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緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
13/18

浮気?

「なんで、何でよおぉぉぉーーーーーーーーーーー!」

 加速的に人が死んでいく。

 無意味に誰かが殺されていく。

 善治さんの遺体にすがり付いて泣き叫ぶ美代子さんを横目に俺はそう思う。

 ちなみに善治さんの死体が発見されたここは、故人である瀬川さんの部屋である。その室内の入り口手前で善治さんはうつぶせに倒れていた。

 傷は一箇所。左の脇腹からアバラの隙間を通すようにして肝臓が貫かれている。そして、突き刺したナイフを思いっきり捻ったのだろう。結果として肝臓は破裂し善治さんの命は奪われた。

 ほぼ即死だったとはいえ、相当な激痛だったのだろう。目は見開かれ歯を食いしばった壮絶な死に顔だ。少なくともここに渚ちゃんがいなかったのは幸い。昨日、あんなにも優しい笑顔を浮かべていた父親が、怨嗟に満ち溢れた形相で死に絶えていてはどんな心の傷が残るかもわからない。

「何を考えていらっしゃるんですか?」

 ふと傍らを見下ろせばそこにいたのは犬子さんだけ。どうやら美代子さんは緋色に連れて行かれたらしい。うん、静かになって幸いだ。

「優さん聞いてますか?」

 ええ、犯人像を想像してたんですよ。

「どういうことですか?」

 今の犬子さんにはわからないかもしれませんが、善治さんの遺体の背中に大き目のバスタオルがかけられています。そして、それには多量の血痕が付着してます。

「血避け……ですか」

 そうですね。そして、凶器のナイフは脇腹に刺さったまま。ここには道具がないのでわかりませんが指紋も残ってないでしょうね。

 こういった状況の場合凶器の証拠隠滅は基本中の基本だ。日本の警察はアニメやマンガの中では無能の象徴として描かれることが多いが実際は逆だ。凶器なんてものを発見されようものなら、どこまでも確実に真相に至る。

 たかが凶器、されど凶器。

 凶器のメーカー、型番から納入ルートを探り納品店舗を探り出す。そして、納品店舗の監視カメラ映像を元に、関係者を隅から隅まで洗い出す。地道な聞き込みを基本に最新鋭の科学でわかるはずのない完全犯罪すらも明るみにすることができる。それが今の警察なのだ。

「なのに凶器が残っているのは変ですね」

 そんなことも知らなかったか、それとも自信があったのか。

「自信? なんのですか?」

犯人である自分を見つけてみろ。っていう自信です。もっとも、憶測であって真実は違う可能性もありますけどね。むしろ、単純に引き抜けなかったという可能性もありますがね。

「なるほど、筋肉硬直ということですか」

ええ、実際よくある例ですから。ブロック肉だって力一杯で突き刺せば簡単には抜けない。抜くには少なからずのコツがいる。

「軽く押し込んでから引き抜く……でしたか?」

 そうです。とはいえこの際は関係ありませんね。なんてったって凶器は残っていても証拠が残っていませんから。

「それは確かなんですか?」

 まあプロの鑑識が見れば話は別なのかもしれませんが、俺と緋色が見た限りでは特に何かが落ちていたとか、争った形跡があるってことはないと思いますけどね。

 犯人像もいまいちわかりません。血避けを用意していたことから計画的に殺そうとしていたのは間違いない。だけど、それ以上は推測できない。

「私見を述べるなら、今回瀬川さんを皮切りに始まった殺人事件はどうにも違和感を感じます」

 違和感?

「瀬川さんの場合は撲殺でした。そして、無線機が破壊されたのは覚えてますね?」

 ええ、唯一の通信手段でしたから。

「第二に瀬川さんを殺したと思われる砂皿さんの殺害です」

 そういえば砂皿さんが犯人だったんでしたね。

「彼女の殺害された理由はなんですか? 瀬川さんの場合は納得できる理由がいくつかあります。例えば無線機を使われては困ったことになるから」

 だけど、と言葉を切った犬子さんは鼻をひくつかせて俺を見上げる。匂いは嗅げないはずだが癖なんだろうか?

