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詩集 ―Migratory Bird―

蒼いそらと白壁の塔

初めまして。

お初の作品です。

あらすじと言えるほどのものはないのですが、私の好きなクラシック作曲家、ドビュッシーの曲を聴きながら偶然浮かんだストーリーを知り合いと一緒に書面に起こした合作です。

この場を借りて感謝申し上げます。


物語自体に深い意味はありませんが、読んだ人一人一人が何かを感じ取っていただければ幸いです。


――――。







目を覚ますと視界いっぱいに群青の空間が広がっていた。







雲ひとつない真っ青なそら。

吸い込まれるような、それとも落ちていくような、不気味な感覚に包まれる。









手や足など四肢の至る所の感覚はまるでなく、意識もどこかぼんやりとしたまま。








―…ここは、どこ?









それだけのことを思うまでに、一体どれほどの時間を要したのだろうか。

いや、そもそも時間という考えが正しい表現なのか…

いずれにしてもこの虚ろな意識下ではわかるはずもない。




  

視線をぐるりとまわしてみると、右にも左にも白く高いものがそらへ向かって聳え立っている。

その真ん中を群青の太い線がひとつ、下から上へ左右の白をくっきり分けるように伸びている。


「青」と「白」。視界にはそれだけしか映らなかったが、うしろにかすかに感じるひんやりとした感触が置かれている状況を少しずつ教えてくれている。










どうやら「僕」というものは、仰向けになってそらを見上げているらしい。










そうと気づいたとき、今までぼやけていた意識が急に晴れやかになりはっきりとしたものになった。


次に僕は感覚のない四肢へ初めて行動の指示を出してみた。



どうやってかなんてわからない。ただ、動け。と。



身体は水に浮くかの様に軽く、音もたてず、静かに目線を上げる。













起き上がった高さから改めて周りを見渡すと、そこにはまるでおとぎ話の中にある西洋の街かと思わせる街並みの光景があった。



白い建物―それは家だった。

何物にも染まっていない純白の壁をもった家々が、所狭しと建ち並ぶ。

入口のドアや窓枠は木目調のクラシカルなたたずまいで細部に細かな彫刻が彫られている。

家はすべて二階建てかそれより高く、貴族のお屋敷にあるようなベランダや踊り場までついている。

よく見ると、ぞれぞれの家には窓がいくつもあるのに中は何も見えなくて、ただただ青い空を反射し映しているだけである。





眼下には白いレンガのような長方形の物体が一片の隙間なく敷き詰められていて前にも後ろにも永遠と平坦な道をつくっている。道幅はかなり広く建物の一階部分より長めといったところだろうか。









何軒か見回った後、僕はある違和感に気づいた。

これだけ手の込んだつくりをしているのに人が住んでいる形跡はまるで見当たらないのだ。

人だけではない。周りに意識を集中させてみるが生き物の気配が全く感じ取れない。


これは本当に「本物」なのか―――

答えのない問いは現れては儚く消える。










こんな不可思議な場所にいて見たことのないような光景を目の当たりにしているというのに、僕は自分の中に熱くこみ上げるものを感じていた。



理由なんて分かったものじゃあない。


だけど、僕はここを知っている。


そんな気がした。












気付くと僕はゆっくりと動き始めていた。



狭い路地を抜け、階段を上り、それでも景色の変わらない街の中を、ただひたすらに進む。


足の感覚はいまだ戻らず、誰かに糸で引っ張られているような意思のない動きが歩を進めていく。


先程から意識はよりハッキリとしていて、どうしてこんなことがという疑問よりも、進むにつれてより一層鮮明になっていく懐かしさに快感を覚える方が強かった。











そんな状態のままある程度進んだ後、ある一件の家の前で動きが止まった。


その家はなんの特徴がある訳でもない、どこにでもあった普通の家だった。



しかし、なんの特徴もないと思っていたその家は他の家とは少し違っていた。

入口のドアだけがほんの少しだけ開いている。

それは今まで見てきたものにはなかった変化だった。



不審に思った僕はそっとドアノブに近づいてみようとした刹那―――どこからか声が聞こえた。





《こっちだよ》




――…ッ!?




