16話 僕の透明化は正義だけ!?――屋上ヒーロー実験録
放課後、屋上にはゆるやかな春の風が吹いていた。
赤く傾いた夕陽が、フェンス越しに広がる町並みをやわらかく染めている。
四人は屋上の隅で、それぞれ思い思いの姿勢で過ごしていた。
陸斗はベンチの背にもたれて足をぶらぶら、美咲は手すりにそっと手をかけ、真央はお気に入りのノートを膝に広げて座る。
清透はフェンス越しに遠くの空をぼんやり眺めていた。
グラウンドからは部活の歓声やボールが跳ねる音が、時折風に乗って届く。
教室の窓からは友達同士の笑い声がこぼれてきて、放課後の賑やかな余韻が屋上にも流れていた。
「そういえば――」
陸斗がふと声を上げ、ポケットからスマホを取り出す。
「うちの親父の伝手で、ちょっと八雲って記者のこと調べてもらったんだよ」
「えっ、陸斗くん、そんなことまで?」と美咲が目を丸くする。
「うん、親父の知り合いが業界にいてさ。“あの八雲、マイペースな変人だけど悪い奴じゃない”って。社会派記事も書いてるし、意外と信念のあるタイプだってよ」
「へぇ…陸斗くんのお父さん、ほんとに頼りになるんだね」と美咲は感心したように微笑む。
「良かった…もしゴシップ記者だったら、清透くん大変なことになると心配していたの」と、ほっとした表情。
清透は苦笑いを浮かべて、「僕もホッとしたよ。けど、あの人ほんと不思議なキャラだったよね……」と肩の力を抜いた。
「八雲さんは、自分の本音や考えを隠すため、わざと“変人ムーブ”してると思う」
真央がノートを開きながら真顔で分析を始めた。
「さすが真央……」と、みんなは顔を見合わせて少し苦笑する。
「でも、そういう人に限って頭がいいんだよな」と陸斗がうなずく。
「ところで――」
真央は手元のノートをパラパラとめくりながら、ゆっくり話し出す。
「清透の力って、“悪いこと”に使おうとするとバレやすいし、何かひどい目に遭う確率も高くなってる。逆に、誰かを助けたり正しい目的なら、力が強くなったり、失敗しづらい傾向があるよ」
「それ、悪徳学園の件もそうだな!お前のヒーロー伝説、また一つ追加!」と陸斗がいつものように茶化す。
「え、真央……僕、途中で透明切れてた!?」と清透が青ざめるが、
真央ワールドは聞く耳を持たずに続ける。
「私は、あの記者に協力するのもアリだと思うな。社会の役にも立つし、研究も進むし」
真央はきっぱりと主張する。
「俺は反対だな」
陸斗は、いつになく真剣な顔で続ける。
「高校生が余計なことに首突っ込むのは面倒なだけだし、家族にも迷惑かけるかもしれない」
「私も、陸斗君と同じかな……清透くんのことが世間に知られると怖い」
美咲が、寂しそうな声で言った。
清透はフェンス越しに手を見つめながら、ぽつりと言った。
「僕も無理に関わりたいわけじゃない。でも、なぜ自分だけ透明になれるのか……全然わからないんだ。」
みんなも黙り込む。
春風の中、“透明化”の謎だけが、ぽっかりと残った。
そんな空気の中、夏の光が少しずつ傾き始めていく屋上で――
「真央のノートによると、“清透の透明化は正義の力”って説、だいぶ濃厚になってきたよな」
陸斗がニヤリと笑い、「じゃあ実験しようぜ、俺の体で!」と宣言する。
「透明化して、俺をつついたり、殴ったり、好きにやっていいぞ!」
陸斗の自信に、清透は苦笑しつつ「…陸斗なら、試すね」と言い完全に透明化すると、そっと背中をツンツン。(陸斗はいい奴だけど、いつもやりすぎ。ちょっといじめてやろう)と悪い癖が出る。
「やめろ、気持ち悪いって!」
陸斗が振り返るが、特に何も起きない。
調子に乗った清透は、少しだけ力を込めて陸斗の腕をグッと引っ張ってみるが、それでも問題なし。
美咲が心配そうに見守るなか、
「じゃあ……最後に……尻をけるぞ」と言うと、力を込めてキックするが、
その瞬間、勢い余って自分の足がもつれ、ズルッ――
「うわっ!」
空振りした清透は、見事に転倒。
その拍子に透明化が解除され、みんなの前にド派手に転がり出た。
「ドジだな~!」
陸斗が腹を抱えて笑う。美咲も呆れ半分、でも楽しそうに微笑む。真央は「実験成功。やっぱり悪意を持つとダメっぽい」と冷静にメモを取る。
清透は、しばらく寝転んだまま屋上の青空を見上げていた。
「……最初は楽しかったけど、だんだん楽しくなくなった。僕がドジでも、今の蹴りじゃこけない」
ゆっくり起き上がりながら、ぽつりと漏らす。
「真央の言うこと、当たってると思う。正しいことに使うときは、なんだか力が強くなる気がする。でも、悪いことしようとすると、バレたり、痛い目にあったりしてたんだ……」
清透がそう呟くと、みんなの視線が一斉に真央に集まる。
小さな体で堂々と胸を張った真央は、「ほら、私の分析、やっぱり正しかった!」とドヤ顔。
陸斗が「まあ、真央ワールドに逆らっても仕方ないか」と肩をすくめ、みんな笑い合った。
清透はフェンスにもたれて、自分の手をじっと見つめていた。
指先から、ゆっくりと手の甲へ――自分の手が、少しずつ透けていく感覚。だが今は、すぐ元に戻す。
(なぜ僕なんだろう。普通の家に生まれ、普通の高校生だったのに。僕だけ、なんでこんな“特別”があるんだろう)
気づけば、美咲たちも黙ってそれぞれの空を見上げている。
みんなもまた、“自分だけの悩み”や“自分らしさ”をどこかで探しているように思えた。
「……ねえ、もうすぐ学校祭だよ」
美咲が、夕日を背に柔らかく微笑んだ。「みんなで何やる? 去年はカフェだったけど」
陸斗が勢いよく手を挙げる。「お化け屋敷だろ! なあ、清透の透明化、ここで本領発揮だって!」
真央も「リアル心霊現象コーナー新設。科学とオカルト、両面から追究する」とノートを持ち出す。
「……えっ、また僕がやるの……?」
思わず弱音が漏れたが、三人の期待に満ちた眼差しが胸に温かく刺さる。
(悪い事に使うとダメなのに――でも、皆が楽しむなら良いのかな――なんかワクワクするな)
西の空には、大きな雲がゆっくり流れていた。校舎の影も、夕日に溶けて長く伸びている。
「やってみるよ。みんなと一緒なら、楽しいし」
美咲が「私も手伝うね」と笑い、陸斗は「“最強の透明男子”伝説、ここから始まる!」と拳を上げる。
真央は黙々とメモを取りつつ、「全部記録するから安心して」と力強く応じた。
四人で肩を並べてフェンス越しに街を眺める。
「私たちの高校生活、これから何かすごいことが起きそうだね」
美咲の声に、夕焼けの温度が少しだけ上がった気がした。
陸斗が「まずは学園祭、全力で楽しむぞ!」と宣言。
真央は「透明化現象の新データ、いっぱい取ろう」とノートを掲げる。
清透は、小さくうなずいた。
不安もある。でも、仲間となら、どんな未来だって怖くない。
――夕暮れの屋上。
新しい一歩が、ゆっくりと始まろうとしていた。




