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緋色のヒーロー  作者: 神谷 秀一
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正義の味方?

(くれない) 緋色(ひいろ)という少女がいる。

 特徴を挙げるなら非常に可愛い。高いか低いかでいうならチッコイ。

 背中半ばまで伸ばしたポニーな亜麻色の髪に白い肌。くりくりと大きな瞳とミッフィーのような小さな唇。高くは無いが細い鼻を総合すると、ちまっこいとはいえ、言い直すまでも無く超可愛い。

 なおかつ細身の体のくせしてバストサイズはデンジャーのDという高スペック振り。

 おいおい、天は二物も三物も与えてくれるものなのですか? 僕様といたしましては、その授け物の少しは分けて欲しいところでして、とはいえ目立ちたくない人生価値観を持つ者としては、やはり凡人でいいやと思ってみたりみなかったり。

 しかし、なんと言うべきかわからないが、実のところバランスは取れているのだ。どこまでも天秤が水平になるほどの何かが緋色にはあった。つまりは、こういうことなのです。

「紅のヒーローここに見参!」

 ジャキーンと口でポーズ音をかき鳴らす緋色。その後ろにいるのが俺だ。

 なんというか俺に視線は向けないように。お願いですからお願いします。こんな場所に場違いな僕を見ないで。

「・・・・・」

 場所、どっかのデパートの屋上。ちなみに快晴。

 時間、腹が減ってるから多分昼くらい。

 居る人、なんか包丁持ったフルフェイスマスクをかぶった怪しい人。(人質付き)泣きそうな顔で包丁を押し付けられている女の人。おろおろするデパートの店員さん。多数の警察関係者と残っているのは緋色と俺。

「じゃきーん!」

 いや、それはもういいから。

「なにを言うんだ(すぐる)! ヒーローは決めのポーズをとった上で正々堂々悪をうち滅ぼさなくちゃならないのに!」

 それはどこの電波世界の話だよ。

 というかまずここは強盗事件の現行犯を屋上に追い詰めたというどこまでも面倒な状況の上に、人質にとられた受付のお姉さんの安否が問われるところだ。

 従って穏便な話し合いが進められていた最中、お前が問答無用で押し入ったんだろ? んでもって言う事があるとしたら日本は法治国家だ。勝手にうち滅ぼしたりするんじゃない。

「なら優は目の前で危機に陥った婦女子を助けたいと思わないの? ボクには無理だ。紅のヒーローは弱き者を見捨てない!」

 ヒーローと緋色をかけるのはいいけど、弱き者といったって、目の前の強盗さんが社会的弱者かもしれないぞ? お前の定規では測りきれない深い理由だってあるかもしれない。

 例えばこうだ。彼には二歳の息子が居て大層可愛がっている。しかし、可哀想なことにその子供は心臓病を患ってしまっていて、手術をしなければ明日にも死んでしまうかもしれない。だけど、強盗さんにはお金が無かった。でも、お金が無ければ子供は死んでしまう。だからこそ、強盗なんて愚かな選択をしたんだ。

 さあ、この場合重要なのはなんだい? 本当の意味での弱者は誰なんだい? ジョンQの如き高潔な選択を君の正義感だけで潰してしまうことは正義なのかい?

 ちなみに俺の答えはどちらも死ね、だ。

 ああそうだ、そういえば助けたくないのか、だっけ? うん、俺としては助けるつもりは更々ないね。当然だろ? 俺としては世界を構成する程度の有象無象何人居なくなろうと知ったことではないよ。

「というわけで可哀想な強盗さん、ボクは君の事だって救ってみせる! だから、その人を放して自首するんだ!」

 シカトかよ。しかも、俺の設定がそのまま受け入れられて規定のものとして進行してるし!