全身に電気が走ったかのような驚きとともに体の自由が奪われる。

今までこの空間に生物の気配はなかったはずだ。

だけどそれは確かに聞こえた。存在した。

咄嗟に振り返って見回しても誰もいない。あたりには絶えず静寂が満ちている。








―…誰?



音にならない声を上げ、言の葉の主に問い掛ける。








《こっちだよ》




―…どこから呼んでいるの?



言の葉の主は僕の問いには答えない。











《こっちだよ》




声と同時に、少しだけ開いていたドアが静かにゆっくりと開け放たれた。

奥には白い空間が満ちている。




―…僕を、誘っているの?




誘われるままに扉に近付くと声は次第に大きくなっていく。

しかし扉の目の前に着くと、声はピタリと止んだ。



再び声が聞こえることがないのを確認した後、僕は何のためらいもなくドアの奥の空間に進んだ―――


















白い空間を抜けたその先には、果てしない――本当に、ただ"果てしない"としか言い様のないような――空間が広がっていた。











見上げれば、先程とはうってかわって白くふわふわとした雲が忙しなく流れている。




目下を見れば一面に水が張られていて真上の天を映す。


まるで鏡の様なそれは空と地との境界を完全に繋いでいてどこから分かれているのか見当もつかない。



"穢れなき蒼と真なき虚ろで出来た空間(そら)"の狭間という檻に捕らえられた一羽の鳥…

そんな風に僕のことを形容してしまえそうな場所。






ふと後ろを振り返ると、少し前に潜り抜けてきた筈のドアが跡形もなく消え去っていて―――辺りには僕以外何もなかった。





――…?



急に足元に違和感を感じる―――足?



……つめた、い?




足の感覚がある。

目を覚ましてからようやく、僕の生物としての感覚が帰ってきた。





足だけじゃない。


手の感覚が、ある。

腕や手を自らの意志で動かしてみる。


動く。動く。

白く透き通るような細い指先を思い通りに使役する。



 




―…一体これは…



そう思ったとき、またあの声が。






《こっちだよ》




また。

本当に、誰なんだろう。




依然として視界には僕を挟む二つの空以外には何もないのだが、声は正面から聞こえている。







僕は声のする方へ走り出した。



僕の足は鏡を割るかの様に水飛沫を上げ、荒々しい波紋と飛び散った破片によって壊された"真なき虚ろの(そら)"は一目で偽物と分かるくらいにその姿を歪ませていく。







どこまで走ろうと変わらない風景。



しかし、走るにつれて徐々に四肢の感覚は鮮明になっていく。


頬に触れては去っていく風。

足を動かせば動かす程僕を濡らす、鏡の破片。

激しく打ち鳴らされた鐘の如き鼓動。

身体を熱く騒ぎ立てる血。




けれど、僕の記憶だけは何一つとして戻ってこない。

記憶というその概念すら、最初からなかったかのように。



何の記憶もない僕は、どんな理由も目的もないまま只ひたすらに走り続ける。


いや、目的ならある。

あの声を追うという目的が。



















随分息が上がってきたと思うくらいに走った辺りで、前方にひらりと動く何かを見つけた。


自分の目線と同じ程の高さに何かが一つ、ひらひらと。



これは―――蝶だ




空と同じ色をした一匹の蝶は何かにとまっているのだろうか、宙に浮いて羽をゆっくりとはためかせている。


記憶のすっぽ抜けた、空も同然の僕の頭でもそれが蝶というものであるということくらいは認識できるらしい。




なんとも都合のいい頭なのだろう


立ち止まってそんなことを思っていると、不意にまた僕を誘う声が聞こえる。





どうやら、僕が何かを考えたり動く気配を見せないと声が聞こえる様な気がする。

どこかで僕のことを見ているのだろうか…?




目の前には一匹の蝶。






―…君が僕を呼んだの?




