曠古(こうこ)――例が無いこと――だというのに、黒い肌に蒼い瞳! これでは厄神と厄獣そのものでは無いか! 狩人というのは神聖なもの! お前達のような禍つ(ウェンカムイ)を認めるようなことは出来ぬ!」

 すると、鋭い残響音と共にレンの前の台座が左右に倒れた。その断面は木だというのに鏡面のように美しく光っており、怒りの炎を眼に煌めかせ二刀を持つルコラ。

 そしてその刀剣を長老達に突き出し、

「いろいろと、うるさいさ! なら条件を出すさ! どんな無理難題だろうと、あたしとレンとなら乗り越えてやるさ!」

 そう啖呵を切るルコラ。

 しばらく長老会の3人が密談をし、終えるとレン達を見ていった。

「そうか。ならば条件を出す。今から言う条件を見事達成した暁には許可証を渡す」

「イレンカシノエヤムカムイ――重要な約束事をするときに誓う神。この神に背いて約束事を反故にした場合、肉体と魂はディネウェンボクシリ==地獄のような概念的なもの。地獄と違うのは生者や神もそこへ落ちることがあるということが違う==に落ち、未来永劫終わりの無い苦しみを受けるとされている――に誓ってかい?」

「ぐっ! ち、誓おう」

「ならば、その誓いの証を立てるさ!」

 ルコラは、腕につけていた豪華な装飾が施されたナイフを抜き、服の中から『全ての神の血』――エピッタカムイケミヒ。様々な草や鉱物、生き物の血を混ぜて作られる。重要な約束事や行事に用いられる。この場合イレンカシノエヤムカムイが対象を間違えない様に印をつけるために用いる――が入れられた黄金色の薬皿を取り出した。

 そしてそこに付属の小皿を取り出すと、ルコラとレンは親指を少し斬り、血を小皿に入れ、長老達も指を少し斬ってその血を小皿にいれる。

最後にナイフに全ての神の血をつけ血の入った小皿にそれらを混ぜ合わせて全員の左胸の肌にそれを塗り、長老達を睨むルコラ。

長老達は全員目を瞑り左手を挙げて手のひらを見せる様に宣言する。

「「「イレンカシノエヤムカムイに誓う。我ら、狩人レンとルコラに、この任務を達成したとき狩人の証である正式許可証を渡すことを」」」

「確かに誓ってもらったさ」

 ルコラが得意気にそう言うと、今度は長老達がレン達を睨む。

「それでは、条件を出す」

 重々しい空気がその場に流れた。



 第2話――狩人になるための条件――



「これより。レンとルコラに条件を出す。その条件を見事達成した暁には、狩人の許可証を発行しよう」

「で、その条件は何さ?」

 ギロリと睨むルコラ。レンはそのルコラ対して、穏やかな表情を見せていた。

「条件の一つ、レンの付き人となるルコラお前が本当にレンの付き人に相応しいか、レンと死合いをして貰い見定める。無論、村の者にもその死合いを見て貰う」

「問題ないさ」

 目を横に光らせて長老達を仰ぎ見るルコラ。

「レンはどうなのだ?」

「問題・・・・・・ない」

 肯く長老。

「では、次だ。その後お前達には、この村の外れに住むある獣を狩ることを命じる」

「ある獣?」

 レンが考え始めるとルコラが続けて、

「その獣は何さ?」

 と質問した。

「その獣の名は、雷嵐災狼(トゥムアレラコイパクセタ)。知っての通り災獣だ」

 レンは、いやルコラも言うに言われぬほど驚いた。

 雷嵐災狼トゥムアレラコイパクセタ。

 (いか)しい――はなはだ大きく、神々しい様。巨大で畏怖を覚えるさま――体躯に頭には三つの半月型の角、恐ろしく発達した前腕につく太く鋭い爪は、半径500mの森をなぎ払えるほど、おどろおどろしい顎と牙は、灰白銀狼すら丸呑みに出来るほど大きく、その牙は、直径4メートル鋼材をかみ砕くほどに強く、雷と嵐を身に纏い、青白い体毛と、碧緑の瞳を持ち一度現れれば、大きな街一つを荒野に変えるほどの狼の様な災獣。

別名、白雷の化身とも呼ばれる。

 要するに災獣とは天災と同じ様な生き物なのである。

「以上を条件とする」

 しばらくの沈黙の後、口を開いたのはレンだった。

「それを狩れば・・・・・・許可証が貰える?」

「ああ、イレンカシノエヤムカムイに誓ってだ」

「分かった」

 レンは踵を返すと静かに歩き始め、ルコラもそれに追随した。

「ああ、待て!」

 振り返るレンとルコラ。まだ何かあるのかと怪訝そうな表情を見せる二人に長老達は何の感情も無いかのごとく・・・・・・いや実際にこの二人に対する感情など微塵も無いのだろう。

「ルコラという者の腕、この後すぐに見せて貰う。レン、準備して待て」

 レンとルコラはお互いの顔を見合わせて微笑む。

「・・・・・・分かった」

「言われなくても分かってるさ!」

 二人が同時にそう言うとバタンと二人の意思を誇示するかの様に木で出来たドアが閉じた。



 ・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



二人の間に言葉は無い。その閑寂に言葉を発したのはルコラだった。

「で、どうするのさ?」

「別に・・・・・・私は私の出来ることをするだけ・・・・・・だから」

 ルコラはそれを聞いてなぜか楽しそうである。

「そうかい・・・・・・」

「ルコラはどうするの?」

 レンがルコラに顔を覗かせると、

「あたしかい? 問題ないさ。あの時代遅れな長老達に目にもの見せてやるさ」

 「そう」と言う様に目を伏せるレン。

「まあ、まず始めにレンと戦ってやるさ!」

 キャハッと笑うルコラを見て何か安心した様子のレン。

「私の付き人になるんだから・・・・・・」

「大丈夫さ! レンをがっかりさせる様なことはしないさ!」

 そうして二人は、レンの家にたどり着く。家の前で、二人はまるで自然の力を得るかの様に息を吸いそして吐いた。レンが先に入り、その後ルコラが入ったとき「おかえり」とレンが言う。それを受けてルコラは「ただいま」と気恥ずかしそうに顔をそらした。

 レン達が家の中に入ると、まだ昼下がりになっていたので、レンのお腹から苦情の声が鳴った。

 少し顔をそらすレンの白い頬はほんのちょっと桜色に染まっていた。

「確かに昨日から何も食べてないさ〜。腹が減ったさ! 何か作るさ、レン〜!」

 そう言われて肯くレンは今ある物ですぐ出来る物を考える。

団子粥(シトサヨ)でもいい?」

「この際、食べられるなら何でも良いさ」

「わかった」

 ルコラが暖炉の灰を掻き出して火を入れている間、レンは地下の貯蔵庫から、秋頃収穫した、餅と粥用の粉状の米が入った袋を取り出す。それに、刻んで干した甘芋(かんう)――こちらで言うところのさつまいものような植物――、赤根(あかね)――こちらで言うところのニンジンのような植物――、牛蒡(うまふぶき)――こちらで言うところのゴボウのような植物――、最後に一角兎の乾し肉を適量取り出すと上の調理場に戻る。

 そして鍋に乾燥した食べ物を全て入れて水を水引管のハンドルを回し蒸気板を踏むと水が水引管から溢れ出し、それを鍋に適量入れる。

 水を入れ終えると、踏んでいた蒸気板を離すと水が止まる。

 発火石と油が浸みた焜炉(こんろ)に乗せて手元の着火ハンドルを回すとカチッカチッと何度も音が出て火がつく。

これで後は調味料を適宜入れ、煮込んで待つだけ。

 レンが作ったのは、トランネビトスという物で直訳すると「怠け者鍋」という意味だ。

 要するに、主食副菜全て一食にまとめた簡単な料理なのである。

 本来なら、団子粥と副菜で作るのだ。

もっと正式な物になれば、団子、粥――この場合薄く作る。口直しのための粥――、副菜数種といったものが最も一般的な家庭の料理である。

この国では怠け者鍋ばかり作る女性のことを「トゥヌアンメ」という。

ちなみに「トゥヌアンメホクソモネ」という言葉もある。意味は「怠け女には夫がいない」要するに怠け者は総じて行かず後家になるということを指して、そんな物ばかり作っていると嫁の貰い手がいなくなると注意したりしている。

これに似た料理でオハウという料理があるにはあるのだが、それも食べきれないで作るものであって、レンのように何の躊躇もなく怠け者鍋をしかも客人に振る舞う行為というのはもはや言わずものがなである。

 そのためか「何でも良い」と言ったルコラも渋い顔をしている。

 おそらく、団子粥と副菜が出てくると思ったのだ。

「レン。確かに何でも良いと言ったけど、一言言わせて貰うさ。このトゥヌアンマッカチ――怠け少女という意味――」

「時間が無いから・・・・・・それに美味しいよ?」

「なんで疑問形さー!」

 ルコラが机を返すがレンはさもありなんと言った態度でそれを直して、鍋を見ると、

「あ、煮えた」

 「はい」とルコラの前に怠け者鍋を木で出来た粗悪な椀によそい差し出した。

「・・・・・・」

 ルコラの目の前にはよく煮えた怠け者鍋がよそわれている。もうもうと湯気が立ちのぼって肉と野菜や米の甘い匂いが周囲に漂っている。これが、怠け者鍋でなければどんなに良かったかルコラは頭を抱え始める。

「レン。こう普通の食事は無いのかい?」

「何でも良いって言ったの・・・・・・ルコラだから・・・・・・」

 ひょうひょうと言うレンにとうとうルコラの堪忍袋の緒が切れる。

「ああもう! なら言うさ! レンお前は別に面倒くさくなくても、怠け者鍋を作ったさ! それは、調理台を見ても明らかさ!」

 そういうルコラの指さす台所には、埃の被った調理器具が並べられていた。

「最近狩りに出かけてたから手入れできなかっただけ・・・・・・」

 少し慌てるレンだが実際に狩りに出かけていたのは事実である。

「嘘さね! ルコラ様の目はごまかせないよ! ゴミ箱にあるのは雪林檎さ!」

 ドキリとするレン。

「そ、それがどうしたの?」

 まるで悪戯を見つけられた子供とそれを咎める親のようである。

「それは、生食する物じゃ無いさ! それなのにこれは丸かじりした痕があるさ! レンが怠け者の証拠さ!」

 ビシッと人差し指を立てるルコラ。そのさまは、まるで鬼の首を取った様である。

「別に私、結婚する予定・・・・・・ないから・・・・・・」

 ルコラの口がパクパクと開き、張っていた指も緩んで呆れ果てている様子である。

 しかしすぐに別の所に怒りがやってきた様で、

「そういう問題じゃ無いさ! あたしは、この待遇に怒っているのさ!」

「・・・・・・食べたくないなら、食べなくても・・・・・・」

 こんな言葉がある、夫婦げんかは犬も食わぬというがこの場合は付き人と狩人の喧嘩は一角兎も興味を持たぬと言った方が正しいか? まあつまりはそういうことである。

「そういうことを言ってるんじゃないさ! もう少し付き人になるあたしを大事にするさ!」

「大事にしている。だから美味しい物を用意した」

 もはや、ぐうの音も出ない様子のルコラ。これ以上の討論は時間と労力の無駄だと悟り大人しく用意された怠け者鍋を食べることにしたらしく、こぢんまりと座って箸をもって一口、また一口と口に運んだ。

