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緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
16/18

正義の味方

 そう。それだけが疑問なのだ。

 蒲原 祭は鍾乳洞の出口の扉の向こうで死んでいた女性の名前ですよね?

 そして、砂皿 要は男性だ。今頃プールで遊泳しているはずですけどね。

「あら、何でそう思うの?」

 そういう蒲原さんは楽しげだ。

 だから、俺は答えを言う。

 スーツって名入りがありますよね? 裏地の部分にアルファベットで。

 偽装死体と同じように顔面を破壊された女性のスーツの裏側にはイニシャルだけ縫いこんでありました。M/Kってね。その名前は蒲原 祭の略です。そして、現在も水を楽しんでいる男はサカイ カナデ。似すぎてません? 多分あの男は自分に近い名前で誤魔化そうとしたのでしょうね。

「あらら、あいつ生きてたさね」

「爆破ばかりに頼るからよ」

 だからこそ、あなた達は蒲原 祭、砂皿 要ではありえない。なら、どんな人間なんですか? どんな名前なんですか? 俺がここに来たのはそれが知りたかったからですよ。

 そう。それだけなのだ。俺が知りたいのはそれだけだ。だからこそ、ここにきたのだ。それ以外の疑問なんてどうでもいい。殺害の動機も理由も利益もどうでもいい。この人達が誰か? それだけを知るがために辿り着いたのだ。

 だけど、蒲原さんから来たのは疑問の答えではなかった。

「なら次は(まこと) (ゆう)とでも名乗ろうかしらね」

「あたしゃ紅なんて嫌さね」

「なら、しばらく要のままで良いじゃない。結構好きよその名前」

 破壊音の間に挟めあう声にお互いが苦笑するが俺にはその笑みが理解できない。だってそれは己の存在を否定することに他ならないからだ。

 たかが名前、それど名前。それだけのものでありながらそれ以上だ。なのに、それを軽々しくポンポンと変える理由それが俺は知りたかった。そのためだけにここにきた。

 だから聞きましょう。あなた達は誰ですか? 何でこんなくだらない真似をしたんですか?

 銃声。

 同時に鋭い痛みが頬を襲うが、そんなのはどうでも良い。

「くだらなくはないのよね。口の利き方には気をつけなさい」と蒲原さん。

 どうやら頬が銃弾で裂けたようだが、それは瑣末事とする。

「私達ね名前がないのよ」

「祭、それくらいにしとくさ」

 砂皿さんが止めに入るが、蒲原さんは構わず続ける。

「ここに来たのはお金のため。だけど、それ以上に欲しいものは私達の名前よ」

 硝煙の上がる銃口。だけど、それはまっすぐに俺を向いている。下手に口を滑らせば今度こそ俺の額を貫くだろう。

「私達はひどい施設の出身でね、名前で呼ばれたことがないのよ。そうね、私は14番。要は27番だったわ。わかる? 最初の頃は自分の名前を覚えていたはずなの。だけど、それが何年も十数年も重なってみなさい? ある時気づくの。私って……誰? ってね」

 まるで、自嘲するかのように蒲原さんは笑う。まあ、まったくもって理解できないが。つーか、理解したくねーし。

「だから、私ある時強姦されそうになって職員を殺したの。17の時だったわね。その男は醜いだけの豚のような男だったけど、吉良(きら)って言ってね綺麗な名前だったの」

 なるほど、その人の身分証明書を奪って自分のものとしたわけですか。

「そうよ。吉良 ()(さぎ)、それが私の名前になったわ。同じ境遇だった要を連れて施設から逃げ出した私はその男の免許証に自分の写真を貼り付けて加工して思ったの。私はもう番号じゃないって」

 そして?

「でも同時に思ったの。吉良 貴鷺なんて私の名前じゃない。本来の名前じゃないって」

 だから、と続けて砂皿さんを見てから俺を見る。

「二人で誓ったのよ。私達は私達の名前を見つけ出すってね。忘れてしまった私達自身の名前を取り戻すって」

 それで顔面破壊で自分の名前を探すってエキセントリック過ぎません?

「だからこそ、私達は名前を見つけるために人を殺して同時に名前とお金をもらってるの。知ってる? 今回のミッションは皆殺しなら十億よ? 依頼主が何を考えてるかわからないけど、監視カメラでスナッフ画像でも録画しようとしているのかしら? どんな理由かはわからないけどそれだけの大金と名前がもらえるの。それなら、ためらう理由もないでしょう? まあ、緋色ちゃんは手に余るから、あなた達を殺して終わりにするってとこかしら?」

 別にそれは構いませんけどね。だけど、少なくともあなた達は緋色に見つかりますよ。だって、あいつはヒーローですから。

「なら、誰かを人質にしてズドンね。さすがに銃弾をどうにかできる人間なんていないもの」

 それで、と息をつき、蒲原さんは俺に問いかける。

「それがあなたの未練? もういいかしら?」

 いえ。

「命乞いは聞かないわよ? ここまで話したってことは、殺すからこその等価交換だもの。命と情報という意味でね」

 向かい合う距離は五メートル。少なくとも走りよれる距離じゃない。一発目は避けられたとしても確実に次射で死ぬだろう。

 でも、俺はそんなことなどどうでもいいのだ。言うべきことがある。

 蒲原さん。いや、

「何? 遺言?」

 十四番。お前くだんねーよ。

「っ!」

 銃弾は……来なかった。

 なんか話し聞いていれば悲壮感たっぷりだけどさ、誰かの名前を奪って自分の名前を見つける? ロマンチストも大概にしろよ。そんなの天文学的な数字でしかねーよ。同姓同名だっているかもしんねーけど、あんたが綾小路 馬鹿子だったらどうすんの? 見つかんなくね? 大体、不幸な出身だからこんな馬鹿げたことするの? おいおい、笑わせてくれるよ。お前が不幸なのはお前のせいじゃなくとも、お前が運がないだけだよ。

 パチンコと同じ。当たる時は当たる。外れる時はどん底へ。わかりやすいでしょ?