「砂皿さんが個人的な恨みを誰かから買っていたというなら話は別ですが、砂皿さんが瀬川さん殺しの犯人だと知っているのは私と優さんだけです。なのに彼女は殺された。その理由がわからない」

 同時に犬子さんや善治さんもそうです。

 犬子さんが意識をなくしたのと爆発が起こったのはほぼ同時だったはずです。これもまた理由が良くわからない。少なくとも犬子さんが狙われる理由はないはずだ。

 俺と緋色、犬子さんの三人は偶然ここに来た。それなのに狙われたということは無差別殺人? ありえない。無差別殺人するような馬鹿に時限式または遠隔操作の爆弾なんて用意できるはずがない。まあ、偏見かも知れないけど。

「そうですね、偶然ここに来た私は積極的に狙われる理由はないですし、善治さんは良心的な方で、こんな終わり方をするような人ではなかったはずなのに」

 だけど、殺された。殺される理由なんてないはずだ。犬子さんはそう言いたかったのだろうが、俺はそこまで善良じゃない。

 どんな人間だって恨みは必ず買っているのだ。どんなにうまく生きてもうまく接しても人である以上は恨みつらみは積み重なる。その結果が殺人に発展しても不思議はない。まあ、美代子さんに刺されたくないから間違っても言葉にしないけど。

「さて、ここまで話を統合すると、砂皿さん以外の犯人が存在するとして、その目的が見えてこないんです」

 爆弾作ってるくらいですから、それなりに知能は高いかもしれませんね。まあ、目的とやらに関しては俺も想像がつきませんが。

「この際知能は置いておきましょう。重要なのは目的なんです」

 といっても俺達は犯人じゃないからわかりませんよ?

「あら、私は犯人じゃないと思ってくださるんですね」

 どこか嬉しげに笑う犬子さん。その微笑はどこか幼さを残しながらも小悪魔的なそれで、正直ドキュンときたりこなかったり。

 普段ならともかく今の犬子さんにこんな真似は無理でしょう。そして、俺と緋色も違うということを知っています。

「だけど、そうなると犯人は残った三人、港 美代子さん、渚さん、蒲原 祭さんの内誰かということになりますよ?」

 怪我人二人が抜けてます。まあ、どういう状況かまではわからないのでなんとも言えませんけどね。

 とはいえ俺は思う。嗅覚がなくなったとはいえ犬子さんは犬子さんだ。もともとの能力を失っているとはいえ頭の回転は健在のようだ。むしろ彼女は嗅覚よりもその思考の速度が本来の武器なのかもしれない。

「なら五人の内の誰かが犯人だとして砂皿さんと善治さんを殺したのは誰ですか?」

 四人……ですね。見た限りこのナイフは相当深く刺さっている。少なくとも渚ちゃんじゃ全体重かけたとしてもここまで深くは刺さらない。なら容疑者は四人です。

「なるほど私には見えないからこそのミステイクですか」

 まあその四人の中から選べというなら美代子さんか蒲原さんの二人ですね。複数の人が怪我した二人が全身火傷を負っていると証言していましたから。

 片方は友人を、もう一方は夫を殺されている。どちらも疑う理由はあってどちらも疑うまでもないような気もするが当面目下の容疑者はその二人だ。

 さてさてなんとも面倒な話だ。個人的に言うなら残った五人を見捨てて早急に脱出を推奨したいところだけど、間違いなく緋色が反対するだろう。だけど、その場合、最悪な結果がほぼ確定で待っているのなら躊躇してしまうのも当然だろう。

「とりあえず場所を移しませんか? 少なくともここにいる理由がないなら離れるべきです」

 それはごもっとも。鼻が曲がりそうなんで俺か緋色の部屋に行きましょう。

 そういって俺は犬子さんの手を取って歩き始める。

「優さんは誰だと思っているのですか?」

 そういうのは部屋に戻ってからにしませんか? 

