遭遇戦
それは髪だった。
長くもないが短くもない脱色された髪。だけど、それすらもまだらに染まって粘着質な音を立てて、コンクリートの階段に張り付いた。
・・・ははは、こいつは愉快だ。
べちゃって音がしたんだぜ? 現実でだってゲームだってこんな音は滅多に聞けない。濡れたタオルを地面に叩きつけたってこんな音はしない。もっとドロドロとしたものを含ませて………やべぇ、やべぇよ。
さすがの俺だってびびってる。これ以上扉を開きたくない。だけど、
俺は引いた。脱力するようにして扉を引いた。
音はない。だけど、手にかかっていた圧力が消えた。扉が勢い良く開いたが知ったことではない。何よりそれは、それより先は、覚えていたくもない。だけど、忘れられない勢いで広がった。
「渚ちゃん、見ちゃダメ!」
当然のことだけど、放っておけば人間一人分の質量が俺に襲い掛かり、受け止め切れなければ後ろへ倒れる。つまりは緋色と渚ちゃん、犬子さんに怪我をさせてしまうということだ。
うん、それは良くないのはわかっている。だから俺は選択した。当たり前のことだけど、受け止めるという選択はない。
・・・だって、服が汚れるから。
というわけで右腕を力の限り一閃。フックの軌道を描く俺の拳はそのまま硬い物に激突し、その分の運動量を物理的に開放。
拳は確かに痛んだけれども、その甲斐もあって、俺に向かって倒れ掛かってきたものは鈍い音を立てて地面に落ちた。・・・無論、濡れたような音を鳴らして落ちたのだ。
「す、優、なんて事を・・・!」
肩越しに振り返れば、渚ちゃんの両目を手で覆った緋色が慌てたように叫んでいた。おいおい、ヒーローたるものいつだって冷静であれ、だぞ?
「・・・仏様は大切にすべきです」
との言は鼻をつまんだ犬子さん。
しかし、その言葉で再確認。俺は改めて眼下の地面に張り付いた「それ」を一瞥。
ああ、そうだね。そういうことだよね。俺は改めて自分が行った行為について考えて見る。
あの時は危険だった。だから俺は、俺に向かってグチャグチャに砕けた顔面を向けて倒れ掛かってくる死体の側頭にフックを叩き込んで方向を逸らした。そして、その死体は俺の拳から血の糸を引きつつも、勢い良く顔面から倒れこんだというわけだ。
・・・完。
ああ、うん。確かにまずいな。せめて逸らす程度にするべきだったか。
「あなたは、怖い人ですね」
ん? どういう意味です犬子さん?
「あなたは……いえ、今は良いです」
なるほど、後で気が向いたら教えて下さい。
さて、このままじゃまずいし、どうしたものか? 一応現場保存の必要があるし、俺が見たところによるとどうみても「他殺体」だもんな。
「他殺体? どういうことだい優?!」
緋色、君は気づかなかったのか? 今の死体は顔面を滅茶苦茶に破壊されてたよ? ましてや鼻骨なんかは完全に陥没していた。これは鈍器による振り下ろしでもない限りあんな傷ができることはない。少なくとも階段から転げ落ちた程度ではああはならない。少なくとも衝撃で眼球がはみ出て、圧力で皮膚が裂け、頬骨が砕けて、鼻が陥没することなんてありえないんだよ。………わかったかい?
打撃音。
というか目の前が一瞬ブラックにフェードアウト。つまりは蹴られた。うん、言うまでもなく緋色にだ。なにしやがる。
「それはこっちの台詞だよ! 渚ちゃんがいるんだから少しは言葉を選んでよ!」
難しい注文だな、それ。
「逆に、さっきの一瞬でそこまで明確に覚えていられることが驚きですね」
まあ、緋色に連れられて色んな事件に首突っ込んでますからね。注意力のない相棒のためには瞬間記憶の技術はある程度習得済みですよ。
「私が言っているのはそういうことだけじゃありませんよ」
ふむ。まあ、そのお話しも後でということで。
「そうですね」
とりあえずは、この遺体の確認くらいはしとくべきか。
おい、緋色。渚ちゃんと犬子さん連れてそのまま上に行ってくれ。俺もすぐ行くから。
「う、うん」
「それが良いですね。上には誰も居ないですし、危険な匂いはありませんから大丈夫です」
犬子さんとしては一刻も離れたい匂いなのだろう。俺でさえ、このまとわり突く血生臭さは閉口してしまう。まあ、マグロも鉄分の味と匂いがするから間近で嗅げば似たようなものかもしれないな。
「っ」
「それじゃ優すぐくるんだよ?」
ああ、わかってるよヒーロー。君こそ二人を頼んだぜ?
