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緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
9/18

出会いと別れ

 犬子さんの話を要約するとこういうことだ。

 俺達は存在している。しかし、彼女が歩き回った結果それ以外の生物の臭いを一切感知することができなかったということだった。

 その話を聴いた瞬間、俺はともかくとして緋色は顔色を真っ青なものへと変化させた。それだけではない、あれだけ意気込んできたというのに誰一人生きていないと知らされたのだから思うところがあったのだろう。結果として緋色は最悪な顔色のまま、この部屋を後にした。

 追おうとは思わなかった。

 むしろ、この部屋に残っている犬子さんに聞きたい事があるからだ。正確に言うならここに残った彼女が言うのを待っている。

「追わなくていいのですか?」

 わかっていて聞いてますよね?

「そうですね」

 ベットの上に腰掛けたままの俺と、前髪越しの犬子さんの視線が交じり合う。そして、思う。

「私はあなたのそういうところが」

 俺はあなたのそういうところが、

『大っ嫌いです』

 声が重なった。ゆえに苦笑してしまう。つまり、コレは同族嫌悪なのだ。どんな時だって当事者ではなく傍観者を位置取るお互いが吐き気を覚える。俺と彼女の本質は驚くほど間逆だが、どこまでも似ていないからこそ、どこまでも似ているように思えてしまう、本質が違う者同士の合わせ鏡。

 持つゆえの能力で知りたくなくとも他人の全てを理解してしまう犬子さんと、どこまでも他人の心なんて気にしようとしない対極の俺。なら、行き着く結論に嫌悪以外のものなんてカケラたりとて存在しないのだ。だからこそ、彼女がここを離れない理由もわかる。俺だからこそ理解できてしまう。

 つまりそれは、緋色には聞かせられないということなのだろう。

「そうですね。だけど、心が読まれるというのは気持ちの悪いものですね」

 それはお互い様ですよ。まあ言葉にはしてませんけどね。

「お互い嫌味はこれくらいにしとくとして、本題に入ります」

 そりゃ結構。おっ、顔が歪んだ。とはいえ、これ以上は不毛な会話も飽きてきた。というわけで続きをお願いしますよ犬子さん。

「先程私は、生存者はいないと言いました」

 言いましたね。

「でも、付け加えるなら死体の臭いもほとんど嗅ぎ取れませんでした」

 それは不思議ですね。ここには結構な人数が残されていたと聞いていましたけど?

「そうです。だけど、生存者の臭いもなければ死体の匂いもない。更に、ここには発火した黒色火薬やC4などといった爆発物の匂いが残されています」

 黒色火薬はまだしもとして、C4って確かプラスチック爆弾とか呼ばれる雷管起爆式の爆弾じゃ? 少なくともリゾートホテルにあるようなものじゃない。

「それに違和感を感じたのはそれだけじゃありません。私達の通ってきた鍾乳洞です。何か感じませんでしたか?」

 いえ、特に。寒いなぁと思った程度ですよ。

「このホテルの壁面などは亀裂が入っていましたね? だけど、鍾乳洞にはそれがなかった。大地震が起こった場合などは、ああいった場所は少なからずの破損があってしかるべきです。それこそ、天井からの落下物が地面で砕けているべきなんです」

 つまり何が言いたいんですか?

「………本当に地震は起こったのですか?」

 俺達は地震が起こったからここに来てくれという依頼を受けたんですよ?

「知っています。そして、私も同じルートで依頼を受けました。だけど、どうしても違和感を抱くんです。死体があったことや、殺し屋の人がいたことを含めて、ここは何かがおかしいんです」

 それを俺に話してどうしたいんですか? 言っておきますが、俺は基本的に他人なんてどうでもいい。ここに来たのは緋色の付き添いであってそれ以上でも以下でもない。極端な話し、明日ここを脱出したらすぐにでも本土に帰りたいくらいなんです。

「緋色さんに危険が迫っていてもいいのですか?」

 ええ。あいつなら、どんなことがあろうと最強であり続けますからね。そして、俺としては俺以外の人間がどうなろうと知ったことではないんです。

「本当に気持ち悪い人ですね。その言葉がどこまでも嘘のない真実だなんて、正直吐き気さえ覚えます」

 それはどうも。

「だけど同時に緋色さんのことは大事に思っているのはわかってしまいます。あなたは歪んでいるんですね」

 壊れているだけですよ。

 それで、話はそれだけですか?

