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11、心構えは予感とともに

俺たちは子供を迎える準備を始めた。


いろいろ事務手続きがあったり、家の中を少し改装もした。

大人だけのつもりの家の中は結構危険がいっぱいで幸平達が娘の葉奈を連れてくるときは目が離せない。


たとえば階段。

ステンレスのシンプルな手摺だけだったが、間隔が広いから網を張ってもらう。

リビングの吹き抜けに面した廊下も同様にした。


莉桜は車の免許を取った。

坂の多いこの町で子どもと暮らすために必要だと思ったようだ。

そして彼女用に小型の車を買う。


一人で乗れるようにならなければ意味がないと、免許を取ってからも俺が助手席に乗り練習を重ねた。

俺は母親を亡くした事故の記憶がフラッシュバックしてくるのではないかと心配したが、何とか乗り切ってくれたようだ。


俺の親や姉夫婦、莉桜の父や祖母にも意向を伝える。

NPOの横澤さんから親類からの反対されて断念するケースもあると聞いていたが

誰からも反対はなかった。


「もし子どもが来たら皆で愛してあげましょう。養子と言うことで傷つくことがあったら、みんなで守ってあげれば良いのよ。家族が増えると思うと嬉しいわね」


俺たちの決意を聞いた時の母の言葉だ。

子どもは天からの預かりもの。

随分前に亡くなった祖父は産科医だった。

その祖父の口癖だったらしい。


養子を迎えようと決心してから1年が過ぎ、4月が誕生日の莉桜は28歳になった。


そんな時、思っていもいないところで事が動いた。


沙耶から相談があると連絡が来たのだ。

都内まで俺と沙耶に来てくれないかとのことだった。


「ごめん、電話では上手く伝えられないから、とにかくこっちまで出てこれない?なるべく早くが良いの」


幸平や沙耶のことではないとは言うものの、言い淀んでいる。

次の日はちょうど都内で打合せがあり、その後会う約束をした。


「沙耶さんの相談ってなんだろう、、、」


莉桜が不安そうに言う。

とにかくあの沙耶が電話で言えない相談と言うのだから複雑な話なんだと感じる。


翌日、幸平達の家を訪ねた。

葉菜ちゃんは小学校に行っている時間で、幸平と沙耶の二人に出迎えられた。


「平日なのに二人そろって出迎えてくれるとは珍しいね」


これから聞かされる話が重大な問題なんだと嫌でも感じ、冗談を口にしてみる。


「まあな、日ごろ働き過ぎてるからたまにはいいんだ」

「とにかく上がって」


沙耶に促され、リビングに行くとまどかがいた。


「まどかも来てたのか?」


アメリカと日本の行き来の生活になっているまどかとは久しぶりの再会だった。


「元気か?」


そう聞いても小さく頷くだけだ。疲れた顔をしてソファに座っていた。


「とにかく座って、コーヒー、、、じゃなくてお茶入れるから」


まどかの前に座る。俺の横に莉桜が不安そうに腰を下ろした。

お茶が用意されるまでの時間、だれも何も話さない。


目の前に出された湯呑がコトンと音を立てる。

沙耶よ幸平が目配せをし、まどかを見る。まどかが微かに肯いたように見えた。


「こういうことは私が話した方が良いと思うから、私が話します。いいわね?」

沙耶がもう一度まどかを見る。


「まどかは今、妊娠してます」


驚いてまどかに視線を向けると小さな声で「ほんとよ」と答えた。


「妊娠8か月に入ったところ。結婚はしてない、する予定もないそう。相手に妊娠していることすら伝えないつもりだって」


怒ったように沙耶が言う。隣で莉桜が声を漏らす。


「ひょっとして父親は裕也さん?」

「はぁ?」


いきなり名前を言われた俺は慌てる。まどかと再開した頃、莉桜にやきもちを焼かれたことはあったが、あれは幸せな莉桜への八つ当たりだったとわかっている筈だろ……。


「莉桜ちゃん、そんなことあるわけないでしょ。とにかく赤ちゃんの父親のことはおいておいて」


俺と二人で呼び出され、独身の女友達の妊娠を知らされたのだ。莉桜の想像したこともわかなくはない。でも誓って俺にはそんな覚えはない。


「ごめんなさい」


勘違いを莉桜が詫びる。


「謝ることないわよ。私こそ勘違いさせてゴメンね。でも、まどかが父親がいない子どもを身ごもっているのは確かなことよ。そして後2ヵ月で産まれてくる。でね、ここからが本題。裕也、莉桜ちゃん、二人が養子を迎えようと準備をしているけれど、具体的に迎える子どもは決まったの?」


