最終話
あの後なんだけど、とある爆発の後に俺達は普通に脱出した。当然、少し時間を置いてからだけど、それでも脱出できた。
そして、真っ先に救護テントに運び込まれたのは俺と犬子さんだ。
医者から「よく動けたね?」と言われるほどの重傷だったらしい。傷痕は残るらしいが後遺症の心配はないらしい。とはいえ絶対安静と念を押されて膝を包帯で固められ、身動きをとるのに不自由している。
一方犬子さんは嗅覚がどうなるかまではわからないらしいが、それでも、命に別状はないそうだ。特に傷痕が残らないという台詞に一番安心したのはなぜか緋色だ。本人は自分の容姿に興味がないらしく「そうですか」の一言のみ。
ついでに言うと渚ちゃんはまったくの健康体。何らかの薬品で眠らされていたらしいが、後遺症を与えるようなものではなかったとのこと。なので、今は外で緋色と遊んでいるのだろう。
とはいえ、両親をなくした上に大層な体験をしたので心に傷を残していないか心配だと緋色が言っていたけど、あの様子なら問題はないだろう。
そして、翌日のことだ。港に救助用のフェリーが到着し、島にいた全ての人が収容される。まあ、俺は看護師さんにタンカで搬入されていたので楽といえば楽だった。
一風変わったクルージングだが、一番近くの港にたどり着くまで五時間くらいかかっただろうか? 俺と犬子さんは病室で横になっていたので退屈な時間と船酔いしか過ごせなかったが、時折様子を見に来た緋色曰く「なかなか楽しい」らしかった。
加えて言う。俺は半分以上、天井と病室の壁しか見てねぇよ。
ちなみに、あのホテルでおこった殺人事件に関しては現場にいた人達に報告し、砂皿さんだけ回収してもらった。事情聴取などは本土についてかららしいので、それが救いといえば救いだ。
そして、物語は終わっていく。
何を見てるんだい?
その言葉に渚ちゃんは驚いたように振り返った。
場所はフェリーの後端。そこから見えるのはあの忌まわしい島と、フェリーのスクリューが生み出す白い渦の直線だ。それをぼうっと見ていた渚ちゃんに俺は声をかけたわけだが、こんなに驚かれると軽く凹んでしまう。緋色の姿がないのは犬子さんと俺の様子を見に行ったためだろう。お昼を持っていくとか何とか言っていたからね。
「お、お兄ちゃん大丈夫なの?」
ああ、怪我かい? とりあえずは大丈夫だよ。渚ちゃんこそ船酔いは大丈夫?
その問いかけに渚ちゃんは小さく頷いた。
だから、俺は本題の言葉を突きつけた。
「君が犯人だ」
渚ちゃんが大きく息を呑むが俺は薄く笑って答えを突きつける。
「君が美代子さんを殺した」
「お兄ちゃんなにを言ってるの? 渚は………」
蒲原さん達が殺したのは瀬川さんと怪我人の二人、それだけだよ。だけど、美代子さんは違う。あれは君だけにしか殺せない。
「渚・・・わかんないよ。なんで、そんな怖いこというの?」
演技はやめといたら? 外部の暗殺者っていうのはとっくに見抜いているんだよ。
「っ」
その反応だけで答えは出ているよね?
君と善治さん美代子さんの三人家族は家族揃っての殺し屋だ。
「・・・なんでそう思うの?」
ガラリと変わった声の様子に、俺は思わず笑ってしまう。
大体、君たち本当の家族じゃないだろ? あまりにも似ていないよ。それにね、外から来た理由っていうのは明白さ。
俺はくだらない種明かしを突きつける。
人間誰しも利き腕利き足ってのあるでしょ?
