「んー」
「んー」
起きなきゃ。朝日が顔に落ちてきて、目が覚めた。結局、昨日は部屋で千尋について散々おちょくられた後、異常に疲れて眠ってしまったんだっけ。
頭の中がはっきりとしてくるにつれ、感じる自分とは違う体温。首の下からさしこまれた腕に、
「千尋か」
そう呟けば、
「おはよう、ゆーか」
ゆっくりと頭を撫でられた。
あたしの名前を『ゆうか』と発音せず、なぜか『ゆーか』と呼ぶ、大好きな声。触れただけでなぜか安心する大きな手のひら。起きた途端そんなあたたかさに触れれば、もう一度寝たくなってしまう。寝起きはいい方なのに、自然と重くなる瞼。
「今日でよかったのに」
何も、昨日の夜に来なくても。そして、あたしのベッドに滑り込まなくても。遠まわしにそう言う。
「一応、日付変わってたけどね。来た時」
そんな夜中、あたしは寝てるって知ってるでしょう。それなのに、来てくれた優しさが嬉しい。あたしが電話したからかな? そうなら、もっと嬉しい。
身をよじって千尋と向き合い、胸にぎゅっとしがみつく。あたたかい。
「襲撃って聞いたら、動かずにはいられないよね。大事な彼女、傷つけられてたまるかっての」
頭を撫でる大きな手のひらの感触と同時に振ってきた言葉に、自然と頬が熱くなる。
大事な彼女、か。恥ずかしい。
さらに深く、千尋の胸に顔をうずめる。千尋の静かな鼓動が伝わってくる。朝の、あたたかくて優しい時間に、心も体もとけそうだ。
どれだけそうしていただろう。
「朝ご飯、作らなきゃ」
呟いた瞬間、なんだか寂しくなった。本当は、離れなくないけど。もっとずっと、こうしていたいけど。
あたしは、この会社内で出る食事を全て作っている。今朝だって、例外じゃない。朝ご飯を作らなければ、美優さんの機嫌が怖い。ただでさえ、朝からこんなにいちゃついていたことが知れれば、機嫌が悪くなるに決まっているのに。
「もうちょい」
いっそう強く抱きしめる腕にあたしがあらがえないのは、千尋も知っているはずで。
「ダメだよ、起きなきゃ」
そう言いながらも、ずっとこうしていたいだなんて思っている事は、千尋に筒抜けなんだろうな。
結局、長いこと抱き合っていた。ごそごそと起き出したのは、あたしを除いて起きるのが一番早い麗さんが起きる頃で。
「やばっ」
寝癖を撫でつけることすらせず、部屋を飛び出す。
「待ってー」
なんて後ろで言う千尋は置き去りに、真っ直ぐキッチンへ。幸い、麗さんはまだ起きていなかった。