記憶のありか
俺の中には、俺以外の3つの人格がある。
「解離性同一性障害」、通称「多重人格」
激しいストレスで自分を保つことができずに、複数の人格が生まれてしまうこと。
多重人格には大きく分けて2種類ある。
「憑依型」と「非憑依型」だ。
そして、俺の場合はおそらく「憑依型」
つまり、他者から見て、俺が多重人格だとひと目見てわかるということ。
実際、急に俺と怒雷が変われば一瞬でばれるだろう。
しかし、俺はいわゆる多重人格なのだろうか?
俺は、別人格が生まれてから、特に変わったことはない。
それに、他の人格が生まれた経緯だって覚えている。
俺が9歳の時だ。
きっかけは、母親の死。
交通事故で亡くなったというのを知った次の日、こいつらはいた。
それだけだ。
当然母親が死んだことはすごく悲しいし、当時9歳の俺には、耐え難いストレスだったろう。
そのストレスで、俺は多重人格になったというのだろうか?
それは違う。
なぜなら、俺がその記憶があるからだ。
健忘。
きっかけになったこと、また、その後の出来事を思い出す能力を、部分的もしくは全て失われる障害。
多重人格者の中にはこの障害を伴う場合があるという。
さっきも言った通り、俺がこうなったのは母親の死が原因だ。
つまり健忘ではない。
あくまで伴う”場合がある”だけだが、なんのために別人格が生まれてきたのか説明がつかない。
1個人の考察はこの辺が限界ということだろうか。
病院に行くのも気が引ける。
確かにいつもうるさくて嫌気を差すこともあるが、消えてほしいとまで思ったことはない。
「どしたん軽音。黒板の書かなくていいの?」
「ああ、書くよ。ありがとう」
まあ、答えが出たところでなにか変わるわけでもない。
気にしない方向でしばらくいってみよう。
「んー。今日も1日頑張った」
「おつかれ。今日は公園で遊びたいから体借りたいんだけど、いい?」
「いいけど少し離れた公園にしてくれよ?いい年して公園で遊んでるやつって思われたくないから」
「別にいいじゃん。まだ15歳だよ?」
「羞恥心がつくには十分すぎる年だ」
「はあ。わかったよ」
「あ!軽音ー!」
後ろから声がした。
女子の声だ。
聞き覚えはないような気がするが、あっちが知っているということは、どこかで話したことがあるんだろう。
「えーっと…」
振り返って顔を確認した。
知らない人だった。
「ちょっと体貸して」
「はあ?」
「いいから!」
謎の覇気に押されて、渋々体を貸した。
「茜!久しぶり!元気だった?」
「誰に聞いてんの、小3の頃のあだ名忘れたの?」
「「太陽」でしょ?変わってないなあ茜は」
「あんたは前より少し明るくなった?」
「茜の転校前に比べたらねー」
「そうそう。親の都合で小3の頃ねー」
「高校一緒になれたのはラッキーだね」
「ほんと、後ろ姿見た時びっくりしちゃったもん。あ、ねーねーこのあと空いてる?ご飯とか行かない?」
「あー…いや。今日ちょっと用事あってさ」
「そうなんだ。じゃあ連絡先だけ交換しよ!」
「うん!」
公園のブランコに揺られながら、質問をする。
「あの女誰?」
しかし、その問いの答えは帰ってこなかった。
無視されているというより、ぼーっとしているように見える。
「おーい。嬉楽」
「え?なに?」
「あの女の話。俺あんな女知らないぞ。俺が寝てる間に体奪って作ってたのか?」
嬉楽は少し間を開けてから、言葉を出した。
「あー、幼馴染だよ。幼稚園からの友達」
「なんで俺にその記憶がないんだ?怒雷、哀憂、お前らにはあるか?」
「うっすら」
「僕も」
「嬉楽だけが明確に覚えてるのか、謎だ。思い返してみれば、お前らが出てくる以前の記憶がほとんどない。なんか影響してんのか?」
「ただ記憶力が悪いだけじゃない?」
「記憶力が悪いからって、あんなフレンドリーな幼馴染忘れるかよ」
さっき、「別人格が生まれてから、変わったことはない」と言ったが、訂正しよう。
別人格が生まれる以前の記憶の欠如。
これは、顕著に現れている。
記憶の欠如というのは、多重人格者にはありがちな症状らしい。
「仕方ない。失った記憶は戻って来ないだろうし、そうそうに諦めますかね。嬉楽、茜と話す時はお前が話してくれよ」
「あいあいさー」
嬉楽しか知らない記憶があったように、俺や怒雷たちしか知らない記憶があるのだろうか。
母さんとの思い出も、誰かの記憶の中にあるなら嬉しいな。