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正義の定義

今日は哀憂が体を貸してほしいと言ってきた。

学校の中を散歩したいようだ。

「体貸してくれてありがとう」

「いいよ。それにしても、案外知らないものだよな。学校のことなんて」

「うん。身近すぎて気にも留めないよね」

「もったいないよなあ。身近にこんな未知の世界が広がってるっていうのに」

校舎の裏側には、誰が植えたかもわからない花が咲いている。

「まいった。花には詳しくないんだ」

「ハルジオンかな?いや、ヒメジョオンの可能性も…」

同じ体なのに知識には差があるらしい。

「どっちかわかんないのか?」

「ハルジオンは花びらが多くて、ヒメジョオンはハルジオンより花びらが少ないって特徴があるんだけど…」

「なるほど。見比べないとわかんないレベルの差なのか」

「うん」

「じゃあ今度、図鑑を持ってまたここに来よう」

「うん!」


「次は体育館裏か」

「こっちは雑草しかなさそうだけど」

「行ってみなきゃわからない。もしかしたらきれいな花が咲いてるかも」

「そうだね」

そうして、体育館倉庫の裏に曲がろうと目を覗かせた。

「なにあれ?なにあれ?なにあれ?」

「落ち着け哀憂あいしゅう。どう見てもいじめの現場だ」

俺らの目に写ったのは、3人の男が、1人の男に暴力を振るっている現場だった。

「どうすればいい?先生に報告?」

「そうだな。でもあいつらがその間にどっか行ったらまずい。この現場を録画して先生に渡すんだ。そっからは先生に丸投げでいい」

哀憂あいしゅうはスマホを取り出した。カメラを起動し、録画する。

「あ?誰かいんのか?」

「やば…」

カメラの録画開始の音が、

やつらに聞こえてしまった。

「あーあ。このままだと俺ら、あいつと一緒にボコボコにされちまう。俺に体貸せよ。哀憂あいしゅう

怒雷どごうがいきなりそんな提案をする。

「だめだ。喧嘩するつもりだろ」

「じゃあどうする?走って逃げるか?ガリ勉のお前にそんな走力あるとは思えないが」

「それを言うなら、俺の体で喧嘩したところで勝てるとは思わないけど」

「勝つとか負けるとかどうでもいい。ただ拳を振るう口実がほしいんだよ。とっととしろ哀憂あいしゅう。じゃないと、お前が殴られることになるんだぞ?」

「ごめん…軽音けいと…」

その言葉と同時に、体の所有者は怒雷どごうへと移った。

怒雷どごう。お前マジでやる気かよ」

「さあ。かかってこいよ有象無象」

父さん。お兄。

帰るのが遅くなるか知れません。

「3対1なんて感心しないなあ」

後ろから、そんな声が聞こえてきた。

「まあ。俺入れても3対2だけど、いないよりはマシでしょ」

「誰だお前。邪魔すんじゃねえ」

その言葉を放ったのは、恥ずかしながら怒雷どごうだった。

「え?君がその言葉を言うの?助太刀のつもりだったんだけど…」

「余計なお世話だ!」

怒雷どごうが男の顔面めがけて殴りかかる。

男は大きく吹っ飛んだ。

「…君。それ以上手、出さないで」

そういって、謎の男は男3人と戦った。

そして、そこからの光景は異常だった。

たった1人で、男たちをなぎ倒した。


「人いじめてないで筋肉いじめなよ」

勝利後、最初に吐いたセリフはそれだった。

男たちは地面に這いつくばっている。

「ち、俺の出る幕なしかよ」

「まあまあ。君が時間を稼いでくれたお陰で、彼はそれ以上殴られなかったし、その間に録画もできた。ほら」

指を指した方向には、三脚に取り付けられたスマホが、こちらを見ている。

「あ…ありがとうございます」

襲われていた男がそういった。

「気にしないで。ただの慈善活動だから。それじゃあ、録画映像を先生に提出しに行こっか」

「は…はい」

「あ。君、ちょっと時間ある?」

話は怒雷どごうに振られた。

「あ?ああ。ありあまってるが」