「そうですね。だけど、私達には時間がない……違いますか?」

 事実だ。ましてや、紅グループが状況を嗅ぎつけていてもおかしくはない。その場合一番気をつけねばならないのは彼等の情報統制と情報改竄だ。それこそ、ここ一帯を壊滅させた上で紅グループ、つまりは緋色への嫌疑をなかったことにしかねない。

 そうなれば全てが終わる。それこそ、俺達全員の命が終わらせられる可能性だって捨てきれないのだ。

 紅家親衛隊……あんな連中が四人も投入されればこんな孤島にいる一般人程度は二時間もあれば皆殺しだろう。最低でもそれだけは回避したい。だけど、今の俺には情報が足りない。

 個別の情報を一つ一つ理解していても、結びつけるためのピースが足りていないのだ。迂闊な発言は命取りだし、余分な行動は致命的。

 ならできることは何か? すべきことは何か? それを早急に理解した上で行動せねばならないのだ。

「時間がないなら情報を集めるのが先決です。当面は残った人に話を聞くのが先決では?」

 そうですね。とりあえずはそうしましょう。

 だけど、とも思ってしまう。

 犯人がわかって、それを認められた時、俺はどうするべきなのだろうか?

 必要なのは断罪か、それとも許すのか。

 物語の主人公ではありえない俺はこの時まだ全てを決めかねていた。そして、この事態が悪化している原因が俺自身の温い行動のせいだと理解しながら。


「・・・優くん、あなた、何が言いたいの?」

 アナタが犯人じゃないのですか蒲原さん? とはさすがの俺も言い出せない。ついでに言うと彼女が気味悪がっていた犬子さんも連れて来ていない。

 つまりはソファーで向かい合いながらの一対一。とはいえ、今目の前にいる蒲原さんは昨日までいた蒲原さんとは一転していた。いっそのこと別人だと言われた方が納得できたかもしれない。

 挑発的ながらも茶目っ気に溢れた双眸は、今や俺を射殺さんばかりに鋭く、なおかつ濁っている。セットされていた髪もザンバラに乱れ顔も全体的に薄汚れたままになっている。極め付けに乱れた着衣の隙間から漂うのはむっとするほどの血と酒の匂い。

 恐らく砂皿さんの血で汚れた服を着替えないまま、ずっと酒に溺れていたのだろう。もうそこには理知的な彼女の姿はカケラとて残ってはいなかった。

「あなたも私が要を殺したと思っているの?」

 そんなことはまったく思っていませんよ。それよりも、あなたも・・・って。

「あのおばさんよ……ええと港 美代子とかいう。あの人私が夫を殺したとか言って………」

 濁った瞳で遠くを見据えながら頭を振る蒲原さん。とはいえ、緋色の奴美代子さんのこと止めなかったのか? いや、今はそんなことどうでもいい。

「部屋に来るなり掴みかかってきて、夫を返せって……要を殺されたのは私も同じだっていうのに」

 唇がめくりあがるほど歯を食いしばり、眼光に狂気を灯す彼女に俺は背筋が冷たくなるのを自覚しながら口を挟む。

 多分美代子さんも気が動転しているんですよ。少なくとも時間を置けば………

「そんなことどうでもいいのよ! ここには人殺しがいて要が殺されたの! 私や要が何をしたっていうのよ! もう沢山、さっさと帰らせて。私をここから逃がしてよ! こんなことばかりで嫌になる、気が狂いそうになるのよ!」

 わかってます。だから、俺や緋色で出口を、

「なに澄ましてんのよ! 要を殺したのはあんた達かもしれない! そうよね、そうでなくとも、緋色ちゃんと犬女はべらしてなにしてるかもわかんないような・・・!」

 蒲原さん気が動転しているのはわかりますけど、それ以上は俺も黙っていませんよ?