そして、遠ざかっていく足音を背に、俺はしゃがみこむ。うむ、ここまで間近で死体を見たのは久しぶりだな。とはいえ見るべきものは見ないとね。というわけで死後硬直の終わった死体に手をかける。
グニャリとした生々しい感触。確かに人形ではないようだ。しかし、この微妙にヌルイ体温からいって死亡時間の推定はほぼ無理だ。なんせ室温が高い空間に放置された死体だから死後硬直の時間もあてにならないし終わった後なら尚更だ。まあ少なくとも八時間以上経っている事しかわからない。
ああ、八時間の理由? 左腕の手首につけられた壊れた時計の針が八時間前で止まっているからだよワトソン君。って俺は誰に話しかけているのだろうか? ちょっとむなしくなってしまう。
まあ、確定ではないけど、こちらは落下時に壊れたのだろう。だからこそ、死亡したのは少なくとも八時間前よりは前ということか。
現在の時刻は四時三十分。正確に言うなら十六時三十分。そして、この死体が死体になったのは朝の八時三十分前ということか。その時間帯はご飯の準備をしていたはずだ。あの頃は、こんなことになるとは思っても居なかったのだけれど、人生というのはわからないものだ。
さて、後は身元の確認か。とりあえずうつぶせの身体を起こして改めて状態を確認。
・・・うん死んでる。
どこまでも死んでるね。
顔の原型なんてわからない。どこまでも撲殺されてしまった遺体でしかない。何でここまで? と思わなくもないが、それを考えるのは俺の仕事じゃない。というわけでスーツの内側に手を忍ばせる。勿論その手は身体に触れてしまうけど顔面を破壊された死体に欲情するほど変態ではない。まあ、破壊されていなくとも死体に欲情はしないが。
そして俺はカルティエの財布を見つける。
なんか、女性にしては珍しいな。だってそうだろ? スーツの内ポケットに財布をしまう女性なんてなかなか居ない。たいていはバックに入れるのが常だ。なら、この場合は特例か? まあそうなのだろう。気に留めるようなことでもない。重要なのは中身だ。
悪いと思いつつも……すいません実は思ってません。とまあ中身を見ます。
あるのは複数の紙幣とレシート。そして、免許証があった。当然のことながら名前を確認。
『マグロ ニャン太』
ふむ、聞いたことのある名前だね。というかどこまでもピンポイントな名前だね。
さて、これはどうしたものか? いや、知ってしまったからには緋色達にも言うしかないだろう。ちなみに免許の期限は舐められたら無効とある。………ナメネコじゃねぇか。いやまあ好きだけどね。
個人情報的なものは何一つとして残っていない。意図的に抜いたのか持っていなかったのか非妙なところだが、よほどのセレブでない限り、何らかの会員カードくらい持つものだ。ましてやナメネコ持ったセレブなんていないだろうしな。
顔がこうでは年齢不詳で正体も不詳。結論としては何もわからなかったということだ。……いや、二箇所不審なところがあった。
見ればストッキングに包まれた右足の脛の箇所に破れがあった。詳しく見てみるとその箇所は多少の擦り傷と青いあざが刻まれていた。
そして、もう一つの不審とは、ずれたスーツの隙間、鎖骨の位置である。そこから見えたのは……銃創だ。引き連れた皮膚のこわばりが目立つ醜い傷跡。
おいおい尋常な傷じゃないぞ。というか常識においてありえん傷だぞ。無論古傷のようだが、それでも十分常識から乖離したそれだ。
・・・まあいいさ。気にしないでおくとしよう。どうせ、犬子さんにはばれてしまうだろうしね。詳細は言わないけどな。
さて、わかることだけはわかったし、緋色達が待っているからこそ進もう。俺は立ち上がりつつ、横たえた死体を一瞥。
運がなかったね。
返事はない。ありません。あるわけがありません。
だからこそ俺は苦笑してしまいます。そうして、また一歩を踏み出して、恋人のいる場所を目指しましたとさ。
「優何かわかった?」
何かって何かな? 俺としては君が何のことに対して何と聞いているのか知りたいな。
「・・・真面目に答えて」
うん、身分証持ってなかったから誰なのかさっぱりわからなかった。現時点では彼女が何者なのかはまったく不明だね。まあ、持ち物の趣味が若干若い人のものだったから、渚ちゃんの関係者じゃないと思うよ。
「もう、最初からそういってよ」
言って頬を膨らます緋色の可愛らしさはたまらないが、それでも全てを言うことはない。もっとも、
「それだけなら良いんですけどね」
その隣の犬子さんには全てが伝わっていなくとも、ある程度は悟られてしまっているようだ。まったく厄介な人だ。……本当にまったくね。惚れてしまいそうだ。
「下手なこと考えますと、緋色さんが殺人者になってしまいますよ?」
肝に銘じておきますよ。ところでここはどこですか? 内装の様子からいってホテル内の廊下に辿り着いたようですけど?