 まあどんな事情にしろ、俺の前に立つ緋色……真紅の衣装のヒーローは、両手を左斜め上に揃えたままポーズを崩さない。

 一方マスク姿の強盗さんは大柄な体格に力を込めたまま固まっていた。いやま、当然だよね。人質を取ったとはいえ屋上まで追い詰められて自暴自棄になってしまおうかと迷っていた矢先にこんなバカと遭遇してしまったんだから。

 紅のレザーライダースーツに白のマフラー、だけど中身はちっこい上に可愛い。そんな少女に正義の味方名乗られても、固まる以外の選択肢なんてそうそう無いものだ。

「優うるさい!」

 怒られてしまった。

 まあ、こんな状況は、早々に終わらせてしまうに限る。というわけで位置関係を再説明。

 ここは屋上。一応子供向けの遊具は合ったけれど危険性の問題でほとんど撤去されてしまっているので物という物はベンチくらいのものだ。そして、そこの一番奥のフェンス際、そこに強盗さんと人質のお姉さん。そこから二メートルほどの距離に緋色。その真後ろに俺。更にそこから三メートル後方に警備員と制服姿の警官達、合わせて八人。更にその後方、鬱陶(うっとう)しい野次馬。

「さあ観念しろ、ボクは誰も見捨てない!」

「うるせぇ!」

 ははは、良いこと言うな強盗の人。いかにも大した事情もなさそうな有象無象だ。いっそのこと清々しい。ベタにしてベター、名前もない端役というのはこうであって欲しいものだ。

「テメェもゴチャゴチャうるせぇんだよ! 離れねぇとこの女をぶっ殺すぞ!」

 ああ、それに関しては勝手にどうぞ。そこの人が生きようが死のうが俺はどこまでも気にしません。

「く、くそ! テメェ等は一体何しにきやがった!」

「無論、正義のヒーローを!」

 その付き添いです。非常に不本意ではありますがね。

「そこの強盗さん、今ならまだ君は戻ってこれる。だから、その人を解放して僕の前に両手を差し出すんだ!」

 つまりは最終勧告だ。これが受け入れられない場合は……自分で想像してください。

 おっと緋色が睨んできた。余計なことを言わないよう黙っていよう。とはいえ、一つくらいは忠告しておくとする。加害者と被害者にそれぞれ一つずつ。

 まず緋色、グローブ装着してるからって何でもかんでも握り締めるなよ? 防弾グローブはケブラー繊維だから鋭い刃物には無力だ。

 ああ、それと強盗さん、あんまりしゃべらない方がいいよ? 場合によっては舌が吹っ飛ぶからね。

「さっきからゴチャゴチャと、何が言いてぇ………」

 さてさて腕を振り上げてくれましたよ強盗さんが。

 んでもってここで俺は小さく苦笑。そして、合掌。

「ボクは君を止めて見せる! バァァーーーニング緋色ナッコォーーーー!」

 刹那、緋色のちっこい身体が僕の目の前から発射された。その速度は尋常なものではない。コンクリの地面にひびが入りそうな程の踏み込みに、僕の手による突き飛ばし。アフターバーナーのおかげもあって、緋色の身体―は二メートルの距離をコンマ一秒以下で突っ切った。

「は?」

 俺はフルフェイスメットの奥の瞳が呆気に取られたことを唇の裏で笑う。そりゃそうだ。いくらなんでも女の子がとんでもない勢いで突っ込んでくるなんて思わないだろうからね。

 打音。

 言うまでもない。包丁を左手で握りこんだ緋色が強盗さんを殴り飛ばした音だ。

 まあ仕方ないよね。彼はどちらかと言えば俺の言葉と動向を気にしていた様子。当たり前だけどこういう状況の場合は訳のわからないことを口走る可愛い女の子よりも、その背後でニヤニヤと笑う男の方が注意を引くというものだ。まっ、そう思ってもらえることを前提として俺は表情を組み替え、言葉を吐き、手足を微妙に揺らめかせていたのだから。

 さてさて、だからこそ、理解しているのかな? 強盗さん、今君は終わろうとしているよ? 何でこんなことになったか気づいてる?