「・・・・・・美味しい?」

 レンがそう訊ねるとルコラは肯いた。「よかった」と胸をなで下ろすレン。しばらく箸を進めるとルコラがあることに気づいていたようで口を開く。

「レン。この箸は良い物さ。上質なカムイノギを使って丁寧に作られているさ。装飾も縁起が良い物さ」

 レンが肯く。

この国では、特別な客には最低でもその家で最も良い箸を出す。その箸が良い物であれば良いものであるほど歓迎しているということになる。ただしそれは最低限のものであるということはレンも理解はしていた。

ルコラの態度を見てコトリと箸を置いて話すレン。

「昔、おじいちゃんがもし私に付き人が出来たら使って貰えって」

「良いお爺さんさ・・・・・・レン、お前の話し方を訊いているそのお爺さんに興味が湧いたさ」

 するとレンはまるで子供のように語り始める。

「おじいちゃんは、私の狩りの先生で、伝説にまでなった狩人。名前は、ラメトク」

「ああ、訊いたことがあるさ。たった一人で厄神級の獣を狩ったとか、新しい物を次々と発見したとかそういう話。レンもしっかり血を受け継いでいるさ!」

「でも・・・・・・」

「でも?」

「私とおじいちゃんは血がつながってない。私はみなしごで、おじいちゃんだけが私を拾って育てた」

 ルコラはその話を聞いて少し考え、そして答えた。

「血ってのは、別に生まれだけじゃないさ。その人のやってきたこと、想い、信念なんかを引き継ぐことそれが、血ってもんさ。レンはそれを受け継いでると思うね」

 レンはそれを訊いて少しむず恥ずかしい様な、うら恥ずかしいようなそんな気分になった。

「まあこの箸に免じて怠け者鍋を出したのは帳消しにするさ」

 二人は黙々と、怠け者鍋を食べ、それを食べ終えると、レンとルコラは食器を水に浸したあと洗い、

「さて、行くさね」

「うん」

 レンは背嚢を担ぎ、ルコラと一緒に家を出る。昼の日差しが雪に反射して二人の顔を照らす。一瞬二人の視線が合うと、お互いに何か少し可笑しくなったのか、ふっと笑った。



 レンとルコラは村で一番広い広場にいた。

 村の者達が総出で広場を囲み、そこには長老達も同伴していた。

 広場には、雪が退けられ下の土が露わになっており、そしてその広場の象徴とも言える大きな樹が二人を見下ろしていた。

 レンとルコラはお互い対峙している。

 レンがいくつかの装備を背嚢から取り出して、自分の服に取り付けた。

「いいのかいレン! 軽装は武器さね」

「転ばず先の杖・・・・・・準備することは悪いことじゃない」

 ルコラはそれを訊いてにやりと笑う。普段笑わないレンも声を出さずに笑った。

 レンがすくりと立ち上がると、ルコラの両手剣が残響音を立てて抜かれる。

「準備は良いかい? レン」

「うん。大丈夫」

 それを訊いた長老達が手を上げて叫ぶ。

「それでは、今より狩人レンと付き人ルコラの死合いを始める!」

 村人の歓声が響くと同時に、ゆらりとルコラから動く。

 レンはライフルとナイフを同時に構えて両手に剣を持つルコラの様子を窺っていた。

 歓声の中ルコラは何度か跳躍し怒号と共に、地面がえぐれて一気にレンとの間合いを詰め刃を交差させた。

「これだけ詰めればライフルは役立たずさね」

「そうでもない」

 レンは自分より大きなライフルのストックを後ろの地面に突き刺し、それをつかえ棒にし、ルコラの腰の重心をずらして投げた。

 投げた瞬間、銃底を(かかと)で蹴り上げて、銃を構えて宙に浮いているルコラに向かって銃を撃った。

 その音に反応して、ルコラは持っていた両手の剣を器用に地面に突き刺して上に跳躍した。

 四つ足で着地し、両手の剣を払い構えるルコラと白い煙を銃筒から上げている銃を下に向けるレン。

「なかなか面白い動きをするさね、レン」

「ルコラも」

 レンが廃莢して地面に空の薬莢が落ちた時、盛大な歓声が広場を包んだ。

 村人の中には「すげぇ」とか「どっちが勝つんだ」などを談義が始められそれが盛り上がり賭にまで発展する。

「なるほど。狩人の常識はレンには通用しないみたいさ」

 「なら」といいルコラは両手を垂れ下げて走り出し、レンに近づく。

 レンは銃の構えを解いて、銃を脇に挟むと発煙手榴弾を自分の目の前で爆発させた。

 瞬時に辺りは煙に包まれ視界がほとんど無い状態になる。

 しかしルコラは構わず煙の中に入る。

 先ほどまでレンがいた場所にはレンはおらず迷わずルコラは下を見る。僅かな靴痕のずれを頼りにレンの初動を予測し、それに備えるために体を滑らかに丸め剣を納める。

 そしてほんの一瞬。

煙の揺らぎを感じたルコラは足に取り付けていた刀身だけの錐状のナイフを三本正確に投擲する。風切り音もないそのナイフをその煙の揺らぎが瞬息に動くのを見てルコラは次々と、足のナイフ投げる。最初の様子を見るための投げでは無い。

当てる(・・・)ためのナイフである。

最初は動くと予想されるところ次に、いると予想されるところにと、煙の中だというのにルコラのナイフは正確に影を捉えている。12本投げたとき艶々しい肉に刺さった様な音がしたので「占めた」と感じるルコラ。間を置かずルコラはその音の方向へ跳躍するが、レンの反撃なのか銃弾がルコラの頬をかすめた。頬が熱くなり血が滴り落ちそれを舐めるルコラ。

レンの実力を銃の手入れの仕方を見て察していたルコラ。そのためこのかすめた銃弾でルコラは、



 ――レンには余裕がない――



 そう感じた。銃弾の走った方向に着地するが、そこにはレンの姿は無く代わりに血が点々と一筋の道を作っている。ルコラは剣を抜くとその残響音が煙の中に響く。

 そしてその血の滴で出来た道を逸足で駆け抜けた。徐々に血のにおいが濃くなるのを感じ、ルコラはレンが近くにいるのを感じた。

 しかし一抹の不安がルコラを襲う。

 あのレンがこんなにあっさりと、自分の位置を知られるのであろうか?

 そんな不安である。もしかしたら罠の可能性も十分に考慮に入れなければならない。

 そう感じたルコラは巧速(こうそく)――巧みで、仕事が早いことの意――を信条としている。

 決して拙速なるや、されど巧遅に溺れるな。

 これがルコラの中にある考えである。ゆえに罠であるならあるであえて踏むことをルコラは選んだのである。

 ルコラには自信があった。

 それは、自分の経験から、ある程度の罠なら逆に利用出来るという自負である。血の滴が大きくなり血だまりが出来ている所を見ると、そこには血袋が置かれていた。狩人が獲物をおびき寄せるために使う罠である。



 ――罠だ!



 瞬時にルコラは判断を下し後ろに下がった。だが、その刹那にまるで、ルコラの動きを予想していたかの様にルコラの足に、髪より細いワイヤーが引っかかる。

 ルコラは抜刀していた剣を地面に突き刺し半ば強制的に、体位を変え横に飛ぶ。

 仕掛けられたワイヤーは目を見開く前に、爆発が起こり、辺りを土煙でいっぱいにした。

(撃たれる!)

 ルコラは考えるより先に伏せた。考えたとおり伏せた瞬間に銃声が鳴り、ルコラの右頬に傷を作る。

 驚嘆に値する。

 ルコラはそう感じていた。今まで狩人と対峙してきたことのあるルコラでもここまで短時間にあらゆる方法で自分を追い詰める狩人はほとんどいなかった。その少数ですらルコラに傷を負わせるまでに至ったのは今まで一人だけである。しかし今回で二人目となるルコラに傷を負わせることの出来た狩人。



――レン――



 ルコラはこの次レンがどのように自分を追い詰めるのかそれを考えるだけで武者震いがした。

 レン達狩人は短時間でも罠を瞬時に作れる。そしてその罠が多いほど獲物が捕れる確率が上がるわけだが、その技量や仕掛ける場所、作動させる時機をうかがう感覚など全て兼ね備えている狩人は希有である。年季の入った狩人ですらこれほどまでに見事な罠を晴れるだろうかとルコラは考えたがすぐに考えるのを止めた。

この村でもいやこの世界でもこれほどの狩人はごく僅かであろうとルコラの考えに至ったからだ。それはルコラ自身が何人もの狩人と対峙してきたからだ。老練な狩人以上にレンは自身を追い詰めた。

油断も慢心も無い。

それでもなお自身を追い詰めるレンに畏敬の念を抱くルコラ。

ルコラの中にある獣の血が滾った。ルコラは刀剣を弧の様に平たく構え、姿勢を低くし目を閉じる。

 少しの音も聞き漏らさないためである。

 雑踏とする村人の声の中から微かに聞こえる足音とも取れない音。土と煙に混じる、僅かな硝煙の匂い。ともすれば聞き漏らすであろうレンの細い息づかい。視覚を遮ることでより鋭敏に感覚を研ぎ澄ませるルコラ。

僅かな殺気も逃さぬ様に身構えるルコラに一瞬の間が空いた。永遠とも思えるほど長く感じるが本当に一瞬である。嵐の前の静けさとでもいうのであろうか?そんな間の後の強烈な殺気にルコラの感はなお鋭かった。