「そうですね。なんらかの危険な可能性が、きな臭い可能性が残っている。それだけを覚えていてくだされば結構です」

 わかりました。それで、お茶でも飲んでいきますか?

「遠慮しときます。それではまた明日」

 言うなり犬子さんは立ち上がると、危なげのない足取りで部屋を後にする。

 一人残された俺としては苦笑しつつ、テレビのリモコンを手に取った。電源をつけるなり、明日の深夜に放映されるテレビ番組の予告が映っている。うん、面白そうだ。どうせだからハードディスクレコーダーに録画しておこう。

 ベットの上で横になりながら、俺はテレビの画面に見入っていく。そして、


翌日の朝、瀬川さんが殺されたことを蒲原さんによって知らされる。


 昨日は深夜までテレビ番組を見ていたから非常に眠い。だけど、朝一番に俺の部屋の扉を叩いていた蒲原さんを招き入れるなり聞かされた言葉は、そんな眠気を一発で吹き飛ばすほどのものだった。

「せ、瀬川さんが殺されてるのよ!」

 瀬川さんが殺されている。

 つまりそれは、俺の記憶が確かなら、あの神経質な喫煙者のおっさんだ。その人は昨日無線機を弄ると言っており、俺はその言葉を聞いてから部屋を後にしたはずだ。

 そして、今、蒲原さんはその瀬川さんが殺されたと言っている。恐らく、それは今俺が考えている瀬川さんで間違いないだろう。そして、殺されている……死んでいるのではない。殺されていると言ったのだ。

 一般人として、一般的な生活を送る上でなら、まず、聞く事のない台詞だろう。そして、俺と緋色は不本意にも良く聞く立場であるのはどういう因果なんだろうね?

 蒲原さん落ち着いてください。殺されているってどういうことですか?

「私、昨日の無線交信がどうなったのか気になって、瀬川さんの様子を見に行ったら、部屋にいなくって………」

 控え室ですか?

 そう言うなり蒲原さんは激しく頭を縦に振る。それはさながら首がもげんばかりだが、この際は気にしているような場合ではないらしい。

「瀬川さんが頭から血を流して倒れていて……無線機も壊されてて」

瀬川さんが殺された? それに関しては疑問の余地はない。外に連絡を取られたらまずい事情があったのだろう。そして、それを操作する技術のあった瀬川さんは殺されざるを得なかった。無線機を壊したのは他にも無線が使える人間がいたらまずかったからなのだろう。

「ね、ねぇ? 何でそんなに落ち着いて………」

 蒲原さん、瀬川さんは本当に死んでいましたか? 一応息をしていないような場合でも生きている時もありますし、心臓が止まってなければ蘇生もできる、

「さ、砂皿さんにも見てもらったんだけど、頭からすごくたくさんの血を流してて、身体も冷たくなっていたし、多分亡くなっていると思うわ」

 複数で確認しているなら本当に死んでるっぽいな。なら、後は現状確認しか必要ない。

 緋色や犬子さんは? 二人は無事ですか?

 犬子さんはともかく、緋色がどうにかなるなんて事はないと思うけど、とりあえず聞いておく。

「ふ、二人は無事よ。あなたは一番奥の部屋だったから、最後の確認に」

 他に欠けた人はいないんですね?

「ええ、港さん一家も無事よ」

 まあ、そういう意味で聞いたのではないのだけど、とりあえず良かったといっておく。

 さてさて、面倒な状況になってきたな。でも、取り合えずば準備が必要だね。

 では、蒲原さん。俺は着替えたら合流します。ちょっと扉を閉じさせていただきますね?