僕はその蝶に右手を伸ばす。


指先が羽に触れた、と思ったその刹那、蝶は羽ばたき空へ融ける様に消えていってしまった。



なんだったのか、と思いながら

蝶を追って上げていた視線と顔を正面に戻す。


と、先程まで蝶がはためいていた場所には

スタンプでも押したかの様な、そこの空間だけ切り抜いたかの様な

蝶の型をした白い"無"が、存在していた。






先程蝶に触れた時と同じ動きでそれに手を伸ばす。


しかし、位置的には触れている筈の場所に手を遣っても

何の感触もない。



回り込んで見てみようか。

と、少し動いた瞬間。



















―まるで、今まで見ていた景色が巨大な"絵"だったのか、と思った。







ボロボロと壁紙が剥がれていく様に。

空間が、瓦解し融解していく様に。




視界一面を、空色をした蝶が次々と飛び立って行く。


数など数えられたものじゃあない。



ザァッという音と、目の前の光景に気圧されて僕は目を瞑った―。



























―――時間感覚など、最初からなかった。


ただ、長いとも短いともわからない時が過ぎた後、

妙に辺りがしんとしていることに気付き、漸くゆっくりと目を開けた。




―――ッ!?




僕の目の先に。


先程まで影も形も無かった筈の、どこまでも高く聳え立つ白き円塔が

悠々とその姿を現していた―――。



























"穢れなき蒼と真なき虚ろで出来た空間(そら)"へと、一直線に伸びている白く巨大な円塔。


その頂上を下から窺い知ることは出来ず、その迫力の前に僕はただ呆然として立ち尽くしていた。








いかばかりか天を仰いだ後、僕ははっとして意識を強引に引き戻し頭を犬のように震った。


再び塔を見上げよくよく観察してみる。

側面には窓の様な穴が同じ大きさ同じ間隔で幾つも開いている。

よく見てみれば、水に面した塔の一番下に

入口とみられる他より大きな穴がぽっかりと口を開けていた。



そして、また声が。




≪こっちだよ≫






先程までより感覚がしっかりしているからなのか、より鮮明に声が聞こえる。


今まで全く気にしていなかったことが不思議なくらいだが、声は若い女の子のようだ。





ふとそのことを思ったと同時にまた、あの懐かしむ様な気持ちを思い出す。




何故なんだろう。


こんなに、懐かしくて…温かい。



……何が?





――あの声が――





僕は"彼女"の声に導かれるままに、塔の中へと足を踏み入れていった。



















塔の中は、あの神々しささえ覚える様な外観とは裏腹に

薄暗くひんやりとしていた。


今まで光という光を感じることのない世界―それでも物の色がわかる程度には明るさがあった―に居たせいか、やけに塔の中が暗く感じたので、目が慣れるまで暫く待ってから塔の内部を見回す。



すると、円塔であるが故に螺旋を描きながら

壁から飛び出した石の階段が上まで続いているのが見える。



そのまま真上を見上げれば、塔の天辺は開いているらしい。

僅かながら、見飽きる程見たあの青空がその姿を覗かせていた。




そして、不思議なことに声はそこから降ってくる。



僕は壁沿いに突き出しているその階段の一段目に足を掛けた。








階段を登っていくと途中から、壁にしっかりとした額に収められた絵画が飾られ始めた。


先を見ると、絵画は等間隔で壁に掛かっている様だ。






最初の一枚目の前で足を止め、直接右手で絵に触れながらじっくりと眺める。




なんと言うか…下手な子供の落書きの様な。


エジプトのピラミッドの壁画としてでも描いてありそうな画風の、絵。


というか、そもそもこれは"絵"なのだろうか…?



―向かい合う男女の上に羽の生えた子供。




更に階段を上がって二枚目を見る。




―生物を追い、野山を駆け回る幼い子供達。



次いで三枚目、四枚目…と流し見るようにして階段を上がって行く。



―何人もの子供達の中、目立たせる様に赤で塗られた女の子と青で塗られた男の子。


―丸い球を蹴る大勢の子。


―小さな子供を抱き抱える青い少年。


―幸せそうな4人…これは家族なのだろうか……






何十枚にも及ぶ絵画が等間隔に掛け続けられている。

最初は拙かった画風が、心なしか枚数を重ねるごとに上手になっていく。



なんとなく…この絵、全部知っている様な…?






