4、お供の悩み
江戸川出版の大倉じゃない加納まどかは高校の同級生だった。
当時はメガネをかけ長い黒髪の少しぽっちゃりタイプだったように思う。
でも姉御肌で、なり手のいないクラス委員を引き受けて、めんどくさいクラスの話し合いを少々強引なくらいにさっさとまとめていた。
そんなクラスの雰囲気を捻くれた俺はどこか傍観者のような立ち位置で楽しんでいた。
まどかは帰国子女だとかで英語の発音が綺麗だったのは覚えている。
大学は結構良いところに行ったと思うが詳しくは知らない。
何年か前のクラス会で、他の奴から結婚して海外に行ったような話を聞いたが真偽のほどはわからない。
知り合ってから20年ほど経つが、それぐらいの関係だった。
だから担当編集者として目の前に現れるとはビックリだ。
まどかは姉御肌の雰囲気はそのままだけど見た目は随分変わっている。
すっかり垢抜けてしまって美人なキャリアウーマンに見えた。
今度、幸平たちに会ったら教えてやろう。
偶然の再会をネタにクラス会を開いてもいいかもしれない。
江戸川出版から届いた雑誌をパラパラめくりながらそう思う。
時計を見るとそろそろ支度をして出掛けないと行けない頃合いだ。
何年か前に知り合った作家の某賞受賞パーティ。
寡黙な男なのだが不思議と気が合ってプライベートでも何度か飲んだ。
いつもどこでこんなに面白い題材を見つめてくるのだろうと感心させられる作品を書く。
莉桜が珍しく興味を示していたので今日のパーティにも誘ったが行かないという返事だった。
暑さで体調を崩していたから気が乗らないのだろう。
パーティの会場は見慣れた顔がいくつもあり話しが盛り上がる。
K出版の城島が同僚の女性と現れる。
「中野先生、うちの広報部の 八尋です」
「はじめましてK出版広報部の八尋友香です。中野先生の作品、よく読んでいますよ」
小さなバックから名刺を取り出して渡してくれる。
「美人でしょ?先生の好みでも手を出したら駄目ですから」
城島がからかってくる。
「おまえの好みなんじゃないか?城島は口は軽いし仕事はポカが多いですけど、きっと根は良い奴ですからどうですか?」
意趣返しでそう言うと、城島が真っ赤になって抗議してくる。
冗談のつもりが本当に気があるのかもしれない。城島ももう30に手が届く齢になっているのだ。
二次会には参加しない予定だったが、城島に誘われて二人で飲みに行く。
いつも調子よく話し明るい城島だが、どこかソワソワしている。
「今日はいつにも増して挙動不審だな」
「そ、そうですか?やだな先生、俺のこと注目し過ぎですよ」
「ふ~ん、まあ良いけど。何か話したいことがあるんだろう?」
ポンポンと言葉を返す城島が珍しく口籠る。
「先生、莉桜さんと結婚をする時、その、えーと、あの」
何が訊きたいんだ?
「反対はされなかったんですか?」
「されなかった。もっと後でもと莉桜のお父さんは言ってたが反対されたわけではない」
「良いですね」
そう言って城島がため息を吐く。
「なんだ、おまえ反対されているのか?」
「いや~反対というか、お近づきになれたのは、彼女が倒れた時に居合わせた事がきっかけで……」
どこかで聞いたことのあるストーリー。
休日出勤中に急激な腹痛で倒れた彼女のたまたま近くにいたのが城島だけで救急車を呼び、病院に付き添った。
その後、回復した彼女から御礼にと食事に誘われて、何となく付き合うようになり、結婚を意識し始めたらしい。
「俺、男二人の兄弟で兄貴はもう結婚してるんですけどね、お義姉さん不妊治療に通っていて、なかなか子どもに恵まれないんですよ」
城島の兄の話が出てくるのかよくわからないが続きを促す。
「うちの親、特に母親としては早く孫の顔が見たい!って先走って。あの病院が良いとか、どこそこのお守りにご利益があったとか。はっきり言って兄夫婦にとって有難迷惑な存在になってるんですよ」
もう一度、ため息を吐く。
陽気な城島の両親の様子が目に浮かぶ。悪気はなくても相手を傷つけることがあるのだと言うことがわからない人達。
「彼女の病気が卵巣の病気で、それはもう治っていて問題ないけど、俺、彼女が救急車で病院に搬送された日に、そのことをつい母親に話しちゃったんですよ。そしてら母親が『卵巣1個無くなったら妊娠しにくくなるんじゃない。あんた、そんな子に好きならないでよ。健康で結婚したら子どもがちゃんと産める人選んでね』って。今になってその言葉甦るんですよ」
女性をなんだと思っているのだと城島は更に悪態をついている・
俺には何とも返答し辛い展開になってきた。
子どもを産むという、とてもデリケートな話題だ。いろんな事情の人がいる。
正しい答えなど有りはしない。一般論なんて通用しないものだ。
「俺は結婚したいと思ってるんですよ」
「相手には?」
俺の言葉に城島が再び黙り込む。
「まだ言ってません」
ヘタレな答え。
プロポーズが先なんじゃないかと城島を煽ることもできたが、彼の不安は結婚を決めた後のことだ。
悪意ない攻撃から彼女を守れるかということなのだ。
「おまえ次第なんじゃない。母親にきちんと説明し、余計な口出しはさせないよう先手を打つぐらいの根性がなければ難しいぞ。ま、それより先に彼女からの承諾をもらえるかどうかが重要なんじゃないか?」
「自分が上手く行ったからって簡単に言わないでください」
「さっきの八尋さん?」
ボンと音が聞こえるぐらい赤くなる。
「……そうです。どうせ似合いませんよ」
「そうか?」
「僕のどこが良いのか、見当がつきませんよ。一緒に居る時は楽しそうにしてくれてますけど、優しい子ですからね。この業界のこともわかってくれてるし。でも、今日も送って行くことさえさせてくれない。先生が悪いんですよ」
矛先が急に俺に来て驚く。
「俺に当たるなよ」
「当たりますよ。先生のお供なんだから最後までお付き合いしてくださいって言われたんですよ!」
だいぶ酔いが回ってるらしい。俺が帰らないとコイツも帰れないのか。
今の家は都心から少し離れているため、こういう日はホテルに泊まることにしている。
無理して帰ると莉桜が心配してて起きているのだ。
ホテルの部屋に入りおやすみのメールを送る。
直ぐに返信が来た。
やっぱり眠っていない。
携帯の通話ボタンを押して直接声を聞く。
「おやすみなさい」
二人だけの約束。
離れていても朝と夜の挨拶は欠かさないこと。