ようやく始まる殺人事件?
『ようやく始まる殺人事件?』
「救助が来ないだと!」
男性の怒声が鳴り響くと同時に、拳を叩きつけられたテーブルが大きく揺れる。
「それに余計な人間だけが増えて我々にどうしろって言うんだ!」
場所は一階のロビーの傍にあったホテルマンの控え室。とはいえ明りはほとんどついていない上に、扉の向こうは崩れた出入り口のガレキの隙間から吹き込む風で人の居れる環境ではない。むしろ、いつ崩れるかわからないような状況だ。あぁ、布団が恋しいね。
「ここにある食料や水は限られている。それに何より女子供が探検気分で来る場所じゃない!」
まったくその通りだよおじさん。あ、ちなみにこの人は被災者の一人、どんな人生を送ってきたのかは知らないけれど、ぱっと見で銀行マンに見えなくもない、がっちりとした体型の四十代だ。名前は瀬川 昭雄さん。というらしい。
「ボク達は面白半分で来たわけじゃないよ。ここに助けを待つ人がいるから来たのさ」
「いい迷惑だ!」
うわぁ、俺もその気持ちすごいわかるよ。
「優、君はどっちの味方だい?」
少なくともお前の味方ではないよ緋色。
「まあ、こっちの頭のおかしいのは放っておくとして、ボク達がここに来たということは同じ道を戻れば外に出れるって事だよ?」
「ここには怪我人もいるんだ出れるわけがないだろう」
ここにいるのは俺と緋色、それに目の前で向かい合わせのソファーに座った瀬川さんとその隣に座るスーツ姿の二十代っぽい女性で四人。犬子さんは周囲の安全を確認しに離れてるし、渚ちゃんは両親と喜びを分かち合っているだろう。
さて、ここで他の被災者の説明をするなら生き残りは後五人。そして、意識不明の重体で動かすことが困難な怪我人が二人ほどいる。
しかし、目の前の瀬川さんはどんどんヒートアップしていくな。俺としては右から左に通しているので内容は理解できないけどうるさいということだけは認識できる。そろそろ、緋色のフォローに入ろうか思った直後、瀬川さんの隣の妙齢の女性……蒲原 祭さんだ。うん、アップにした豊かな髪が色っぽいね。
「まあまあ瀬川さんも落ち着いて。こちらの紅さん達も善意で来てくれたんですから」
「・・・まあ、そうだが」
いや、いらん善意だと否定するところですよここは。
「大体君は何なんだね?」
正義の味方の哀れな付き添いです。ワトソン君と呼んで下さい。
「ふざけてるのかね君は!」
ほう? 俺の名前は真 ワトソン 優ですがなにか? ドイツの血が四分の一入ったクゥーターなんですけどね? そんな俺にはミドルネームなんて必要ないと。あらあら、これはここを脱出したら国際問題の大提訴ですね。
「あ、いや、そんなつもりはなかったのだが………」
ふふふ、いい歳の大人だけあって裁判の一言には弱いらしい。だからこそ、ここは押しの一手だ。と思ったところで、緋色に後頭部をぶん殴られる。
「優、君はそんなポンポン嘘言ってたらろくな大人にならないよ!」
だけど、大人は嘘をつくものなんだぞ? 立派な嘘をつけるようになってようやく一人前だ。
「それは詐欺師の話だよ!」
まあまあ落ち着けよ。
おっと、なんか瀬川さんが顔を真っ赤にしてプルプル震えてるな。うむ、だからこそ、俺は場の雰囲気を取りなす取って置きの一言を披露しよう。
まあまあ落ち着けよ。
「君は黙ってて!」
またぶん殴られる。
「あなたたち面白いわね」
くすりと蒲原さんが笑う。うん、メガネの似合う秘書風の美人だね。こんなところでなければ……緋色、なぜそんな目で俺を見る?
「別に。でも最近イチャイチャしてないし腕組んでみる?」
うっ、それはつまり緋色の胸が腕に当たる至福の感触! しかし、同時に尺骨が骨折しかねない圧力との板ばさみ! 迷う、俺はどこまでも迷うぞ緋色!
