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以前の記憶

俺は怒雷どごうたちが生まれてから、友達を作ろうとした試みが一度もなかった。

理由は単純で、友達がいなくても、俺には怒雷どごうたちがいるから。

しようと思えば心の声で会話もできる。

ゆえに淋しくないのだ。

でも、他の人間から見れば、いつも一人の、孤独なやつだ。

だから、俺に気さく話しかけてくる茜というのは、俺にとって新鮮で、ありがたい存在なのだ。

いつか、嬉楽きらくのように話してみたい。

そう思った。

「昼休みか」

一人で変なことを考えている間に、相当時間が進んでいたらしい。

おかげで授業内容をほとんど聞きそびれた。

「やっほー軽音けいとー」

「やっば」

茜だ。

同じ学校だとわかった翌日に教室凸するレベルの仲だったのか?

昔の記憶が戻ってきてほしい。

「とりあえず変わって、嬉楽きらく

「オッケー」

「それと、多少俺と言葉遣い合わせてくれよ?」

「はいはい」

そうして、体を渡した。

「こんちゃー。どしたん茜」

こいつ話を聞いてなかったのか?

「いやー?友達いるのかなーって確認しにきた」

「なにそれ」

「昔から友達私しかいなかったじゃん。だから、クラスに馴染めてるのかなーって気になって」

なるほど、友達がいないのは最初からなのか。

確かに、記憶が欠如してから問題なく学校に通えたのは、友達がいなかったからだ。

俺の変化に気付ける人間がいないから、俺は今の今まで病院に行かずに済んでる。

「残念ながら、友達って呼べる人はいないよ」

その時。

「君…」

「うわぁ…」

そこにいたのは、怒雷どごうと喧嘩した男だ。

この人、ここにいるということは同じ学年なのか?

それより問題だ。

茜と話してるきらくとこの男と話していたどごうはキャラが違いすぎる。

どっちかと話せば、どっちかに違和感を抱かれる。

どうするべきだ?

選択肢を見すれば、最悪多重人格がばれる。

なんとかして誤魔化すんだ。

そうして、必死に頭を回転させ、ある策を思いつく。

俺は、嬉楽きらくに作戦を伝えた。

「茜。外で遊ぼうよ!追いかけっこでもしてさ!」

「え?いいの?」

「いいの!いいの!さあ!」

「ちょっと!引っ張んないでよー!」

俺の作戦、それはとてもシンプルだ。

男からすれば、俺は人を殴った男。

俺は体育会系の人間に見えるだろう。

外に遊びに行くのなんか、なんの違和感でもないはずだ。

そして、俺と茜は小学校からの幼馴染だ。

外で遊ぶことも多くあっただろう。

つまり、外で遊ぶということは、どちらにとっても違和感なく切り抜けられる。

我ながら良い作戦だ。

八方美人(最強の一手)とでも呼んでやりたい。

それはそうと…

「待て、先日の件について話したいことがある」

逃がしてくれるかは、また別の話だった。

嬉楽きらく、俺に変わってくれ」

「いいの?」

「俺がでるのが一番いい。体の持ち主として、自分の学校生活は自分で守る」

と言っても、特に策はない。

正直に話すなんてのは論外だ。

「場所を変えさせてくれ」

せめて、他の人間に聞かれる可能性があるここより、人気のない場所に行きたい。

「私もついていくよ。ゆいくんとどういう関係か、説明してもらうために」

「わかった」


来たのは体育館裏。

俺とこの男、ゆいだったか、俺らの関係ができたのはここだ。

軽率に怒雷どごうと変わってしまうことは間違いだった。

俺と怒雷どごうは違いすぎるんだから。

「それで、話って?」

「前に僕と君が殴った男たち、今指導を受けてるよ。反省してる」

「どうしてわかるの?君はあの人達となんの関わりもないでしょ?」

「家まで行って、殴ったお詫びついでに一人ひとりと少し話してきた。どうしてあんなことをしたのか、あの子との関わりは、今の気持ちは、その他諸々。集団でこそあんなだったけど、一人で落ち着いてからなら冷静に話してくれたよ。人を傷つけるのは悪だよ。でも、話せばわかる人もいる。彼らはそうだった」

「だから、僕はやりすぎだと」

「そういうこと。君も、日を置いたお陰で冷静になってくれたのかな」

「うん、流石に顔を殴るのはやりすぎだった。反省してる」

「顔を…」

茜が驚いた顔で俺を見つめる。

違う。やったのは怒雷どごうなんだ。

俺じゃないんだ。

「言いたいことはそれだけ。ごめんね、時間取っちゃって」

男は手を振ってどこかへ行った。

「説明求む」

当然の要求だった。


「なるほどなるほど」

多重人格のことを話すわけにもいかないので、いじめている人間を見て、むかついてつい殴ってしまったことにした。

「うーん。確かにそれはむかつくけど、殴るのはだめだよねえ」

「やっぱろそう思う?」

「当たり前でしょ。いじめるのが悪いって言ってるのに、こっちは正義だから暴力振るっていいなんて横暴だよ」

心の中で激しく首を縦に振った。

やはり俺の幼馴染で間違いないようだ。

「でも、あの人も殴ってた。それはどう思う?」

「あの人って…氷川結のこと?変わらずかなあ。殴るのはいけないことだよ。アフターケアしてるのはプラスポイントだけど」

あの人は氷川結と言うのか。

軽音けいと!もう人殴っちゃだめだからね!殴らないでも助ける方法はたくさんあるんだから!」

「うん…もうしないよ」

「なんで歯切れ悪いの!?」

言えるわけがない。

俺に意思に反して人を殴ろうとする人格が中にいるなんて…。


「ただいまー」

「おかえり。今日は俺が頼んだピザだぞー」

「作ったみたいな言い方しないで紛らわしい」

俺の兄さん、相咲あいさき現人あらひとはいいお兄ちゃんだ。

昔の記憶はほとんどないけど、その事実だけは明確に覚えている。

だから、俺は兄さんが好きだ。

おそらくそれは、他の人格もそうだ。

でも、哀憂あいしゅうだけは例外だと、最近気づいた。

兄さんが帰ってきたあの日、哀憂あいしゅうは初めて怒りを見せた。

哀憂あいしゅうは優しい子だ。

だから、並大抵のことでは人を嫌いにはならない。

うるさい怒雷どごうたちと一緒に暮らせているのがその証拠だ。

一体、哀憂あいしゅうの記憶には、兄さんはどう映っているのだろう。

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