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緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
15/18

あなたは誰ですか?

 ダクトがこんな狭いものだとは思わなかった。いやまあ、元々人間が這いずって進むことなど前提として作っていないのだから当然といえば当然だが、それでも通れないほどではない。

 それが女性なら通るのは俺より容易であろう。

 つまり、俺が進んでいるのは天井を這っていた換気用ダクトの中ということだ。ちなみに瀬川さんの殺された部屋にも通っていたダクトは俺が壊すまでもなく、すでに破壊され進入可能になっていた。

 誰が破壊したかなんて言うまでもない。他の誰でもない、犬子さんと渚ちゃんを攫った犯人自身が破壊し侵入したのだろう。それに俺が続いているというわけだ。ちなみに俺一人です。緋色……は内緒だ。まあ単純に別行動しているだけのだが、どんな時であれ秘密を持つのがハードボイルドな雰囲気を加味していくものである。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、俺がダクトに侵入してから一時間くらいたった頃だろうか? 垂直に方向転換したダクト内の床に何やら落ちていることに気づく。

 携帯電話のライト機能に照らされて輝くのはスーツの袖口に付いているようなカフスボタンだった。ここを這いずっている時に引っ掛けて取れてしまったのだろう。ちなみに犬子さんの物ではないし、俺達以外の人間がこんなところに訪れるはずがない。結論、これも犯人の残した証拠という奴だ。少なくともダクトを破壊だけしてミステイクを誘うような作戦ではなかった。ならば進んだ先に彼女達はいるだろう。……犯人と一緒にね。

 そして、更にそれから一時間経過。いい加減足というか膝が限界をむかえそうで、引きずる度に粘着質な音がダクト内で反響する。増してや密閉空間特有の肌に張り付く湿気が汗と交じり合って全身の傷に染み渡る。

 はっきり言おう。

 もう帰りたい! クーラーの聞いた室内でアイスコーヒー飲みながら、のんびり本を読むかまどろみたい! こんな馬鹿みたいな場所で汗まみれになった上に体を張るなんて俺のキャラではないのだ。

 この件が終わったら借りは返してもらうとしよう。主に緋色の体で。

 と馬鹿なことを考えている時、ふと前方に光源が生まれていることに気づいた。そして、それが開放たる出口だということに気づいた時、俺は現金にもスピードを上げて匍匐前進を再開。

 そこに近づくにつれて温度は自然と下がっていく。つまり、そこは例の鍾乳洞に通じているということだ。犬子さんの嗅覚で感じ取ってもらってなければ、ダクト内を進もうなんて発想は生まれなかっただろう。まあ、そのせいでこんなとこを進むことになったからイーブン。いや、むしろ助けに行く手間分も考えれば俺の方が圧倒的に有利なのだ。この借りもどういった方法にするか考えつつ返してもらうしかない。渚ちゃんに関しては未来に期待。いや、だって今「ああ」したら犯罪だよ? いやいや、俺はジェントルだから同意の上ですよ当然。無論、渚ちゃんが大人になる頃には俺はいいおっさんなので、どちらにしろ好感度減少は間違いないわけで……あれ? 俺なんであいつら助けなくちゃならないんだ? 見捨ててもいいんじゃないか? いや違う、ここでそんな真似しようものなら間違いなく緋色に殺される! 急げ俺!

 そうして出口にたどり着くが、一応警戒したまま蓋の外されたそこから下を見下ろす。

 ・・・・・

 薄い照明に照らされた岩肌に湿り気を帯びた空気。だけど、若干焦げ臭い芳香が残っているということは、やはり例の場所につながっているようだ。岩肌までの高さは二メートルといったところか。膝の怪我を差し引いても何とかなるだろう。

 とりあえず様子を確認し終えた俺は、そのまま地面に飛び降りる。

 痛ってぇ!

 という叫びを飲み込んで着地成功。涙ににじむ視界で周囲を見回せば、ここが行き止まりでしかないことを知る。背中側にメンテナンス用の配電盤があったが知識のない俺にはどうしようもないものだ。なら進むだけ。

 広さは幅三メートルといったところか。とはいってもフットワークを活かすほどに動けないだろう。

 膝をかばうようにして歩いているので速度はないが、それでも犬子さんと渚ちゃんを連れている犯人よりはましだろう。それに俺の記憶が確かなら犯人達はこの先で立ち往生している可能性が高い。

 歩くこと大体五分。たったそれだけの距離を進んだだけで、誰かの話し声のようなものが聞こえてきた。

 自然と体が緊張し、足音を抑えてゆっくりと進みだす。

「もう、なんなのさねこれは!」

 犯人の声だ。その後に続くのは、

「もう諦めたらどうですか?」

 こんな時でも平静なそれは犬子さんのものだ。どうやら無事だったらしい。まあ、これから命を失う可能性も十分あるが。それはこれからの俺のがんばり次第だろう。いや、俺ってそんな熱血キャラではないから、適度にがんばるとします。

