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高校時代に書いた短編集

黄金の居候

作者: 井花海月

去年くらいに書いた作品が出てきたので投稿してみました。

賽銭箱に、小銭を放り投げる。

だが、小銭は賽銭箱に弾かれ、地面に落ちる。


「……あちっ!」


 拾おうと手を伸ばすと、夏の暑さで熱を帯びたアスファルトで焼けそうになる。

 小銭を拾い、もう一度賽銭箱に投げる。今度はしっかり中に入り、賽銭箱はチャランと音を立てた。


「……大学に合格しますように」


 パンパンと二回手を叩き、賽銭箱に背中を向ける。

これで全てが報われるなら、どれほど幸せだろうか。祈れば叶うと考えているほど楽観的思考ではないので、進学できるように努力する。

大学に進学し、あの高校を去るのだ。そして、友達を作るんだ。

お守りを買い、神社を後にした。



神像がある。

 それも、黄金でピカピカの神像が。

 ここは神社ではなく、俺、川岸良哉の部屋だ。

アパートのワンルームに、堂々と真ん中で胡坐をかいている神像。窓の外からは、蝉の鳴き声がミンミンとやかましい。

……何だ、これは?

当然だが、神像を買った覚えはない。ましてやこんな等身大の、黄金の神像など。

そして何より……邪魔だ。

動かそうとするが、重くてびくともしない。神像の位置するのは、布団を敷く場所であり、目の前にあるテレビを見事に覆うようにでんと座っている。

悪戯にしちゃ酷過ぎる。


「いったいどこの馬鹿が、こんなことを……」

「誰でもないッス」

「誰でもない訳ないだろ、じゃなきゃ神像がこんなところにあるわけ……はい?」


 今の、誰の声ですか? 無意識に応答しちゃったけど。

 おそるおそる、神像の方を向く。


「ちょりーッス!」

「…………」


 いや、そんなチャラい挨拶されましても。


「えっと、どちら様でしょうか?」

「神像ッス」


 軽っ! 神像なのに軽い! 俺の神像に対するイメージが崩壊する。


「どうして、ここに……?」

「あれ? お呼びじゃなかったッスか?」


 呼んでない。そもそも呼んだら来るものなのか。


「すみませんが、お引き取り下さい」

「無理ッス」


 しれっと言う神像。


「良哉は今朝、神社でお賽銭をしたッスよね? その時の願いを叶えてやろうと思い、やってきたッス」

「ま、まじ?」


 これが神像じゃなくて、ただのおっさんの台詞なら絶対に信じなかっただろうし、通報していただろう。しかし、相手は喋る黄金の神像。自己紹介もしていないのに俺の名前も知っているし、信じていいのだろうか。


