20話 Break the Wall ―透明なステージに、魂の歌を―
陸斗はステージ本番の前に、みんなにしっかりと声をかけていた。
「僕たちは今日まで頑張って練習してきた。きっとできる」
「この歌には、僕たち高校生の悩みを社会にぶつける意味も込めている」
「みんなで作り上げた歌だ!」
清透も、いつもの臆病さは消え、強くうなずいた。
美咲も同じく、胸に手を当てて力強くうなずく。
真央も小さくうなずいている。よくわからないが、たぶん大丈夫なのだろう。
「今回の録画には、デジタル証拠用カメラを使う。これは、フェイク動画でない証明だ」
「改ざんすると証明書が無効となる。一発勝負だ」
「最新の自動連動型システムで、5台のカメラで同時撮影する」
美咲も力強く言う。「私たちは頑張った。きっとできる」
美咲は今でもバレエを習っていて、舞台度胸も問題なかった。
清透は不安だったが、美咲にヘタレなところは見せられないと頑張っていた。
真央ワールドは、ダンスの世界でも健在だ。恐れる、という単語は存在しない。
八雲は自分の出番はなかったので、草の上に寝転がって空を見ていた。
ゾンビ(清透)は、黒地に銀のスパンコールの肘までのジャケット。スタイルがよく見える黒の革パンツ。
白い靴に白い手袋。顔にはゾンビの仮面。両手全体もゾンビペイントで彩られている。
勇者(陸斗)は、青い服にスパンコールが風に揺れるマント。
腰には赤い宝石が目立つ伝説の勇者の剣。頭には伝説の兜。
赤い目の仮面にも見える無機質な顔のマスク。
陸斗の身体能力を活かしたブレイクダンサー仕様だ。
お姫様(美咲)は、淡いピンクのロングドレス。
ドレスの下はバレエダンス用の白いレギンスとシューズ。
髪にはティアラ型のカチューシャ、大きな青い瞳の銀のスパンコール仮面。
美咲は今でもバレエを習っている。
黒魔術師(真央)は、紫のローブに、三角帽子には透明で光る球が浮かんでいる。
右手には大きなドクロの魔法の杖。腰にはドクロの魔導書。足は黒いショートブーツ。
子猫のようなかわいい仮面をかぶり、いつものように動きがおかしいロボットダンサー。
そして、いま、ステージの幕が開く。観客は全くいないが、本気の本番が始まる。
軽快なポップ調の音楽に合わせて、ゾンビがムーンウォークでステージに登場する。
ステージ後方のライトが虹色に輝き、左右のライトの強い光がスパンコールに複雑に反射され、不思議で幻想的な色合いがめまぐるしく変化していく。
ゾンビ(清透)が、ステージ中央のライトの前に立つ。
「僕たちの未来! 断崖絶壁!」と大声で叫ぶ。魂の叫びだ。
ゾンビは自分の顔の前に左手を横に置き、手の先だけ消して片目姿となる。
お姫様バレリーナは隣で白鳥のように体を丸める。
黒魔導士は斜め後ろでロボットのように静止。
勇者ブレイクダンサーは体操の床運動のように舞台の端から後方伸身宙返り4回ひねりで着地し、ゾンビの前で膝をつく。
両腕と両脚が消え、ゾンビが胴体と頭だけの姿に変わる。
「誰の理想にもなれず SNSの渦」と切ない魂の声で歌い上げる。
お姫様は手を上げて小さくターンを重ねて回り込む。
黒魔導士ロボットダンサー(真央)は腕を四角くカクカクと振り上げる。
ブレイクダンサー(陸斗)は足をひねりながら横に跳ね、くるりと回ってぴたりと静止。
全身を実体化したあと、今度は頭と両手だけ残して消す。胸の前で手を組む仕草になる。
「大人はただ遠くで口を出すだけ」と切ない魂の声で歌い上げる。
お姫様がつま先立ちで体を傾け、ゾンビの肩に手を置くが、その手の先から消えていき、お姫様も消え去る。
ゾンビは胴体だけを消して、ゆっくりとステージを歩き、素早く振り返る。
「だけど君がいれば 超えていける」と、希望を込めた魂で歌い上げる。
勇者は、清透の振り返った先で背中を軸に回転し、ブレイクダンスを決める。
お姫様は実体化され、ゾンビとしっかりと手をつないでいる。
ゾンビは両足首が消えて、よろけるように舞台の端に立つ。
「僕たちの未来は断崖絶壁」と、心の叫びを優しく歌い上げる。
お姫様と魔導士は左右から駆け寄り、両手を広げて支えようとする。
ゾンビは体が左右で半分ずつ透ける。そのままお姫様と魔導士の間をすり抜けていく。
「涙も不安も全部抱きしめて」
二人は止めようとするが、すり抜けていく清透を見て、振り向き驚いた仕草を見せる。
勇者はその周りで、身体能力を生かしたキレのあるブレイクダンスを披露している。
左腕と顔が消えたゾンビが、右手を高く掲げる。
「誰も変えられないなら この手で変える」と、希望の魂で力強く歌い上げる。
勇敢な一歩で前へ踏み出し、勇者が加わってブレイクダンスのスピン。
四人が輪になり、それぞれの動きでゾンビの背中を押すようなアクションをとる。
――しかし、全員の姿が一瞬で消えてしまう。
音楽も止み、あたりには風の音と草木の揺れる自然の音だけが残る。
ステージの奥には光で輝く大きな池が広がり、山は新緑で覆われ、真っ青な空がどこまでも続いている。
そして、
「Break the Wall」と、小さな声の歌が響く。勇者が実体化する。
「Break the Wall」と、普通の声で歌が重なり、魔導士が実体化する。
「Break the Wall」と、大きな声が加わり、お姫様が実体化する。
そして最後に、「Break the Wall!!」と、魂を振り絞った大声が響く――
ゾンビも実体化される。
そして、ゾンビは右手を高く掲げる。勇者も魔導士もお姫様も、その高く掲げた手を力強く支えていた。
魂のショウが終わったあと、みんなはその場にへたり込んでいた。
仮面を脱いだみんなの顔には、太陽の光に照らされて光る汗の粒が浮かんでいた。
そして最後には、全員が大の字になってステージの床に寝転び、満足した笑顔で青空を眺めていた。
そして、この動画が、日本を――そして四人の若者たちの運命を、大きく変えていくこととなる。