「これを物理的に破壊できない以上、せめて、渚さんだけでも開放して別の場所を目指してはどうですか?」

「人質は黙ってるもんさ」

 打撃音。同時に犬子さんの倒れる音が岸壁に反響する。しかし、悲鳴はなかった。

「下手に近づかない方がいいわよ。その不気味な女、変な格闘技できるらしいから」

「そのためのもう一人の人質さね」

「無駄ね。私だったらどっちも途中で殺して口を封じるか、その小さな子に限定するもの」

 それは三人目の声だ。無論、渚ちゃんの物ではありえない。れっきとした成人女性のそれだった。


 そして俺は、このどちらの声も聞き覚えがある。

「でも、要、この防火シャッターどうするつもり?」

「この中央がへし曲がってるから、そこから引き裂いてしまえばいいさね。ちょっと時間はかかるけど、その女達は祭に見てもらってればいいさね」


 はい。回答発表。

 瀬川さん及び多数の殺人を犯した今回の犯人はなんと!

 ()(さら) (かなめ)さんに、蒲原(かんばら) (まつり)さんでしたー。

 ドンドン、ぱふぱふー。

 正解者にはなんと豪華プレゼント! なんとことはなく。単純に、このまま放って置いてもいいけど、脱出されても困るので、時間稼ぎをさせてもらうとしましょうか。

 だから、


「ここでゲームオーバーだ」


「あなた・・・」

「ありゃま」

 背を這わせていた岩壁から進み出ると、曲がり角の先の行き止まりに、彼女達の姿があった。

「坊やが来るとは驚きさ」

 下がりきれていない歪み切ったシャッターの前に長身のラフな格好の女性、砂皿 要さんが。

「あら、意気地なしの優くんじゃない」

 右の岩壁に背中を預けた蒲原 祭さん。

 前者の足元には犬子さんが。後者のそこには渚ちゃんが、それぞれ倒れていた。

「優さん?」

 犬子さんは意外そうな声を上げて俺の方を向くが、その顔は痛々しいほどに痣と傷でまみれていた。それこそ、別に死んでも構わない。そんな風に扱われていたのだろう。

「意気地なしってどういうことさね?」

「いえね、どうせ殺すつもりだったから、最後に良い思いをさせてあげようと思って迫ったのだけれど、彼逃げ出しちゃって」

 どこが楽しげな蒲原さんに、砂皿さんは苦笑を返す。

「いくらなんでもそれは趣味が悪いってもんさね。それに祭はこういうのが趣味だった?」

「そうね、草食系みたいな子はそそるわ」

 草食になった覚えはありませんけどね。まあ、緋色のような肉食狩猟動物と一緒にされても困りますが。

「あらあら、ずいぶん余裕なのね。でもさすがにお姉さんは、こんなところで人もいるのに楽しむ気持ちにはなれないわよ?」

 あいにくと俺も露出癖だけはないんですよ。

「他はあるんですか?」

 黙ってろ人質。

「それじゃ何しにきたのかしら? それに緋色ちゃんは? まさか後ろにいるわけでもないでしょうしね」

 そうですね。いたら速攻奇襲かけて制圧してますよ。

 とここで、砂皿さんの表情に怪訝が宿る。

「ならな尚更ね。坊やは怪我をしているのにあたし達をどうにかするつもり?」

 いえ、聞きたいことがあったんですよ。

「聞きたいこと? そんなことを言える立場かしら?」

 言って笑った蒲原さんはいつの間にやら引き抜いた拳銃でもって俺を照準する。ちなみにサイレンサーを取り付けたオートマチック拳銃だ。そんなものを持っている時点でまともな人間じゃないし、構える腕にブレがない。つまりは使い慣れているということだ。

「おとなしく救助を待ってれば殺されるようなことはなかったのにね」

 最終的に爆破されて死ぬと思いますけど。

「ありゃりゃ、気づかれてたさね」

「要、素人に見抜かれるなんてだめじゃない」

 いえ、はったりでした。本当に仕掛けたんですか?

「祭、素人に騙されるなんて修行足りないさね」

 お互い苦笑した上で、砂皿さんが腰の後ろから大振りな、鉈のようなナイフを引き抜く。ああなるほど、それならシャッターも解体できそうだ。まあ、それが最初に向くのは金属ではなく肉に対してだろうが。

 そういうわけで、あなたたちの有利は変わらない。だからこそ、雑談の余地はあるんじゃないですか?