 俺が望んだのはそんなくだらない人生相談じゃないんだよ。そんなことはミノモンタにでも相談しといてよ。ていうか時間返せよ。もっと面白おかしい話を期待してここに来たのに期待はずれもいいところだ。

 あーあ、こんなことなら別行動しないで問答無用で制圧してもらうべきだった。だってそうっしょ? つまんないって。不幸自慢は飽き飽きです。お前には私の気持ちはわからない? いやいや、俺の家族は緋色達を狙ったテロに巻き込まれて全滅したよ? 不幸度合いなら負けてない。それでも緋色に傍にいる俺ってハイエンド。逃げてるあんたたち程度には負けてないよ。

 ははは。銃口額に向いたな。だけど撃ちたければ撃てば? かわりに犬子さん達殺す? はん、どうでもいいよ。興ざめだ。俺はあんた達に興味も何もない。すべてを失った。死のうが生きようがどうでもいい。

 ほら、選べよ十四番。

 銃声。

 髪が散った。

「ふ、ふざけるな! お前に私達の何が・・・」

 わかんねーよ。僕はキレました。ぷっつんしました。人質すら知ったことか。殺したければ殺せよ。どこまでもどうでもいい。

「優さん、やっぱりあなたは緋色さんといるべきではないですね」

 ええ、犬子さん、俺もそう思いますよ。

 でもね? それでも緋色はこういうんですよ「一緒に行こう!」ってね。だからこそ、俺は死ぬまで緋色の隣にいるつもりだし、どこまでも連れて行ってもらおう。そう考えているんですよ。

「ごちゃごちゃとうるさいわね。いいわ、もうここで………」

 だけど、

「うわぁぁあぁぁーーーーーーーーーー!」

「要っ?!」

 突如、砂皿さんの悲鳴が上がり、蒲原さんは慌てて視線をそちらに向けて、そこでありえないものを見た。

「ま、祭助け………」

 それは一本の腕だった。

「なっ!」

くの字にへし曲がったシャッターの中央から一本の腕が生えていた(・・・・・・・・・・)。それがナイフを振るっていた砂皿さんの腕をがっしりと掴んでいるのだからたまったものではないのだろう。

 不可解な現象とありえない情景に言葉を失った上で未知の恐怖を味わう。その恐ろしさは当人にしかわからないだろう。

 そして、混乱から立ち直るよりも先に、その腕の持ち主は、砂皿さんの体を飲み込み始めた(・・・・・・・)。

「ぎ! がぁ!! 助け……ああぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「な、何が、何が起こってるのよ!」

 まあ、言葉の通りだ。

 砂皿さんの腕を逆に引きずり込み始めたのはいいのだが、腕一本分の隙間で成人女性が潜り抜けられるわけもなく、力の振るわれる限りシャッターの方が歪み始めたのだ。だけど、設置箇所が中途半端に固定されているため、引き裂かれていくシャッターがそれこそ、砂皿さんを飲み込むようにして変形していく。

 砂皿さんの絶叫は痛みだけじゃない。正体不明の化け物に一方的な暴力を与えられた上、歪んで行く金属に飲み込まれるのだ。視界も奪われ自由も奪われ、最終的には命まで奪われるかもしれない。そう考えれば発狂してもおかしくない。まあ、俺じゃないから良いんだけどね。

「あなた! なんなのこれは!」

 わからないんですか?

「わかるわけがないでしょう!」

あれだけ安定した銃口が、俺に向けるべきかシャッター側に向けるべきか迷った上で揺れている。もっとも、シャッターの向こうは完全に見えていないので、とっとと俺を射殺した上で向こうに向き直るのが正解だ。教えてはあげないけどね。

「なんで、あんな、あんなのが!」

 だから言ったでしょう蒲原さん。

「何が………」

 ここには正義のヒーローがいるんですよ。

「ッ!」

 刹那、断続的に続いていた砂皿さんの悲鳴がぴたりと止んだ。同時に破砕音が鳴り響き、シャッターが固定具もろとも吹っ飛んだ。

「そんな……まさか!」

 白いコンクリートの粉塵の向こうからそれは現れる。

 降り注ぐ岩の破片もものともせず、堂々とした足取りで、力強い足音で!

「なんであんたがそこにいるのよ!」

 正義のヒーローが現れる。


「紅のヒーローここに見参!」


 翻る真紅の衣装。それに身を包んだ小柄な少女が、粉塵を吹き散らして声を鳴らす。その背後に転がるのは血塗れになった腕を生やす不気味な金属のオブジェ。時折ぴくりと動くところを見ると中身は死んでいないようだ。

「さぁ、皆助けに来たよ! 緋色のヒーローは誰も見捨てない!」


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