 答えは簡単。君は間違えたんだよ。

 この世界は残酷で、間に合わない時は何も間に合わない。

 だけど今は違うんだ。

 ここにはヒーローが居る。

 誰もが間に合わないと涙を流すその瞬間に駆けつけることのできるヒーローが居る。

 そのヒーローの名前は 紅 緋色。

 緋色は誰も見捨てない。

 光の速度で人を守りにやってくる。

 そんな戯言のような少女の拳は、強盗さんのあごをアッパーで打ち抜いた。ヘルメットが破片を散らして砕け散り、その奥に隠された頭部が頚椎をへし折らんばかりに大きく反る。しかし、緋色は止まらない。どこまでも容赦なく、返す拳でこめかみをぶち抜いた。

 合掌。


 怒られた。

 当然のことながら怒られた。

 これ以上ないほど怒られた。

 いやまあ、当然だよな。だって俺達警察じゃないし、場合によっては暴行の現行犯だ。この場合は緊急避難が適用されるけど、それでもやり過ぎ感は無きにしも(あら)ず。

 ぶっちゃけ強盗さんが意識不明の重体の時点で怒られるのは自明の理だった。つーか、緋色の奴、少しは手加減とかしろよ。

 まあそんなこんなで開放されたのは夕方過ぎだ。一応人質にされたお姉さんとも話した上で顔面ぶっ叩かれたのは疑問に残るとこだけど、それはどこまでもどうでもいいとして無事なのは良かったと思わなくもない。

 ん? そういえば自己紹介してなかったかな? いやしてないよね? 緋色の奴が俺のことを優と呼んだだけのはずだ。

 そうだよ。俺の名前は優。

 (まこと) (すぐる)。それが俺の持つたった漢字二文字の名前だけど、それはどこまでも俺に似つかわしくない名前だろう。だけど、名前に人は縛られないし、名前に役割は縛られない。

 だからこそ、俺はこうしてどうでもいい脇役として警察署のロビーでクソまずい缶コーヒーを飲んでいるわけでありますです。

 ちなみに受付を除けば人の姿は特にない。カウンターの向こうには暇そうな官憲がひしめいているが、それは言葉にしない方が得策だろう。俺にだってそれくらいの常識と理性はあるのだ。

 いやしかし、紅のヒーロー、我が麗しの緋色様はいまだに戻ってこない。まあ、どうせあの老刑事に説教でもされているのだろう。あの爺なんだかんだいってロリコンらしいしな。………手出したら殺すけど。

 というわけで読者諸君のために色々な紹介をして行こう。まずは俺だ。

 名前は言った通り真 優。年齢は緋色と同じ十七歳。言うまでもなく学生だ。とはいえ現在は絶好調なまでに不登校の最中。主に俺でなく緋色の方がだが、付き合ってる時点であまり俺も変りません。

 緋色との関係は幼馴染ということはなく、子供の頃に知り合ってはいたけど親しくなったのはここ一年だというべきだろう。そういうわけで、知りあい直した直後から、今日のようなことを続けているのである。まったく自分のことながら酔狂極まりない。

 ちなみに俺の身長は百六十五センチ。高くもなければ低すぎることもない中背痩身。顔は自分では判断のしようもないけど個性のない三枚目という失礼な評価を緋色からいただいてる身だ。

 つーか、あの女そういうことは胸に秘めるべきであって言葉にするものではないといいたい。まあ、言わないけど、だって俺アイツの彼氏だし。

 さてさて、そうそう俺達は付き合ってます。

 結婚は前提にしてなくてもそういうことなのです。男女が理由もなく一緒に居ることはありません。ましてやそうでもなければ可愛いとはいえあんな女のヒーローごっこに付き合うはずないだろ?

 ちなみに緋色の家は紅家といって相当な金持ちである。というか無闇な権力まで持っている始末だ。

 一応医療関係の有力関係者の家であり、軍事産業にも手を伸ばすどこまでもタチの悪い凶悪な家柄だ。

 当然、俺は一般家庭……というには少々特殊な環境ではあるが、それでもまともな世界の住人だ。そんな俺と緋色の付き合いは望まれるはずもなく、二桁ほど命を狙われたこともある。

 当然、それを察知した緋色が納得するはずもなく、とんでもない闘争の事件があったのだけど、それはまた別の話し。今も水面下では色々起こっているらしいけど、現時点では放置中。だって、面倒だし。

