剥き出しの心
放課後。
俺はいつも通り家に帰るつもりだった。
しかし。
「軽音、俺まだ納得いかねえ。あいつと話させてくれ」
「結さんの話か?お前と俺は性格が違いすぎるんだ。前のは怒りで我を失ってたことになってるから、お前が話すと話がおかしくなる」
「俺は冷静だ。お前の真似くらいできる」
「いや、お前はすぐに暴走する。経験上そうなる未来は見えてる」
「俺が暴走しそうだと思ったら言ってくれ。その時はお前に体を返す。それならいいだろ?」
「お前が体を使ってるってことは、お前が体の所有権を握ってるってことだ。今冷静であっても、話しているうちにヒートアップして、軽音を演じることもできなくなる。所有権は当然俺には与えないだろう」
「その時は後で俺を殴れ」
「なんの解決にもならない。俺の高校生活が通院に変わるだけだ」
「俺は悪くない人間は殴らない」
「俺はお前に散々殴られてる」
「冷静に会話くらい俺でもできる」
「お前と冷静は水と油だ」
「あいつは俺が殴らなきゃいけない」
「おい本音出たぞ」
「いいから話させろ!」
「断る。お前を表に出せるのは、誰もいない深夜の公園くらいだ」
「まあまあ軽音。一旦なんでそんな話したがってるのか訊いてみたら?」
そう言ったのは嬉楽だった。
確かに。怒雷がなぜ結さんと話したがってるのかちゃんと理解していない。
判断は聞いてからでも遅くはないか。
「怒雷、お前はさっき「まだ納得いかねえ」と言った。それは怒りか?」
「怒りだ。でもあいつが憎いだとかそういう話でもねえ」
「じゃあなにが納得いかないんだ?」
「あいつが言う正義の話だよ。あいつの正義は歪だ。弱いものを助けるためなら、悪に暴力を振るうことを許容する。仮面ライダーでも見て育ってきたような話だ」
「いいだろ仮面ライダー。俺も好きだった気がする」
「いいよねー。俺はビルドが好きかなあ。軽音は?」
「記憶にない」
「あそっか」
「そんなことより、今は怒雷の話だ。仮面ライダー見て育つことのなにが悪いんだ?」
「現実はそんな単純じゃねえ。建物ぶっ壊す怪人倒してはいおわりってなるほど単純じゃねえんだよ。カツアゲしてるやつは実は死んじまうかもしれねえ家族の医療費を稼いでいるのかもしれねえ。そいつが悪かどうかなんて俺もわかんねえ。ああいういいやつはその手の話に弱いんだよ。一瞬で自分の正義感が揺らいじまう。危ういんだ。だからぶん殴ってでもそれをわからせたい。そのためにあいつと話がしたい。それじゃだめか?」
怒雷がここまで人のために考えることなんて今までなかった。
だから、今の話を聞いて、俺は驚いていた。
怒雷の言葉に、嘘偽りはない。
それができるほど器用な人間ではないことを、俺は知っている。
「わかった。貸すよ、俺の体」
「恩に着る」
「素直にありがとうでいいのに。ところで、どこにいるかわかるか?」
「お前が知らないことを俺が知ってる道理はないだろ」
「たしかに」
「なら、茜に訊いてみたら?結の名前も知ってたんだし、クラスも知ってるかも」
「そうだな。じゃあ訊くのは頼んだ」
「あいあいさー」
「え?結くん?さっき帰ったの見たけど。どうしたの?結くんに用事?」
「そうそう。男女の友情って成立するかなーって、結くん誠実そうだし、そういう人の意見も聞きたいなー?みたいな?」
「へえー。軽音もそういうの考えるんだ」
全く考えたことないです。
「実際私達ってどうなんだろうねー。友達なのかな?」
「友達以上ではあるんじゃないかなー。まあそもそも茜以外友達いないから、基準がわかんないんだけどねー」
俺は今なにを聞かされているんだ。
もはや俺の口調ですらないぞ。
というか話が本題から外れすぎてる。
「嬉楽、結さんの家がどこにあるか知ってるか訊いてくれ」
「はいはい」
「そういえばさー、結の家どこか知らない?」
「え…ああ、うーんとね。商店街を越えたところに家があるって聞いたことある。今なら走れば見つかるんじゃない?」
「ありがと!また明日!」
「気をつけてね〜」
「嬉楽もっと俺らしく振る舞ってくれよ。特に茜は幼馴染なんだから、俺の変化にはすぐ気づくだろ?」
「大丈夫だよ。そんなの「変わったな〜」で済まされるから。それに、過去の自分と茜さんを知らない軽音には、どんな対応が正解なんてわかんないでしょ?」
「少なくともそんな明るいキャラで売ってた記憶はない」
「そんなことより道案内しろ!次はどこだ?」
「そこの曲がり道を右に、そしたら商店街の通りだからそこを直進すればどこかにいるはず」
怒雷は言われた通りに曲がり、商店街が視界に入る。
その中には、結さんの姿もあった。
しかし、なぜか路地裏へ行ってしまった。
「あれはどういうことだ?」
「わからない。けど、路地裏でよくないことが起きるのはお決まりの展開だ」
「ならとっとと現場に向かうぞ」
俺らは、路地裏で行われているそれを、バレないように見学することにした。
どういう状況なのか把握するために。
「その人を解放しろ!」
その声を発したのは、結さんだった。
「は?誰お前?邪魔すんなよ」
「た…助けて…」
ガタイのいい男1人に、1人の顔がいい男が殴られている。
おそらく、高校3年生くらいの年だ。
体育館裏での光景に、少し似ている。
「なぜその人を殴るんですか?人間なら、話し合いで解決するべきだとは思わないですか?」
