「長電話は禁止っていったでしょう?」
突然、部屋のドアが開いた。ノックもせず、足音すらせずに。
「友香!!」
叫んだのは祭。その後ろで、にやにやしながらあたしのことを見ているのは美優さんと麗さん。
「長電話は禁止っていったでしょう? くすぐるわよ」
麗さんが、地味に嫌な脅しをする。この人たちは、あたしがくすぐりに弱いことを良く知っている。太ももを撫でられるのが一番効くということも。
「え、ちょ、まだ長くないでしょう!?」
慌てて携帯を耳から離し、ディスプレイを見る。2分4秒。これはまだ長電話の範囲ではないはず。もう一度携帯を耳に当てようとすれば、
「武ちゃん! 友香はあたしのものだかんね!!」
祭に携帯を奪われた。
「うっせーよ!! 友香は俺のもんだよ!!」
携帯から、そんな千尋の声が聞こえる。『俺のもん』という響きが、なんとも言えずくすぐったい。
「バカップルめ、爆ぜろ」
そう言って白けた目であたしの携帯を見つめる美優さん。先月彼氏と別れたばっかりだからって八つ当たりしないでください、なんて言ったらもっと怒られそうだ。
「友香、いい加減別れたら? 親戚中で一番性格が悪いアイツの彼女が友香とか、我慢できない」
静かな声で、麗さんが言う。うすうす気づいていたが、麗さんは千尋のことをあまりよく思っていない。そのうえ、これはこの会社の全員に言えることだけど、あたしに対してすごく過保護だ。
毒舌でドSで性格がねじ曲がっている千尋と付き合うことになったと言った瞬間のみんなの顔は、驚愕を通り越して呆然としていた。
「そうよ、別れなさい」
美優さんも麗さんに同調する。でも、それが冗談であることは知っているし、みんな『友香のやりたいようにやればいい』と言ってくれた。
今だって、その気持ちは変わっていないはずだと、あたしは思っている。
「まぁ、仕方ないですよ。好きですから」
ちょっと照れて言えば、
「…純白な友香をここまで染め上げたアイツが憎いわ」
「明日、首絞めてやろう」
と、ぶっそうなことを言う二人。あれ、なんでだろう、目が本気だ。
「え、ちょっと、止めてくださいよ!」
必死に止めれば、
「大丈夫、本気ではしないわ」
穏やかな麗さんの笑みに一安心。だがしかし、
「そうよ。首絞める程度ですませないから」
さらりと爆弾を落とす美優さんに、ひやりとする。それを『やっぱりそうよね』とでも言うように笑って見ている麗さんが、ちょっと怖い。
「友香」
つんつんと服を引っ張られ振りかえると、祭があたしに携帯を差し出した。
「武ちゃんに思う存分文句言ってやった!!」
すっきりした祭の顔に、一応その人あたしの彼氏なんだけど、なんて言えない。何言ったの、なんてもっと聞けない。
アルバイトのために会社に来る度、散々あたしのことでいじられる千尋が不憫に思えた瞬間である。