「じゃあ、大学受験、合格させてくれるのか?」

「無理ッス」

「駄目じゃん!」


 少しでも期待した俺が馬鹿だった。


「大学に合格するための手助けは出来るッスけど、確実に合格させることは出来ないッス。神像なんてそんなもんッス」

「そんなもんって……」


 神像の力にそんな力があるとは思えないが、ここまでハッキリ言われるとガクッとへこんでしまう。


「それに、良哉は大学合格が『一番の願い』ではないはずッス」

「そんな馬鹿な……今は高校三年生の夏休みだぞ?」

 この時期なら、誰もが受験勉強に奮起している頃だ。合格に越した願いなどない。


「ま、お前があの時願ったことを思い出し、それが叶うまで代役を務め、ここに居座らせてもらうッス」

「あの時って何だよ。代役ってのも意味不明だし、お引き取りください」

「無理ッス」

「そればっかだな!」


 なんて役に立たない神像だ。


「まだ帰るわけにはいかないッス。お前の悩みを解消できていないッスから」

「いや、無理に解消させなくていいから。大学は自分で頑張るよ」

「大学に合格しても、願いが叶っていなければ居座るッスけど?」

「迷惑すぎるうぅううううっ!」


 せめて、部屋の隅に行ってくれ。テレビすら見れないんだよこっちはよぉ。


「俺が大学合格以外に、何を願ったって言うんだよ?」

「教えな~いッス☆」

「うぜぇえええええっ!」


 こうして、アパートの狭いワンルームにて、俺、川岸良哉と黄金の神像による二人暮らしが幕を開けた。



「まったく、何なんだよ……」


 翌日の登校中も、俺は昨日のことを考えていた。

 朝起きると、神像がいなかった。全て夢だったようだ……という展開にはならず、今日もテレビを覆い隠すように黄金の神像が居座っていた。

 願いが叶うまで、代役を務めるという言葉が一番意味が分からない。

 あの時の願いの代役……いったい、何なんだろう。


「あはは、マジで?」

「おう、今度見せてやんよ……あ、悪い悪い」


 ドンっと背中に衝撃が走り、振り返るとニヤニヤした男子生徒が二名。どちらもクラスメートだ。


「おろろ、そんなに睨むなよ。ちょっとぶつかっただけじゃんかよ」

「ごめんちゃい、以後気を付けまーす」


 二人は適当に謝り、俺から逃げるように追い越して行った。


「……はぁ」


 そうだ、神像に気を取られて忘れていた。

 また始まったのだ……嫌な一日が。



「今日は自習をやる。このプリントをやりたまえ。終わった者から好きにしてよろしい」


 教室にて、数学教師の谷岡先生は列ごとに数学のプリントを配布する。

 まただ、また始まった。嫌な授業(数学)が。

そして、またやられた。

 一番前の席からプリントを一枚ずつ取り後ろに回していくやり方だが、一番後ろの席に座る俺までプリントが回ってこない。


「先生、一枚足りません」


 手を挙げて言うと、先生は全て配り終えてから「おっと、一枚足りなかったのか」と、とぼけた様子で応じる。


「一枚刷って来るから、川岸以外はプリントをやっていなさい」


 そう言って、谷岡先生は教室を出て行く。

 なんて嫌な奴だ。いつもそうだ、谷岡先生は俺のところまでプリントが行きわたらないように調整し、一枚取りに行く時間、俺だけ皆より開始を遅らせようとしてくるのだ。

 全体的に太った体型で、四角い眼鏡をかけ、右の額には青い痣がある。元々嫌な教師だが、俺に対しては特に酷い。

 まだ、あのことを引きずっているのか? それでも教師かと言ってやりたいが、ただでさえ悪い俺の評判が更に下降するので、黙る事しか出来なかった――。



「悪いけどねぇ、お前の底辺並の成績では、底辺レベルの大学しか行けないねぇ」


 全く悪びれない様子で、ヘラヘラと笑いながら話す谷岡先生。谷岡先生に向かうように俺が座り、その隣で父が無言で座っている。


「ですが、N大学の指定校は狙えると……」

「はぁ? そりゃあ、狙えなくはねぇけどねぇ、小論文テストとかあるから無理じゃないかなぁ。お前、小論文C判定だったろ?」


 ケタケタと馬鹿にするように口元を吊り上げる谷岡先生。


「お前さ、将来やりたいこととかある? あるなら、そういうのを専門に頑張るのもありだよぉ?」

「えっと、まだ決まっていません」

「高校2年生で? やりたい事ないなら大学なんて行かない方がいいよぉ? 4年間を棒に振るうだけだしぃ、就職でいいんじゃね? 不況だから雇ってくれるかは分からんがね」


 その、煽るような言葉に、毎回苛立たせられる。


「谷岡先生、これ以上良哉を侮辱するのはやめてもらおうか?」


 それまで黙って座っていた父がいきなり口を開き、ぎろりと先生を睨んだ。父は3者面談の前、ビールを飲んでいた。酒癖がよくないので、何をするか分からず背筋に悪寒が走った。