「ま、待っ・・・」

 問答無用でドアを閉じて俺は溜息一つ。

 おいおい、勘弁してくれよ? 人が一人殺されているというのに誰も欠けていない?

 それはつまり「加害者」がこの中にいるってことの証明じゃないか。そして、第三者がいないということは犬子さんが証明してくれるだろう。

 んー、厄介なことになってきたなぁ。運が良ければこの事実に気づかれないで素直に脱出させてもらえるのだろうが、そうもいかないだろう。なんせ、ここにはヒーローがいる。紅のヒーローがここにいるのだから。


 色々な準備を終えるまで約五分。自室を出て瀬川さんの死体があるらしい控え室の前には、新旧の知った顔と知らない顔が並んでいた。ちなみに緋色と犬子さんの姿はない。

 とりあえず俺は薄暗い廊下を進みながら、一番手前、つまりは部屋から一番遠い位置で待機していた蒲原さんの前で歩みを止める。

「あ、優くん」

 先程はスミマセンでしたね。話している途中だったのにドア閉めてしまって。

 まあ、まったくすまないなどとは思ってないが。

「いいのよ。私も取り乱してしまっていたし」

 言って微笑む顔は魅力的だが、こういった状況では軽く微笑み返すだけで収めとく。

 と、ここで蒲原さんの隣に立っていた一人の女性が振り返って俺と向き合い動きを止める。

 なんというか背の高い女性だ。一応百七十センチ近くある俺より(四捨五入すれば百七十だ)頭一つ分は大きいだろう。

 スーツ姿の蒲原さんとは対照的に擦り切れたジーンズとシンプルなロゴの刻まれたTシャツ。ジーンズ地のジャケットは腰に巻かれておりなにやら闊達(かったつ)な印象を受ける。

 ベリーショートの脱色された髪の上にはオレンジのベースボールキャップ。その下は大きな瞳と小さな鼻、犬歯のはみ出た膨らみの大きい唇。

 なんと言うべきか・・・美人だ。Tシャツを押し上げる見事な双丘もかなりの高得点。うん、とてもとてもたまらないね?

「あんたが優くんか。あたしゃ砂皿、()(さら)(かなめ)ってんだ。ヨロシクな」

 なるほど、あなたが砂皿さんですか。というかさっきからバンバン叩いている肩が痛いんですが?

「あはは、こんなの挨拶程度だって!」

 明るい人だ。こんな場所じゃなかったら握手くらいは求めていたかもしれないね。勿論、そこに緋色がいなければという前提条件がつくけれど。

「祭から聞いたけど可愛い彼女がいるんだろ? 挨拶代わりのちゅーは勘弁してやるよ!」

 いえ、俺はまったく構いませんが?

「あはは、あたしが構うんだよ! しっかし、こんな状況だってのに落ち着いたもんだ。見た目はクソガキなのに大したタマだよあんたは!」

 またバンバンと叩かれる。つーかイテェよ。

「ま、自己紹介はこんなところとして、あんたの可愛い恋人と前髪女は部屋の中にいるぜ? あんたはどうすんだい?」

 まあ、俺としては死体とのご対面なんて勘弁なので緋色と犬子さんに任せますよ……と言いたいんですけどね。

 結論としては道を開けてください。俺も部屋に入ります。

 言うなり二人の間を割って入り、閉じられたままの扉を開こうとし、その前に二人へ警告。

 口押さえてくださいね?