今度は俺たちの養子の話になる。


「いや、まだ登録しただけだ」

「じゃあ、まどかの産む赤ちゃんを養子にしない?」


沙耶の口から出た話を反芻する。


「ちょっと待ってくれ、話が急すぎてよくわからない」

「それもそうだよね。私たちもまどかが妊娠したと言う話はこの間まで知らなかったから、最初は驚いたわ」


沙耶はまどかの横に立ち、そっと肩に手を置く。


「妊娠に気が付いたまどかは、子どもを産む最後のチャンスと思ったんだって。一人で育てようって。でもね、そう決心していたのに、仕事のトラブルが続いたり、実家の両親から絶縁を言い渡されたり穏やかに過ごすことは出来なくて、とうとうこの間、うちで倒れた」


莉桜が息をのむ。


「過労だって。妊婦なのに、、、。だからただいま我が家で休息中。で、いろいろ話をした。葉菜を育ってて大変だったことなんかもね。夫婦二人で時間をやりくりして子育てしても、実家の親を頼らなくてはならないことがたくさんあったってことも。そんな時に裕也たちが養子を迎える準備をしている話も出て……」


「それで俺たちに養子に迎えないかと言うことか」

「そう。まどかのことを無責任と責めないでね、そうしたらどうかと提案したのは私だから。まどかは自分で育てるつもりだったわ。今でもきっと揺れている」


まどかは泣いている。自分の中で育っている小さな命を他人に育ててくれと委ねるのだ。

簡単に決心が出来るわけがない。


でも俺たちに連絡してきたのは、それだけ事態が悪化しているのだろう。


「仕事、うまくいっていないのか?」


俺はまどかに聞いた。まどかも顔をあげて話し出す。


「予想以上に難題が起きて、会社自体が危ない状況。貯金も少しはあるからしばらくは何とかなるけど、アメリカに拠点を置いたままでいいのかも迷いだして、もう本当にどうしたら良いのか分からないの。産みたいと思ったのも、育てれると思ったのも本当だけど、苦しくて、、、」


産まれてくる子どもにとって一番良いことは何かって考えて、俺たちに養子に迎える気はないかと言ったのだ。俺たちも真剣に受け止めないと。


NPOの横澤さんに登録したら、いつでも迎えれるように準備しておいてくださいと言われていた。

俺は莉桜を見る。莉桜も俺を見て笑った。そして


「私が育てる。まどかさん、大丈夫、赤ちゃんは私が育てる。もう準備しているもの。心構えも少しづつしていたから、大丈夫」


と、言い切った。


「まどかさん、うちに来て。仕事ももう無いも同然なんでしょう?ドクターストップもかかっているんだから、うちで赤ちゃんを産んだらいいよ。私にも妊婦の体験をさせて、そばにいたら私にも妊婦の大変さが少しはわかる気がする。裕也さん、良いよね?1階の部屋を使ってもらえばいいよね?」


莉桜にそんな風に言われたら反対など出来ない。


その後、俺たちは産みの親と育ての親が近いことで何か弊害があるかどうかも話し合った。

生まれて来る子供の幸せを願うのはみんな一緒だと思う。生まれてきたことを喜べるように育てってほしい。

話している間に俺の中の小さな父性が目覚めてきたようだ。


法律的なバックアップは沙耶がしてくれることになる。


「ただいまー!」


玄関から大きな声が聞こえる。

バタバタと音がしてリビングに葉奈ちゃんが飛び込んできた。


「莉桜ちゃん、まだいた。良かった。学校から走って帰ってきたんだよ」


莉桜に抱き付いて喜んでいる葉奈ちゃんはまた少し背が伸びたようだ。

日頃は学童保育に通っているらしいが、まどかが来ているのでお休みして家にそのまま帰って来ているようだ。


そのまま夕飯を一緒に食べることになる。


一人っ子の葉奈は莉桜の隣に座り、時々まどかのお腹に話しかけている。

大人の事情とは関係なく、赤ちゃんの誕生を待ち望んでいる姿に勇気づけられた。


生まれて来るのをこんなにも多くの人に待ち望まれていたと教えよう。

まだ見ぬ赤子にそう誓った。


「まどか、まだ食欲戻らない?」


沙耶の声でまどかを見る。


「ごめんね、つわりは無かったのに今になってつわりみたいで」

「葉奈のお友達のお母さんも産むまで吐いてたって人もいたぐらいだからね。食べれるだけでいいから、無理せずに」

「ありがとう」


妊婦は「お腹の子が欲しがるのよ」ってたくさん食べるのかと思っていたが人によるんだと思う。


新しい命を喜び夜は更けていった。









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