 これはわざとだ。

 レンがここまで強い殺気を出すわけが無い。

 ルコラはその殺気とは逆に動く。

 動いた先に今まで捉えることの出来なかったレンの姿が視認できた。刃と刃を擦り合わせ残響音を立て一気阿世近づくルコラだが、すぐに違和感に気がつく。

 レンがライフルを持っていない。代わりに持っていたのは狩人が使う小刀だ。

 ズドンっと音が鳴る。

 ルコラの持つ刀剣の片方が右手から離れて、宙を舞う。体勢を崩すルコラに間髪入れずに追い打ちが入る。それを、地面を背に刀剣で受け止めるルコラ。鍔迫り合いが起こり、火花が散る。だがルコラはまだ冷静だった。しかしそれはレンも同じで次の一手を打つ。

 それを感じたルコラは右手でレンの左手を掴む。両者とも一歩も引かない。

 徐々に煙が晴れて村人にその状況が把握できたときには、どちらが優勢なのか分からないほどである。どちらが勝ってもおかしくは無い。

 村人も息をのむ。

 動きは無かったがその微動だにしない動きの中にいくつもの思案が隠されているのが村人にも分かるほどである。

「なんだあの二人・・・・・・」

「動かねぇけど妙に息苦しいぞ」

 そう言った村人の中に一人の狩人が言った。

「あれは白金王獣(レタコンカネカムイチコイキプ)の闘いだ!」

 白金王獣の闘い。

それは、とても静かだが、激動である。

お互いににらみ合い、それが一ヶ月ほど続くこともある。その間何も食べず何も飲まない。そして、ある一瞬を超えると、その静けさと打って変わって熾烈極まる闘いを繰り広げ、相手が死ぬまでその戦いを止めないのである。

またその闘いを邪魔しようものなら、二匹の白金王獣の怒りを買いその身は欠片すら残らないと言われるほどである。白金王中の闘いを終えるとその闘った相手に敬意を払うかの様にその死体を咥え上げ、白金王獣の墓まで連れて行くといわれている。

その姿と、その誇り高さから獣の王という名を冠したのが白金王獣である。

それを彷彿とさせるレンとルコラの戦い。お互いがお互いに一歩も引かない。

 息を押し殺してその戦いを(せん)()――見ること、またその様――する。

 静寂の中に聞こえる、二人の静かな息づかいが響き渡るほどその場が静まりかえった。

 しかし誰も止めることが出来ない。これが、試合ならば誰か止めただろう。

 しかしこれは死合い(・・・)なのだ。

 その状況のなか、ふと二人に笑みがこぼれた。

村人達はギョッとした。

 なぜこの状況で笑みなど零れるのか理解に苦しんだからだ。



 ――その時だ!



 二人は一気阿世に動いた。

その瞬間は本当に一瞬だった。玉響の時すら無いほどの一瞬だったのである。村人の目には映らなかったであろう。反転したレンがナイフの柄でルコラの後頭部を叩いたのである。その妙技は、さしものルコラも反応できず、気絶して倒れた。

 村人の息が止まった。

 そして歓声と共にレンの勝利が告げられたのである。しばらく息を整えるレン。

そして息が整うと長老達の前に立つ。

「今ので、ルコラの実力は分かったでしょう?」

 長老達は、そこで切り返す。

「ああ、だが、お前より下の者を付き人にすることは出来んな。これでこの死合いは・・・・・・」

 レンが恐ろしく鋭い目をし、

「何を見ていたの? これを見てもまだそんなことが言える?」

 レンは、後ろを振り向く。その光景に長老達はいや村人全員が、唖然とした。

 そこには、レンの背中にいや正確には、レンの防爪用の服に深く突き刺さったナイフだった。先ほどの戦いレンが、反転した瞬間にルコラが刺したものだ。ナイフは正確にレンの心臓を狙ったものだった。

「勝負は引き分け。ルコラは私と同じ実力を持っているそれでも何か不満?」

 さしもの長老もこれにはぐうの音も出なかった。あわよくばこの戦いでどちらかが死ねば良いと考えていたからだ。

「ル、ルコラをレンの付き人として、み、認める」

 レンは一息吐くと、背中のナイフを引き抜く。もしレンが防爪用の服を着ていなければレンが負けていたであろう。それほどにギリギリの戦いだったのである。その戦いを終えたレンは、倒れているルコラの元に座る。優しく抱きかかえるとルコラはゆっくりと目を覚ました。

「勝負はあたしの負けかい?」

 レンは微笑み首を振る。

「引き分け。これで最初の試練は大丈夫だって」

「そう。それはよかったさー。しかし頭がまだズキズキするさー」

「手加減できなかったから」

「する必要ないさー。もししていたらそれこそ大事になっていたさ」

 二人とも微笑むと、ゆっくりと立ち上がる。

「改めてよろしくルコラ」

「こちらこそよろしくさ、レン」

 二人はお互いを見つめ合い笑った。



 第3話――雷嵐災狼――



「これが、指令書だ。雷嵐災狼の狩猟これが出来れば、イレンカシノエヤムカムイに誓い狩人許可証を発行する」

 レンは長老達から指令書を受け取ると踵を返す。

 レンが出て行くのを見計らって、長老達が、

「どう思いますかな?」

「雷嵐災狼の狩猟は過去に何度か行われたが、成功したのはほんの数例だけだ。しかも一組の狩人で狩猟したとなれば、ラメトクほどの腕前が無ければ不可能だ」

「となれば、この村もいい厄払いが出来るというものですな」

「ああ、あれは人が狩るにはまだ早い悪神だよ」

 そう不穏なことを良い笑う長老達。



 レンが家路につくと、ルコラが出迎えてきた。

「やっと来たさ」

「ルコラ。どうしたの」

「そんなの決まっているさ、さっさと雷嵐災狼を狩りにいくさ」

 するとレンは首を振る。

「どうしたいんだい? 怖じ気ついたのかい?」

 再び首を振るレン。

「ああ、そうか準備かい」

「そう」

 レンがそう言うと、家の中でレンはいそいそと準備を始める。食料、テント、武器弾薬などをふんだんに用意した。

「そんなに用意して二人じゃ持って行けないさ」

 それを椅子の背を抱えるように話すルコラ。

「大丈夫、雪馬とソリ借りるから」

「そう」とルコラが答えた後ふとレンに疑問を投げかける。

「レンは雷嵐災狼を見たことはあるのかい?」

「ない。話しに訊いただけ。ルコラは?」

「私かい? 見たことはあるよ」

「どうだった」

「正直あれは、言葉で言うよりも目で見た方が分かるさ」

「そう」とレンが言うとルコラはそれ以上何も言わずにただレンを眺めていた。しばらくして支度が終わると、レンがルコラに肯く。するとルコラは楽しそうに椅子から降り、レンと一緒について行った。



 レン達は、馬屋に足を伸ばしていた。木造のその店の屋根には雪が積もっており、氷柱落としをした痕が見受けられた。

ギィと年季の入った木の扉を開くと中にはカウンターで年老いた男性が紫煙をくゆらせていた。カウンターまで近づくとレンは、

「馬を2頭と、ソリを貸して」

 そう言うと老人はまるでレンを見ずに手を下にして上下に振った。

 しかしレンはいつものことだと半ば呆れているとルコラが剣を抜こうとしているのを感じ制止する。なぜ? と問おうとするルコラだったが、その答えはすぐに分かった。

 老人の後ろから軽快に何かが放り投げられる様な音がし、老人の後頭部を直撃した。

「ダメじゃ無いおじいちゃん! お客様を選り好みしちゃいけないっていつも言っているでしょ?」

 白目を剥いている老人に対して孫娘なのだろうか? そんな気っ風の良さそうな女性が立っていた。

「ああ、レンじゃ無い! 久しぶり今日はどうしたの?」

「チュク。馬を2頭とソリを借りに来たの」

「了解。それじゃあ裏の母屋に来てね」

 こくりと頷くレン。気絶している老人を放置して、母屋に向かうレン。

 それを見て、少し戸惑い気味のルコラ。

「どういうことさ? レン」

「チュクは子どのときからの友人なの。私が虐められているときはチュクが助けにくれたときもあるよ」

 その話を聞いたチュクが笑う。

「そんなこと無いって虐められていたのを助けられたのは、私の方が多いぐらいだもん。レンはラメトク様に習って喧嘩を覚えてから近所悪ガキども全員コテンパンにしていたもん」

「へえ、このレンが」

 悪戯そうに笑うルコラ。

「止めてチュクそれは消したい過去なんだから」

「はは、ほら着いたよ」

 母屋には、この国で雪馬と呼ばれている動物が繋がれていた。

 雪歩きに特化した生き物で雪国には欠かすことの出来ない運行手段である。

「この2頭でどうだい? うちでも特に馬力が出る2頭だよ」

「ありがとう」

「何言ってるの、私とレンの仲じゃ無い」

 そう言って笑うチュク。

 和やかに話すチュクとレン。

 すると、ルコラが一匹の馬が気になったのか目の前に立つ。

「こいつはダメなのかい?」

 ルコラが指さす方向には、少し汚れている馬が眠っていた。

「ああ、その子はちょっとダメかな」

「どうしてさ?」

「年齢的には、大丈夫なんだけど、どうにもやる気が無いだよね」

「やる気が無い?」

「そう、もうだいぶ私たちの言うことを聞かないからそろそろ、どうするか考えている所なんだよ」

 しばらく考えるルコラ。

 すると

「起きるさ!」

 突然大きな声を張り上げる。眠そうにゆるりと、起き上がる馬。

「お前、私と一緒に雷嵐災狼を狩りに行かないかい?」

 それを聞いて二人はギョッとした。

「ちょっと、私の馬の目利きが信用できないって言うの?」

 するとルコラは、二人を眺めた後首を振る。

「じゃあなんで?」

「私は、この馬と一緒にやってみたいのさ。レン、馬3匹雇う余裕はあるかい?」

「・・・・・・あるけど、どうして?」

「まあ、勘なんだけどね。邪魔にはならないさ。それは自信を持っているさ」

 よく分からないと言った感じの二人に対して自信たっぷりのルコラ。レンもよく分からないままに馬3頭を借りることになった。

「じゃあ馬3頭とソリで、銀札5枚と5分銀だけど・・・・・・本当に良いの?」

お金を払いながらレンは答える。

「たぶん。ルコラにはルコラの考えがあると思うから、それに・・・・・・」

「それに?」

「付き人を信用しないのは狩人じゃない」

 確かな瞳でレンはチュクを見つめ、チュクもその目の中のものを感じている様である。

「なるほどね。そういうわけで、あの子の言うこと聞いたのね。ずいぶん信頼しているじゃ無い?」

 静かに肯きレンはルコラを注視した。

「レン! 早く行くさー」

 大手を振るルコラにレンは微かに笑い返し、チュクに目線を合わせるとチュクは「行ってきな」と言わんばかりに笑顔でレンを見送る。

 レンが馬屋を離れると、先にソリに乗っていたルコラが訊ねる。

「何を話していたんだい?」

「世間話」

「ふーん。そうかい。まあ良いけどね」

 そう言って何でも知っている様な意地悪な笑い方をするルコラ。ルコラが何を考えているのか、レンには分からなかったが、一つだけ確かだと思えることがあった。それは、ルコラはレンの為にならないことはしないと言うことだ。この一点だけはレンも自信を持って確信が持てるものだった。

