「おとり、か」
祭、お願い。死なないで。
恐怖で動くことすらできないあたしは、ただ祭の祈るだけ。無力さに打ちひしがれて、呆然と祭を目で追っていれば、
「友香、大丈夫よ」
美優さんはこちらを向かず、静かな声で言う。
「あの子、おとりになってくれてるんだわ。ほら、異形のモノたち、隙だらけじゃない」
「おとり?」
冷静になって周りを見れば、美優さんも麗さんも、みんなが異形のモノに向けて弾を撃ってる。これが絶好のチャンスだと言わんばかりに。
残念ながら、異形のモノの着込んだ鎧に邪魔をされ、致命傷には至っていないようだが。
「おとり、か」
なんて理知的で、なんて効率的で、なんて危険な戦略。
壁から少し遠いところを走っていた祭はゆるやかな弧を描き、あたしのもとへと走ってくる。すごい勢いで壁の内側に飛び込んできた祭は、案の定、汗びっしょりで。
「友香」
荒い息に交じったその声に、あたしは汗も構わず祭を抱きしめた。
「祭」
生きててよかった、とか、おとりになってくれてありがとう、とか。
言いたいことはいろいろあったけど、今は抱きしめるだけで十分伝わる。
「怪我、してない?」
少し体を離し、流血している部分がないかを探す。奇跡的に怪我はしておらず、衣服が砂だらけになった程度で済んだようだ。
そうだ、祭はあたしたちの中で一番運動神経が良いじゃないか。すばしっこく、スタミナもあり、勘もいい。スポーツで重宝がられるその運動神経をフルに活用して、今回おとりという大役を成し遂げてくれたんだ。
ありがとう、という意味を込めて再度抱き着けば、無言であたしにすがりついてくる祭。
やっぱり、怖かっただろう。一人で異形のモノたちへ飛び込んで行って、一人で集中砲火を浴びて、でも、背負っているものは自分の命だけじゃない。あたしたちの命や、異形のモノたちの要求次第で危険にさらされるかもしれない一般市民の人たちの命だってかかっていたのだ。
そんなプレッシャーによく耐えられたものだと思う。
背中をポンポンと叩けば、祭はふと力を抜いて、笑った。
「ありがと」
とつぶやいて。
「こちらこそ、ありがとう」
ふふ、と幸せな雰囲気に包まれていれば、
――怪我は、ないか
頭に響く、異形のモノの声。
(うん、怪我はしてないみたい)
答えれば、
――銃撃戦が、長引くな
と、がっかりしたような嬉しそうな、表情がしかとは読み取れない声で異形のモノが言う。
――あの銃弾の中、よく無傷でいられたものだ
褒めてやれ、と。そう言ってくれた異形のモノの素直な賞賛がうれしくて、ついつい笑みがこぼれる。
「どうしたの?」
笑いだしたあたしを不審に思ってか、問いかける祭に
「あれだけの集中砲火で、よく怪我しなかったねって。異形のモノが褒めてたよ」
そういってあげれば、祭もうれしかったようで、きれいに顔をほころばせた。