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13、凛とした決意

人生は何が起こるかわからない。


胃の検査をしたら「癌」が見つかった。

まどかの身体に巣食う癌は進行の早いタイプのものらしい。


病院から泣きながら電話をかけてきたのは莉桜で、俺も慌てて病院に駆け付けた。

幸平達にも連絡をして、病院で落合うことになる。


まどかの妊娠期間はもう34周を過ぎていて、一刻も早く出産して治療を開始した方が良いようだ。

でも、まどかは自然分娩にこだわっている。


その気持ちも分からなくはないが、命あってのことだ。


もう一つ、まどかの家族への連絡だ。

嫌がるまどかを説得したのは莉桜だった。


まどかの母親は政治家の娘として生まれ、商社に勤める夫と見合いで結婚したそうだ。

家を守り、夫を陰ながら支えることが一番だと信じて疑わないとまどかが皮肉る。

父親の後を継ぐはずだった母の兄が急逝し、その立場にまどかの兄の名が上がり、今度はその兄を支えることに全力を注ぐようになった。


有力議員の娘と見合い結婚をさせ、自分の父親の秘書として働かせ、いよいよ国政選挙へ出ようというタイミングらしい。


「だから未婚の母なんて考えられないって。恥さらしって家を本当に追い出されたのよ。兄さん夫婦にも子供が生まれているから、その子たちにも悪影響だ!ってどんな理屈なんだか。だからね、もういいの。私のことを話しても、また傷つけられるだけよ」

「お父さんとは話したの?」

「話してない」

「話さなきゃ。お母さんに直接言うのが難しいならお父さんに話さなきゃ。お父さんだって、ちゃんと聞いてくれるよ」


莉桜に言われて、ようやく父親に電話を掛けた。

妊娠のことも、仕事のことも何一つ聞いておらず大変驚いたようだった。まして癌を患っていると知って、父親は翌日には病室を訪れた。


「パパごめんね。心配ばかりかけます」

「びっくりしたよ。何も知らなくて悪かった」


まどかの父親はビジネスマンとして厳しい世界で生き抜いてきた様子がうかがえる人だった。

家族のことを大事に思っていても態度に示すことは少なかったのだろう。

貞淑な妻を演じつつ、実際のところは政治家の娘として家の中のすべてを仕切っていた母親にこの父親は逆らわなかったのだろう。


そんな反省の言葉をつぶやくように話している。

まどかの目に涙が浮かぶ。


わかってもらえない苦しさ、その苦しさに気が付いてもらえて、心の中に押し込めていた感情があふれ出す。

親を心配させたくて離婚したわけじゃない。未婚の母になることだって悩んだ末の決断だ。


「ママには私から話そう」


父親は心配することはないと何度もまどかに言い、医師と話をしてくると病室を後にした。

まどかは父親の背中を見送るとそのまま黙ってしまう。

いろいろ思うことがあるのだろう。


進行の早いタイプのようで、厳しい選択も迫られることが予想できる。

自分の実家の病院は総合病院ではあるけれど、癌治療の実績が高い病院への転院も考えた方がいいかもしれない。


父親が病室に戻ってきたのを契機に俺たちは外にでた。


決断しなければならないことが山積みなのだ。

悠長に考えていられる時間はない。


団欒室の椅子に腰を下ろすと莉桜が俺の腕に寄りかかってくる。

やつれた顔をしていた。

妊婦健診に付き添っただけだったのに、本当に何が起こるかわからない。


モニターの中の胎児はよく動き元気だそうだ。

まどかが何度もお腹の子どもを気にしている。


自分の身体より、命より気がかりなのだ。


これが母性なのか……。


莉桜が俺の名を呼ぶ。


「裕也さん、私、まどかさんの意思についていく。ちゃんと寄り添えてるよね?私の存在がまどかさんを苦しめてないよね?」

「大丈夫だ。まどかは大丈夫。子どもも無事に生まれる。みんな大丈夫だ」


細い肩をそっと抱きしめる。


団欒室に面する窓からは夜景が見え、無数の灯りが点いている。

正解のない難問の前で立ちすくむ俺たち。

不用意な一言が誰かを深く傷つけるかもしれない。


莉桜をまどかを、生まれてくる子どもを俺は守れるのだろうか?


扉が開く音がして顔を向けるとまどかの父親が出てきた。


「少し話をさせてください」


そう言われテーブル席に移動した。


「まどかを支えてくれて、本当にありがとう」


深々と頭を下げられる。


「生まれて来る子供も養子にしてくれると聞いた。まどかは、まどかはそれで本当にいいのだろうか?医者からは厳し司状況だと言われたが、あの子から子供を取り上げてしまうようで、、、」


まどかの父の言葉をさえぎるように莉桜が訴える。


「取り上げません。まどかさんが母親だってことは決して変わらない。たとえ書類の上では違っても。私はまどかさんのそばで子供を育てます。私が、、、私が支えるから」


「パパ、私は大丈夫よ」


扉が開き、まどかが入ってくる。


「この子は裕也と莉桜ちゃんを両親として育つの。それは変えない。私の都合では絶対変えない。この子の運命を最初に決めた私の責任で二人に託すの。病気の治療とは別のこと。

来週、この子を産みます。その後、ここの先生が紹介してくれた癌研病院へ転院して治療を受けることに決めた。予定より少し早くなったけれど、莉桜ちゃん、大丈夫?」


莉桜は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらはっきりうなずく。

なぜか俺はまどかの凛とした顔が綺麗だと、場違いな感想を抱く。


俺たちは養子の話が決まるとすぐに二人で準備を始めた。はじめは戸惑いながら、でも新生児用品を手に取ると頬が緩むのを止められなかった。あれこれ買ってしまう。

保健所が主催する両親学級ってものにも急きょ参加した。


俺たちを両親としたことを後悔しないように、たっぷり愛情を注いでやろうと。


寝室にはベビーベットも置いてある。


だから、いつでも大丈夫だ。任せろ。


ああ、そうだ。まどかの決意で俺たちは自分たちに与えられた使命を思い出したのだ。


家族を迎えるのだ。苦しいのも辛いのも振り切って俺たちに子供を託すと決意しているまどかを裏切れない。



そして、翌週。まどかは帝王切開で子供を産んだ。


少し小さな赤ちゃんだったけれど、大きな声で泣いた。


生まれたよと。





病気の記述が出てきますが、素人小説のフィクションです。ご容赦ください。

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