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告白

記憶が戻って来た。

それは、嬉楽きらくが消えた証拠である。

10年以上一緒に生きてきた。

困らされたことも多いとはいえ、悲しいという感情は当然ある。

しかし、自分以上に泣いている人間を見ると、しっかりしなくてはと思って、自然と涙は出なくなるものだ。

「ぁぁ…あ…うぐぅあぁ…」

しっかりしていたところで、俺の脳みそに入っている言語をどう組み立てようと、哀憂あいしゅうを慰めることはできなかった。

できることといえば、そっと背中を擦ることくらいだった。


「ありがとう。もう大丈夫」

しばらくして、哀憂あいしゅうはなんとか泣き止んだ。

大丈夫なわけがない。

なぜなら、俺が大丈夫ではないからだ。

10年以上の月日を一緒に過ごした仲間が、この1ヶ月で2人も死んでいるのだ。

大丈夫なわけはない。

俺より2人のことを思い、過ごしてきた哀憂あいしゅうが大丈夫な訳は、万に1つもなかった。

だからといって、それを責めるなんて愚行をする気もない。

ただ、強くあろうとする哀憂あいしゅうを応援するだけだ。


しばらくして、下の階に降りた。

ご飯を食べるのと、兄への感謝を伝えなくてはいけない。

例えそれが、ありがた迷惑な結果になったとしても、だ。

「今日はチャーハンとピーマン炒めだぞー。ピーマン残すなよー」

兄さんがおばあちゃん家から帰ってきて以降、夜ご飯はいつも兄さんが作ってくれている。

初日以降は惣菜の合わせものになるとか言っていたのに、嬉しい嘘を吐いてくれる兄だ。

「兄さん。いいたいことがあるんだ」

「おいおい、お前と俺の仲だろ。わざわざ言う必要なんてないよ」

「うんん。言わせて」

「しかたない弟だ。ばっちこい」

我が兄現人は、両手を広げ、前傾姿勢で俺の言葉を待った。

感謝を伝えようとしたその時。

「死ね!人殺し!」

その言葉は、俺の口から発せられていた。

状況を理解するのに数秒かかった。

しかし、しばらくして哀憂あいしゅうがやったことだとわかった。

兄は、意味がわからないと言いたげの顔だ。

言いたいけど、言葉を失っているように見える。

哀憂あいしゅうは、なにかから逃げるように外に飛び出した。

玄関に放置されていたサンダルすら履かず、靴下だけで。

本当に意味がわからなかった。

哀憂あいしゅうが兄を恨んでいたのは知っている。

でも、人殺しってどういうことだよ。

ありえないだろ。

だって、兄は今、ああやって俺たちの家にいるんだ。

もし本当に殺したって言うなら、今頃刑務所の中にいるはずだ。

哀憂あいしゅう色々と説明してくれ。まず今お前はどこに向かってるんだ」

「わかんないよ!」

今はまともに話してくれそうにない。

とりあえず、気が済むまでやらせてやろう。

話はそれからだ。


俺の中に3つの魂が生まれたあの日。

それに匹敵する意味のわからない状況に、俺は今、目の当たりにしている。

気づけば、近くの公園にまで来ていた。

こんな夜中に誰かがいるはずもない。

そのはずだった。

「軽音?」

ブランコに見知った人間が座っていた。

結さんだ。

軽音けいと?どうしたんだ?」

息切れでまともに話せない様子。

家からここまで、そう遠いわけではない。

ただ、ただ走ってきたわけじゃない。

我を失いながら、なにかに怯えながら走ってきたのだ。

息が乱れるくらい、普通のことだと思う。

「まあ、とりあえず隣に座りなよ」

話せそうもない哀憂あいしゅうを見て、結さんはそう言ってくれた。

哀憂あいしゅうは促されるがままにブランコに座った。

「まだずーっと考えてるんだ、正義ってなんなのかなって」

それは、会話のお誘いではない。

授業のように、一方的に投げかけられる話である。

「結局、君の言っていたことが正しいのかなって考えたりもしたんだ。でも、何回考えてもそれは違った。人を殴ることを正当化なんてしたくない。かといってああいう状況でなにもできないのは嫌だ。僕の心は矛盾してるんだ。殴りたくないけど、殴らないと救えないものがあるということもわかってる」