「君頭おかしいよ!」
その直後、蒲原さんは口を押さえて、それでも声を出して笑ってしまう。一方となりの瀬川さんは渋い顔のままだ。やれやれイジメ過ぎてしまったか。まあ、まったく後悔してないからいいけど。
「あはは、本当に面白いわねあなた達」
目に涙まで浮かべて笑む蒲原さんに、瀬川さんは釘を刺すように口を挟む。
「今の状況がわかっているのかね?」
「こんな状況だからこそ笑えるって大事なことだと思いますよ?」
となりで緋色がうんうんと頷いているが、本当にわかっているのだろうか? とはいえ、その蒲原さんのおかげで空気が和らいだのは確かだ。
「あなた達はどういった関係なの?」
「ええと・・・」
ご主人様と愛玩奴隷です。
「ええ?!」
ちなみに俺が奴隷の方です。
「そ、そんな!」
目を丸くしてくれちゃってノリの良い人だな。やはり、気持ちのいい会話というのはこう行かなくちゃね。
「だからまったく話しが進まないんだよ!」
あう、まさか緋色に真っ当な理由で突っ込まれてしまうとは。なんか、そう、色々な意味で落ち込んでしまうね?
「・・・いいかね?」
何です瀬川さん難しい顔なんかして?
「っ! ……まあいい。それより君達はどうするつもりだね? 窓の割れていないまともな部屋は残っているし、食料も一週間分以上の備蓄はあるから、居残ることだってできる」
んー、まだ渋い顔をしているのは俺達の行動に純粋な怒りを感じているからなんだろうな。まあ、何だかんだいっても良い人なのは間違いがないようだ。いや、言い方を変えた方が印象的だ。
瀬川さん、あなたは人が善いですね?
直後、俺の頭をスパンという打撃音が襲う。
「余計な事は言わなくていいんだよ!」
声色は可愛らしいが威力だけなら絶大だ。というか、一瞬意識が飛びかけたぞ。
「来た道を戻るのも、ここに残るのも君達の自由だが、もし戻るのなら救助隊に私達の状況を伝えてもらいたい」
まあ、俺としては戻りたいのも山々ですけどね。とはいえ、このままの強行軍はきついものがありますから、一夜明けてからそうしますよ。
「す、優、ボク達は・・・」
ここでお前は無力だよ緋色。俺達にできる一番は動ける人を連れて外に行くことだろうね。少なくともここに残って時間を潰すことじゃない。
「・・・優がまともなこと言ってるなんて」
お前、俺だってまともな思考能力は持っているんだぞ? ていうかそんな風に思っている男と付き合っているってどうよ?
「・・・もう、ボクは色んな意味で諦めがついてるんだね」
緋色の戯言は黙殺しとくとして、俺は改めて周囲を見回す。
広くはない。しかし、狭くもないが明りがある。これは一体どういうことか? そう疑問に思った直後に蒲原さんが口を開いて説明してくれた。うん、いいね、そういう一般的な理知キャラが欲しかったところです。
「自家発電気が生きていたらしいのよ。それをここにはいない砂皿さんて人が何とかしてくれて電気が使えるようになってるの」
なるほどね。だけど、それがどれくらい持ちそうかわかります?