「じゃあ。終わるまでここで待ってて」


「怒雷、体返して」

「今日くらい使わせろ。それに、急に性格変わったらあいつもビビるだろ」

「それは…そうか…」

納得してしまった。

「ごめーん。遅れたー」

奥からさっきの男が走って来た。

「おせえ」

「ごめんごめん。話が長くなって。これでも「ここからは2人で話す」って先生に途中退場させられたんだよ?」

「知らねえよそんなの。ところで、なんで俺を待たせた?」

「ああ、そうだ」

一拍を置いて、話し出す。

「例え人助けのためであっても、人の顔を殴るのはいけないことだよ」

「あ?」

「腹や足なら酷くて骨折だけど、顔を殴って形が変わったら、一生ものの傷になっちゃうだろ?」

正しいのかはわからないが、納得はしてしまった。

「知るかよ。てめえの欲満たすために人殴ってんだから、顔面崩壊並の報復受ける覚悟くらいしてろっつー話だ」

「なら、俺は君の顔を殴らなくちゃいけないのかな?」

「は?」

「最初、君はあの子を助けようとしてるのかと思った。でも君は言った「邪魔すんじゃねえ」と。それは、自分のおもちゃを奪われたくない、そういう意図の発言だろ?自分の欲を満たす言い訳に彼を使った。違うか?」

言い訳を少し考えてから、どうしようもないと諦めて開き直った。

「違わないねえ!だがなにが悪い?結果としてあの男は助かった。俺のおかげであいつは救われたんだ。そこにどんな罪がある?てめえだって散々ぶん殴っといてよく言えるよなあ?」

「君の罪に名前をつけるとすれば、傲慢。悪に対してはなにをやっても許されるであろうというその心だよ」

男の目は、曇りなき正義を掲げているように見えた。

「確かに彼らは悪だった。しかし、死ぬまで悪であるという保証はない。これから正義に目覚めるかもしれない人間に、君は一生ものの傷をつけてしまったかもしれないんだ」

法の話ではなかった。

当てはめるとすれば、倫理や人道。

基準が曖昧で、人によって異なるもの。

「お前の正義だ悪だの話はややこしいんだよ。なんで悪に配慮する必要がある?これから正義になるかもしれないなんて知るかよ。今悪なんだから殴る。ただそれだけでいいだろ」

「もういい。俺たちはわかり合えそうもない。この辺で終わりにしよう」

校門に向かって、ゆっくり歩き出した。

門を跨ぐ少し手前で振り返って、彼はこういった。

「君の正義はシンプルだね」


「なんだあいつ!上からごちゃごちゃ偉そうに言いやがって!」

いつにもなく荒れている。

「とりあえず、軽音けいとと体に変わんないとやばいんじゃない?」

「わあってる。変わってくれ」

言われた通り、体を返してもらう。

「俺の考えでは、誰かを守るために拳を振るうのは悪いことだとは思わない。その点で言えば、俺はあの人の考えにかなり近いと思う」

「じゃあお前も悪いやつの都合考えんのかよ」

「うーん、考えないかなあ。そもそも拳振るったことない気がするけど」

「僕は、暴力はいけないことだと思う。暴力は人を傷つけるだけ。それ以上、価値のあるものは生まれないよ」

「なら、お前はあのいじめられてたやつ見捨てんのかよ」

「見捨てたくない。話し合いで解決したい」

「あいつらに会話できる知能があるといいけどな」

「暴力の良し悪しとか話し合いとか、そんな複雑に考える必要ないでしょ」

「嬉楽、てめえもそう思うか」

「みんなで遊んだほうが楽しいんだし。みんなでじゃんけん列車でもやればよくない?」

「てめえは喋んな」

「おい待て結構真理だったぞ」

互いに正義について話し合った。

考えてみれば、正義というのも曖昧なものだ。

でも、わかり合うためには、お互いを理解しなければならない。

だって、理解できないものは、納得できないから。

















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