6話 路地裏バトル!透明×オカルトの大脱出
夕暮れの商店街――。
さっきまでのにぎやかな雑踏も、プリクラの楽しさも、今は全部、路地裏の薄闇に溶けていく。
俺たち四人は、日常のざわめきから切り離された“裏路地”で、ただ追い詰められていた。
肩越しに伝わる美咲の小さな震え。コンクリートの湿った匂い。息が白くなるくらい、空気が張りつめている。
壁の冷たさが背中にじわじわ染みてきて、目の前の現実が、身体の芯まで突き刺さる。
「逃げんなよコラ!」
路地の入口にヤンキー風の男たちが、不敵な笑みを浮かべて立ちはだかる。
陸斗が俺たちの前にスッと出て、「俺ら、何もしてないから!」と声を張る。
その声は強いのに、拳の震えは隠しきれていない。
美咲は陸斗の背中にぴたりと隠れ、唇をギュッと結んでいる。
真央は一歩も引かず、ヤンキーたちを睨み返している。その迫力に、相手も一瞬戸惑っていた。
(なんでだよ……。俺は目立ちたくないだけなのに、なんで“主役”みたいなピンチに巻き込まれてんだ……)
心臓が耳の奥でバクバク鳴っている。
ヤンキーたちがじりじりと間合いを詰めてきて、「泣かせたりしねぇよ」「ちょっと遊ぶだけだからさ」なんて軽口を叩く――
その奥に、じわっとした悪意がにじんでいた。美咲は陸斗の陰で、さらに怯えている。
陸斗は奥歯を噛みしめて、「……もうやめてくれ、俺も手荒なことはしたくない」と余裕っぽく笑ってみせる。
その時、真央が小さく呟いた。「いま、何か起こる。逃げた方がいい」
真央の静かな宣告に、空気がピシリと凍りつく。
「なんだよコイツ……」「ガキでも容赦しないぞ」と、ヤンキーたちの表情が揺れた。
俺――神原清透は、もともと影が薄いからか、すでに忘れられていた。そして、気づけば透明化も完了している。
そっとポケットから鉛筆を抜く。
(これなら……天罰ルール、大丈夫だよな。発動するなよ!)
鉛筆を握った右手――存在の気配まで、どんどん薄れていく。
透明化すると、物音ひとつ立たない。まさに完璧スキル。俺はヤンキーたちの背後へ、音もなく回り込んだ。
小さく深呼吸して、手にギュッと力を込める。
一人目の背中を“ツン”――。
「あ痛っ……!?」
唐突な刺激に、ヤンキーが小さく呻いた。
間髪入れず、肩、脇腹、膝裏……リズムよく鉛筆で“ツンツン”突き続ける。
「え、なに今の?」「イタイ」「おい、誰だ、ふざけんなよ!」「イタイ」「イタイ」「ハチでもいるのか?」「やめろ」「イタイ!」
ヤンキーたちが急に変な踊りを始めた。
陸斗は笑いながら、「お前ら何してんだよ」とツッコミを入れる。
美咲と真央もびっくりしている。
真央は「マジ、霊がいる。スマホで撮る」と慌てて撮影を始める。
俺は調子に乗って、透明なまま鉛筆で足の甲やポケットもチクリ、さらに“太ももトン!”と突く。
だんだん楽しくなってきて、天罰ルールを完全に忘れていた。
「痛ぇ!」「なんだこれ!」
真央はどこか楽しそうに、「ポルターガイスト現象。オカルト確定」と黒いノートにサラサラ書き込む。ノートの表紙には「マル秘・心霊現象」。
「血が出てる!」「絶対ここやばい!」「逃げろ!!」
ついにヤンキーたちはパニックになり、靴音を響かせて裏路地から一斉に逃げ出した。
静寂が残る路地に、ふっと温度が戻る。
「逃げた……?」と陸斗が呟いた。
美咲は震えながら陸斗にしがみつき、「ほんと、無事でよかった……」と涙声。
真央は静かに「守護霊、仕事したね」とつぶやいた。
俺はそっと透明化を解除し、息を殺してみんなのもとへ戻ろうとしたが――
派手にこけた。顔面を打って泥だらけ。
みんな、あきれ顔で見ている。
美咲は優しく近寄り、「清透くん、大丈夫?鼻血出てるよ」といい香りのするハンカチで拭いてくれた。
なぜか4人で一緒に笑い出す。
人気のある通りまで戻ると、もうヤンキーたちの姿はなかった。ようやく全員が息をついた。
マックの丸テーブル。
陸斗が「今日のあいつら、マジ伝説だな」と紙コップを回し、美咲は「何もなくてよかった」とホッとした様子で手を震わせる。
真央はポテトを頬張りながら、「完全に霊界の空気だった」と神妙に語る。
そして真央が得意げにスマホを掲げ、「ここに証拠が残ってる」とニヤリ。
その一言でみんなの顔色が一気に変わる。「真央ナイス!」「何が映ってる?お化けか?」と全員がスマホをのぞき込む。
再生された動画は、完全な砂嵐状態だった。俺が透明化している間、動画には何も映っていない。
「……え?ここ、何も映ってないんだけど……」と美咲が不思議そうに画面を覗き込む。
真央も目を凝らし、他の三人も息を呑んで画面を見る。全体が砂嵐で何も映っていない。誰もが静かになる。
「スマホ壊れた……?」と誰かが小さくつぶやく。
美咲は首をかしげ、「こんな画面初めて見た……昭和のテレビみたい」とつぶやく。
真央は少し考えて「今はちゃんと映るのに……」と不思議そう。
三人の視線は、スマホ画面の“ありえない砂嵐”に釘付けになったままだった。
俺は内心(よかった……やっぱり映らない。俺のスマホだけじゃなかった……!)と冷や汗をぬぐう。
陸斗は「オチがホラーかよ」と明るく笑う。
真央は「清透、あの時、何してたの?」とじっと見つめてくるが、途中で諦めたように目をそらす。
美咲は最後まで俺のケガのことを気にしてくれていた。その優しさに、鼻血の恥も痛みも消し飛んだ。
けれど、その夜――
俺たちが駆け抜けた“裏路地の怪奇”は、
SNSの文字として、どこかの新しい「都市伝説」として、生まれ始めていた。