「それが何?」
善治さんは右足の脛を怪我していた。それこそ、コンクリートの塊にぶつけたかのようにね。
「そうね」
実は俺もなんだよ。緋色に連れられてあの鍾乳洞から入った時。渚ちゃんも見たでしょ? あれは痛かった。暗いから気づかなかったのは当然だけど、それは俺以外にも適用される。後続の君達には例外になるけどね。
そして、善治さんのスーツの脛部分は生地が綻んでいた。なら、彼は俺達と同じように、事故が発生してから侵入したってこと。なおかつ時計をつけていたのは左腕だった。新聞記者とかは利き腕につけるらしいけど、そうでないなら利き腕の反対に腕時計をつける。一応直接利き腕を聞いたから間違いない。
なら最初に踏み出す利き足を怪我した善治さんは限りなく黒に近いグレーだった。
同時に、連れ合いである美代子さんや渚ちゃんも疑うべき人間に違いない。緋色は人を信じることしかできないけど、俺は最初から疑っていた(・・・・・・・・・)。
「反吐がでるほど神経質なのね」
どこか楽しげな渚ちゃん。だけど、その可愛らしい容姿にはまったくに合わない、妖艶な大人の笑い方だ。だからこそ、彼女は見た目通りの人間ではないだろう。
「だから、私が美代子を殺す理由はあるの?」
あるよ。蒲原さんが言っていた。お金がもらえるんでしょ? 殺せば殺す程、お金がね。
だから君は美代子さんを殺した。
「私が疑われる理由はなぜかしら?」
例え殺人家族だったとしても味方は味方なんだよ。だから、美代子さんは君が潜伏している倉庫まで一直線だった。だけど、美代子さんは倉庫に到着したけど、渚ちゃんからの返事がなかった。だから、不審を感じた彼女は中の様子を伺うために電灯を点けようとした。
まあ、そこから細い電線が這っていて、足元の高純度アルコールに繋がっているとは夢にも思っていなかっただろうけどね。そして、その炎が広がって灯油に引火した時全てが終わったわけさ。
「そんなのは全て状況証拠だけよ。確固たるそれもないのに警察は動くかしら?」
そんなことにも気づかないのか。だから、俺は思わず噴出してしまう。それを見た渚ちゃんは不快そうに眉を寄せる。
「なにが面白いの?」
君、着替えてないでしょ?
「そうね、そういうことができる状況じゃなかったもの」
なら簡単だ。
君の服を検査にかければいい。特定のアルコール飲料の成分が検出されるはずだ。
「なっ?!」
君を発見した時妙な匂いがしたと思ったんだよね。多分ウォッカかジンかな? あまり強い匂いはしなかった。だから、最初は疑わしく感じたけど焼死した美代子さんを見た時失笑してしまったよ。そのフリフリの付いた袖や他のところにも飛沫は付いているだろうね。だから、現場の状況を改めて検分してもらった上で、君の服に付着した成分を分析すれば結果は一発だ。
さて、状況の証明は終わったけど満足かな?
「まだよ」
と食い下がる渚ちゃん。
「確かに私は美代子を殺したわ。それは認める。だけど、一人足りてないわ」
あ、そこ気づいたんだ。
「蒲原と砂皿は怪我人二人と瀬川を殺した。私は美代子を殺した。だけど、一人足りてない。善治は誰に殺されたの?」
どうでもよくない? だって君捕まるんだし。
「はっ」
気づいた瞬間には、俺は衝撃と共に背中から倒れ、その頭上には渚ちゃんが馬乗りで細いナイフを構えていた。
おー、すごいすごい。反応さえできんかった。
「あんたはこれから死ぬの。だから、今聞かないと答えは一生わからない。そういうのってムズムズするでしょ?」
わからなくはないけど、獲物を目の前に舌なめずりするのは失敗の元だよ? 蒲原さんも同じような状況で失敗したし。
「紅 緋色はしばらくここに来ない。私は先端にいると伝えてあるからな。そして、いないことに気づいて慌てて近寄ってきたところを振り返りざまに刺すつもりだった」
ああ、だから、驚いたんだね。
「だけど、ここでお前を殺せば、お前に駆け寄ったところを背後から刺し殺せる。だから、安心して死んで良いわよ」
そりゃどうも。それで、何の話だっけ?