 朝明けも引く頃、レンとルコラは自分たちの家に戻り、ソリに荷物を乗せて、レンは自分の目を覆うゴーグルと髪を隠す外套を身にまとう。

 いよいよ雷嵐災狼を狩るために街を離れた。



 一週間が経つ。

しばらくは平穏な道を進むルコラとレン。

 しかし次第に、千切れた木の柱や、炭になったモノが目にとまる様になる。

 雷嵐災狼の爪痕なのであろう――長老達の話ではここ最近で雷嵐災狼に襲われた村は、2つあるそうだ。その爪痕はそれが本当に獣の仕業かを疑うほどである。

 そうして一つ目の村があった場所にたどり着いたとき、レンは静かにその光景を目に焼き付けるしか無かった。

 それなりの村だったはずである。

 だが今は、そこに村があったのかさえ分からないほどに平地の地面は黒く炭化し、村を囲んでいた木々はなぎ倒されていた。ただ一つ村があったと言える証拠と言えば、その痕に似つかわしくない、妙に綺麗な赤い服を着た人形である。話には聞いていたがこれほどまでとはレンは想像もしていなかった。対照的にルコラはこの惨状を見て落ち着いていた。

「相変わらず品の無い獣さ」

 仮にも災獣を品が無いと揶揄するルコラ。品のある災獣というものがいるのならば一度見てみたいと思ってしまったレンだった。

「手がかりは、うーん。ここには、もうないさ」

 そう言ってルコラはソリに戻る。するとそれと同じくして雪がしんしんと降り始めた。

 どこか適当な野営地を作ろうと考えるレン。ソリを走らせて行きながら、レンは目の端で人形に白く積もる雪を捉えて放さなかった。まるで、この村の歴史すら消してしまいそうな雪にレンは少しもの悲しくなったのである。



 しばらくすると、丁度良さそうな洞窟を見つけ、中に危険な獣がいないことを確認すると、レンはそこでソリを止めた。雪の勢いは次第に強くなり、薪の火が煌々と燃え上がる頃には洞窟の外は何も見えなくなっていた。燃えたぎる炎の中、雪の入った鉄鍋を乗せるレン。

 レンはしばらく沈黙している。

 聞いていた雷嵐災狼の被害。無論、それはつつがなくレンにも届いており、決して知らなかったわけでは無い。しかし、いざその被害を目にすれば畏怖を覚えるほどの破壊を目の当たりにしたレンは、本当に自分が、雷嵐災狼を狩ることが出来るのか不安になったのである。レンは決して臆病な性格なわけでは無い。だが齢不相応に勇猛なわけでも無いのだ。するとルコラが、レンのおでこを指で弾いた。バシッと軽快な音が鳴り、白い肌が桜色に染まりレンはおでこを押さえる。

「ルコラ・・・・・・痛い!」

「レンが不景気な顔をしているからさ」

「それは・・・・・・」

「雷嵐災狼の爪痕を見たからだね?」

 ゆっくりと肯定するレン。

「それじゃあどうする? 諦めて辞めるのかい?」

 強く否定するレン。

「それは、どうしてだい?」

 レンは深呼吸をして自分の思いを整理した後に話し始める。

「私は、狩人になりたい。おじいちゃんみたいな狩人に」

「・・・・・・どんなに怖くてもかい?」

「狩人になれない方が私は怖い」

 強い意志を秘めた瞳をルコラに見せるレン。

 その頑なさにルコラは何かを納得した様に肯き、『全ての神の血』を出した。

「なら二人で誓うさ。雷嵐災狼を狩ることを」

 迷わずにレンは親指に小刀を押し当て血をルコラの用意した金の皿に入れた。それを見てルコラも同じように自分の血を入れ『全ての神の血』と混ぜ合わせた。

「これは、約束以外に決意を表す契約さ。レン、この血は自ら最も信頼している武器に塗るさ」

 ルコラは、二刀の剣の柄に、レンは銃の銃把(グリップ)に『全ての神の血』を塗った。

「「イレンカシノエヤムカムイに誓う。狩人レンと付き人ルコラは共に雷嵐災狼を狩ることを」」

 二人が誓約を交わすとルコラが笑う。

「どうして笑うの?」

「さあ、どうしてかね? 答えは、この狩りが終わったら言うさ」

 ルコラはそう言うと、薪の炎を眺めて黙った。その頃にはすっかり鍋の中の雪は溶けてお湯になっていたので、レンは荷物の中の材料で「怠け者鍋」を作った。そうして作った怠け者鍋を二人で食べ終えると、レンは近くに降り積もった雪で鍋の中を洗う。

ルコラはというと、洞窟の外を眺めている。

「どうしたの?」

 そう訊ねるレン。ルコラは遠く自分たちが向かうであろう村を眺めてぽつりと言った。

「明日は晴れるさね」

 そんなことをいって袂から、古めかしい凝った装飾のパイプを取り出した。

「パイプ? 燻らすの?」

「別に村人が吸うようなものじゃないさ。少し昔に流行った儀式のようなものさ」

「儀式?」

 ルコラは、そのパイプに燻草を摘めて薪の煌々と燃える枝先を一本取ると、それで火を灯す。パイプからは煙がたゆたう。吸い口から、「すう」と煙を含むとふぅっと一息に煙を燻らした。辺り一面に香草の香りが漂う。レンは煙草というものがあまり好きではない。匂いとその目にしみる煙が嫌いなのだ。しかし、ルコラの燻らせたパイプはそのような匂いはなく、心を落ち着かせるような甘い匂いに満ちていた。

「レン。そんなに気負わなくてもいいさ。レンはレンの狩りをすればいいだけさ」

 そう破顔するルコラ。

 いくらか救われた気がしたレンだった。レンは確かに気負っていた。そのことをルコラに指摘され、すこし不意を突かれたような気分になったのだ。ルコラがパイプを吸い終えると雪の上に吸い殻をポンと器用に落とす。ジュッと音がするとその後、何か小さな麻袋のようなものを取り出すと、その吸い殻の上に中身を振りかけたのだった。

「さーて、寝るさねー」

 ルコラは何か満足したようにそう言って寝袋に包まった。煉瓦何か言おうとするともうすでに寝息を立てているルコラ。結局先ほどの行為がなにを意味しているのか聞けずじまいに終わってしまったレンだったが、ルコラのすることにはなにか意味があるのだと言うことも短いつきあいではあるが、理解できたのであえて起こすようなことはせず、レンも寝袋に包まって眠った。

 陣風吹きすさぶ洞窟の外はすべての音を飲み込むほど大きかった。



 夜が明けはじめに目を覚ましたのはルコラだった。ルコラは隣で眠っているレンを起こそうと揺らすが、一向に起きる気配がない。すると、ルコラの眼光が鋭くなり、カッと目を見開いて剣を抜こうとすると瞬時にレンは起きて、銃を構えルコラに馬乗りになったところでルコラは緊張の糸を解いたように顔が和らいだ。

「起きたかい?」

「ルコラ・・・・・・殺気で起こすのは、やめてほしい」

「昔、何をしても起きないやつがこれで起きたからね、レンも同じだと思ったのさ」

 レンはそれを聞いて、ぐうの音も出ない。自分自身の寝起きの悪さを理解しているからだ。

「それよりいい加減、銃を納めてくれないかい? 私もさすがに銃口を向けられていい気はしないさ」

 レンはゆっくりと銃口を下ろす。するとルコラは、安心したように片笑みを浮かべて、

「さーて、それじゃあお腹が空いたさ。レン何か作ってほしいさ」

「ルコラは作らないの?」

「私かい? そうさね、作ってもいいけど今から作ったら、レンのお腹がご機嫌斜めになるんじゃないかね?」

 含んだような笑みを浮かべるルコラ。

 ルコラの言うように、レンはおそらくルコラは正式な膳を用意するのだと言うことに感づく。または今から狩りに出かけ生肉を調達するかもしれない。

 そうなると、レンはまずいことになると思った。

 なぜ? 

と問われればレンは、生肉が苦手なのである。レン達狩人は普段狩りで得た獲物を生食するのだ。しかし昔祖父のラメトクに一角兎の脳みそだの、眼だのを生で食べさせられたわけだが、レンの鋭敏な感覚はその味に拒否反応を示したのだ。

また生肉もどうにも馴れないのである。

食べろと言われれば食べることは出来る。しかし積極的に食べたいと思う食べ物でも無いので面倒くさがりのレンもさすがに取った獲物を干すか焼くなりして加工する。

狩人達からは変な狩人だと言われているが馴れないもの離れないのである。

そしてルコラが正式な膳を用意すれば否応なく生肉が出てくることは想像に難く無かった。

確かにそれは時間がかかることと、困ることを即座に理解したレン。

そういうわけでレンは渋々、「怠け者鍋」を作る。

それを二人ですすり洞窟を出て次の町に向かった。



 次の町までの道なりでルコラが口を開く。

「ところで、なんでレンが狩人になるのを長老たちは嫌がるさ?」

「たぶん。私が狩人になることの損失が大きいからだと思う」

「損失?」

「私たち狩人が信用札や不換札を使わないのは知ってるよね?」

レンの説明で、ああ、なるほどと得心を得たルコラ。

「つまりあれだね、レンが優秀すぎること、それが問題なわけだね」

「多分だけどね」

「いや、納得さ。狩人が動けば商人が動く。全くどこの世界も欲の突っ張った馬鹿者ばかりさ」

狩人は金銀や宝石、獲物などで買い物をする。それは、値が安定しているからだ。故に村ごとに値が違う、信用札や不換札は使わない。しかし、信用札や不換札はその村がどのくらいの金銀、宝石を持っているかによって信用度が大きく変化する。つまり優秀な狩人がいる村は繁栄すると言われるのは当然で、村にとっては優秀な狩人がいることは利点しかないのである。

