曇り空
朝日がカーテン越しにうざいぐらいに降り注ぐ日曜日。
今日、「波風嬉楽」はあろうことかカーテンを全開にし、朝日を浴びたのだ。
「ああ。朝日が気持ちいいな」
俺なら絶対に発しない言葉だ。
できるなら陽に当たらないで生きれる世界を望むくらい、俺は眩しい太陽が嫌いだ。
しかし、気持ちがわからないこともない。
なぜなら、今日は茜とのデートの日なのだから。
朝シャワー、クシで髪を溶かし、仕上げに顔に白くなるようにメイクを施す。
女とデートする男というのは、みなこういうことをするのだろうか。
きっとそうなのだろう。
女にかっこいいところを見せたいのは、男の本能だと思う。
1つ、他の男達と違うとすれば、嬉楽は変装してデートをするということ。
「財布、手袋、交通系ICカード、シークレットブーツ、なんて言うのかわかんないけどなんかかっこいい髪型のカツラ、電撃ペン。あーあー。よし、声もいい感じ」
「いい?「楽しいなあ」って感じたら躊躇わず電撃を流してね」
「電撃を流すの部分は任せろ」
待ち合わせ場所は公園。
取り立てて語るような特徴もない場所だ。
「待ったー?」
遠くから声がした。
茜だ。
「今来たとこだよ」
普段俺が出している声より少し高い。
だというのに違和を感じさせないのは日々の努力ゆえだろう。
俺も練習に付き合ったものだ。
「あなたが波風嬉楽さんかあ。びっくりしちゃうよねー。まさか軽音、急に予定が入るなんて」
以前立てた作戦通り。
3人で遊ぶはずが土壇場で俺に予定が入り2人きりに…といった感じで茜を誘い出した。
ちなみに「波風嬉楽」の設定は、俺の中学の同級生で、三年連続同じクラス。部活には入っておらず、好きなことはお手玉、けん玉、コマなど。
主に古くから親しまれている遊びを好む変な男。
3つほど中学生の頃の俺と嬉楽の間の嘘エピソード作ってきた。
もはや会話の途中にエピソードを語れと咄嗟に言われても言えるほどには覚えさせた。
ボロが出ることはないはずだ。
というか、バレたら俺の立場ってどうなるのだろうか?
「そうだね。でも、逆によかったんじゃない?軽音がいると、2人とも軽音としか話さなくなっちゃいそうだしね」
「それもそうだね。それじゃあ、歩きながら話そっか」
「嬉楽くんって、なんで手袋してるの?」
「僕冷え性だから、寒さ対策だよ」
本当は、長袖で隠してある電撃ペンを挟んで固定するためだ。
考案者は哀憂。
というか、茜を誘い出すところ以外は哀憂作だ。
それだけ、嬉楽のことが好きなのだ…なんてことは、わざわざ言うまでもない話か。
しばらくすると、目的地に着いた。
「やっと着いたね。カワウソ早く見たいなあ」
「カワウソ好きなんだ」
「それはもうすごく!だって見た目がずるいじゃん!キュン死させようとしてるじゃん!」
「キュン死なんて久しぶりに聞いた気がする」
お察しの通り。
目的地というのは水族館のことだ。
受付も済ませ、ようやく中に入れた。
「うわあー、海月だあ。きれいだねえ」
「そうだね。確か、海に月で海月って言うんだよね?」
「あ、そうそう!よく知ってるね!」
「うん。最近教えてもらったの」
「へえー。それってどんな人?」
「うーん。明るくて、活発で。それでいてすごく優しい女の子、かな?」
「なにそれ、理想の女の子じゃん!いいなあ。私もそういう子とご飯食べながらお話してみたいなあ」
「きっと仲良くなれるよ。会えたら」
「うーん。でも会わなくていいかな」
「どうして?」
「私の友達の枠は、あなたでいっぱいだから!」
「…え?」
鼓動が早くなるのを感じる。
しかし、残念ながら、嬉楽が受け取った意味と、茜が発した意味とでは意味合いが違った。
嬉楽からすれば、「あなただけいれば満足」という意味に捉えたのだろうが、茜からすれば「これ以上友達は必要ない」という意味なのだろう。
「ああ…そっか。残念だな。会わせてみたかったのに」
嬉楽もそれをワンテンポ遅れて気づいたようだ。
「そんなことより、いろんなところ回ろっか。カワウソは最後のお楽しみってことで」
「そうだね。そうしようか」
そうして、2人で色々な海の生き物を回った。
「かわいいなあ」
「スズメダイって、名前は知らなくても、みんな見たことありそうだよね」
「うえ、ちょっと目が怖いかも…」
「キンメダイね。あ、見てみて、夜行性で群れをつくって生きてるんだって」
「へえー。めんどくさい大人みたいだね」
「茜さん?」
「なにこれ!きれいで不思議な生き物だね!」
「体が銀色。臀鰭と背鰭が糸状に伸びてるからイトヒキアジって言うんだって」
「自分を美しく見せるのに必死なのかな?」
「自然界でそんなこと考えないと思うけどな…」
そうこうしていると、カワウソのスペースまで歩いてきていた。
気ままに水の上にプカプカと浮いている。
カワウソ好きなら、たまらない光景だろう。
お目当てのカワウソを見て、大騒ぎをするのかと思っていた。
しかし…
「…かわいいなあ」
その感想は、とても「太陽」と呼ばれていた女からでたとは思えないほど淡白だった。
まるで、写生でもするかのようにじっくりと観察している。




