7、蚊帳の外は俺なのか?
「今日は裕也じゃなくて莉桜ちゃんにお願いがあるの」
まどかからそう電話がある。
受話器を持って話していた莉桜が驚いた声を出す。
「私のイラストをですか? ーーー嬉しいです。でも本当ですか?」
どうやら仕事の依頼らしい。
偶然の再会から行き来が始まり何度か我が家にも遊びに来ている。
そう言えば先日、来た時に莉桜のアトリエを見せたのだった。
何点か作品を見て随分気に入っていたが、こんなに早く仕事の話になるとは思わなかった。
雑誌に中の連載で地方の隠れた観光地を莉桜のイラストで紹介する企画だそうだ。
写真より特徴のある絵で表現がしたいと担当者からの希望があったところにタイミングよく莉桜のイラストが目に止まったらしい。
暖かみのある線がいいと言ってもらったそうだ。
ただ心配なのは何日か取材に行くことだ。
そんなことを思っているとライターの人も女の人ですよと莉桜から言われた。
まどかからも笑われた。
「大丈夫、最初の1回目は私も同行するから」
なんだ、そうかと安心すると、まどかから過保護だと笑われる。
それにしても大きな仕事の話だ。
今までのカットとは難易度も違うのだろう。
基本的な紙面構成の打合せから参加するようで莉桜は度々東京の出版社に出掛けて行った。
まどかとの間に有った微妙な距離感が仕事として関わるようになって変わって行くのが手に取るようにわかる。
大人の中で育った莉桜は基本的に年上の人と仲良くなるのが上手いとは思っていたが、この懐きぶりには少々驚いた。
俺を挟んでの三角関係を願っていたわけではないが、疎外感を感じる。
莉桜のイラストが載った雑誌が発売され、お祝いと称して幸平一家とまどかが我が家に集まった。
いつの間にかキッチンで莉桜とまどかが料理をしている。
今日はパスタとピザが何種類か出るらしい。
幸平が時々アドバイスしている。
こいつは料理が上手い。結婚してからますます腕をあげたらしい。
沙耶はDVDを夢中で見ている葉奈と一緒にソファーに座っている。
「この家のテレビは画面が大きくて迫力が違うわね」なんて呑気に言って手伝うつもりはないようだ。
ふと思い出したように沙耶が言う。
「まどかと莉桜ちゃん、取材先で大げんかしたんだって。中野君、聞いてる?」
初耳だった。どちらからも聞いていない。
初めての取材旅に緊張しながら出掛けて行った莉桜だが、帰宅すると疲れてはいたが高揚感が溢れていた。
その後の仕事は生み出す苦しみはあるものの生き生きとしていたから、二人の間にそんないさかいがあったなんて信じられない。
今もキッチンで並んで立っている姿はまるで、まるでそう歳の離れた姉妹と言う感じだ。
「仲間外れにされた訳ね」
と沙耶が楽しそうに笑う。
「何が原因だったんだ?」
「さあ?もう二人で解決したのだから聞かなくてもいいんじゃない?それでも知りたいのかな、保護欲の塊の中野君」
やな奴。聞くか!
キッチンから楽しげな笑い声が聞こえる。
トマトが転がったらしい。
莉桜はなかなか本心を言わない。
親しくなり過ぎないように警戒する癖がある。
傍から見ると身体が弱く大人しいイメージらしいが、本当は違う。
抱えている重荷を人には悟られたくないと頑丈な鎧を着ているようなものだ。
そんなこと大したことではないとは簡単に言えないこと。
莉桜の思いも変化している。
彼女の思いを尊重したい。
俺は莉桜と一緒にいることが大切なのだから。
そう言えば取材旅行の後で子どもの話題をよくするようになった。
何となく避けていたことが自然に話せていた。
見果てぬ夢ではなく、罪悪感でもない、もっとピュアな気持ち。
莉桜とまどかがケンカしたと言う理由が何となくわかった気がした。
「ごはんだよ」
あどけない声に振り向くと葉菜がニコニコ笑っていた。
「おじちゃん、眠い?」
「いや眠くないよ。葉菜は眠くないのか?」
「ぜんぜん眠くない。これからいっぱい食べるんだ、おじちゃんも食べるでしょ?」
「食べるよ」
ソファから立ち上がりヒョイと葉菜を抱き上げる。
そんなことでキャッキャッと葉菜は喜んでくれる。
大きなダイニングテーブルに色取り取りの料理が並ぶ。
普段は二人きりで穏やかに食べているが、こういう風に大勢で食べるのもたまには良いものだ。
相変わらず莉桜の隣には葉菜が陣取り、二人で楽しげに話している。
その姿を見ていると俺の中で時々チクリと痛むものがある。
言葉にするのは難しい複雑な感情。