まあ、もっとも、壁には亀裂が入り、ずれた断面からコンクリート色が覗いているし、明かりも非常灯くらいのものだ。現にあまり目の良くない俺としては、顔というより体型から個人を判別してるくらいだ。……うん、良く育っている。
「優、僕は目が良いから優が何を考えてどこを見てるかわかってるんだからね?」
なんと言われようとこれは男の本能です。目は逸らしません揉むまでは。
「そんなことばかり言っていると某国の末期のごとく大敗を喫しますよ」
というかそれは日本です。
でも、これからどうするべきだろうか? 俺としてはこのまま進むなら安全の確保できる場所を用意しておきたい。長期の滞在をする気はないけど、それでも安心して休める場所があるとないとでは消耗の度合いがまるで違う。ましてや、渚ちゃんのような未成熟な体の持ち主は回復も早いが疲労も早い。
でも、現在地も良くわからないし、ここが何階なのかも良くわかってない。
「詳細はわかりませんが地下一階のはずですよ」
ほほう、なぜそれを?
「パンフレットで確認しました。地下一階のアミューズメント施設に鍾乳洞探検ツアーの出口があると記載されていましたので」
他の施設はなんですか?
「流れるプールらしいよ? 機会があれば入りたいよね」
絶対にそんな機会はないと思うけど……悪い気はしませんねぇ。
ま、それは次回に回すとして、この地下一階やその上の階の構造はわかりますか?
「そこまではちょっと、パンフレットは点字で打たれてましたけれども図面はわからないですしね」
ああ、それもそうか。犬子さんは万能過ぎてついつい健常者のように扱ってしまう。まあそれがいい事なのか悪いことなのかの判断はオレにはつけられないけどね。
まっ、結論としては進むしかないということだ。しかし、それでも意味は変ってきている。そのことに緋色は気づいているのだろうか?
「気づいていないと思いますよ?」
心を読まないでください犬子さん。
「他殺体があったということは、ここにあの女性を殺した人間が潜んでいるかもしれないという可能性を内包していますからね」
このアマ無視しやがった。
とはいえ可能性を補足するなら、確実に潜んでいると断言してもいい。
「なぜですか?」
ここに来る前までに一切の足跡などの痕跡がなかった。少なくとも洞窟の中から外への足跡はね。勿論風が強いから足跡が消えた可能性も拭えないけど雨風で固まった砂浜の足跡が完全に消えたとも思いづらいですからね。
「………なるほど。思っていたよりも優さんは探偵向きかもしれませんね」
あはは、俺の役割は緋色の横でゴチャゴチャ言っているワトソン君がお似合いですよ。もっとも、相棒はホームズと呼ぶには頭の回転が足りてませんけどね。
「優、聞こえてるよ。ところでどうする?」
なんだねミスホームズ?
「このままここにいるわけも行かないからね。ボクとしては進めるだけ進みたいんだけど」
現状では休めるような場所がないからそれも賛成と言いたいところだけどね。だけど、とりあえず必要なのは小休止だ。何度も言ったけど渚ちゃんが限界だよ。
「プールの更衣室はどうですか? ベンチくらいならあるでしょうし」
犬子さんの提案に賛成。というわけで犬子さん場所わかります?