「侮辱? 真実を述べて何かご不満でも?」

「黙れ!」


 父は立ち上がり、パイプ椅子を持ち上げる。


「言いたい放題言いやがって。お前に教師をやる資格などない!」


 ここまで怒った父は久しぶりだ。酔っぱらっていなければ、もっと温厚な父なのに。


「ま、待て、落ち着きたま――」


 だが、怒り狂った父を止めることは出来ず、目を開けた時には先生は右の額から血を流して倒れていた。



 ――あれから、もうすぐ1年、父が教師を殴った話は学校中に広がり、俺の印象は目に見えて悪くなった。

谷岡先生は今でこそ担任ではないが、三年の数学担当とは実に運が悪い。

 転校も考えたが、家に近い学校がない上に、高校二年の三学期にもなって転校は時期が悪いので、結局通うことになった。

 早く、ここから去りたい……大学に行きたい。

 大学に進学してしまえば、こんな話を知る者は格段に減り、ぼっちにならずに済む。

 そうだ、大学進学だ。今の願いは大学に行って、また友達作ってやり直そう。あと半年だ……こんな忌々しい高校から、逃げられるまで。



「ただいまー」


「おかえり~、ご飯にする? お風呂にする? それともオ・イ・ラ?」


 鍵を開け部屋に入ると、無粋な顔をした神像がふざけたことをぬかす。


「もっとも、動けないからご飯とお風呂は無理ッスけど」


「お前しか選択肢がねぇのかよ!」


 それって選択肢じゃないし。


「良哉」

「なんだよ?」


 高校の鞄を置き、ぐっしょりと汗をかいたカッターシャツのボタンに手を掛ける。


「テレビ見たいッス」

「一生真っ黒な画面でも見つめていろ」

「電源入れて欲しいッス」


 神像の分際で後輩みたいな口調と言い、図々しい神像だ。


「ほらよ」


 そう思いつつも、リモコンでテレビの電源を入れる。


『女子高生自殺……《生きていくのが辛い》』


ニュースが流れた。どうやら女子高生が駅から飛び込み電車に轢かれて自殺したようだ。


『○○さんからは、遺書が見つかり、「一人ぼっちが寂しい」や「虐めが辛い」などと書かれており――』


 1人ぼっちが辛い……という言葉が一本の矢となり、俺の心に突き刺さった。


「チャ、チャンネル変えてもいいか?」


 自殺した少女と、自分の境遇が重なったような気がして、置いたリモコンに手を伸ばす。


「良哉って、友達いるんスか?」

「……なっ!?」


 おそらく、この神像にとっては、何でもない質問だったのだろう。だがそれは、俺にとって何よりも話題にされたくない内容だった。


「いないんスか?」

「と、友達くらい――――」


 友達くらい……その『くらい』と言ってしまうような存在が俺にはいない。


「見たいッス、良哉の友達」


 その言葉のひとつひとつが、俺の首を絞める。


「ば……馬鹿だな、お前のそんな姿見られたら、びっくりするぞ」

「それもそうッスね」


 再び黙り、テレビを見つめる。しかし、少しばかりすると、また神像は口を開く。


「友達を見せてくれたら、オイラはここから立ち去るッスよ?」


 その言葉、口調はまるで、俺がぼっちなのを知っているように感じた。


「俺の願いを叶えたら、帰るんじゃないのかよ」

「その頃には、願いは叶っていると思うッス」

「な、何だよ、それ……」


 軽い口調でありつつも、核心を突くように話す神像。


「もう本当は、気付いているんじゃないッスか?」


 大きく見開いた金色の目を、こちらに向ける。

「自分自身が、あの時思った、本当の願いッス。それは、大学合格なんかじゃなく――」




「国沢美紀です~、半年間ほどになりますが、よろしくお願いします~」


 ニコニコと微笑みながら教壇の前に立ち、国沢と名乗る少女は、ぺこりと頭を下げる。

おっとりとした口調で、寝癖の多い長い髪、スカートからシャツがところどころはみ出しており、ちょっとだらしない。

それにしても、こんな時期に転校なんてよくやるよ。俺なんて二年生の段階で諦めたのに、三年生の二学期に転校なんて、来てからすぐ進路探しなんて、皮肉なものだ。


「国沢さんは、あの席に座ってください」


 担任の指差した席は、俺の隣だった。


「よろしくね~」

「へ? あ、ああ」


 この頃、クラスで人と話すこと自体なかったので、いきなりノーマルに声をかけられ少し驚いた。

 そうだ、国沢さんは知らないんだ。クラスメートの、俺に対する印象を。

 俺のことを知らない……それは、今の自分には特殊で、有難いことだった。


「あ、あの~」

「え……は、はい!」


 振り向くと、すまなさそうな顔をした国沢さんが。

「いきなりで悪いんだけど~、ネームペン貸してもらえない~?」


 机の上に乗っかった新品の教材。ああ、名前を書くのか。誰にも貸してもらえない俺は、糊やホッチキス、ネームペンなど文房具を常に常備している……うぅ、自分で言って寂しくなってきた。

