得るもの、失うもの
最近はよく茜さんと一緒に帰っている。
しかし、話しているのは俺ではない。
嬉楽だ。
もう俺は茜さんの性格や過去をある程度知った。
嬉楽には「もう俺も話せる」と話した。
しかし、乗り気ではないらしい。
あんなに不満げな嬉楽は久々に見た。
一体、なにが不満だと言うのだろう。
なにか深い意味でもあるのだろうか。
いやそれはない。
なぜなら、嬉楽だから。
しかし、もやもやする。
珍しくなにかを抱えていそうな嬉楽を見ると、知りたいという好奇心に苛まれる。
気を遣ってなにも訊いていなかったがそろそろ限界だ。
「どうして茜さんとそんなに話したいの?」
ということで、問い詰めてみた。
「別にー?深い理由なんてこれっぽちもないよー?」
「好きなんでしょ?茜が」
「あ、そうなんだ」
哀憂の推測に、俺は納得した。
「いやいやいやいや。友達だからね?友達と話したいのは自然じゃない?」
「確かに」
「軽音は流されやすすぎ、どう考えても言い訳だからそれ」
「はー?証拠でもあるの?」
「意味なく「いや」と連呼するのは言い訳を考える時間を稼ぐため。違う?」
「いやいやいやいや…」
「QED」
「証明完了」
「軽音はなにもやってないじゃん!」
「ところで、茜のどこが好きなの?」
「裏表のないところとか人に流されないところとか…って!言わされた!誘導尋問だ!」
「意外と内面見るんだなお前」
「ギャップがあるね」
「うるさいよ!別にいいでしょ迷惑かけてないんだから!」
「まあまあ、そう怒るな。お詫びに2人でデートに行ってきてもいいぞ」
「デー…だからそういうのじゃないの!ただの友達なの!」
「またまたー」
「もおー!」
放課後にて。
「ねえ、軽音」
「あ…どうしたの?」
話しかけて来たのは、結さんだった。
怒雷が殴ってできた左頬のアザは、きれいに治っている。
「連絡先交換してもらっていいかな」
「え?いいけど…なんで?」
「軽音ともっと関わりたい」
「…僕と?あんまり面白い人間じゃないと思うよ?」
「それは俺が決める。いい?」
「うん。いいよ」
あの日、怒雷が消えた日から、結さんは変わった。
これは、俺個人の印象でもあり、校内の人間の印象でもあると思う。
顔つきが、なんだか違う。
前より暗くて、それなのに声は堂々としている。
「あれからずっと考えてたんだ。正義ってなんだろうって」
「答えは出た?」
「いや、全然。ここ最近、ずっと迷路に迷い込んだ気分だ。教えてくれ、君にとっての正義はなんだい?」
「僕…」
この問いを答えられる人間はもういない。
どう答えようか悩んでいると。
「ムカついたら殴る。深く考えるのは嫌いだ」
一瞬、勘違いした。
怒雷が戻ってきたのだと。
しかし、現実は違った。
この問いに答えているのは、哀憂だ。
「こう見えても俺は普通の感性を持ってる。いいやつには好意があるし、悪いやつには死ぬほどムカつく。だから俺の拳は正義だ」
結さんは唖然としていた。
「君は二重人格かい?口調も性格も変わり過ぎだよ」
「二面性があるだけだ」
「そっか。やっぱり、君の正義はシンプルだね。憧れるよ」
結さんは背中を向けて去っていく。
「男の友情パート2、だね?」
後ろからそう言われた。
茜の声だ。
「チャンスだぞほら!いけいけ!」
「わかってる」
そして、嬉楽が体を所有権を手にした。
「んん?どうしたの?聞こえてる?」
「ああ…うん、大丈夫」
「軽音は昔からそうだよね。なにかに集中してると周りの声が聞こえなくなって、避難訓練の警報音も聞こえてなかったもんね」
俺ってそんな変な人間だったの?
「そんなこともあったね…」
「本当に、あれが本当の警報だったら軽音危なかったんだよ?私がいるから1人で死ぬなんてことはないけど、ちゃんと周りの音も聞かなきゃだめ。わかった?」
「うん…気をつける」
「ならよし!じゃあ帰ろ?」
「うん…」
「軽音、相談がある」
「どうした改まって」
「茜とデートしたい」
「そういうのじゃない発言どこ行った?」
「もう隠さない。僕は茜が好きだ。この世の誰よりも。だからデートしたい」
いつになく真剣な眼差しだった。
「まあ俺も「いけいけ!」って茶化したけど、実際俺の体で失恋とかされたら学校行きづらくなるから、あまり気は進まないなあ」
「そこは大丈夫。変装する」
「変装?」
「俺は「波風嬉楽」として茜とデートする」
「顔も知らない男とデートなんてしないだろ」
「あの子は陽キャだ。初対面の人間にも気さくに話しかけられる。それに、軽音の友達ってことにすればいい。そして、三人で遊ぶ約束をして、軽音がドタキャンする。そうすれば、なんの違和感なく俺と茜はデートできる」
「二人っきりになるまではいけそうだが、その後はどうするつもりだ?声も顔も身長「相咲軽音なんだぞ?」
「声はボイトレして今の声に近づける。顔はメイクして、身長はシークレットブーツで誤魔化す。念のためカツラと伊達メガネもするつもり」
「かなりマジで練って来たなお前」
「マジだよ。僕はどうしても茜とデートしたい」
「哀憂はどう思う?」
「絶対に駄目です」
哀憂読んでいた本を閉じ、は少しづつ嬉楽に近づく。
「嬉楽の気持ちがわからないわけじゃない。でもそれはだめです」
「…なんで?」
「また、失ってしまう」
場が凍る。
「もうこれ以上。誰にも死んでほしくない」
嬉楽は喜びや楽しいという感情から生まれた。
その感情を現実の世界で出せば、少しづつ寿命は減っていく。
最愛の人とデートをしようものなら、おそらくは死ぬ。
怒雷のように…
「それでも…僕は…」
「もうあんな思いはしたくないんです。それは嬉楽だって同じはず」
「…」
「お願いします」
「…」
沈黙が場を支配する。
「じゃあ、そろそろご飯だから、戻る」
この空気に耐えかねて、俺は逃げる。
「あれ?今日は兄さんが作ったんだ」
「久しぶりにお前に俺の料理食べてほしくてな。俺の作るカレーは美味いぞー?」
「匂いからして美味しそうだね」
「だろー?この味を4日は楽しめるからな、泣いて喜んでくれ」
「4日かあ…」
「アレンジとかも挟むから、な?」
「それなら食べられそう」
「よし!じゃあたらふく食べろよー?」
「うん。美味しくいただくね」
兄さんがカレーを二人分置く。
「さあ、食べようか」
「うん。いただきます」
スプーンにカレーとご飯を均等になるように乗せて、口に運ぶ。
「お味はいかがかな?」
「美味しいよ」
「よし!」
「いつもありがとうね。色々と」
「どうした急に」
「なんとなく、言わなきゃかなって」
「兄なんだから当たり前だろ?気にすんな」
「うん。ありがと」
兄さんのカレーを美味しく食べた。