「俺とお前があった時、お前はあいつらを殴ってた。急所を外しただのなんなの言ってた気がするが、あれはお前の中で正義なのか?」

息を整えた哀憂あいしゅうは、あくまで怒雷どごうの口調で会話を始める。

「正義のはずだ。弱きを救って、強きの意見も聞いた。多少暴力を振るってしまったが、話ができなそうだからしかたなく振るったに過ぎない」

「善人でいようとするから複雑になるんじゃねえの?」

「…どういう意味」

「まんまだよまんま、言葉のまんま。善人であろうとするから弱いやつを助けようとする。でも善人であろうとするから暴力を嫌う。要はいい人に見られたいからやってるんじゃねえの?」

俺は結さんをよく知らない。

それは哀憂あいしゅうもだ。

だけど、哀憂あいしゅうの語る結さんは、恐ろしいほどに的を射ているように感じた。

そして、それは結さんも同じ感覚だった。

「そっか…」

宙を眺め始めた。

否定するための言葉を考えているわけではない。

ただ、受け入れようとしているのだ。

今までの行いすべてが、自己満足の行いだったのだと。

「自己満だったのか、俺の人生って」

その言葉から、幼い頃から似たことをしていたことがうかがえる。

「一応言っとくが、別にそれが悪いとは言ってねえ。正しい行いをした人間に、見返りを求めるなって言うのは悪人の意見だ。いいことをしたなら、見返りを求めるくらいあってもいいだろ。求めるものが感謝ならなおさらだ」

宙を見ていた結さんの顔が、更に上を見る。

「今日は月がきれいに見えるな。こんなにきれいな月を見たの、僕は初めてだ」

「お前が僕って言ってるの、いつになっても慣れねえな」

結さんは人より筋肉がある。

服越しにわかるほど、というのは誇張しすぎかもしれないが、露出部分からは確かに努力が窺える。

「そうかな?」

「そうだな。筋肉が控えめな言葉使ってんのは違和感だ」

「でも、気に入ってるんだよ。対等って感じがしてさ」

「よくわかんねえけど。気に入ってるならいい」

結さんは指で目を擦ったあと、哀憂あいしゅうと目を合わせた。

「さあ、君の話を聞かせてくれよ。軽音けいと

その言葉は、哀憂あいしゅうに向けられたものだ。

あからさまに言葉に迷っているのがわかる。

どう説明すればいいのか。

そもそも、正直に言えるような内容なのか。

兄のことを人殺しと罵る理由があるのだ。

気軽に話せる内容ではないだろう。

しかし

「どんなことだって相談に乗るよ。相談に乗ってもらった後だしね」

その言葉に、哀憂あいしゅうはなにも言わなかった。

その返答は、行動で示された。

「おおっと。よーしよし」

抱きついた哀憂あいしゅうを、優しく撫でてくれる。

それをきっかけに、こらえていたものが涙となって溢れてくる。

哀憂あいしゅうは俺の悲しみから生まれた存在。

1人で背負っていたのだ。

小学校4年生のあの日から、9年分の俺の悲しみを。


しばらくして、哀憂あいしゅうは泣き止んだ。

「少しは溜め込んでたもの、吐き出せたか?」

「うん」

びしょびしょになった結さんの服に目を向けた後、残った涙を拭う。

「まあ、話したくないことは誰にでもある。聞いたところで俺がどうこうできるものじゃないかもしれないしな。ただ、僕は君に借りがある。俺が必要になったらなにも気にせず頼ってくれ」

そういって、結さんの背中が少しづつ遠くなっていく。

「お願いがある」

その背中が遠くに行く前に右腕を掴んだ。

「僕にできることなら、なんでもするよ」

哀憂あいしゅうは深呼吸をする。

なにを言いたいのか、俺にもわからない。

覚悟を決めたのか、口を開いた。

「君の家に泊めてほしい」

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