表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
2/18

始まり

『孤島でサスペンス』



 春という季節は良い。それは桜の咲く季節だ。

 国花に指定されているからこその美しさと、それゆえの(はかな)さ。不安定な気候の中で不安定な存在の花。日本という、半ばまで腐敗した世界だからこそ桜は美しく咲くのだろう。美しいゆえに影があり、だからこそ、昔から語られているではないか。

 狂い咲く桜の下には死体が埋まっている。

 そうなんだろうね、だから日本の桜は美しい。死体は無くても腐敗した空気が、土壌が、人の想いが桜を美しく染め上げているのだ。

 キッチン脇の窓から覗くのは公園とそこで桃色の花弁をちらつかせる大輪の桜畑だ。

 なんと言うべきが素直にキレイだとは思っているのだけどそれを認めるのがなんとなく(しゃく)なので、先程までのような思考にとらわれていたわけだけど、結局はキレイだと思ってしまうだけでそれ以上の感想は何も出てこない。ついでに言うなら別に花が好きなわけでもなんでもないので、何の名残も無く手元に視線を戻します。

 眼下にあるのは包丁とまな板。作っているのはチャーハンだ。具は卵とひき肉。隠し味にカツオの塩辛を香ばしく炒めて使っている。

 家庭用コンロだから火力が足りない気もしないでもなかったけど、俺は二枚の皿に半分ずつ盛ると、同じように用意してあった蓮華を載せてキッチンを出る。

 リビングはそんなに広くは無い。そして物も余り無い。七畳半のリビングは半畳ほどのガラステーブルとそれぞれ用意したクッションがあるだけ。FAXや生活必要品を除けば写真立ても小物も無い殺風景な部屋だった。

 まあ、これには色々理由がある。

 俺とその同居人はどんな地域にも定住しないのだ。早ければ数日、長くても二ヶ月もいればすぐに引っ越してしまうのだ。そうしなければならない事情があるし、そのためにも必要なものは最小限にとどめておく必要があるわけだ。ゆえに、気が付けばいつも部屋は殺風景です。俺の恋人は可愛い小物が好きなようだけど、集め始めるときりが無いから本人自身が使う携帯のストラップなどに限定される。

 さて、チャーハンを置いたけれど緋色の姿は今だ無い。まあ、あいつ朝は弱いしね。

 リビングから続く廊下の先にあるのは寝室。そこまで足を伸ばすのは面倒なので、俺は声だけ向けてみる。

 緋色―朝だぞ、ご飯だぞー。さっさと起きないとまずくなるぞー。

 ちなみに炒めてあるとはいえカツオの塩辛使っているので冷えると言葉にできないまずさの食物と化します。

 そんな俺の意思が伝わったのか、寝室の方からガサゴソと蠢くような音が聞こえてくる。んー、なんというか萌える。きっと寝ぼけた頭で扉を探して徘徊しているのだろう。

 姿は見えずとも、共に暮らして一年だ。緋色の行動くらい目を閉じていてもわかってしまう。そして、飽きることなく思ってしまう。

 たまらない。と。

「おはよー優」

 ガチャリと音を鳴らして寝室の扉が開く。そこから現れたのは当然のことながら緋色だ。髪はくくっていないため乱れ放題だけど、そこが「くる」のは言うまでもない。

 なおかつパジャマ代わりの大きめなワイシャツは完全に俺の趣味だ。襟の切れ間から見える細い鎖骨とうなじの具合は、もう……もう!

 ふー、危ない危ない。

 しかし、シャツの裾から見えそうで見えないショーツの白もこれでまた・・・

「・・・優、君は朝から元気だね」

 当然だ。言うまでもない。

 緋色、君にはわからないのか? 年頃の男子……つまりは俺のような常識的な男性にとっては、お前みたいな美少女のこだわりポイントが爆発な場合は思考が時空を越えるんだぜ?

「うん、どうでもいいから、ごはんチョーダイ」

 まったく、朝だからとはいえテンション低い奴だな。沸点が低いのはキレやすさだけにしておいて欲しいものだ。

「まあ、確かにボルテージは少し上がったかもね」

 眠気を吹っ飛ばしてにっこり笑った口元は八重歯が覗いていた。ヤバイ、やられる前に話を逸らそう。

 というわけで緋色を無理やり座らせて、俺も腰を下ろすとおもむろに蓮華(れんげ)を手に取った。

「いただきます」

 緋色は朝が弱いから朝食の用意は主に俺の仕事だ。まあ、ほっとけば昼まで起きないのが緋色だからそれはそれで構わないのだけど、一食抜くだけでも体調も体型も簡単に崩れてしまうものだ。だからこそ俺は、緋色の健康と俺の視姦のために今日も食事を作っています。

「あ、おいしいねこれ」

 当然だ。料理の才能のない恋人のおかげで三食健康的な食事のために、どこまでも必死に勉強した結果だからね。

 しかし、今日もまた俺の作った食事によって緋色の胸と尻に栄養がたまっていくかと思うとこれはこれで畜産の喜びが味わえようというものだ。それこそ、収穫の時が楽しみで仕方ない。

「なんか、ろくでもないこと考えてるような顔してるんだけど?」

 気のせいだ。これ以上ないほど気のせいだ。緋色、君は恋人である俺を疑うのか?