「水の匂いがする方向に進めばあるでしょう。というわけで緋色さんたちついてきてください」
言って進みだす犬子さんに続くようにして緋色と手をつないだままの渚ちゃんが歩き出す。というわけで俺は殿です。
「渚ちゃん、もうちょっとだからねー」
「うん!」
うむ、子供は元気が一番だ。
進みだして五分位したころだろうか? 相変わらず薄暗いガレキ塗れの通路を歩いていた先頭の犬子さんが足を止める。
どうしました?
「誰かいます」
視線を先に向けるけど、見えるのは非常灯の緑と赤の明り、そして、直線に続く闇だけだ。
「ここから五メートルほど進むと扉があるようです。入り口は二つあり、男女それぞれの更衣室のようですが、片方から生きている男性の匂いがします」
「まさか、ここに閉じ込められた遭難者?!」
叫び、渚ちゃんの手を離し飛び出そうとする緋色の襟首を掴まえる。勢いのままに気道を圧迫されたようで「ぐぇ!」というカエルの悲鳴じみた声を上げて静止。
「優、すぐそこにボクの助けを求めてる人がいるんだ、それを止めないでくれ!」
黙れバカ。犬子さん詳細わかります?
「少なくとも怪我はしていないようですね。でも………」
言いよどむという事はろくな展開ではないようだ。
「血の臭いがします。それに火薬の匂いと」
一瞬、言葉が止まる。しかし、それこそ一瞬だ。続いた言葉は、
「人殺しの臭いがします」
「っ!」
それがどんな匂いなのかは知らない。むしろ知りたくもない。だけど、犬子さんの顔を見ればわかる。それはどこまでも腐りきった汚泥の臭いなのだろう。救いはなくそこにいるだけで何もかもを狂わせる相容れぬ世界の臭気。
「人を殺してしまった人と人殺しの臭いには違いがあります。結果として殺してしまった人の匂いは時間が経てば拡散していきます。だけど、意図して殺し続ける『殺人鬼』は腐ったりんごのような臭いが全身に染み付いています。それはおそらく脳から分泌される………」
そこから先の言葉には興味がない。特に聞く必要もないだろう。だからこそ、俺は緋色の横に並んで問いかける。
どうする? と。
「・・・・・っ」
緋色は唇を噛んでいる。まあ、それも仕方ない。なんせ、初めて見つけた被災者が殺人鬼なら喜ぶに喜べないからだ。
「どうします? こちらには私と渚さんもいますし、引き返すのも選択の一つです」
火薬の臭いというからには銃の一つでも持ってるかもしれないし、俺としては戻りたいところだけれども、逆に言うならそこにある危機を放置することによって今後の行動に影響がでるかもしれない。それこそ、渚ちゃんや犬子さんの命に関わる致命的ななにかとしてね。
「ボクは・・・」
「っ! 動きました!」
その瞬間の行動は迅速だった。
目の前の暗闇から何かが飛び出す衣擦れの音。それが行動を起こすよりも先に、緋色は渚ちゃんを抱きかかえてうずくまり、俺は壁に犬子さんを押し付けて足を払う。
「きゃっ・・・!」
犬子さんの意外に可愛らしい悲鳴を鼓膜で拾いつつ、黒い影が突き出しているであろう銀の何かに視線を合わせた。当然だ、俺の頭上には非常灯がある。つまり、俺だけの姿が明確であり、狙うならそこしかないという状況。
銃声は思ったよりも軽い破裂音。それよりも先に身をかがめていた俺の頭上を弾丸が貫いていく。わずかに遅れて壁を反射し後方に跳弾していく音が残響音として響くが危機は依然終わっていない。つーかこの状況動けるの俺だけじゃん。
続く二射目。だけど、これもまた半身になった俺の服を掠めて抜けていく。どうやら当たりやすい胴体に狙いを変えたようだけど、それはどこまでも手遅れだ。
俺はつま先を内側に向けて二回のステップ。それだけで暗闇の中の影と急接近。視界に入ってきたのは銀色の銃口を構えた赤髪の男だった。美形ではないのだがどこか野生じみた雰囲気を持つ吊目の男だ。そして、その顔は驚いたように目を見開き、同時に面白そうに歪んだ口元が印象的だった。