 それだけで意味は伝わったのだろう。蒲原さんと砂皿さんは揃って口を押さえて距離を取る。多分、初めて瀬川さんの死体との遭遇時に知ったのだろう。

 血の臭い、というものを。

 そして、俺は開いたドアの隙間から吹き出す血臭に少しだけ眉を傾ける。だけど、それだけだ。その隙間から身体を差し入れ後ろ手で戸を閉じる。

「あ、優。来たんだね」

 ああ、話は聞いているよ。

 言うなり目に入るのは床一面に広がる赤。部屋奥壁際の無残に砕け散った無線機の下に倒れるのは、頭を変形させた中年紳士。言うまでもない瀬川さんだ。

 なるほど、確かに死んでいる。これ以上ないほど死んでいるようだ。うつぶせに倒れた体の皮膚はおぞましいほど青白く染まり、蝋製の人形を思わせる。しかし、鼻の奥を突く鉄と錆びの入り混じった生臭い血臭はどこまでも本物だ。胃の奥が痙攣し、肺の底が振動する程の異臭。日常では嗅ぎ取ることのできない嫌な意味でのリアリティー、臭いだけでも吐いてしまいそうだ。

 だけど、緋色と犬子さんは血の海に触れないようにしながら瀬川さんの死体の様子を検分している。

「背後から一撃……ですね。少なくとも苦しんだ様子がないのが彼にとっての救いかもしれません」

 という言は犬子さん。とはいえ、死んだ方は絶対そう思っていないと思いますよ? まあ、死人は何も考えないから無意味な過程と感想ではありますけどね。

「瀬川さん……ボクが間に合わなかったから」

 いや、それだけはないだろうから。というかお前は万能の神じゃない。誰も彼もまとめて救う術なんて持ってないんだよ。

「でも、ボクは!」

 怒るのも落ち込むのも後にしろよヒーロー。少なくとも今必要なのは情報と、お前の守るべき人達に向ける笑顔だ。そんなツラで渚ちゃん達に会うつもりか?

「っ!」

 歯を食いしばり、怒りの眼差しを俺に向けやる緋色。だけど、そんなのは一瞬だ。俺に怒りを覚えるのは見当違いということに気づいたのだろう。そして、犬子さんだけは冷静に瀬川さんだった死体に目を……鼻を向けている。

「遺体に不審な点はありません。正常(……)に殺されてます」

 毒殺や自殺はなしってことですか?

「ええ、特に不審な臭いは残っていません。体臭も残念ながらないですね。換気扇が回っていたことが原因でしょう」

 タバコの臭いに配慮した結果でしょうね。そして、それが裏目に出たということか。

 とここで俺はとあることに気づく。

 犬子さん、瀬川さんの左手首に時計がついてます。

「え?」

 眼が見えない犬子さんの変わりに、俺は歩み寄って遺体に触らぬよう覗き込む。それは高級腕時計のチュードル。どちらかというとアンティークに近い年式のシックなデザインのオートマチック時計だ。それなりに値段は張るのだろうが、倒れた衝撃で、無残にもガラス板は砕け時計の針は歪んだまま動きを止めている。だけど、注目するのはそんなことではない。

「時計は壊れてますか? 壊れているんですね。なら時間は何時で止まっていますか?」

 そう、時間だ。

 チュードルの針は十二時半で止まっている。二十四時間対応の時計ではないとはいえ、十中八九、深夜の十二時半で間違いないだろう。正確な時間を言えないのは針が折れ曲がっているということと、オートマチックの時計は構造的に遅れがちになるということだ。だけど、それが数十分も遅れるようなことはないだろう。気難しそうだった瀬川さんならなおさらのはずだ。

「つまり、瀬川さんはその時間に殺されたってこと?」

 そうだね。少なくともその可能性は高いということだよ。

「参考程度に聞きますが、優さん、その時間は何をなさっていましたか?」

 テレビ見てましたよ。結構面白い番組でしたね。コモド島っていう島のドラゴンについて詳しくやってましたね。って疑ってます?