「私は良くわからないけど、少なくともしばらくは持つって言っていたわね」
しばらく……か。まあ、災害などにおける非常時の装置だろうから、それこそ『しばらく』は持つだろうね。具体的な数字はホテルの従業員にしかわからないだろうけど、少なくとも今日中にどうにかなることはないだろう。
「ただ、水道は止まっているみたいね。飲み水は食堂の冷蔵庫の中にあったけど、量には限りがあるから迂闊に使えないの」
自販機で飲み物買ってきて正解だったな。
「自販機? どこにあったのかね?」
ここに来る途中の鍾乳洞の中ですよ瀬川さん。すぐにいける場所にはないですね。むしろ、ここに来る途中にあった『モノ』の方が問題な気もする。
プールに沈めといたバカは別として、ここには殺人者がいるかもしれないのだ。それこそ、目の前の瀬川さんや蒲原さんがそうなのかもしれない。
緋色はともかくとして、こうやって話している二人にだって実質的には疑いの意思を向けている。まっ、そんな意図は気づかせないけどね。
だけど、きっと犯人にはバレるだろう。俺達が女性の死体に遭遇したことを。だってそうだ。あの死体はあそこで殺されたものだ。犬子さんが何も言っていなかったというのはそういう意味なのだ。つまり、あの女性はあそこで殺された、または階段の上で殺された。そして、結果として扉に寄りかかって俺達と出合った。
ひょっとしたらあの扉の向こうが鍾乳洞探検ツアーの出口だったと気づいていないかもしれないが、それでもその考え方は楽観過ぎる。
誰が何を思ってあの女性を殺害したのかはわからないけど、それでも、その矛先はこちらに向けられるのかもしれないのだ。つまり、目の前の二人が殺されようと知ったことではないのだけれど、俺は守らなければならない。
俺という存在だけを守りきらなければならない。
緋色を守る? そんなのは物語の主人公に任せておけばいい。むしろ、緋色は守る必要がないほどに突き抜けている。逆に、俺という存在が足枷になるだけだ。だから、緋色を守るつもりはない。
犬子さん? 渚ちゃん、その両親? 関係ないね。知られれば皆から軽蔑されるはずだ。だけど、それが何? 俺はヒーローじゃないのだから、全ての面倒まで見切れないのだ。だからこそ、こうして会話を続けながら、できる限り、自分に都合のいい状況を作り上げようとしている。
我ながら最低だ。だけど、僕はそんな自分が大好きです。
「外の状況はどうなってるのかね?」
「救助の人達は来ているけど、外に出ることのできた被災者の保護が難航してるね。爆弾性低気圧がここを直撃してるから、それが抜けるまでヘリも飛ばせないし船も出せないんだ」
「絶望的な状況だな・・・」
「そうでもないと思いますよ?」
蒲原さんが明るい声の調子で瀬川さんを慰める。
「私達にはこうやって屋根のある場所がありますし、紅さん達が救助を呼んでくれればすぐに救助隊が来てくれます」
そうですね。俺達が戻れば、どこかにいるかも知れない被災者から、そこにいる被災者として早急に手が打たれるでしょうしね。
「・・・まあいい」
瀬川さんは締めくくるように息をつき、ソファーの背もたれに身体を投げ出すようにして身を沈める。
「君達は休みたまえ。私はこの部屋にある災害時用の無線機を弄ってみる」
ああ、あの部屋の壁に打ち付けてある、災害時ってラベルのボックスの中身ですか。なんかでっかい昔のラジオって感じですけど使い方わかるんですか?
そんな俺の問いかけに、瀬川さんは相好を崩し子供のように笑う。
「私達の若い頃はこういった機械を弄って遊んだものさ。周波数の細かい数字は忘れたが、なんとかなるだろう」
人は意外な特技を持つものなんですね。
「優、失礼だよ!」
まあまあ緋色、こう見えても俺は褒めたんだ。こんな堅苦しいおっさんでも、笑えばそれなりに愛嬌があるんだと。
「それを言葉にするなと言ってるんだよ!」
「・・・君達」
なんです瀬川さん?
「もう行きなさい。ええと蒲原君、悪いのだが彼等を案内してくれないかね?」
「いいですよ」
にこやかに笑う蒲原さん。立ち上がった彼女に促されるようにして俺達も席を立つと、瀬川さんが口元に紙巻タバコが挟まれたことに気づく。フィルターが茶色い珍しいタイプのそれはなんとなく印象に残る。そして、目が合った瀬川さんが苦笑。
「さすがに未成年の前では吸えんよ。それにこのタバコは臭いが強くてね」
なるほど、ではがんばってください。
「君に言われるまでもない、ほら早く行きたまえ」
こっちも言われるまでもない。というわけで、先に出ていた緋色と蒲原さんに続いて扉を潜ると、後ろ手で戸を閉じる。
まあ、これで色々とわかった上に、救助隊が来るまで時間の問題といったところだ。これなら、少なくとも、俺達が危険地帯にいる必要はなくなったというわけである。
緋色に不満は残るだろうけど、渚ちゃんとその両親の脱出を手伝っていればその間だけは問題なしだ。
「それじゃあ、紅さんに真君案内するわね」
ああ、俺のことは優で結構ですよ。緋色もファーストネームで結構です。
「うん、そうだね」
「いや、でも・・・」
俺も緋色も苗字に関しては思うところがありましてね。それに、代わりと言っては何ですが、俺も蒲原さんの事は祭さんと………
「・・・優?」
とはいえ、親しき仲にも礼儀ありですね。ねぇ蒲原さん?