逆に言うと優秀な狩人が村を出るのは不利益しかもたらさないから何とか足止めをするのである。

「長老たちレンの姿形だけじゃ無くそんなところも恐れてるのかい。全く人間っていうのは不便な生き物さ」

「そうね。もっと楽に生きればいいのに・・・・・・」

 ふとルコラが思い出したようにレンに問いただした。

「――ということは、レンは、狩人認可証は持っているのかい?」

「認可証は持っている」

「ますます、人間というのは貪欲な生き物さね」

 狩人認可証は村ごとに発行するもので、その村の領域内でのみの狩りを認可するものである。また認可証には狩人の取り分の一部を村に入れなければならない取り決めがある。

 新米の狩人は、認可証をもらい、腕を認めてもらい付き人さえいれば許可証の発行を求める。

許可証は自由契約のうえ、村に取り分を入れるのも入れないのも自由なのである。

 また、その村専属でなくても良いと何かと利点が多い代わりに、村としては優秀な狩人に出て行ってほしくないのが本音で、そういった場合に許可証の発行を渋られることはままある話なのだ。

しかし、今回のレンのようにここまで特別な条件を出されるのは前代未聞である。

 ルコラは口を猫のように閉じ呆れて鼻でため息を吐く。

「狩人というのは、自由人。誰にも止めることが出来ないからこそ狩人だというのにまったく・・・・・・」

ルコラの呆れているのか諦めているのかそんな苦言を吐いた。

「でも私は、これしか出来ないから・・・・・・」

 レンが少し、ばつが悪そうに話すと、ルコラが返す。

「狩人は、狩人にしかなれないから狩人になった、かい? まあ確かにレンが笑顔で接客したり結婚したりする姿、てのは、あまり想像できないね。まあでも、カムイコレイコロ――神の与えし宝の意。分、天性の才能など――は、大切にすべきさ」

「? 身の程をわきまえて行動しろ、てこと?」

「違うさ。才能は、この場合は天才、地才、人才全てひっくるめてレンは狩人になることを与えられたのさ。それは、何物にも代えられない宝さ。私はそれを卑下するようなレンはあまり好かないさ。堂々とすればいい。レンは狩人になろうとすることを負い目に感じる必要はないさ」

 負い目という言葉にレンはギクリとした。

 確かにレンは負い目を感じていたのである。

 それは、自分の見目姿、血それ以外にも様々なものがレンの負い目になっていたのだ。それをルコラに指摘されレンは少し悲しいようなもどかしいようなそんな気分になっていたのだ。すると呆れたようにルコラは、

「レンはそれしか出来ないんじゃなくてやらないだけさ」

 と言って困ったように笑う。

「そうかな?」

「そうさ。まあ確かに怠け者鍋を食べさせられる身としては、もう少し食の方に気を遣ってほしいさ」

 そう言って悪戯っぽく笑うルコラ。

 ルコラにとっては、ただの冗談だったのだろうが、レンにとってはそれは冗談ではなかった。付き人に怠け者鍋ばかり食べさせることに少し負い目を感じていた。しかし、ルコラはそんなレンの所行を見逃さなかった。

「まあ、レンの作る怠け者鍋は旨いから、別にいいけどさ」

 その言葉にどれほど救われたのだろう。レンは、ルコラのその言葉に安堵していた。

「少しずつでいいのさレン。人間はそんなに急に変われないから人間なのさ」

 ルコラは言い終えると両手を組み天高く背を伸長させる。朝日が洞窟を照らす頃、レンとルコラは怠け者鍋をつつき、次の目的地へ行くための支度をした。



 ソリに乗って次の村に向かうレンとルコラ。

 次の村もまた雷嵐災狼に襲われた村だ。しかし話では、昨日の村ほどひどくは襲われなかったそうで、まだ何軒か家があるそうだ。

レンは昨日のような収穫なしではないことを祈りつつソリを操る。

日が高くなり徐々に雷嵐災狼の爪痕が色濃く残された森を横目に目的の村の入り口らしきところまでたどり着く。確かに昨日の村に比べれば被害は少ないといえるのかもしれない。だが軽微では決して無かった。

 コレ(・・)を村というならきっと洞窟に住む山賊ですら村に住んでいるといえる。

 それほどの凄惨な光景が目の前には広がっていた。昨日の村の差異を言うならば、生きている人間が辛うじていることと、家と呼ぶのかも謎な壁があることぐらいだ。

 レンとルコラの乗ったソリは、壁に近づきそこでレンは、降りて壁の陰を覗く。

 壁の横ではけが人が何人も医者とおぼしき少しやせこけて薄汚れた男に治療を受けている。しかしその治療はもはや治療とは呼べない代物だった。

 悪魔草(トゥムンチキナ)を使い足と手それに目も無い人間にただ痛みを忘れさせ後は命を終えさせるばかりの人、人、人、人人人。

 悪魔草

 少量なら痛みを忘れさせ手術などを行うことが出来るが、量が過ぎると昂揚しこの世では得られないほどの快楽が得られると言われるが、その後はその草で得た快楽が忘れられず何度も使用しやがて死を迎える。悪神の手招きとも呼ばれる草である。

 その医者はどう見ても使用量を超えた悪魔草を使っていたのである。

 誰もが目を背けたくなるような現実にレンは強く奥歯を噛みしめてこらえた。

 これが雷嵐災狼である。

 ひとたび牙をむけば、こんな凄惨な惨状引き起こす厄災。

レンの耳にもう命の灯火が消える人々の声が響く。



「ああ、坊や。今日も魚がたーんと捕れたね。それを雪にお埋め・・・・・・」

「こうさ。ここをこうしてこうすれば、ほら簡単だろ? これが舫い結びっていうんだ覚えておくと・・・・・・」

「父ちゃん。おいら狩人になるんだ。一人前の狩人にそうしたらお母ちゃん褒めてくれる・・・・・・かな?」

「また、たくさん、木の実がとれたよ・・・・・・・お母さん・・・・・・」



 朦朧とした仕草と言葉にしっかりと聞こえる人々の声。どの人も幸せだった頃の記憶を悪魔草で思いだしている。痛みも苦しみももうこの人たちには無縁になったのだ。

 しかし、その光景を見ていたレンは、もうこうなってしまっては、人ではないと感じていた。その思いから、レンは医者にこういった。

「どうして、そんな無駄なことをするの?」

 すると、その医者はコトリと治療器具をおいてレンを睨み付けた。

「お嬢ちゃん。君にはコレが無駄なことだと思うのか?」

「痛みを消して・・・・・・いえ、幻覚を見せて殺すことが、治療だとは私は思わない!」

 レンは激怒していた。

 これほどに感情をあらわにしたレンは、きっと村人すら見たことが無いだろう。それほどにレンはこの行為が許せなかったのだ。どんな言い訳で繕ってもこの行為はレンにとって生への侮辱ひいては、自分が今までしていたことの否定に繋がるからこそレンは激怒したのだ。

「痛みを消さなくても死ぬ人間に最後の慈悲を与えるのも医者の仕事だ。その権限を君は卑下するのか?」

「死ぬとわかっているのなら、長く生きるより早く自分の手を汚してでもその人を殺すことがその人のため。あなたのやっているのはただの自己満足の欺瞞。臆病だから手を下せないだけの弱い人――」

 その二人の言い合いに、ルコラが割って入る。

「やめるさ。二人とも。特にレン! 自分の正義を相手に押しつけるのはやめるさ。この男の言っていることも一つの真実さ。どっちも正しい時にぶつかり合っている場合その解決方法はないさ。どっちかが、どっちかの正しさを理解してそれを納めるだけの度量がなければ収拾がつかないさ。レン!」

 しかしレンの激怒は収まらない!

「ルコラ!」

「矛を納めるさ。レン!」

 怒りの感情をむき出したレンにルコラは叱咤する。

「だれも、嫌なことはしたくないさ。それでもやらなければいけない。そんなとき人はいろんな選択を迫られ、そして選ぶさ」

「・・・・・・」

「この男は、痛みを取ってやることで義務を果たそうと考えたさ。それを咎めることは出来ないさ。無論、レンのように最後の手向けを送るのもまた一つの選択さ」

「・・・・・・私は間違っているの?」

 首を振るルコラ。

「間違ってはいないさ。ただ、レン。今目の前のこの人間たちをお前はその手で殺す覚悟があったとしても先にこの者たちを看たのはこの男さ。後から来た者にその選択を曲げることは出来ないさ」

 ルコラの言いたいことを理解したのかレンは一歩下がった。するとルコラは医者の方に近づく。

「すまないさ。私はルコラ。レンの付き人さ」

 そうルコラが微笑むと、医者と思われる男が目を見開いていった。

「付き人? ということは、君たちは狩人なのかい?」

「そうさ。まあまだ許可証は持ってないけどね」

「なんだ、見習いか。だが、こんなところにどういう用があるんだい?」

「それは・・・・・・」

 ルコラが言おうとしたときにレンが横から強い眼光を向けていった。

「雷嵐災狼を狩る!」

 医者が驚いたように二人の外装の裾を掴んだ。

「やめなさい! あれは、人がどうこうできるものではない。命を捨てるだけだ!」

レンが捕まれた手を払うと、

「見たの?」

「ああ、私はラウェ。ここの村の医者だったものだよ」

「だった?」

「私は、あの雷嵐災狼が村を襲ったとき医者じゃなくなったんだよ」

 ルコラがそれに疑問を投げかけた。

「どういうことさ?」

 ラウェは正座し、両手を見つめて地面に顔を向けた。

「私はその日も、村の人々を治療していた。診療所には入院している患者もいた。私が村の診察を終えいつものように患者の記録を見て次の治療を考えていたんだ」

 ラウェは空を仰ぎ見た。

「だが、雷嵐災狼が来て診療所にいた患者助けようと肩に患者を抱えていたとき私の目の前にそいつはいた。私は、恐ろしくて、肩の患者を見捨てて・・・・・・いや生け贄にして逃げた。その後は患者の呪詛のような叫び声と雷嵐災狼の肉を食む音に耳を閉じ私は逃げたんだ。森に逃げた私は、私は・・・・・・」

 ルコラは、ラウェの目線まで跪いて言った。

「その罪を、お前は一生背負う覚悟はあるのかさ? ないのかさ?」

「私は・・・・・・」

「あるなら医者を続けるさ。でも無いなら医者をやめるさ」

「正直分からなくなった。あの雷嵐災狼というのはそれほどのものだ」

 ルコラは静かにそれを聞くと「そうさね」といい、静かにラウェの肩を軽く叩く。

「確かにそうかもしれないさ。でもお前は決めなくてはいけないさ」

 ラウェには答えが出なかった。いや、出せなかった。それは、それほどに大きな決断だったからである。確かに今のように助けられない命を・・・・・・いや一度は見捨てた命を自己満足で介抱している。