「失礼しました。でも、重要なことでしたので」

「わんこちゃん、優はそんなことしないよ」

 いいんだよ緋色。探偵術の基本は全てを疑うことだ。俺だって緋色を除いた全ての人間を疑っているからね。

「緋色さんは別扱いですか」

 どこか楽しそうに微笑む犬子さんに俺は苦笑。

 緋色は少なくとも弱きを助けるヒーローですからね。例え悪人であっても救おうとしますよ? 物理的に相当量のダメージは与えますけどね。

「ちょっ、優!」

「まあ、緋色さんや優さんからはそういう匂いはしないから知っていましたけどね」

 でも、と前置きを一言。

「瀬川さんを殺した犯人は明確です」

 なぜ? なんて聞かない。なんてったって、この犬子さんという人は探偵殺し。臭いを嗅ぐだけで全てを知りえる人間型嘘発見器であり警察犬なのだから。

「だけど、今ここで誰が犯人なのかは言えません」

「そんなワンコちゃん、その人を庇ってるの?!」

 緋色はともかくとして、俺は犬子さんが向けた視線の先を見て納得。そこは扉だ。つまり、向こうには蒲原さんと砂皿さんの二人がいる。つまりは二人に聞かれたくないということだろう。

 場合によっては殺人犯の名前によっておかしな行動に出られ、全てが滅茶苦茶になってしまう可能性が高い。特にこういった閉鎖空間は、ちょっとした刺激で全てを狂わせる。それこそ、殺人犯を皆で殺そうということになった後、周りの全てが信じられなくなり惨殺を繰り返し、結果として一人を残して全滅……という結果もありえるのだ。まあそのカルネアデスの板を手にするのは緋色だろうけど。

「私としては今すぐお教えしたいですけど、それでも、今はこらえてもらえませんか?」

 とはいえ、聞き耳を立てられていたら確実に犬子さんの声は拾われていると考えて間違いないだろう。ここで問題なのは、外の二人か「どちら側」なのかということだ。

「・・・ワンコちゃんがそういうならわかったよ」

「ありがとうございます」

 と犬子さんも安堵の息をつく。というか俺に対しての態度と違いすぎないか?

「そう? ボクは妥当だと思うよ?」

 ………まあ、色々と言いたいことはあるけど良しとして、これからどうしたものかな。

「決まってるよ!」

 膝を突いていた緋色は勢い良く立ち上がり、扉に向かって力強く人差し指を突きつける。

「瀬川さんの仇を討つために、ボクは犯人を見つけるんだよ!」

 黙れバカ!

「ったい! 優いきなりひどいよ!」

 誰が聞いてるかもわかんねぇのに不穏当なこと叫んでんじゃねぇ!

 振り下ろした拳を振って痛みを散らしつつ俺は嘆息。間違いなくこれは聞かれたな。と言ってもまあ半ば予想済みの折込済みなので問題はない。

「・・・嫌な思考していますね」

 そうですか? 少なくともこういう状況では有効ですよ? 無論言葉にしてないから尚更でしょうし。

「吐き気がします」

 犬子さんは、俺に対しては厳しいですね。これって差別ですよ?

「差別ではなく、これは区別です」

 同じだよ!

 とまあ、こんな会話を死体の前で行っているのだから不謹慎極まりない。この場に瀬川さんの霊魂がいたとしたら、その騒がしさに柳眉(りゅうび)を立てていたことだろう。

 もっとも、死人に口なし。死体は何も言わない語らない。何の意味もないただの塊だ。だからこそ、俺は肩を竦める。

 ほら二人とも。見るべきものは見たし、嗅ぐべきものは嗅いだだろ? だったら、そろそろ瀬川さんにゆっくりしてもらおうぜ?

「・・・うん」

「そうですね。血の臭いも気になりますし」

 言うなり犬子さんも立ち上がって肩を竦める。もっとも、彼女の場合は不快な臭いから、一刻も早く逃れたいだけのようだが。

「その台詞では私が人でなしのように聞こえるのですが?」

 俺も含めて悲しんでいないのは明白だと思いますけど?

「価値観の違いですね。人の思考を読めるからと言って、それを理解できたと勘違いしないで欲しいものです」

 それは同感です。

 そんな皮肉を返しながら、俺を先頭に出入り口の扉を開けば、それは起こった。


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