―赤い少女と青い少年を囲む数人の集まり。


―寄り添い合う赤い少女と青い少年。








―黒い背景に手をつないでいる赤い少女と青い少年。



――少女に向かって突っ込む一台の車。



――少女を突き飛ばす少年。






そして絵画は次の一枚で途切れていた。








―全面が深紅で埋められた真っ赤な、絵。









―――い…ッ!!




深紅の絵を見た瞬間、頭に鈍器で殴られたかの様な激しい衝撃が襲った。



実際に殴られた訳では勿論ない。

しかし、強い痛みを神経が訴える。


思わずその場に蹲り、意味のないことと分かってはいても頭を抱えて痛みに堪える。


途中、何度も意識が飛びそうになるが足元が一枚の石の板だという恐怖心のおかげで何とか保つことができていた。















暫くすると徐々に痛みは和らいでいった。


しかし顔を上げて立ち上がるも、めまいと頭痛は収まらず足は震えている。

壁に手をついてやっと立っていられる状況だ。



本当に…何なんだ。

今の衝撃も"彼女"の声も、訳の分からないことばかり…。






柵なんてない階段の左側から落ちてしまわないよう、壁に手をつきながら慎重に、そして黙々と階段を登る。



自分はどうしてこんなことに見舞われているのだろうと疑問に思うと同時に、

とにかく登っていけば何かが分かるのでは、という思いが強くあったからだった。











只々ひたすらに歩を進めていたら、いつの間にか一番上にまで辿り着いていた。


塔の頂上は天井をくり貫いた様な形になっており、頂上に近付くにつれて壁から突き出ていた階段は壁に埋まっていく様に幅を狭め、階段自体が塔の天辺となる形で塔全体で一つの大きな螺旋階段といった様相だ。


最後の足場は広く円形になっていて人一人が立っているには十分なスペースがある。








次の段の無い、足場の一番先に突っ立って周りを見る。



先程までと何ら変わらない空模様が広がっているが、さっきと違うのは

下を見てもどこが水面か分からないこと。


ただでさえ分かり辛い境界線が、流れる雲と水面との距離との所為で更に隠れてしまっている。


まるで、本当に上空のどこかに佇んでいる気分だった。







ボンヤリと、雲の流れを眺め続ける。





―…ふと、違和感を感じた。




何かが欠けている様な、物足りなさ。



何かを見過ごした様な、喪失感。



足元が覚束ない様な、不安定感――。







…あぁ。"彼女"が…"彼女"の声が、しないんだ。






そのことに気付くと、途端に道標が無くなった様な感覚に襲われ、不安に駆られる。




いなくなってしまったのか…?

ここまで呼んだのは君だろう、一体何をさせたいんだ!?





―――――……。




いくら待っても、"彼女"が応えてくれることはなかった。



何度辺りを見回したところで景色が変わることもない。


蒼い空と、白い雲。

足元の白い塔と更にその下にもう一つの空。


他には、何もない。




―――――………。




感じるのは、ひたすらに曖昧模糊とした寂寥。


そして、後悔。




こんな気分になるくらいなら…まだあの白いだけの街にいた方がましだった。


懐かしい気持ちに包まれて、ふわふわと彷徨う様に歩き続ける。


そしてそのまま、ずっと…









ふと足元を見ると塔の至るところに亀裂が入り、足元が崩れ始めている。




さらに自分の身体の色が空に溶け込み始めている。

気づいた時にはもう膝から下が景色と同化してしまっていた。










そうだ。

こんな寂しくて何も無い所にいたって仕方がない。


探せば、あっちに戻る扉もどこかに在るかも知れない。





どんどん、崩れていく。

消えていく。





あっちに戻って建物をじっくり見て回れば、ここ以外のどこかに繋がる扉も在るかも知れない。



そうすれば、この哀しみだって――――







刹那、音が止んだ。




―崩壊と融解が、止まった。










哀しい……?