その時、森の陰から近づく子供がいた。手には沢山の悪魔草が入った篭を抱えて。

「先生? その人たちは誰?」

「ヤチか。この人たちは狩人だよ」

 ヤチという体中傷だらけの子供が杖をつきながらこちらへ近づいてくる。

「狩人?! じゃあ雷嵐災狼を狩りにきたんだよね!」

 レンはそれに頷く。

「絶対、雷嵐災狼を倒してよ! 僕のお母さんやお父さんを殺したあいつを絶対――」

 もう片目しか無いヤチから涙が流れ落ちた。それほどに悔しかったのだ。父や母を殺した雷嵐災狼が。

切に願うヤチを制止するラウェ。

「止めなさい。アレは狩人一人でどうにかなる者では無いよ。ヤチ」

 ラウェの言葉を受けて泣きそうになるヤチをレンは跪いて頭に手を置いた。

「大丈夫」

 一言だけでしたが、それはとても力強くヤチの心に届いた。ヤチはそのレンの言葉に言葉では無く、態度で返す。ヤチはもうほとんど動かせない左手を使って、外套の中からある物を出す。それは、銀を掘ったイヌイェカネといものだった。イヌイェカネは、ヤチの真名が描かれている大切な物。

 イヌイェカネ。

秘密にしておかねばならないようなことを記す物で、真名は普通、他人には教えてはいけない。

それを差し出すと言うことは己が何をされても良いというほどの覚悟があるという現れである。その強い覚悟を受け取ったレンは、イヌイェカネを受け取ると鮮やかな手でそれを布で巻いた。

「あなたの覚悟、確かに受け取った。約束する。雷嵐災狼を狩る。そして、あなたにこれを返すことを」

 イヌイェカネを差し出すのにはもう一つの意味がある。それは必ず返してもらう事を約束する、つまりはこれから何かをする人の安全を願う物。必ず帰ってきてほしい人にイヌイェカネを差し出す。

 そういったときには、レンがやったように布で巻いて他の者には見えないようにする。

 その行動を見たヤチから笑みがこぼれた。

 もしかしたら、守られない約束を、ヤチは信じたのだ。

 ラウェは一連のやりとりを見て、少し困惑しましたが、逆にこの少女・・・・・・レンならばあの雷嵐災狼をも狩れるのでは無いかという気持ちになった。全く根拠は無いが、そのような容姿がうかがい知れた。

「・・・・・・・雷嵐災狼はこの村の北に走っていったよ。あそこは、村は無いが、樹と岩が多いから、きっとやつのねぐらだと思う・・・・・・」

「・・・・・・・ありがとう・・・・・・」

 レンが静かにそう言うと、ソリにルコラとともに乗り村を出る。

 その後ろ姿を見てラウェは、

「狩人に神々の祝福を(イラマンテクルオカムイレンカイネ)」

 と呟いた。



 第4話――狩人の条件――



 レンたちを乗せたソリはラウェの言っていた北に向かっていた。

 北に行くにつれて雪は深くその雪の中は大小様々な石が埋もれておりソリを揺らす。また森も木々が密集し昼だというのに一筋の光がまばらに筋を描く程度だった。

 その時、レンは外套の頭の部分を後ろに下げゴーグルを外した。

「どうしたのさ?」

「もう、人に会うことはなさそうだから」

「なんだい。レンは自分を厄神の再来だと思っているのかい?」

 首を振るレン。

「違う。でも気にする人は気にする」

「だから、気にさせないための外套にゴーグルかい? 言わせたいやつには言わせれば良いさ」

 ルコラは呆れたような顔を見せた。

「なに?」

「なーんでーもなーいさ」

 からかうようにルコラは空を見上げる。

 ソリを操るレンが馬を止めてルコラを流眄する。

 ルコラは目を細めて森の一筋の光に照らされて何かを思っているようだった。しかし、なにを思っているのかはレンにはわからなかった。

――それでもいいような気がした――

 レンはそう思って再び馬を走らせる。

しばらくして森を抜けるとそこは岩だらけでソリを進めることが困難な場所だった。レンはソリの中から掬鋤(すくいぐわ)を取り出すと、頑丈そうな雪を掘り始める。ものの数分で二人が寝そべっても大丈夫なほどの雪洞を作った。馬の縄を丁度良さそうな樹に繋ぐと荷物をその雪洞に入れ始める。

「なんだい? 今日はここで休むのかい?」

 頷くレン。

 火を熾すレン。雪を鍋に入れると火の上に鍋を置いてその間にソリに積んであった荷物を取り出す。中には銃身が纏められたもの、火藻(アペトモンラ)を刻んだものや、液体の入った瓶などがある。

「なんだい? 弾でも作るのかい?」

 レンは首を軽く縦に振ると瓶の中身の液体を椀の深い金属で出来た小さな柄杓のようなものの中に慎重に注いだ。

 その液体の入った柄杓を用心深く火であぶる。徐々に液体が濃縮され、どろどろの液体になった。それを固定した薬莢に入れ、弾頭を取り付けて弾丸にした。

「固体火薬は持ってないのかい?」

「あれは、貴重だから私は持ってない」

「そうかい・・・・・・」

 火薬には種類がある。

 普段、レン達が使うのは火藻と呼ばれる、藻を乾燥させた火薬である。扱いやすく値段も安価だが、威力はそれほど無い。今回レンが作った液体火薬は、それなりに高価で弾頭にもよるが、液体を上手く濃縮させれば、厚さ10cmの鋼材を抜くほどの能力を有する。

 レンの使った弾頭は貫通力に優れた弾頭であるが着弾しないとその威力を発揮しないものだ。

 ルコラが言った固体火薬はさらに高価だが、威力は通常でも、1mの鋼材貫通可能な能力を有しており、これをさらに加工すると、10km離れても1mの鋼材を抜けるほどの威力を有する。撃てる銃が限られるほどの威力なのだ。

レンの銃は、ラメトクから譲り受けた銃で、銃身やそれを支える部分の素材が不明であるが、固体火薬の威力を受けても破損しないほどの強度と粘り強さをもち、バネも同一の物質で作られており油圧式の懸架装置が三つ取り付けられている。そのほかにも様々な対衝撃用の工夫がなされている。また、これらの火薬は手を加えれば薬にもなるため、おいそれと入手できるものではないのだ。

 正直に言えば、レン自身も固体火薬を使いたかったが、その高価さゆえに使えないでいた。

 ルコラはレンが銃弾を作るのを横目で見つつ、レンの繋いだ綱をいじり始めた。そして、ルコラが馬小屋で選んだ馬にルコラは耳打ちする。

 その声はレンには聞こえなかった。

 それほど小さな声だったのである。ルコラが何か満足したような表情で、レンの元に戻ると銃弾を作り終えたレンが銃弾を弾倉に弾を込め終えているところだった。

「ふう」と一息吐くと、レンは弾倉を腋のポケットに収めた。

 その後、レンはソリに積んでいた革袋を取り出す。

「なんだい? それは」

「銃のパーツ」

 レンがそう言うと、雪洞にそれを広げるとそこには、普段レンが使っている銃とは違う銃身がいくつか並べられていた。手慣れた様子で銃を分解すると、レンは一段階大きな14.7mmの弾丸を扱える銃身を取り付け、銃を組み直した。普段レンが使っているレンの銃弾が7.62mmだが、今回はあの雷嵐災狼。いま取り付けた銃身でもレンには不安が残っていた。しかしその不安を振り払うように首を振る。

 銃を雪洞に立てかけると、レンはソリから干し肉と、ガラス瓶に入った保存用の野菜、そして狩人団子を取り出した。

 ルコラにも同じものを出すとルコラは、おとなしくそれを受け取り食べ始めた。

「もう流石に、煮炊きは控えないといけないのかい?」

 レンは頷く。

「まあそうだろうさ。ここは、もう奴の居城さ。少し食事が寂しくなるのは我慢するさ」

 ルコラはそう言って、瓶の蓋の縁に固めてある蝋をナイフで取り除いて蓋を開く。

 瓶と蓋が摩擦で音が鳴る。

 そして、中の野菜をナイフで刺して食べ始める。

「ん? なかなか旨いさ」

「ヤチの作った保存食だから」

「ヤチ? 泥って意味だね。まだ成人を迎えていないのかい?」

 頷くレン。

「それは将来楽しみさ」

 普通子供につける名前に気に入られないために悪神に嫌われるような名前をつける。

 そして成人になって改めて真名(アンペレ)()が与えられる。そして死ぬと、(ルラレ)が与えられる。

「そういう意味では、レンは良い名さね」

「そう? 私の名の意味は“三人の”とか“他の”とか言う意味だから特に珍しくないと思うしそれに・・・・・・」

「それに?」

「子供の頃はトゥムアンメオソマって呼ばれていた」

「怠け者女の糞さね・・・・・・トゥムアンメは未だに直ってないさね」

「うるさい!」

 そう言ってレンは近くにあった木の棒でルコラを軽く叩く。それをルコラは楽しそうに受け、

「で成人になったらレンになったわけさね」

 そう言って笑った。

「そう、でももう少し良い名も、あったんじゃ無いかと私は思うんだけど・・・・・・おじいちゃんは、『自分は名前をつけるのが上手くない』っていつも名を変えるのを拒んでいた」

「ああ、なるほど。まあいいさ」

「?」

 ルコラが含み笑いをすることが不思議でしょうが無かったレン。

 しかし、ルコラはその後レンの名前については言及せず、食事を終えると刀剣の手入れを始めた。

正直、レンはなぜルコラが含み笑いをしたのかが気になったが、その事よりどうやって雷嵐災狼を狩るかの方が気がかりだったので、黙してそのまま銃の手入れを始めた。



 武器の手入れを終えたレンとルコラは、雷嵐災狼を探して、山深くまで忍び入っていた。。最初のうちは、雪も風も無く穏やかだったのだが、雷嵐災狼の足取りをたどるうちに徐々に雷轟が鳴り響き、ほんの一寸も見えないほどに雪風が舞い始めた。まるでこの先に進むなという警告のようにそれは強く激しくなっていく。しかしレン達は足を止めず雷嵐災狼の足跡を辿る。