そして、狙いが調整されていくのは俺の肩。どういうこと? 殺すつもりならこの場合顔を狙うしかない。半身で急所をガードしてるからね。
だけど、そんなことを考えている暇はなかったりします。というわけでステップから踏み込んだつま先を更に内側へとひねりこみ、肩から左拳射出。
肩から肘へ、肘から手首へ、手首から生まれた拳という弾丸は、銃口に激突した瞬間握り締められる。これは人を殴るという行為において基本だ。接触時のインパクトは銃を暴発させかねないが、基本ゆえに威力は十分。形こそジャブだけど、腰を落とした赤髪の男の右腕は真上に跳ね上がっていた。
てゆーか痛い! 素手で拳銃なんて殴るもんじゃない。
「はっ!」
目の前の男は牙を剥いて笑う。ってそこ笑うとこじゃないだろ? 少なくとも拳を引く反動で跳ね上がった右足は男の顔面を蹴り抜く軌道だ。場合によっては頚骨すらも砕けるそれを笑ったまま、
「らぁ!」
額を叩きつけて止めやがった! 鍛えられていない脛が砕けたかのような痛みに、俺は悲鳴にならない悲鳴を上げて体勢を崩してしまう。
その隙を突いて身体を起こす赤髪の男。その身体は鍛え上げられた筋肉質の痩躯。そこから伸びた左手が俺の右襟をつかみとって力任せに引きずり倒されてしまう。その頭上から落ちてきた男の右ひじが首の根元を打ち抜いた。
っ! 一瞬意識が飛ぶ。
だからこそ、だろう。男が俺の頭上を越えて走り出す。逃げるつもりか? だけど、この間まで稼いだ時間は約五秒。ってたった五秒かよ! 少なくとも俺の中では数分以上の時間経過があったように感じられますです。
でも、されど五秒。その五秒という時間さえあれば、緋色の準備には十分過ぎた。
「バーニング緋色ソバットぉぉ!」
射線から渚ちゃんをはずし、床を蹴った緋色はそれこそ弾丸のような速度で暗闇を斬る。そして放たれるのはライダーもびっくりなただの跳び蹴りだ。だからこそどこまでもシンプルで、シンプルゆえに威力は絶大だった。
ぎょっとした赤髪の腕を掠めるようにして緋色の足裏が壁に突き刺さる。
轟音。
それこそ、地震の如き振動が周囲を揺らし、壁に無数の亀裂を走らせた。うん、つくづく人間業じゃないなぁ。
「って冗談じゃねぇ!」
慌てたのは赤髪だ。まあそりゃそうだよね。人間がハンマユウジローに勝てるわけがないように、正義のヒーローに悪人は勝てないようにできています。
「いきなり撃つなんて信じられないよ。そんなあなたをボクは許さない! 正義のヒーローが君に正義の一撃で目を覚まさせてあげる!」
いや、あれくらったら人間永眠するから。
「ザケンな! テメェ等一体ナニモンだよ!」
正義の味方とその連れです。というかあなたみたいな確定犯罪者に何者かと聞かれたくなかったりする今日この頃。
「そっちのひょろい兄ちゃんはともかく………」
「バーニィング緋色ナッコォォォーーーーー!」
「うぉぉぉおおおおーーーーー!」
握り締められた正義の拳がコンクリートの壁を一撃にて粉砕。続くジャブとストレート、左の回し蹴りのコンビネーションが赤髪の犯罪者を狙うけど、全てが紙一重というか身を投げ出すような情けない回避に空を切る。だけど、そのたびに破壊音が鳴り響き、震動と共に粉砕されていく。
さてさて手ごろなガレキ拾っておこう。うん、これなんていい感じ、重量二キロくらいのコンクリートの塊。直接殴ると拳痛めるしね。
「ひぃぃぃぃぃ!」
ちょうどその時、情けない悲鳴を上げて足元に転がり込んでくる赤髪。うん、丁度いい位置だ。俺は両手で持ったコンクリートを頭上に掲げ、首を上に向けた男と視線が合った。
「っ!」
どんな石頭も本物には勝てないよね?
そして、振り下ろす。遅れて鈍い音が半壊した通路に響き渡り、轟沈。