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温もりは嬉しさを連れて

カワウソを見たその足で飲食店まで来た。

「カワウソ可愛かったなー。やっぱりあの可愛さは反則だよ」

「…茜が楽しめたのならよかったよ」

あれから、茜は何事もなかったように嬉楽きらくに接している。

しかし、嬉楽きらくはそうもいかないようだ。

いつもの茜からは考えられないような行動に、嬉楽きらくはいまだ困惑したままである。

「この後さ、寄りたいところあるんだけど、いいかな?」

嬉楽きらくの口から発せられたのは、起死回生の一言だった。

「うん、いいよ」

「ありがとう。急ぎの用じゃないから、ゆっくり食べよう」

ちょうど、頼んでいた料理が2つ来た。


「ここが、嬉楽きらくくんが来たかったところ?」

嬉楽きらくが寄りたいところとは、駄菓子屋である。

なんの変哲もない。

今となっては数も減ってしまって、駄菓子屋自体が希少である。

「そう。ここは思い入れのある駄菓子屋なんだ」

その言葉が真実なのかどうか、俺は知らない。

家周辺の駄菓子屋はここだけだから、ありえない話ではないが。

「私もあるよ。昔、友達と来たことある」

それもまた、俺には真実かわからない。

嬉楽きらくに話を合わせているだけなのかもしれない。

「うわぁ、昔と比べると値上げしたね」

消費税も上がったのも影響して、幼い自分が見たら絶句しそうな値段だ。

「そうだね、時代だね」

仮にも男女二人。なにも起きないどころかお金を話をするだなんて、前代未聞だろう。

色々なお菓子を見ていると、茜がなにかを眺めていることに気がついた。

見つめていた先は。

「それか…」

ボタンを押すと耳が伸びるうさぎのおもちゃだ。

「懐かしいな…」

二人の中に、異様な空気が立ち込める。

「なにか、思い入れが?」

さっき、意味ありげの言葉を嬉楽きらくは言っていた。

まるで、なにか、嬉楽きらくも知っているように。

「うん。ちょっとね」

「そっか」

それ以上、その話が掘り下げられることはなかった。


それぞれにお菓子を買い、帰路を辿っていた。

「今日は楽しかったなー!軽音けいとも来れたら良かったのに」

「そうだねー。もったいない」

そこで、嬉楽きらくは歩みを止めた。

「ん?どうしたの?」

「少し、目を瞑ってくれる?」

「え…うん…」

困惑しながらも、指示に従ってくれた。


「もう開けていいよ」

少し歩いて、その指示を伝えた。

「うん」

茜は目を開けた。

「うわー!きれい!」

連れてきた場所は、花が咲き乱れる公園だった。

「どうしてもここに連れてきたかったんだ」

駄菓子屋によったのは、ここを通るように、ルートをずらすためだった。

きっと、茜はこの場所を知っている。

この辺じゃ、花がきれいということで有名な場所だ。

だから、この反応は演技だと思う。

嬉楽きらくを落ち込ませないための、茜からの配慮だ。

だけど、次はそうはいかない。

そんな手は使えない。

「好きです。この世の誰よりも。だから、付き合ってください」

膝をつき、手には一輪の花が握られている。

花の名前は「ハルジオン」花言葉は「追想の愛」

心臓がドクドクと鼓動している。

死んでしまいそうなほど、一生懸命に脈打っていいる。

しばし、カラスの声がよく聞こえた。

子供の遊ぶ声や、風が草木を揺らす音。

すべてが鮮明に聞こえた。

そして、それがどうでもよくなるような一言を、茜は言った。

「ごめん」

その一言は、絶望という言葉で表すにふさわしい。

それ以外の表現が浮かばないような結末だった。

「でも…」

茜がなにかを続けようとした。

しかし、その先を聞くより前に、嬉楽きらくは走り出した。

気持ちはわからなくもない。

愛した人に振られれば、誰でも逃げ出したくもなる。

「クソ!クソ!クソ!やっぱりかよ!結局!軽音けいとなのかよ!」


「ごめん」

少し、落ち着いたらしい。

結局軽音かよ。

その言葉の意味を聞くのは、俺の中で人道に反する行為だった。

罪悪感があるということは、ある程度その言葉の意味を理解しているということだ。

時刻は午後6時と少し、急いでどこかで入れ物を買って、このカツラを隠さなくては。

そうすると、帰るのはかなり遅くなる。


案の定遅くなり、時刻は午後8時を回っていた。

「ただいま…」

元気なく、嬉楽きらくがその言葉を発する。

「あ!遅いぞ!遅くなるなら連絡よこせ!」

兄さんがそう言って出迎えてくれた。

「ごめん」

「どうした?元気ないな」

「…なんでもないよ。気にしないで」

靴を脱いで立ち去ろうと、兄の横を過ぎ去った瞬間。

「え…?」

兄に、抱きつかれていた。

「なにがあったのか知らないけど、俺はお前の兄だから、なんでも話していいんだぞ。辛いことがあるなら、俺が助ける。絶対に」

その声は、いつになく真剣で、いつになく優しかった。

兄の温もりとは裏腹に、嬉楽きらくの手が震える。

嬉楽きらくは兄を振り払い、自室にまで全速力で走った。


「が…はぁ…ぐ…」

苦しそうな声が、自室に響く。

俺は知っている。

この光景を、この展開を、この結末を。

「きら…」

そこまで言って、声は俺以上に大きい声で遮られた。

「死なないで!死んじゃだめだ!」

悲痛な叫び。

「あはは。振られたら死なないって思ってたのに。兄って恐ろしいほど優しいな。傷心のときのハグは卑怯だろ」

乾いた笑いが、ことの深刻さを表していた。

軽音けいと。最後に俺からの言葉を受け取ってくれ」

「…なんだ?」

「気づいてないフリだけはするな」

それは多分、俺に対する茜さんの気持ちの話だろう。

「わかった。約束する」

「それと、哀憂あいしゅう

「いやだ!いやだ!いやだ!聞きたくない!」

拭っても拭っても、涙が溢れてくる。

そんな哀憂あいしゅうに、嬉楽きらくは気にせず話始めた。

「俺のわがままを許してくれてありがとう。俺のために泣いてくれてありがとう」

そこで言葉は止まった。

消えたわけではない。

言い終わったわけでもない。

続けたくても続けられたいのだ。

俺は、薄れゆく視界が滲んでいたことで、そう思った。

数秒して、嬉楽きらくは口を開いた。

声が震えている。

一度深呼吸して。

なんとか震えを抑えて。

誰にも見えないというのに笑顔で言った。

「色々、今まで、本当にありがとう」

なんとかその言葉を言い終えると、俺は体を動かせた。

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