「それは人間同士であればの話だろ?俺が殴ってるのはクズでゴミで救いようのねえ虫だ。人の逆鱗に触れるのだけが特技のな」
「バカを言うな!彼は人だ!どうしてそんなひどいことが言える?」
「こいつは!俺の彼女に手を出しただけに留まらず!彼女をてめえの奴隷にした!こいつなしには生きていけねえように自分に依存させたんだ。わかるか?こいつは、ただ俺がクラスで人気ものってだけで俺を憎んで、関係ねえ人間の人生を狂わせた!生きてちゃいけねえんだよ。だからここで!死ぬより辛い思いさせてやるんだよ!」
沈黙がしばらく続いた。
結さんはひどく動揺している。
「でも…人を殴ることは悪いことで…あれ…俺も殴って…あれ…」
覇気が消えた。
俺だって、似た状況だ。
悪だと思っていた人間は、俺らと同じだった。
愛した人を奪われ、壊され、そして、復讐に打って出た。
同じ状況なら、同じことをする。
そう、俺も結さんも思った。
だから、結さんはわからなくなったんだ。
怒雷の言ったように、なにが正義で、なにが悪なのか。
正義と悪。基本は、仮面ライダーを見れば幼児でもどちらが正義でどちらが悪なのかを仕訳することが可能だろう。
しかし、そこを超えれば哲学の領域だ。
人によって変わる正義と悪。
自分の中でだけですら、答えを出すのは難しい。
その難題を、結さんは今初めてブチ当たり、今ここで答えを出さなければいけない状況に追い込まれた。
だから頭がショートし、迷いなき正義の心は失われ、同時に覇気も消え失せたのだ。
「怒雷、とりあえず警察に連絡を」
言い終わる前に、怒雷は行動していた。
男2人をぶん殴るために。
「どっちも死ねや!」
男たちはどちらも地面に伏した。
「てめえ…」
「君…どうして…」
「よお結。てめえに言っときたいことあって探してたんだよ」
「言いたいことって?」
「その前に…」
怒雷は、結さんのことも殴った。
手加減なんかしてない。
全力で顔面を。
「は…なんで…?」
怒雷は胸ぐらを掴んだ。
「これは俺のイラつきを抑えるためだ、気にすんな」
「意味がわからない。なぜ僕を殴るんだ?」
「いいか?お前の正義ってのは仮面ライダー止まりだ。それ以上深いこと考えると頭がショートしちまう。そんなお前に1つアドバイスをしに来た」
「…なに?」
「ムカついたら殴れ」
「は?」
「てめえはバカだ。深いこと考えると誰が正義で誰が悪なのかわからなくなる。だから、根っこにある正義を信じて、ムカついたら深く考えずに殴りゃいんだよ」
「意味がわからない。拳はそんなやすやすと振るっていいものじゃ…」
「じゃあ!今みてえに脳ショートさせてなにもしねえのが望みか?ちげえだろ?てめえが信じた正義の下に拳を振るう。それがてめえの望む正義だろうがよ!」
結さんは、怒雷に殴られた頬に、自らビンタした。
「心のどこかで、君を見下していた俺を、どうか許してほしい」
「わかりゃいいんだよ。そもそも、拳を振るうこと自体だめなんだ。なら、自由にやろうぜ」
「怒雷警察を呼べ。俺らも罰せられるかもしれないが、やってしまったことは仕方ない。法の下で白黒決めてもらおう」
「わかって…」
そこで、なぜか言葉は止まった。
直後…
「ああ…クッソ…マジか…」
「怒雷、もしかして…」
「ああ。どうやらそうらしい」
なんの話だ。
なにが起きているんだ。
「結、警察呼ぶの頼む」
「任せて」
怒雷はそういうと、その場から離れ、人のいない別の路地裏にまで来た。
「はあ…はあ…」
「おいどうした。体調が悪いのか?」
「残念ながらそんな生易しい話じゃねえ」
「なら…」
「死、だよ」
「は?なに言ってんだよ。さっぱり意味わかんねえよ」
「軽音、怒雷の言ってることは本当だよ。本当に死ぬ」
「だから意味が…」
「俺結構楽しかったぜ。お前らと過ごした6年間。ムカつくこともあったけど。それ以上に、お前らと一緒に生きれたのは最高だった。ああでも、哀憂には迷惑かけたな。うるさくて悪いな」
哀憂はなにも答えなかった。
「口も聞いてくれないか…まあそうだよな」
その憶測が検討違いなことは、俺と嬉楽は知っていた。
なぜなら、哀憂が涙を流している姿を、俺達は見ているからだ。
「死なないでよ…悲しいよ…」
「ごめんな。お前は可哀想だよな。一番辛いのはお前だ。生きてるだけですごいと思うぜ」
「生きてよ…」
「そりゃ、俺だって生きたいけどよ。好き勝手やった罰ってことらしいからな。しゃーねえよ」
それ以上、哀憂はなにも言わなかった。
「嬉楽。お前は性格がガキみてえだが、遊びの才能だけは一流だ。現に俺はお前にコマで勝ったことはねえ。一回くらい勝ちたかったが、それも無理だ」
「大丈夫。死ぬまで負けることはなかったから、気に病む必要はないよ」
「は、生意気だな」
「…じゃあね」
「ああ、じゃあな」
なんだこれ、まるで遺言じゃないか。
「軽音」
「…なんだ」
「お前には一番迷惑かけたな」
「ああ。殴られ蹴られ、時には勉強の邪魔までしてきてすごく嫌だった」
だけど。
「死んでほしいなんて思ったことは一度もねえよ…バカ野郎…」
怒雷がさらに苦しみだした。
「どうやらほんとにお別れらしい。じゃあ、最後になんか言い残して死ぬか」
そうして、最期の言葉を口にした。
「最高の人生だった」