 けど、いきなり俺に頼んでくるなんて、俺に気があるんじゃないだろうか、なーんてね、席が隣なだけだよね。とんだ自意識過剰だ。

 国沢さんはのんびりとした様子でお礼を述べ、サラサラと教材に名前を書き込んでいく。その時、クラスメートの一部にジト目で睨まれたような気がした。

 彼女も、俺の事情を知ったら、クラスメートの皆と同じように、避けるようになるのだろうか……まあ、それでもいいか。

 どうせ、ここから去るんだ。国沢さんともすぐにお別れだ。この忌々しい連中とも二度と会うことなんてないんだ。あと半年くらい、何でもない。




 国沢さんが転校して来てから、一週間近く経った。

 彼女はもの凄くマイペースで、かなり物忘れが激しく、しょっちゅう俺に文房具を貸して欲しいと頼んでくる。

 だが、ウザいとか鬱陶しいなどの感情は一切、湧かなかった。話しかけてくれることが嬉しかった。皆が俺を無視する中、国沢さんだけが接してくれる。とは言っても、彼女が俺とだけ話すわけではなく、他のクラスメートとも仲良くやっているようだが。


「それでは、このプリント終わった者から自習するように」


 6時間目の数学にて、谷岡先生は気怠そうにプリントを配布する。またしても、一番後ろの席にいる俺までプリントが行きわたらない。毎回毎回同じ手を使いやがって。


「おっと、一枚足りないな。刷ってくる」


 今度は言うまでもなく、俺の席までプリントが配布されていないことを口にし、そそくさと刷りに行ってしまう。皆より進み具合は悪くなるが、流石にもう慣れた。


「はい」

「……え?」


 見ると、俺の机の上に数学のプリントが。顔を上げると、はにかむように笑う国沢さんが。


「いつものお礼に、あげる」

「え、でも……」

「いいよ、どうせ私には分からない問題だし」


 鞄から本を取り出し、呑気に読書を始める彼女。本当にマイペースだ。けど、おかげでみんなと同じ速さでプリントを済ますことができる。国沢さんには俺の答えを見せれば問題なさそうだし。


「待たせたなぁ~……って、あれ?」


 のろのろとプリント一枚を持って戻ってきた谷岡先生は顔をしかめる。それもそうか、俺が普通にプリントをやり、待っていたのは国沢さんなのだから。


「さて、さっさと終わらせないと~」


 本をしまい、すごい勢いでプリントの問題を解き始める彼女。結局、俺より早く自習課題を片づけてしまうなんて、誰が想像しただろう。



「川岸く~ん、ここの問題教えて~」


「えー、ここはな……」


 放課後、俺は六時間目にやったプリントの問題を国沢さんに教えていた。

どうやら、速攻で終わったのは適当にやったかららしく、先生からやり直しの罰をくらったのだ。

 ちなみに俺は、掃除当番で残っているわけだが、同じ当番の連中がすっぽかしたので、担任に一人でやってくれと頼まれ、戸締りも任された。つまり、彼女が課題を終わらせないと俺も鍵を閉められないので帰れないという、これまた罰ゲームみたいなことをさせられている。


「川岸君って、頭いいんだね~」

「そ、そうかな」


 彼女の笑顔に、少し動揺してしまう俺。こういうのも、悪くないね。

「私、元いた学校の時も、どんくさいし馬鹿だから、結構みんなから嫌われていたんだよね~、だから、川岸君みたいな優しい人がいて良かった~」

「や、優しいって……」


 それは、俺が他に話す人がいないから……ぼっちだからなのだろう。友達がいたら、彼女と話そうとは思わなかった。仲良くなりたいとは思わなかっただろう。


「そういや、国沢さんって、どうしてこんな時期に転校してきたの?」

「親の仕事の都合だよ~」

 そんなことを、躊躇なく答える彼女。

「私だけ残るっていう手もあったの。けど、私見ての通り馬鹿だから、一人暮らしはまだ早いかな~って思い、転校を決めたの。これから進学先探さなきゃいけないから、なかなかハードだよ~」


 ソフトな笑みで話す国沢さんは、なんか凄いと思った。

 父は谷岡先生に暴力を振るった後、転勤する事になったのだが、その時の俺は「こんな時期に転校なんて冗談じゃない」と、一人暮らしを決意した。

けど、国沢さんは俺が冗談じゃないと言った時よりも悪い時期だ。三年生の二学期に転校するなんて、どんなギャグだ。


「あっ、そうだ」


 突然、何かを思い出したように顔を上げる彼女。


「クラスの女子から聞いた。川岸君のこと、全部」


 一番、話題にされたくない言葉。全部ってことは、そういうことなのだろう。


「けど、みんなの言う川岸君は、きっと違うと思う。だから――」


 俺の前に、真っ白な手の平を差し出す彼女。


「――私と、友達になって下さい」



 その日、いつも通りアパートに帰ると、いつもより部屋は広々としており、テレビを遮るモノが無くなっていた。         


ご愛読ありがとうございました。

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