「うん、だって優、頭おかしいもの」

 緋色、テメェは俺を怒らせた。

「ボクはディオじゃないけど危険察知能力くらいはあるからね。君のいやらしい視線の意味くらい理解できるよ」

 時止めて胸揉んだろーか。とはいえ、俺達はそのまま食事を続け、二人揃って終えたところで空になった食器を流しに持っていく。その流れで電気ポットのお湯が沸いていることを確認すると、ペアではないマグカップを二つ用意してインスタントコーヒーを入れる。

 俺はミルクのみ。緋色はミルクも砂糖もたっぷりだ。ふっ、子供味覚め。

「ありがと」

 カップを受け取った緋色。俺もそのまま腰を下ろして、朝ながらののんびりとした時間をゆっくりと味わう。だって、緋色と行動していると落ち着く時間なんて滅多にないのだから。たまにはこういう時間もいいだろう。

そういや緋色、今日の予定は?

「ボクとしては次の事件がボクを呼んでいるから車の用意しておいてね」

 未成年の俺に無茶を言うな。というかタクシー呼べばいいじゃないか、それくらい自分でやれよと俺は言いたい。それに目的地はどこだ? 運転手さんに良くわからないけど発進してくださいとでも言うつもりか?

 なんか別のことにしないか? 例えばエロイこととか、単純にデートで映画見に行くとかさ。そういった生活こそが一般的な高校生の生活というものだ。まあ、俺達は登校すらしていないから一般には入らないかもしれないが、つまりはそういうことなんだ、わかる?

「まったくわかんないね」

 断言かよ。

「だって世界には、まだまだ僕の正義を待ってる人達がいるんだ。一秒だって待ってなんかいられないよ!」

 うわ、スイッチ入っちゃったよ。

「紅のヒーローは誰も見捨てない。誰も見逃さない。だから、ヒーローはヒーローなんだ!」

 テレビの特撮ヒーローなんて週に一回しか働いてないぜ? せめて俺達も週に一回は何もしない暇な日を作るべきだと俺は思う。ましてや報酬のない無給のボランティアなら尚更だろ?

「ぼく達の報酬はみんなの笑顔さ!」

 笑顔で腹が膨れてたまるか!

「ボクが助手のお給料払うからいいじゃないか」

 紐じゃあるまいしいらないよ。幸い昔からの貯蓄があるから何とかやっていけるけどね。

 とはいえ、今日くらいはゆっくりしたいものだ。なんせ昨日は強盗さんの逮捕劇まで演じたのだから休んでも罰は当たらないと思う次第です。はい。

「それに、優は家にいるとすぐにエッチィことしようとするじゃないか」

 若い男だから仕方ないのさ。もっとも、強行するほど飢えていないし、殺されたくないしね。

「ボクが凶暴みたいな言い方だね」

 いや、実際強暴だろ? 昨夜だってベッドの中で胸触ろうとしたら、次の瞬間には朝で床に転がってたぞ? 俺としてはこー、あんな感じで恥ずかしがった上で、なおかつ色々あった後でなら、床に転がったっていいのに。

「優、常識で会話しようね?」

 うは、まさか緋色に常識を説かれるとは。嫌な時代になったものだ。

「君に常識がないんだよ!」

 おかしいな? 普段は滅茶苦茶な緋色のフォロー役として大層重宝がられているはずの俺なのだけど。

「常識があるなら、昨日の女の人にも平手で殴られてないと思うんだけど?」

 あれはたまたまの上で成り立つタマタマの重複だね。つまりはあの女の人が恩知らずの常識知らずだったということだよセニョリータ。

「優こそ常識勉強しなおしたら?」

 とはいえ、なんか事件起こるまでゆっくりしないか? 俺としては溜まった映画を見ていたい。または買うだけ買って見ていない本の山を読み尽くしたい衝動と欲求があるのだけれど。

 緋色も読書しようぜ? そうすれば新しい必殺技とか思いつくかもしれないし。

「ボクの技はすでに決まっているんだよ。これ以上は覚えきれないから却下だね。それに、むしろ実戦を積みたいよ。優、組み手しない?」

 お前、俺に死ねというのか?

「優強いじゃない」

 ある程度鍛えているだけでお前の相手なんかできないよ。ましてや最近は運動不足で、昨日の強盗さんとだって怪しいものだ。

 と、その時だった。部屋の隅に置かれていたファックスが電子音を鳴らして響いたのは。

 うわ、嫌な予感。だって、この家の番号は基本的に非公開だ。ましてや入居して回線引いて一週間だぞ? それなのに電話というのはありえない。間違いなく関係者の電話に間違いない。

 そして、厄介ごとを回避するために回線をぶった切ろうと立ち上がった僕の背後で、

「はいこちら正義のヒーロー、(くれない)緋色(ひいろ)の事務所だよ? 君はどんな解決を求めてるのかな?」

 何で俺より先に俺の背後の電話に出れるんだよ! 退屈を嫌う正義のヒーローは相対性理論すら突破するのですか?

「やあやあ時雨(しぐれ)さん久しぶりだね。暇かだって? 正義のヒーローは年中無休二十四時間、三百六十五日大忙しさ。でも、そこに誰かの悲鳴があるならば、ボクはどこにだって駆けつけるよ」

 だったら同時に呼ばれたらどうすんだよ。そして、それがどちらも一秒を争う場合。さあ、緋色ならどうするんだ? どちらかを見捨てるのか? それともそれすらもどうにかできるとでも言うのだろうか? 矛盾が成り立つ理論を信じている緋色の正義は、緋色自身で気づいているのだろうか?

 そんな思考で頭の中の空白を埋めていたところで、緋色の小さな頭が大きく縦に振られたのが見えた。嫌な予感爆発です。

「ああ、いいとも。紅のヒーローはどこにだって馳せ参じるよ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