「ふふ、本当に楽しい人達なのね」
そんなこんなで会話し続けながら明りの少ない通路を歩き続ける。時折見える血痕のようなものがご愛嬌だが、やがて通路の突き当たりに辿り着くと、蒲原さんは左右を指差した。
「結婚していない男女を同じ部屋にするのも問題があるから、一応それぞれ別の部屋にしてもらうわね?」
まあ、僕としましては非常に残念ではありますね?
「ボクとしては安心かも。だって優すぐにエッチィことしようとするんだもの」
何を言う緋色。俺はいつだってジェントルなつもりだぜ?
「ソウデスネ」
お前信じてないだろ?
「うん、当然だね」
あっさりと俺の人格を否定した緋色は思い出したように、蒲原さんへと問いかける。
「ええと、渚ちゃんの部屋はどこなのかな? できるなら少しくらいお話したいんだけど?」
「港さん一家ならここから二部屋先の左手側で休んでいるはずだけど、今日はよした方がいいと思うわ。あの女の子もご両親と再会したばかりだし、三人とも疲れているはずだから」
他の部屋の配置はどうなっているんですか? 例えば蒲原さんはどこでお休みになるご予定で?
「私は右手側の奥から三番目ね。同じ女性の砂皿さんが同室の予定だから、忍び込んだらダメだからね?」
腰に手を当て前屈みになるという扇情的なポーズの上に、小悪魔的な微笑で「めっ」てな仕草に俺は少しときめいてしまう。っておい、緋色目が怖いぞ!
「ボクというものがありながら、優はすぐよそ見するんだから」
というか砂皿さんて人は女性ですか。てっきり男性だと思ってましたよ。ってな感じで話を逸らしてみる。だって緋色の眼光が段々剣呑になってきたし。
「最近の女の人は機械にだって詳しいわよ? 就職難は女も同じだから多芸じゃないとね?」
世知辛い世の中ですね。
「右手側二番目は瀬川さんね。本当は優くんと同室になって欲しかったところなんだけど、瀬川さん一人でないと寝れない体質らしいのよ」
歳食ってる割にはわがままな人なんですね。
「優、そういうのはデリケートって言うんだよ」
そうだな。誰しもがお前のようなバリケードではないんだよな。
「ふうん、優はそんなバリケードみたいに引き裂かれたいということなんだね?」
ははは、冗談ですよお姫様。僕の可愛い緋色嬢がそんなことするはずがないじゃないですか。ましてやあなたは白百合のように繊細な……百合、百合はいいね?
「うん、そろそろグーで殴っていいかな?」
やめれ。
「話は逸れてしまったけど左手側の二番目は犬神さんていうあなた達のお友達ね」
そういえば犬子さんどこいった? 歩ける範囲はそんな広くないはずだけど。部屋で休んでいるっていう選択はない。なんせ紅家に雇われてるのに、その家の人間である緋色に挨拶なしというのは大人の選択肢としてはありえないはずだからね。
「でも、わんこちゃん権力とかそういうのはうといからね」
まあ、そんな気がしないでもないのが怖いところだけど、蒲原さんはどこにいるか知っていますか?
「ごめんなさい。私も良くわからないの。臭いが何とかと言ってて・・・」
まあ常識の範囲で考えるなら、犬子さんの言っていることは意味不明な部分が多いだろうな。なんていったって読心術も持ってるしね。
とはいえ、犬子さんはどちらかといえば一般人寄りだ。緋色のような力はないし、どちらかといえば小柄なだけの女の人だ。万が一の事態が起こった場合、一番無力なのは彼女なのだ。
緋色、犬子さんどうする?
「ボクは探しに行ってくるよ。優は……来るわけないよね」
おい、お前、さりげなく俺の事を人の心配すらしていない人非人と思ってないか?
まあ、実際なんとも思っていないのは秘密だ。
「ばらしてもいいんですよ?」
それはご容赦を。
「あ、ワンコちゃん」
緋色の言葉の通り、薄暗い通路の先から足音なく姿を現したのは、別れた時から若干薄汚れた姿に変った犬子さんだった。相変わらず前髪で両目は隠れているが、その顔色は疲れからか青白いようにも見える。
「体調は悪くありません」
「は?」
とは蒲原さんの言。なんせ、何も言っていないのに自分にとって関係ないことを言われれば面食らうのは当然のこと。とはいえ、緋色や事情を知った俺は肩を竦めるだけで済ませてしまう。
「すみません、心配させてしまったようですね」
いえ、無事を信じてましたよ?
