ラップアラウンド
男は幸運というものに愛されていた。
ギャンブルをやれば必ず的中し、たまたま気まぐれでいつもと違う道を歩けば、いつも通っている道で大事故が発生し、間一髪でそれを逃れたりなどということは日常茶飯事だった。
彼のやることなすことは危険を常に回避し、幸運が自ら足元まで転がってきた。
やれば何でも成功してしまう人生は退屈と言えたが、生まれつき顔の良い者、運動に優れた者、頭脳明晰な者と並んでこれも自身の才覚の一つだと思い受け入れていた。
「他の才能は努力をして実を結び、それでも結果を出せない時があるが俺は違う。努力とは別の次元にある。これが才覚というものだ」
男は自身の運の良さを鼻にかけている節もあり、周囲からの評判は低かった。だが、それでも勝負事をすれば彼に運が向き、常に勝つことが出来た。
努力は凡人がするものと鼻で笑い、娯楽にのみ興じていた。
ある日、そんな男の前に一人の人物が突然現れた。白いローブのようなものを身に纏い、どこか神々しい光を放つ女だった。
「私は幸運の女神。しばらくあなたの傍にいさせてください」
「ふむ、信用できないが本当に幸運の女神が傍にいてくれるなら何も文句はない。これで俺の運はさらに強力になるぞ」
だが、その男の目論見は大きく外れていった。
女神が現れてからというもの、男はギャンブルで負け続け、家は隣家の火事で燃え移ったことで全焼、挙句の果てには交通事故に巻き込まれるようになった。
その頃になると再び女神が男の前に姿を現した。
「おい! どうなってるんだ! お前は幸運の女神じゃなかったのか!? この不幸のどん底の何が幸運だ!?」
「確かに私は幸運の女神です。ですから、あなたはこうして不幸になっているのです」
「一体何を言っているんだ。詳しく説明しろ!」
女神は言われて丁寧に説明を始めた。
「誰かが幸せになれば、誰かがどこかで不幸になる。あなたは今日まで強運が他の人に行き渡るはずだった幸運を知らぬ間に奪っているのです。かといって、貧乏神をあなたの前に送ったとしたらあなたが不幸になるのには時間がかかるし何より他の人まで不幸になる。そこで私が傍にいることになったのです」
「……まるで意味が分からないぞ。要するに運を均等化するために来たのだろう? なんでそれが幸運の女神なんだ」
「人間は全て数値で管理されています。身長や体重と同じように身体的な細かい能力、思考力、その中の数値の一つが運なのですが、この数値は処理可能な範囲の限界まで達するとゼロになるようにに設定されているのです」
男はここでようやく理解に至り顔を真っ青にした。
「あ、あんたが俺の傍にいるから……俺の運は許容量を超えてゼロになったってことなのか?」
「それに加えて周りの人の運の補填も兼ねています。ご理解いただけたようなので、失礼します」
そう言うと女神は煙のように消えてしまうが、男は依然として不幸なままだった。
男はここでようやく自分が運だけで生きてきたことを後悔した。
努力で積み重ねた物は、突然ゼロになったりなどしないし、積み直しもある程度は可能だ。しかし、男の場合は違う。
努力で実を結んだ結果で無い才は、努力では決して補えないのだ。