僕は、哀しんでいるんだ。




"彼女"が、いなくなったことに。


"彼女"は僕にとって、とても大切な―…





その時、突然目の前に強い光が現れた。


そのあまりの明るさに目眩を起こす。





階段から落ちてしまわないよう、しゃがみ込んで目眩が治まるのを待つ。


頭に添えようと左手を上げた為に視界に入った"それ"に気が付いた瞬間。




……え?




ボロボロと、涙が頬を伝って流れ出していた。




なんで…涙なんて……、ただのミサンガなのに…。




左手に付いていたのは、シンプルなミサンガだった。


ビーズさえ付いていない、紅一色のミサンガ。


周りに白と青しかない所為か

より一層、紅の存在感が増している。



なんでミサンガなんて付けているんだっけとか。

どうしてこんなに目立つ物に今まで気付かなかったのかとか。


そんなことを頭で考えるよりもまず、触れて確かめていた。



すると込み上げてくるあの懐かしさ。




…いや、懐かしいんじゃない。


もっと熱くて…涙が止まらなくなるくらい強い気持ち。








狂おしい程―…愛おしい。









いなくなると哀しい。

それは、こんなにも愛しくて恋しい人だから。







だから、僕は――







その時やっと、


僕が欲して止まなかった、


ずっと聞きたくて仕方のなかった、







あの、声が…






















≪こっちだよ!!≫























パキン、と、何かが割れた音がした気がする。


それは、本当の『自分の意識』が目覚めた音だったのかも知れない。








…なぁんだ……"お前"だったんだな。







目眩があったことなどすっかり忘れて、スッと立ち上がる。



心の中にあったモヤモヤも全て消え去って、とても晴れやかな気持ちになれた。


そんな気持ちに呼応してくれているかの様に、空からも雲がなくなり晴天が広がっている。



そしてそのまま。




……――――。




ポツリと一言呟いてから、空の中へと身を投じた――。



































目を覚ますと、視界には人工的で白い天井が広がっていた。


蛍光灯の光が目に眩しい。


身体中がズキズキと継続して痛みに苛まれているが、頭はぼーっとしてハッキリしないでいる。

何にしろ、一切の身動きが取れない。



全身を確認することは出来ないが、至るところに包帯が巻かれている様子だ。

首にはプラスチックのギプスのようなものがはめられていて動かせないように固定されている。




―…ここは、どこだ?




どうにかして横を向くと、横たわっているベッドの脇で、

いつも見慣れていた、でもだからこそ一番大切なアイツが号泣しながら何か叫んでいる。


なんか音が遠くに聞こえるし、泣きじゃくっていて何て言っているのかよく聞き取れない。





でも。





あぁ…よかった。


コイツが、ちゃんと生きてて。






「―!……っ!!」





未だに泣き叫び続ける彼女の手を、辛うじて動く左手で握る。


その手首には、紅いミサンガ。


―コイツが、くれたもの。



「…よ…かった……」


「―え?」



手を出来る限り強く、握り締める。


「良かった…助け、られたんだ、な……"俺"」


「っの…ばか……!」



"馬鹿"は酷ぇや。


そう思いながらふっと、彼女から目を離すと

ベッドの横にある机の上に一枚の写真があるのが見える。



―白壁の家々が所狭しと建ち並ぶ、西洋の街並みの写真。


『いつか二人で行きたいね』と

話していた場所。



くすり、と軽く笑ってしまった。


「……?」


「―俺の、こと…呼び続けてくれて…さんきゅ」


「え…聞こえて……?」


「……いや…違う、か」



繋いだ手を握り直し、しっかりと目を見て言う。



「―…ありがとう」



そして。










「ただいま」










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― 新着の感想 ―
[一言]  おひさしぶりです、葵枝燕でございます。  「蒼いそらと白壁の塔」、読ませていただきました。  主人公が無事戻ってこられてよかったなと思いました。身を挺して「彼女」を守ろうとしたのだと想像し…
[良い点] はじめして。ふらっと立ち寄って読ませていただきました。精神世界のようなあいまいな世界観が、とっても興味をそそりました。 見たことをない世界をいかにも追体験しているかのように感じながら読ませ…
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