その時である。怒号が乱れ飛び、その衝撃で地面が揺れ響いた。

 瞬時にレン達は、近くの物陰に隠れる。レン達が隠れた物陰の後ろは断崖絶壁で落ちては命が無いと思うほどである。

 息を潜めるレンとルコラ。

 一瞬の静けさと共に、辺りの視界が晴れたときその巨躯がいた。



 雷嵐災狼



 百聞は一見にしかずとはよく言ったもので、その姿は、話で聞いていたものより遙かに厳しくまるでその存在そのものが厄災であることを誇示するような生来の災獣。すぐにレンは銃を構えたが、ルコラがそれを制止した。

「この距離じゃ遠すぎるさ。もっと近づかないとだめさ」

 レンは頷き、銃の構えを解く。

「あたしが、引きつけるさ。レンはここで時機を見計らって銃弾をやつに叩き込むさ」

 その案に同意するレン。

「ルコラ。無茶は・・・・・・」

「無茶はしないさ。あたしだって命は惜しいさ」

 そう笑って、ルコラは雷嵐災狼の元に飛び出す。

 雷嵐災狼から発せられる稲光、舞い上がる豪雪を抜けて蒼白く鋭敏に研がれた刃を携えルコラは一陣の風となる。

 二つの刃が、金斬り音を鳴らし、氷雪が刃に触れてはとけそれが一筋の道を作る。

 雷嵐災狼はその姿を見て笑ったようにレンには感じられた。

 しかし、レンは銃の引き金を引かなかった。



――今はまだ早い――



 ルコラの思いが、レンを突き動かしていた。それは、ルコラと一体になるようなそんな不思議な感覚を感じていたためだ。

 ルコラなら大丈夫。

 そう感じレンはただ見守っていた。本当ならば、すぐにでもルコラを助けたいという気持ちを押し殺しレンはルコラを正視する。ルコラの動きに物怖じせずに、まるで露でも払うかのように雷嵐災狼は屈強な前足を払った。



 (ごう)



 と辺り一面に鳴り響くと、先ほどまであった森の木々は一瞬で半月の形に抉られ白い大地は赤い焦土になっていた。そしてその場にルコラの姿は無かった。

 雷嵐災狼の餌食になったのであろうか? 

雷嵐災狼は勝利を誇示するかのように大きく吼えた。

「勝利の雄叫びを上げるのはまだ早いさ」

 その声を上げたのは空を舞っていたルコラであった。そして刃の切っ先を外側に向け二転三転と徐々に遠心力をつけて、雷嵐災狼の右首から肩、腕に斬りかかった。ルコラの斬りかかった刃が、雷嵐災蝋の体毛に当たり、金属と金属がこすれ合うような音とともに火花が散る。衝撃で左によろめく雷嵐災狼であったが、その堅い体毛で傷一つ負っていなかった。

「さすがに堅いさねー」

 ルコラの持つ刃の柄がカタカタと鳴る。ふっとルコラは横に跳躍した。その一瞬で雷光が今までルコラのいた場所に直撃し、地面を黒く焦がす。



 (ごう)(ごう)(ごう)



 と雷嵐災狼が叫ぶたびに辺りには百雷が一気呵成に落ち、緑と白の大地を、焔野と消し炭に代えた。

「さすがに雷嵐災狼さ! じゃあこれはどうさ!?」

 ルコラは地面に刀剣を突き刺し、腰につけていた裸のナイフを6本雷嵐災蝋の顔にめがけて投げた。



 鳴旺(おおう)



 と、遠方まで震える尖り声をあげると今までに無い豪雷がルコラの投げたナイフを昇華させた。その強大な熱と光りで周囲が一瞬、銀灰色に染まる。ルコラは地面から刀剣を抜き右に左に横転しながら後退していく。それを碧い瞳に捕らえる雷嵐災狼は風とも音ともつかない鳴き声を上げルコラを追いかける。

 雷嵐災狼の一足、一足走るたびに地面を揺り動かし、周囲にある人の2倍はあろうかという岩はまるで、砂山であるかのように崩れ弾けた。ただまっすぐその狂気を具現化したような獣・・・・・・いや、厄災。雷嵐災狼はその名に恥じない破壊を体現せしめた。

 その圧倒的な力を前にしてなおルコラは、諦めず機をうかがっている。

 その光景をただ見つめるしかないレン。



――今はまだダメ――



 そんな気持ちがレンの指先を硬くした。それは、ルコラとの誓いがあるから、ルコラだからいや、狩人だから己の付き人を信じる!

 その一点でレンは自身を制止した。ルコラが雷嵐災狼の屈強な爪を避けるが、その度に風圧で真空波が巻き起こりルコラの頬や、服をズダズダに切り裂いた。

 完全に避けているのにこの有様である。もし直撃などしようものなら四散五裂になることは想像に難くなかった。しかし、ルコラはただの一度も『助けて』や『無理』とは言わずただただ“付き人”であるということを体現した。

 ルコラにあるのはただ一つ。

 レンが最も銃弾を撃ち込める状況を作ること。ただそれだけを行う一個の修羅のようにその役割を果たしていた。だが、それで黙する雷嵐災狼では無かった。爪が避けられ続けるのを良しとはせず、大きなうなりを上げ、突風と迅雷を墜とし、ルコラの動きを鈍らせる。ルコラはそれを、流そうとするが追いかけられながらでは上手くいかず、片手をついてしまった。



――雷嵐災狼が嗤った――



 レンにはそう読み取れた。

 その一瞬の隙を見逃さず雷嵐災狼の豪腕がルコラを叩きつぶす。

「ルコラ!」と思わず口に出そうとするレンであったが唇を噛みしめると、じわりと赤い血が白い雪を染め上げた。

――死の色――

 氷雲の中雷嵐災狼は同じ場所をつぶし続けていた。しかし、その下のルコラは刀剣とその刀剣に備え付けられた鋼糸を網のようにし雷嵐災狼の豪腕に耐えていた。

 雷嵐災狼が苦虫を喰むような顔したようにレンには感じた。

『今なら』

 レンは銃を構える、しかしすぐにそれを止めた。ルコラがその所作を感じ取りレンを睨み付けて『まだだ!』と訴えたからだ。ルコラがレンの施為(しい)を確認すると、天をもつんざく声で、

「この程度か雷嵐災狼! あたしはこの程度では死なないさ! あたしを殺したいならもっと究竟(きゅうきょう)――物事を極めた様――な猛襲を与えるがいいさ!」

 雷嵐災狼を挑発した。その挑発を流せるほど雷嵐災狼の誇りは薄弱では無かった。

 咆哮を掲げルコラを押さえつけていた、豪腕を天高く振り上げ再び振り下ろそうとした瞬間、ルコラは体全体をバネのように使いその場から抜け出た。しかし流石は雷嵐災狼と言ったところか、ルコラが抜け出た穴にその強固な腕が振り下ろされた瞬息で周囲が大きく啼き、空を浮いていたルコラの体を木々生い茂る森まで吹き飛ばし、周囲の岩はあまりの烈震に砂塵となり、あからしま風が吹き荒れ周囲の木々をなぎ倒した。

「まったく。災獣とはよく言ったものさね」

 ルコラは、まだ痛手の残る躰を気力で起き上がり、再び雷嵐災狼に向かい刃を構えた。

「ふう」と息を吐きくと雷嵐災狼がルコラを見据えた。

 雷嵐災狼の顔からは驚きとも、嘲弄(ちょうろう)とも取れぬ表情がうかがえた。

「どうしたのさ? そんなに、自分を狩ろうとする存在が不思議かい?」



 (ごう)



 と叫ぶと一矢にその巨躯に似合わぬ研ぎ澄まされた所作でルコラに向かい豪腕が地面をえぐり取る。だが、ルコラはその腕に乗ると、一足に駆け上がり雷嵐災狼の左頬までたどり着くと、刀剣を角にめがけて撫で斬りにしようとする。しかし雷嵐災狼は顔をずらすと刃は、雷嵐災狼の碧い左の瞳を切り裂き、大きくのけぞる。

「浅かったさ!」

 カッと見開かれる雷嵐災狼の右目。

 その瞳が今までに無いほどつり上がり、碧い瞳の瞳孔が暗黒をも飲み込むほど黒く、黒く染め上げている。ルコラは、忌諱(きい)に触れたのだ。

 つんざく怒声が周囲の空気を凍らせた。

 静かに刀剣を鞘に収めるルコラ。念の間がまるで永遠に感じらルほど長く感じられた。

 ルコラと雷嵐災狼。

お互いに白い息を押し殺すようにその刻を待っている。一瞬、風が静まり返ったそのとき!

 雷嵐災狼が先に動く。

 だが先手を取ったのはルコラだった。襲いかかろうとした雷嵐災狼の右目の前には閃光手榴弾が3つ浮いていた。レンもルコラのやろうとしたことに気づき、咄嗟に目と耳を塞いだ。周囲を閃光と、爆音が覆い尽くす。

さしもの雷嵐災狼も不意を突かれた形となり、目と耳の感覚を一時的に奪われた。

だが、鋭敏な鼻の感覚を頼りにルコラの位置をおおよそ把握し、豪腕を振り落とす。

しかし、そんな勘にも似た攻撃が当たるはずもなく、ルコラは天高く後転しその攻撃を避けた。雷嵐災狼は、それでもなお攻撃を続ける。



――止まるとは死ぬこと――



 それを野生で培ってきたからこそ、雷嵐災狼は動きを止めず機能する感覚のみを頼りに、ルコラを追撃し続けた。



 その時だ!