 俺の意識が氷点下になりつつある。だけど、彼女はそんなこと気づかないでまくし立てる。

「紅家やその犬に何させてんのよ?! 私は知ってるわ。彼女の家がどれだけ畜生にも劣る行為をしているのか。そして、紅 緋色なんてという畸形の化物がどうして生まれたのか! あんただって知らないわけがないでしょうが、あんなデザイ……っ!」

 その続きは言葉にならなかった。

「がっ・・・はっ!」

 ソファーを蹴り、テーブルを飛び越えた俺が蒲原さんの気道を締め上げたからだ。ついでに言うなら親指と人差し指にほんの少しの力を入れるだけで血流が止まり、いつでも命を奪える状況。

 彼女の瞳に本能的な恐怖が浮かんだところで、俺はどこか優しげな声で語りかける。

「はな・・・し・・」

 良いですか蒲原さん? 世の中には言って良い事と悪いことがある。そして、今あなたが口にした言葉は俺の逆鱗に触れる言葉なんですよ。

 キレる現代児? ゆとり世代? そんなものじゃない。俺が今こうしているのは、たった一つ。たった一つのシンプルな理由なんですよ。


 お前は俺の女を侮辱した。


 あの馬鹿は生粋の馬鹿だ。テメェ等のような有象無象も、クソッタレな殺人鬼もまとめて救おうとしているような大馬鹿なんだよ。そんな正義馬鹿がテメェのようなクソ女にけなされるような理由なんてねぇ!


 ギリギリと締め上げられる指の感触に俺は「あと一息で死ぬな」と理解しながら、俺は心の底で煮えたぎる激情のままに力を込めようとし、


「たす・・・け・・て」


 瞳に映った、彼女の紛れもない怯えに、手を離した。


 泣きそうになってしまう。だけど、俺の理性は停止を選んだのだ。こんなにもか弱く、どこまでも愚かしい女一人の命を奪うことすらできなかった。

 うん、俺は昔より弱くなっている。緋色とであった直後のような「人でなし」としての強さをなくしている。

 それは残念なことなのか良い事なのかはわからない。だけど、それでも手を引いてしまった事実は変わらない。

 結果として目の前の蒲原さんは激しく咳き込み、呼吸が整った後で、俺へ視線を向けてきた。無論、言うまでもなく怯えの色を称えて。

「ゆ、許して・・・」

 言われるまでもない。もう、俺に彼女をどうにかしようとするつもりはない。例え、彼女が犯人だったとしてもだ。少なくとも、それは俺の役目じゃない。ヒーローの役目だ。

 俺ができるのは恐怖に震える彼女を腕の中に抱き寄せて謝ることだけだった。

「す、優くん?」

 蒲原さんスミマセン、怖い言葉を言ってしまって。

 そして、行うのは精神的なケアだ。人間という生物は極限状態に置かれた場合、恐怖を感じたものと同化しようとする傾向がある。この場合は俺への依存といったところか。

 そういった意味で至近距離に向き合った蒲原さんの瞳に恐怖以外の感情が映る。つまりは色・・・だ。そして、それは陶酔へと傾き、

「あの、今の私はちょっと汗臭くて……離してくれない?」

 確かに彼女の言う通りだ。だけど、俺は顔と顔を交差させて抱きしめあう。その時、彼女の体が浅く硬直するが、その感触を確かめながら軽く笑う。

 なんのことはない。「そういう」ことだ。

 言葉も理由も必要ない。俺は理解してしまう。その上で茶番と理解しながら続行してしまう。最善を理解しているはずなのに。

 蒲原さん・・・

「祭って・・・呼んで」

 その直後、交差していたはずのお互いの顔が重なった。その後は・・・言う必要はないだろうね。


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