 というわけで俺と緋色はロミオとジュリエット? 違うかもしれないけどそんな感じ。

 ちなみに俺に両親はいない。色々あって地獄と天国にいるだろう。まあ、そこらへんはどこまでもどうでもいいと認識しているので忘れてくださいまし。

 それにしても緋色の奴遅いな。ロリコン爺に襲われているのなら間違いなく血祭りに上げているので問題ないのだけど、死体でも始末しているのだろうか? いや、それはないか。あいつは正義の味方だ。正義の味方は人を殺さない。結局のところ、説教が続いているだけだろう。

 はぁ、眠くなってきた。

 今日は早く寝よう。

 緋色が隣にいれば俺はぐっすりだ。向こうはどうかはこの際知ったことではない。

 さて、今日はどんな風に恥ずかしがらせようかな? そんなことを考えていた直後、後頭部に衝撃。目の前が一瞬真っ暗になるが、やはりそれも一瞬だ。

「す、優、君はこんなとこでなんて事を一人で口走ってるのかな?!」

 あれ? どこまで言葉になってたのかな? むしろ、どこから聞かれていたのかということの方が気になる年頃です。

「い、言えない! ボクは・・・」

 んー、振り返れば立ち尽くした緋色が顔を真っ赤にしている。なんというか非常に可愛い。食べてしまいたいくらいだ。色々な意味で。

 とはいえ、周囲の視線が痛いのも事実だ。なんせ、ここは警察です。ましてや定時を迎えていないなら、十数人の視線があるのもやぶさかではない。というか、やぶさかというのはどういう意味だろう? ニュアンスだけで使っていたけど、ひょっとしたら間違っているかもしれない。

「さあ、優ここを離れるよ。事件が僕を待っているのだから!」

 待っててたまるか。とりあえず帰って風呂入って、その後二人でエッチィことしようぜ?

 衝撃。

「歩いて帰れ!」

 痛い、頭蓋骨が砕けそうなほど痛い。なおかつ目の前が真っ暗になっているのは、とんでもない勢いで頭を叩きつけられたから急激なGがかかったため脳内の血管が一瞬詰まったか酸素の供給が止まったのだろう。つーか、俺じゃなかったら確実に死んでるぞこの馬鹿力。

 ん? 返事がないな。

 おーい、緋色さん?

 色を取り戻していく視界の中で、俺は応接机から頭を起こすと、目の前には顔を真っ赤に染めて腕を組む緋色の姿があった。あぁ、たまらなく可愛いな。

「そんなことこんな場所で言わなくていいんだよ!」

 叫んだ後に俺の首根っこを掴むなり、問答無用で引きずり始める。おーい、俺は自分で歩けるぞ? 殴られたダメージは無いに等しいんだから、わざわざおニューの靴の踵を減らすような真似は謹んで欲しいものだ。

「罰として今日の夕飯は優のご飯だよ」

 なんで俺が作らにゃならんのだ。というか、こういった場で説教を受けるような事態を作り出したのは他ならぬ緋色の方ではないだろうか? つまり、罰を受けるべきは俺でなく緋色であるということだ。

 緋色、そういうわけで俺は希望する。

「うん、余り聞きたくないし聞く気もないから言ってみなよ」

 そうだね、まずはバニーコスなんてどうだろう? もちろん色は黒だ。ウサギ耳は認めるけどネコ耳は邪道だ。だからこそ、すばらしいバニーの力によって俺は癒される上に緋色はいやらしくなれるというわけだ。これぞ一挙両得!

「君、頭おかしいよ!」

 ははは、今夜はどんな風に辱めてみようものか。いやでも、自ら行動させることによって新しい世界の発見が! つまり、常識人の俺にとっての異常というのは、異常人である緋色の当然であるわけで! くぅぅ、これはなんとも深い命題だ。今夜はこれを考えつつ実行するしか………

 直後、頭上に影が落ちる。

 あれ? と思う暇も無く、物理的な重量と速度を伴ったそれは俺の顔面目掛けて振り下ろされてきたわけで。


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