「善治を殺したのは誰かってことよ」
ああ、そうだったね。あまりにもどうでも良いから忘れていたよ。
「大層な倫理観ね」
殺し屋には言われたくないけどね。
だけど、その答えは簡単だよ。だってそうだろ? 姿をくらましていた砂皿さんじゃないなら、正義の味方たる緋色でないなら、目の見えない犬子さんじゃないなら、そして、君じゃないなら。
なら答えは明白だろ?
善治さんを殺した犯人は、
「俺だよ」
同時に渚ちゃんの体が俺の胸から吹っ飛んだ。
「!!!!!」
力任せにつき飛ばしただけだけど、フェリーの縁に激突した分それなりにダメージはあったらしい。まあ、小柄だからそれも当然か。
「な、そんな・・・お前一般人で・・・」
実は君達が倉庫に食事取りに行った時、善治さんに話があると言われてね。時間通りに隣の部屋にいったら言われたんだよ。「君も殺人ゲームの参加者だろ?」ってね。
当然違うわけですよ。だけど、それを知られたらこっちが危険。だから話しを合わせたら、俺なら緋色を簡単に殺せるとか言われてさ。
………いや、無理だって。あいつそういう次元じゃねーから。
というわけで交渉は内心決裂して、ふと声をかけた時にズブリ。それだけだったよ。だから、善治さんは俺が殺した。これが真相。
ちなみに犬子さんが倒れたのも俺のせい。
あの行き止まり周辺に、倉庫から拝借した殺鼠剤をばら撒いておいたんだ。人間には感知できないけど、一万倍の嗅覚を持つ犬子さんにすれば意識を失うほどの破壊力だ。もっとも、火をつけたのは俺じゃないし、殺すまでのつもりはなかったから助けたんだけどね。
「お前……頭いかれてる・・・ぞ」
苦しそうな渚ちゃんに歩み寄りながら、俺は懐に手を差し込む。だけど、その間に渚ちゃんは呼吸を整え立ち上がる。二人の距離は三メートルほど。飛び掛るにはちょっと遠いけど、銃弾が届くには一瞬の距離だ。
「拳銃なんか使えば音で回りが気づくぞ」
周りに人影はない。だけど、銃声は甲高く轟くだろう。それなら、彼女を殺せたとしても、駆け寄ってきた人たちの視線で俺は殺人者確定だ。そういう意味で渚ちゃんの余裕は納得だ。
だけど、俺が懐から取り出したものは彼女を絶句させるものだった。
「サイレンサー・・・だと?」
そう。そうだよ。今俺が握っているのはリヴォルバー式の回転式拳銃じゃない。
渚ちゃんに照準を合わせるのは、サイレンサーを装着したオートマチックのガバメント。それは昨夜爆死した蒲原 祭の手に握られていた凶器だった。
そして、サイレンサーというものは装着することによって威力は低下するが、消音声は抜群。つまり、
大体、お前達が緋色を殺すって何様だよ? 金のため? くだんないね。そんなもののために命を捨てるならお前らの命はいくらだよ。破格ですか? 破格ですよね? 大安売りだ。
それに大体さ、
「あいつを殺していいのは俺だけなんだよ」
「待っ………!」
十秒後、何かが着水する小さな音が鳴るが、誰も気づかない。気づくはずがない。気づけることもない。
「渚ちゃん知らない?!」
着港するなり緋色は慌てた様子で俺に駆け寄ってきた。だから俺は小さく頷く。
さっき警察か何かの人が連れて行った。親戚か誰かが迎えに来たんだろうな。
「そんな! まだお別れもしてないのに!」
どうせすぐ会えるだろ。渚ちゃんもお前に会いたいと思うだろうし、その時が来るまで待っていれば良いさ。だって、彼女は両親が死んだばかりだ。変に思い出してしまう理由の俺達は彼女からのコンタクトを待つのが無難てやつだ。
「そういうものなのかな?」
ああ。それで、犬子さんは?