「そうね。要の解体中は私も暇だし、少しくらいなら付き合ってあげても良いわね」

「遊びが過ぎるさね」

 眉を寄せる砂皿さんに蒲原さんは笑って応じる。

「私達の有利は変わらないわ。彼がここに来たということは人質を助けに来たということだもの。なら彼は私達に何もできない」

 いや実は俺自身人質はどうなっても良いと考えているので、その考えはまったく持って間違っているのだけど、まあ教えてあげる必要もないだろう。

「少しでもおかしなことしようとしたらすぐ殺すさね」

「わかっているわ」

 視線を砂皿さんに向けている間も銃口はぶれない。確かにこれはプロだ。片手の保持にも違和感がない。

「ああ、そうそう優くんのお話がつまらなかったドキュンしちゃうからね?」

 愉快そうに笑うその表情にズキュンときました。

「あら、ありがとう」

 うん、このお姉さんやっぱりきれいだよな。いつの間にか身なり整えてるし。カフスボタンは欠品してるけどね。

「ほら、早く聞きなさい」

 女教師、蒲原先生への質問はこれです。

 ・・・なんで皆を殺したんですか?

「あら、皆なんて殺してないわよ? そうねぇ、少なくともあのおじ様、この女の子のお父さんは殺してないわよ?」

 そうですか。………まあ、本当か嘘かは別として、やはりあなた達が殺して回ってたんですね。

「そんなことより、あなた私達が生きていて驚かないのね?」

 あれだけの殺戮を行っておいて「そんなことより」か。ずいぶんと壊れた感性をお持ちのようで。だけど、あなた達が生きていることは、すでに気づいていましたからね。

 シャッターにナイフを叩き付ける甲高い音が鳴り響く中、答え合わせをする教師と生徒のように俺と蒲原さんは向かい合う。まずいな、このシチュ上着とか脱がれたらたまんなくないか?!

「・・・なんか関係ないこと考えてない?」

 そんなことないですとも。

 まあ、確かにそんなこと」はどうでも良いとして、

「っ」

 犬子さんが息を呑むが無視。

 俺があなたたちの偽装に気づいたのは、犯人だと気づいたのは、犬子さんが倒れた時、あの出口爆破の時と、蒲原さんあなたの偽装死体を見た時です。

「へぇ、意外……かしらね」

 そうですか?

「あんな顔を悲惨なまでに破壊された死体に何を気づいたというの?」

 悲惨に破壊されていたからですよ。逆説的に言うならあんな破壊された肉体を判別する方法はDNA検査だけでしかできない。だけど、そこまで破壊する必要があったなら、それは殺害のためではなく必要な行為だったならば?

 あんな極限の環境では満足に着替えもないでしょう。多くて二着か三着。それでも着替えることの少ない日数なら服装イコール個人という考えが成立します。

 だからこそ、顔面が破壊されてもスーツを着ていれば蒲原さん。ベースボールキャップなら砂皿さん。そういう公式が発生します。

「でも、何で気づけたの?」

 それはあなたの誘惑のおかげです。蒲原さん、あなたは肩の後ろにホクロがあるんですよ。ハグした時にそれが見えて、死体にはそれがなかった。なら、話は簡単です。その死体は蒲原さんじゃない。

「あら、私としたことが」

「その話緋色さんにしていいですか?」

 黙れ雌犬。

 ともあれ、砂皿さんも同じですよ。顔面が破壊されていた。そして、誰にも気づかれず爆弾設置なんて、配電盤をいじると言って姿をくらましていたあなたでしかありえない。まあ、こっちは証拠はないですが、推測した上で覚悟していたので生きていて安心ってとこですかね。まあ、確かに身代わりの体格がちょっと小さかったのも気づく理由でしたか。

「では、怪我人という方達は………」

 包帯まみれになった蒲原さんと砂皿さんですよ。大火傷を負ったということで顔まで包帯に巻かれていれば誰も気づかないでしょう。

 そして、俺はどうでもいいからという理由。犬子さんは自身が怪我を負い、嗅覚をなくしたため訪れなかったということから気づけなかった。

「ですが、美代子さんは二人の脈がなかったと………」

 簡単ですよ。

「あら、そうなの?」

 俺ゲームとか大好きでしてね。特にサウンドノベルって奴。

「あら、私も好きよ」

 気が合いますね。

 その中で犯人が使った方法があります。脇の下にボールを挟むんですよ。そうすることによって血流が一時的に止まって、手首を握っても脈が反応しなくなる。

「正解よ」

 なおかつ、顔周りを血まみれにしたんじゃないですか? そうすれば生理的嫌悪で普通は首筋を触ろうとはしない。

「それもまた正解ね」

 まあ、俺があなたたちの偽装に気づいたのはそういうことですね。

「それは聞きたいことっていうよりも、行動の証明だけよ。そんな話をするために殺されに来たのではないのでしょう?」

 そうですね。俺がここに来たのはシンプルな理由。単純な疑問のためです。

「それは何?」


 あなた達は誰ですか?


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