 ルコラ達の戦いを辛抱強く待っていたレンの銃口が雷嵐災狼の額に向けられた。

「今さ! 撃つさ!」

 間髪入れずに銃弾を叩き込むレン。されど、銃弾は雷嵐災狼には当たらなかった、いや届かなかった。レンが銃弾を撃ったその刹那の間に雷嵐災狼の目が感覚を取り戻し、レンの銃弾が届く前に万雷でもって銃弾を消し去る。

液体火薬の爆風で視界を少し失った程度で、致命傷には至らなかったのである。

それでも諦めずにレンは銃を雷嵐災狼に撃ち続けた。だが、その銃弾が雷嵐災狼に届くことは無く、無為に弾を消費していくレン。

 最後の一発も空しく雷に消され、万策尽きるレン達。

 それでも、諦めるわけにはいかなかった。

 レンはナイフを抜き雷嵐災狼に斬りかかろうとする。

 嘲笑するかのように豪腕で払う雷嵐災狼。その痛打に気を失ったレン。

「レン!」

 ルコラが助けようとするが、それさえも許さない雷嵐災狼は、ルコラを轟風で動けなくし、(きびす)を返し豪腕でルコラを払った。払われた方向が悪かった。

 ルコラは断崖絶壁に真っ逆さまに落ちそのまま姿を消した。

 邪魔者がいなくなった雷嵐災狼の瞳はレンをとらえる。

 弱肉強食。

 その絶対的な摂理がその場を覆っていた。大きくあごを開く雷嵐災狼の口から白い息が漏れたその時――。

 何かが雷嵐災狼を止めた。

 振り返る雷嵐災狼。

 吹雪の中、雄壮に歩く何かが雷嵐災狼に近づいていた。

 野生の勘。

 雷嵐災狼が臨戦態勢に入る。吹雪が晴れたその先には、白金の体毛と研ぎ澄まされた肉体を持ち、その瞳は何者も寄せ付けない王の気風を深く秘めている。

 大きさは、雷嵐災狼の4分の一も無いだろう。

 強固な豪腕を持つわけでも無い。

 雷嵐災狼のように雷と風を操るわけでも無い。

 しかし、それでも雷嵐災狼が畏怖する存在。

 白金王獣。

 獣の王。



 (ごう)ーーーーーー!



 と今までに無い叫びを上げる雷嵐災狼。

 されども、獣の王の風格はそんなことでは落ちなかった。

 ただ、ゆっくりと。

 ただ、一点を見つめ歩くのみである。



 (ごう)! (ごう)! (ごう)



 何度も吠える雷嵐災狼。

 その怒号すら白金王獣には、とりとめの無いことだった。雄壮にして唯一絶対の存在。しかし、それを誇示するわけでは無い。そして、雷嵐災狼のそばまで近づくとただ黙って雷嵐災狼を見つめる。ひたすら、白金王獣に対して、威嚇をする雷嵐災狼だがとうとう我慢できなくなったのだろう。強固な前足で白金王獣を攻撃した。だが、白金王獣はそれをまるで、そよ風でも通ったかのように避け、また雷嵐災狼を正視する。

 とうとう雷嵐災狼が本気をだし大きな声を上げる。その声に呼応するかのように風が吹き荒れ、空気中に雷を飛散し始め、百雷が白金王獣を襲うが「ドンッ」と地面を前足で叩くと地面が割れて浮き上がり、雷が全て浮き上がった地面に飲み込まれ、一息の咆哮を白金王獣が放つと暴風を相殺した。

それでもなお攻撃を止めない雷嵐災狼。取るに足らない事のように雷嵐災狼の攻撃を次々と避ける白金王獣。

まるで雷嵐災狼の攻撃など無かったかのように振る舞う白金王獣だが、雷嵐災狼が攻撃は間違いなく辺りを粉みじんにし、木々をなぎ倒していた。一切の攻撃が通用しない雷嵐災狼であるが、意地があるのだろう・・・・・・白金王獣に攻撃をし続ける。

 すると、白金王獣の動きが変わった。

 雷嵐災狼が屈強な右前足でなぎ払おうとした時、地面がえぐれて風切り音を残し、白金王獣が消えた。

音が消えないようなわずかな時間に、まるで岩でも破裂するかのような衝撃と音が雷嵐災狼の左前足から響き、思わず体勢を崩し横倒れする雷嵐災狼。

そのあまりの衝撃に体勢を直せない雷嵐災狼の前に白金王獣が雷嵐災狼の角に手を当てて見下ろした。

 その時、朧気に意識を取り戻すレン。

 ぼんやりとした意識の中でレンが見た光景は夢でも見ているのでは無いかと思うほどだった。いや、自分はもう雷嵐災狼に殺されてしまい、これは妄想なのだと感じてしまうレン。そんなレンをよそに、白金王獣じわり、じわりと雷嵐災狼の角に力をかけ始める。金属が割れてこすれ合うような嫌な音が周辺に響く。

その瞬間、雷嵐災が暴れ始めると、力を加えるのを止め、白金王獣は後ろに下がり今度は堅固なまなざしで雷嵐災狼を眺める。

 さしもの雷嵐災狼もこれ以上の痛手を受けるのを避けるため、恨めしそうにその場を後にする。その後ろ姿を静観した後、白金王獣はレンの元に近づく。無意識に持っていた銃を抱きかかえて白金王獣の目を仰望するレン。だが白金王獣はレンを襲うわけでもなく、ただ見下ろしそして、匂いをかぎ始めた。

そして口を開けたかと思うとレンを咥えあげ、それと同時にレンは再び気を失う。



 レンが再び目を覚ましたとき空が見えた。

 そして、

「気がついたかい?」

 レンの顔をのぞき込んだのは、医者のラウェだった。

「私は・・・・・・?」

「近くの森に倒れているところをヤチが見つけてね、ここまで運んだんだよ」

 まだ朦朧とする頭を抱え起き上がるレンは辺りを眺めた。

 そこはやはり雷嵐災狼に襲われた村だった。

 少し違っていたのは村の一角に簡素な墓が建てられていた事だけで後は何も変わらなかった。

「最初は驚いたよ、白い髪に赤い瞳まるで厄神が倒れているのかと思ったよ」

「じゃあ、どうして助けたの?」

「君がヤチのイヌイェカネを持っていたからだよ。それでこの前来た狩人だとわかった」

「怖くは無いの?」

「怖いことは怖い。だが君が厄災を運ぶとは思えない。もし厄災を運ぶなら、雷嵐災狼を狩ろうなんて言わないだろう?」

「・・・・・・」

「しかし、なぜあんなところに倒れていたんだい?」

「私は・・・・・・私たちは、雷嵐災狼と戦って・・・・・・やられて・・・・・・そのあと・・・・・・」

「そのあと?」

「ううん・・・・・・きっとこれは、言っても信じてもらえない」

「そうか・・・・・・何はともあれ君だけでも無事で良かった」

「私だけ?」

「雷嵐災狼と戦ったんだろう? 付き人の姿は無かったから君だけ助かったのかと? それとも、まだどこかに付き人がいるのかい?」

「わからない。でも、ルコラは生きている」

「どうしてそれが断言できるんだい?」

「私はルコラが死んだ姿を見ていない。それを見届けるまではルコラが生きていると信じている」

「しかし、あの雷嵐災狼と戦ったんだろう?」

「たとえ相手がどんなに強くても、狩人なら自分が選んだ・・・・・・自分を選んでくれた付き人を信じる。安易に死ぬような真似は私が許さない」

 強い意志をその赤い瞳に滾らせるレン。それに圧倒されラウェはそのまま黙ってしまった。レンはラウェが黙ったあと自分の体を確認し、そして立ち上がる。

「どこに行くつもりだ!?」

「決まっている。雷嵐災狼は、まだ生きている」

「そんな体で行ってどうなる! むざむざ死に行くようなものだぞ! せっかく助かった命をなぜ無駄にしようとするんだ!」

「死に行くんじゃ無い。私たち狩人は狩らなければならない相手に全身全霊をこめて狩る。それしか出来ないから、私は行く」

「それで、死んでしまったらどうなる」

「大地の神とともに生きる(シリエカムイコシクヌ)」

「君はそれで満足なのか!?」

「・・・・・・狩人の条件・・・・・・あなたにわかる?」

 ラウェは首を振る。

「狩りというものは命を奪うこと。だけど狩人は同時に命を奪われることも覚悟しなければいけない。そうで無いなら、命を安易に奪ってはいけない」

「だが、それは・・・・・・」

「前にルコラが言っていた医者の条件覚えている?」

「命を救うというのは同時に奪えることも覚悟しなければならないといった感じの言葉だったね・・・・・・」

「そう、狩人は狩人の。医者には医者の覚悟がある。その覚悟は誰も止めてはいけないものだから・・・・・・私は狩人だから、だから行くの」

 ラウェはその言葉を聞いて尋ねた。

「勝ち目はあるのか?」

「無い。でも絶対に狩れると思った獲物はただの一つも無い。私の出来ることはただ、自分のやれることをやるだけ」

「そうか・・・・・・少し待ちなさい」

 ラウェがそう言うと簡易に整理された部屋とも呼べないところから何かを取り出し、それをレンに渡した。

「これを、持って行きなさい。雷嵐災狼に襲われて消失したと思っていたんだが、奇跡的にこれだけが残っていたものだ。もう変質できなくなっているが・・・・・・」

 レンがそれを受け取ると驚愕した。それは、

「固体火薬・・・・・・どうして・・・・・・」

「私は今まで狩人というものを嫌悪してきた。だが君たちに出会って、そして今の君の言葉を聞いて確信した。本当の狩人というものは君のような事を言うのだと。その狩人が命を尽くして雷嵐災狼を狩ろうとしている。それに対して我々が出来る最大限のことをしなくては、それは人として間違っていると思っただけさ」

「ありがとう。大事に使う」

「これは、我々の死んでいった村人の願いでもある。必ず雷嵐災狼を狩って戻ってきてくれ」

 レンは小さく頷くだけだった。しかし、ラウェにはそれだけで十分だった。この狩人ならきっとやってくれる。そう感じたからだ。レンは受け取った固体火薬を胸に再び雷嵐災狼のいる森に向かった。最初はソリを使っていたがもうソリは無い。徒歩で何日かかるか見当もつかなかったが、それでもレンは歩いた。するとどこかから、雪をこするような音がした。注意深くその音を聞くレン。その音はどんどん近づいてくる。そして、音がやむと木々から一頭の馬がソリを引っ張っていた。

「お前は、ルコラが選んだ・・・・・・」

 よく見るとその馬は血だらけだった。しかし、馬の目には確かな意思を感じ取れた。馬がソリを横につける。

「行こう!」

 レンがソリに乗ると馬は走り出す。すると、レンの服に白金色の毛が付着しいていた。

「白金王獣・・・・・・」

 白金王獣が人を助けた話などはあまり聞かない。だが、時々人を助けることがある。

 それは、白金王獣がこの自然に必要と感じたもの。

白金王獣は基本的に人前に姿を現さない。

そして無用な狩りもしない。

だが、自然を踏みにじるものは容赦なく殺す。それが、獣の王たるゆえんである。そこに人の意思など介入しない。白金王獣は自然・・・・・・摂理そのものなのである。人になれることも無い。もし、人間を助けたならばその人間には使命が課せられたことになる。その使命を果たさなければ、白金王獣は容赦なく一度助けたものでも殺す。だが、レンはそれを残酷だとか、不条理だとかは思わなかった。

 そういうものなのだと受け入れていた。

 レンは服についた白金王獣の毛を手に雷嵐災狼を狩りに向かう。

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