「救急車で運ばれて行ったよ。優によろしくだって」
できることなら、もう二度と会いたくないんだけど。
そんなことを言うと緋色が頬を膨らませて拗ねている。
「ワンコちゃん良い子じゃない。なんでそんなこと言うのかなぁ」
世の中苦手な相手というものがあるんだよ。特に俺みたいな人間にはね。
「そっか。でも、また三人でおしゃべりとかしようよー」
気が向いたらな。
そういうと緋色は俺の腕を両腕で包むようにして寄りかかってくる。目指す先は後部ドアの開いた救急車だ。
「今はとりあえず病院行こうよ。ワンコちゃんもいるしねっ」
勘弁してくれ。
言いつつ、俺は思う。
「今回も失敗か」
「ん? 何か言った?」
なんでもないよ。
でも思う。
今回も失敗してしまったのだと。
紅 緋色という人間に、正義を諦めさせる事ができなかったと。
全てが救えずに、絶望させることができなかったと。
今回仕組んだ殺人ゲーム程度では緋色の正義は揺るがないと、思い知らされてしまった。
これで何度目だろう。
緋色の正義を砕くのを失敗したのは。
二桁はとっくの昔に突破していた。だけど何回目か? そんなことはとっくにわからなくなっていた。数々の事件の中で俺は数えるのをやめていた。
だけど、それでも、俺は緋色を絶望させたかった。
正義は必ずしも届くわけじゃない。誰かを助けた影で、別の誰かが襲われて陵辱されて蹂躙されているのだと。
誰かの強姦を阻止した裏で誰かの輪姦に気づいて欲しいのだ。そして、理解して欲しい。
『正義なんて無意味だ』
という厳然たる事実に。
その時、俺は緋色を殺すだろう。壊すだろう。陵辱した上で蹂躙するだろう。
なのに、隣の彼女は俺の行っていることなど気づかないで能天気に笑っている。
俺がお前の組織からもらった金で、作りたてのリゾートを爆破し、地震だという誤報を流し、その中に金で雇った殺し屋達を送り込んでお前を絶望させようとしたことなんてカケラも理解していないだろう。
俺はお前を憎んでいるんだ。
たった一人のために全てが犠牲になって、俺は死にかけていた。だけど、緋色、お前は言ったんだ。
『助けに来たよ』
はは、どんな冗談だ? お前のせいで全てが死んだ。なのに助けに来たなんてお笑い種なんだよ。
だけど、俺はそんなお前に、子供ながら見ほれてしまった。魅了されてしまった。虜にされてしまった。
だから、思ったんだ。この笑顔を壊してみようって。こんなお前の顔を絶望で歪めてみたいってな。
そして、長い月日が流れたよ。
いまだに終わっていない。
だけど、終わりがあるからこそ、人生は美しく輝く。美しくなくても良いけど、終末を迎えるからこそドラマが生まれる。
だから、俺は思うんだ緋色。
偽りだらけの俺だけど、お前を壊すその瞬間まで俺はお前を愛そうと思う。そして、同時に思うよ。お前を壊した瞬間俺も壊れるんだろうな。
お互いにかけたピースのカケラ同士。だから、歪んだ俺達は一緒にいられるんだ。
そして、終わりを目指して輝いてゆこう。
俺は緋色の隣で見続けよう。
緋色のヒーローの生き様を。そして、その終わりを。だから、耳元で囁くよ。
緋色、愛してる。
「な、なんなんのいきなり?!」
頬を染めて慌てる緋色の横顔を眺めながら、俺は唇だけで笑い、唇の中だけで呟く。
「さあ、次のゲームの始まりだ」
これはゲームだ。
正義(緋色)から終わって悪(俺)で終わるゲーム。
それはまだ終わっていない。
正義(緋色)の心が折れるその時まで・・・
今までありがとうございました。
感想をいただければ幸いです。
駄文でしたが見ていただいて感謝の極みです。