「何かわかったことあった?」
「ええ、いくつか」
シカトかよ。ていうか少しは信じる努力をして見ませんか?
「優、嘘しか言わないもの」
「嘘とわかっていて、突っ込むのは疲れます」
ひでぇ扱いだ。
「わかったって、一体何がわかったのかしら?」
と蒲原さん。少し戸惑った表情なのは、時折、会話の内容がぶつ切りなのに通じているからだ。
「簡単に言うとですね、死体の臭いがほとんどないのですよ」
「っ」
蒲原さんは小さく息を呑む。
「そんなものを探してたの? なんていうか不謹慎だと思わないの?」
「要救助者の可能性だってありますからね」
彼女の不愉快成分でも嗅ぎ取ったのだろうか? 付け加えられたフォローの一言にそんな感想を抱く。
「正解です」
いや、解答はいりませんから。
「私も全てがわかるわけではないのですけど、それでもここは少し変ですね」
もう少し調査の必要があるかもしれない。犬子さんはそう言った。だけど、どうせ明日には脱出するのだから、無理に首を突っ込む必要はない気もする。なんせここには人殺しがいるはずなのだから。
「そんな危険があるのですから私が調査をしているんですよ」
とこの時、蒲原さんに服の袖を引かれていることに気づき振り返ると、困った顔で俺の顔間近まで接近した彼女と視線が重なる。
「・・・ねぇ、この人なんなの? さっきから一人でしゃべっているけど」
いや、ちゃんと会話していましたよ? 声には出してませんけど。
「だから、誤解されているのだと思いますけど」
ちなみに今回も言葉にしてないぞ?
どうしました蒲原さん? 顔色が悪いようですし、部屋に戻っては?
「・・・ちょっと、そうさせてもらうわね。それじゃ何かあったら私か、瀬川さんに言って頂戴」
わかりました。
そして、額に手を当てた蒲原さんは、自身の部屋の中へ逃げるようにして消えていった。ここで俺は嘆息。
わざと怖がらせて追い出しましたね?
「誤解です」
俺でも嘘だとわかる嘘ですね。
「私も修行が足りないようですね。まさか優さん程度にばれてしまうとは」
つーか出会って数時間で~~程度なんて表現をされる覚えはねぇぞ。
でも、そんな突っ込みで時間を無駄にするのも面倒だ。とりあえず蒲原さんを追い出した理由はなんなんです?
「とりあえず誰かの部屋で相談しましょう。大きな声でしゃべるようなことではありませんしね」
じゃあ、俺の部屋にしておこう。一人で眠るために緋色成分を部屋に充電しておく必要がある。
「うん、話を進めるために突っ込まないで置くけど、次は警告しないからね?」
怖い台詞をさらりと聞き流しながら、俺達はそのまま扉を開いて中に入り込む。
「なんというか監獄みたいな部屋だね」
「窓すらないのですか」
広さとしては六畳程度か。一応電気がつくか確認すればスイッチ一つで部屋の姿が浮かび上がる。
とりあえず扉の右手側にはトイレとユニットバスが一緒くたに用意されているが、水が流せない今は無用の長物だ。後は部屋奥に置かれた二段ベッドと、部屋中央の壁際に設置されたブラウン管テレビとハードディスクレコーダー、その手前に置かれた二枚の座布団がこの部屋にある全てだ。
とりあえず俺がベットのふちに腰掛けて、残った二人が座布団に腰を下ろす。ちなみに畳です。
「それで、わんこちゃん。わかったことって何?」
緋色、少しはくつろいでからにしないか? そこらへんに投げてあるバッグの中に茶なんかも入っているし・・・
「そんな暇はないんだよ! だってボクの助けを待っている人達のことがわかるなら早いに越したことはないんだよ!」
スイッチ入っちゃったよ。
「盛り上がっているところで悪いのですが」
犬子さんは言う。
「ここに私達以外の生存者は存在しません」